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第35話 所有権争奪戦

 本戦第一試合の説明会場は、予選の時よりもずっと静かだった。


 いや、正確には静かに見えるだけだ。


 大きな円形ホール。

 天井近くを回る記録ドローン。

 壁一面の大型モニター。

 中央に置かれた試合用フィールドの立体模型。


 そして、その周囲に並ぶ本戦出場チーム。


 誰も大声では騒いでいない。


 だが、視線だけが飛び交っている。


 どのチームが強いか。

 誰が厄介か。

 どこと同盟を組むべきか。

 どこを最初に潰すべきか。


 そういう計算が、言葉になる前から空気の中に漂っていた。


 俺たち、九条セーフティリンク臨時隊も、その視線の対象になっている。


 白峰リア。

 九条セイラ。

 鴉羽ミナト。

 御影カナタ。

 そして俺、黒瀬透真。


 予選を六位で突破した即席チーム。


 目立つ理由はいくらでもある。


 元人気配信者。

 嫌われ者の令嬢。

 信用できない情報屋。

 引退状態だった元S級探索者。

 謎のFランク鑑定士。


 綺麗なチームではない。


 でも、ここまで残った。


 その事実だけで、周囲の見方は予選開始前とは少し変わっていた。


「見られてますわね」


 セイラが言った。


 彼女はいつも通り背筋を伸ばしている。


 今日の装備は、白と黒を基調にした探索者用ドレスコート。

 華やかだが、実戦用の魔導繊維が使われているらしい。


 いかにも九条セイラという姿だった。


「まあ、九条さん目立ちますし」


 俺が言うと、セイラは横目で睨む。


「あなたも人のことは言えませんわよ」


「俺は地味な方では?」


「自覚がないのは罪ですわね」


 リアが隣で笑った。


「黒瀬さん、だいぶ有名になってるよ。謎のFランク鑑定士ってタグ、まだ残ってるし」


「消えてほしいです」


「無理じゃないかなあ」


 リアは少しだけ肩をすくめた。


 以前の彼女なら、視線を受けると自然に配信用の笑顔を作っていたと思う。


 でも今は違う。


 愛想よく手を振るでもなく、無理に目立とうとするでもなく、必要な時だけ軽く会釈する。


 全員に好かれようとしていない。


 それだけで、少し表情が楽に見えた。


 ミナトは、少し離れた場所で他チームの動きを眺めている。


「本戦は情報量が多いねえ」


「売るなよ」


 リアが即座に言う。


「まだ何も言ってないのに」


「言う前に釘刺してるの」


「信用ないなあ」


「あると思ってる?」


「思ってない」


 ミナトは悪びれずに笑った。


 セイラが冷たく言う。


「追加契約を忘れていませんわね」


「覚えてるよ。黒瀬澪関連、神楽坂関連、チーム戦術の無断売買禁止。違反時は俺の取引網を九条側へ開示」


「正確です」


「嫌でも覚えるよ、あんな怖い契約」


 ミナトは軽い口調だが、たぶん本当に嫌がっている。


 それでもチームを抜けない。


 この人が何をどこまで考えているのか、まだ分からない。


 ただ、アルカディアを嫌っていることだけは確かだ。


 カナタは黙って立っていた。


 剣袋を肩にかけ、壁際からフィールド模型を見ている。


 その視線は、他の誰よりも静かだった。


 だが、どこを見ているかは分かる。


 遮蔽物。

 拠点の配置。

 退避経路。

 補給地点。

 高低差。

 挟撃される場所。


 たぶん、そういうものを一つずつ見ている。


 やる気がないように見えても、現場を見る目だけは鋭い。


 佐伯ユズルが、運営側の席からこちらへ歩いてきた。


 今日は管理局職員としての黒い制服を着ている。


 相変わらず表情は薄い。


「第一試合の正式ルールが公開されます」


 佐伯が言った。


「所有権争奪戦、でしたわね」


 セイラが確認する。


「はい」


 その瞬間、大型モニターが切り替わった。


【本戦第一試合】

【所有権争奪戦】


 ホール全体に、運営アナウンスが流れる。


『本戦第一試合は、フィールド内に配置された拠点、武器、物資、支援設備の所有権を奪い合う試合です』


 立体模型が光り、フィールドの構造が表示される。


 廃都市型フィールド。


 崩れたビル。

 地下通路。

 倉庫。

 簡易拠点。

 物資庫。

 通信塔。

 防衛ドローン。

 回復端末。


 それら一つ一つに、所有者情報の表示がある。


【未所有】

【中立】

【占有可能】

【契約対象】

【一時所有権付与】


 セイラの目が細くなった。


「なるほど」


 俺にはまだ分からない。


「なるほど、なんですか?」


「この試合、表面上は私に有利ですわ」


 セイラは模型を見たまま言う。


「フィールド内の物資や設備に所有権を設定し、奪い合う。私の《所有権》は、自分の所有物を操作する能力です。うまく所有権を取れれば、武器も設備も拠点も私の力で動かせる」


「じゃあ、かなり有利なのでは?」


「そう見せかけているのです」


 セイラの声は冷静だった。


「この試合は、私を潰すためにも作れます」


 リアが眉をひそめる。


「どういうこと?」


 セイラはモニターを指差す。


「所有権には、法的・社会的な承認が必要です。ただ置いてある物を勝手に『私のもの』とは言えません。試合内で定められた手続き、契約、登録、占有条件。それらを満たして初めて、私の能力対象になります」


「つまり、所有権の取り方を操作されたら?」


「私の能力は封じられます」


 セイラは淡々と言った。


「あるいは、逆に私が所有したものを奪われる」


 その言葉が終わるのと同時に、運営アナウンスが続いた。


『各チームは、フィールド内の拠点端末にチームタグを登録することで、その拠点の一時所有権を獲得できます』


『ただし、一定条件を満たした場合、敵チームは所有権を奪取できます』


『所有権の奪取条件は、各物資・施設ごとに異なります』


『試合終了時点での所有点、撃破点、契約点の合計により勝敗を判定します』


 ミナトが小さく笑った。


「契約点まであるんだ」


「嫌な項目ですわね」


 セイラが言う。


「契約点って?」


 俺が聞くと、佐伯が説明した。


「フィールド内には中立NPC扱いの補助探索者や支援企業端末があります。そこから契約を取り付けることで支援効果と得点が入る仕組みです」


「NPCって、人間ですか?」


「一部は運営スタッフ。一部は魔導端末による擬似契約処理です」


「それ、セイラさん向きに見えて、すごく罠っぽいですね」


「その通りですわ」


 セイラは頷く。


「私は契約書を読めます。権利関係も扱えます。ですが、相手もそれを分かっている。こちらが契約に強いと見て、契約の抜け穴で刺してくるでしょう」


 カナタが短く言った。


「相手は?」


 佐伯は端末を見る。


「第一試合の対戦相手は、三チーム合同フィールド内対戦形式です。直接対戦するのは、九条セーフティリンク臨時隊、東堂重工探索部、そして白鷺連合です」


 大型モニターに、相手チームの情報が表示される。


【東堂重工探索部】

 重装備型。

 防衛ドローンと契約武装を多用。

 企業所有物資の扱いに強い。


【白鷺連合】

 複数の中小探索者チームが合同で結成。

 交渉、同盟、現場取引を得意とする。


 リアが言う。


「どっちも所有権争奪戦に向いてそう」


「ええ」


 セイラの表情が硬くなる。


「特に東堂重工は厄介ですわ。企業所有物を使った戦闘に慣れています。契約武装やドローンの所有権を奪うには、手続きが複雑になる」


 ミナトが端末を見ながら言う。


「白鷺連合も面倒だよ。あそこは小規模チームの寄せ集めだけど、現場交渉がうまい。味方に見せて後で権利だけ抜くタイプ」


「あなたの同類ですわね」


「ひどいなあ。否定しにくいけど」


 俺は表示を見つめた。


 この試合は、単純な戦闘ではない。


 誰が何を所有しているか。

 どの設備を誰が使えるか。

 どの契約が有効か。

 どの権利が優先されるか。


 それによって、戦場そのものが変わる。


 まさにセイラのための試合のように見える。


 だが、セイラ本人は有利だと浮かれていない。


 むしろ、いつもより警戒している。


「九条さん」


「何ですの」


「大丈夫ですか」


 セイラは俺を睨んだ。


「その質問は失礼ですわ」


「すみません」


「ですが、答えるなら、大丈夫ではありません」


 珍しく素直だった。


「この試合は、私の力を試すには都合が良すぎます。おそらく、私が最も嫌う形で所有権を奪ってくる相手がいる」


「嫌う形?」


「法的な抜け穴です」


 セイラの声が少し低くなる。


「力ずくで奪われるなら、まだ分かりやすい。ですが、契約文の一行、占有条件の解釈、優先権限の抜け穴で、私の所有物を『正当に』奪うことができます」


「それ、めちゃくちゃ嫌ですね」


「ええ。とても嫌ですわ」


 セイラは笑わなかった。


 その表情に、俺は少し引っかかった。


 セイラは所有権の人間だ。


 自分のものを操る。

 契約を読む。

 権利を使う。


 それは強力だ。


 でも、逆に言えば。


 彼女は、自分の所有が正しく認められていることに依存している。


 その足場を崩された時、どうなるのか。


 今回の試合は、そこを突いてくる。


 説明会が終わり、俺たちは作戦室へ移動した。


 本戦出場チームには、試合ごとに短時間の作戦準備室が与えられる。


 部屋の中央にはフィールド模型。

 壁には所有権ルールの詳細。

 机には契約条件一覧。


 紙ではない。

 端末上の膨大な条文。


 俺は見ただけで目が痛くなった。


 リアも同じ顔をしている。


「これ全部読むの?」


「読みますわ」


 セイラが即答した。


「全部?」


「当然です」


「すご……」


 リアは素直に感心していた。


 セイラは椅子に座り、端末を猛然と読み始める。


 その速度が異常だった。


 契約条件。

 所有権移転条項。

 占有ルール。

 ドローン制御権。

 中立物資の登録方法。

 物資庫の開放条件。

 拠点の防衛権限。


 それらを一つずつ読み、すぐに分類していく。


「黒瀬透真」


「はい」


「あなたは私が指定した条文だけ鑑定しなさい。全部見ようとしないこと」


「分かりました」


「白峰リア」


「はい」


「現場では視線と空気を見なさい。白鷺連合は交渉を仕掛けてきます。相手が本当に同盟を求めているのか、時間稼ぎなのか、あなたの感覚も使います」


「了解」


「鴉羽ミナト」


「はいはい」


「東堂重工と白鷺連合の過去試合、契約違反歴、使いがちな条文の癖を出しなさい。売買ではなく、共有です」


「はい」


「御影カナタ」


「ああ」


「あなたは前衛。ですが、今回は勝手に単独突入しないこと。拠点と物資の所有権が絡む以上、あなたが敵拠点内で倒れれば、装備の回収権が相手に移る可能性があります」


 カナタは少しだけ目を細めた。


「俺の装備も対象か」


「ええ。試合用登録装備は一時的に所有権争奪の対象になり得ます」


「面倒だな」


「面倒だから試合になっているのです」


 セイラは淡々と答えた。


 その声には、少しだけ熱があった。


 彼女はこの試合を嫌がっている。


 同時に、燃えてもいる。


 自分の土俵に見せかけた罠。


 なら、その罠ごと踏み抜く。


 そういう顔だった。


 ミナトが情報を出す。


「東堂重工は、契約武装の所有者をチームではなく企業側に残す癖がある。だから選手を倒しても武器は奪いにくい。代わりに使用権を一時停止する条項が弱い」


「つまり、武器そのものではなく使用権を止める」


 セイラがすぐにまとめる。


「そう。白鷺連合は逆。現場交渉で一時所有権を広く取る。だけど所有権が軽いから、条件を満たせば剥がせる」


「条件は?」


「占有継続時間と、第三者承認」


「第三者承認……」


 セイラは端末にメモを入れる。


「黒瀬透真。ここの条文を鑑定」


「はい」


 俺は指定された条文を見る。


【第三者承認とは、運営認証端末または中立契約対象者による承認を指す】


 鑑定。


 対象:第三者承認条項

 嘘:運営認証端末または中立契約対象者による承認


「嘘です」


 セイラの目が鋭くなる。


「やはり」


「どういうことですか?」


「第三者承認の範囲が隠されていますわ。運営端末と中立契約対象者だけではない。おそらく、スポンサー承認または企業認証も含まれる」


 ミナトが口笛を吹きかけ、リアに睨まれてやめる。


「東堂重工が使いそうだね」


「ええ」


 セイラは淡々とメモを追加する。


「こちらが取った拠点を、スポンサー側の承認で横取りできる可能性があります」


「え、それってずるくない?」


 リアが言う。


「ずるいですわ」


 セイラは即答した。


「ですが、ルール上は合法にしてあるのでしょう」


「最悪」


「所有権争奪戦とは、そういう試合です」


 俺は背筋が冷えた。


 力で奪うのではない。


 言葉で奪う。

 契約で奪う。

 承認で奪う。


 正当な顔をして、相手のものを自分のものにする。


 セイラが嫌う理由が、少し分かった気がした。


 作戦時間は短かった。


 俺たちは最低限の方針を決める。


 一つ目。

 序盤は中央拠点を狙わない。


 中央拠点は得点が高いが、東堂重工と白鷺連合も狙う。

 いきなりぶつかれば、こちらは権利関係で挟まれる。


 二つ目。

 まずは東側の物資庫と通信塔を押さえる。


 物資庫には中立装備がある。

 通信塔を取れば、フィールド内の所有権更新情報を早く受け取れる。


 三つ目。

 白鷺連合の交渉にはすぐ乗らない。


 リアが空気を見て、俺が嘘を見て、セイラが契約を読む。


 四つ目。

 カナタは単独で敵を追いすぎない。


 これを言った時、カナタは少しだけ嫌そうな顔をした。


「必要なら追う」


「必要かどうかはチームで判断します」


 セイラが即答する。


「試合中に毎回聞く暇はない」


「なら、事前条件を決めます。敵を追っていいのは、所有権移転リスクがない場所、または私が合図した場合のみ」


「……分かった」


 カナタが引いた。


 珍しい。


 セイラの作戦は筋が通っているからだろう。


 そして試合開始時刻が来た。


 俺たちは廃都市型フィールドの東側ゲートに立つ。


 向こう側には、崩れたビル群と、低い倉庫街が見える。


 空は人工的な夕焼け色。

 フィールド内には風まで再現されている。


 大型モニターに三チームの名前が表示された。


【九条セーフティリンク臨時隊】

【東堂重工探索部】

【白鷺連合】


 観客席の歓声が遠く聞こえる。


 リアが小さく息を吸った。


「配信、入ってるね」


「はい」


 佐伯が外部から言う。


「本戦は公式配信対象です。ただし、各チームの音声は一部制限されています」


「見られているということですわね」


 セイラが言う。


「ええ」


 佐伯が答える。


「特別審査員も見ています」


 神楽坂レイジ。


 その名前が頭に浮かぶ。


 あの鑑定不能の英雄が、今この試合を見ている。


 俺たちの選択を。


 セイラは前を向いたまま言った。


「黒瀬透真」


「はい」


「今は神楽坂ではなく、フィールドを見なさい」


「……はい」


「あなたが余計なことを考えて転べば、私の所有物として引きずりますわよ」


「俺、所有物じゃないです」


「では契約対象として引きずります」


「どっちも嫌です」


 リアが笑った。


 少しだけ緊張が緩む。


 開始カウントが始まった。


 十。


 九。


 八。


 カナタが剣袋から剣を抜く。


 七。


 ミナトが端末を構える。


 六。


 リアが軽く膝を曲げる。


 五。


 セイラが手袋を整える。


 四。


 俺は深呼吸する。


 三。


 二。


 一。


【試合開始】


 ゲートが開いた。


 俺たちは東側物資庫へ向かって走り出した。


 最初に動いたのはカナタだった。


 彼は速い。


 ただし、全力疾走ではない。


 周囲を見ながら、俺たちがついてこられる速度に落としている。


 リアがその横を軽く走る。

 セイラは無駄のない足取りで続く。

 ミナトは後方から端末を見ながら走っている。


 俺は必死だった。


 情けないが、体力差は大きい。


 それでも置いていかれないように走る。


 東側物資庫は、低い倉庫のような建物だった。


 入口に認証端末がある。


【未所有】

【登録条件:チームタグ認証三名以上】

【所有点:二十】

【内部物資:中立装備】


 セイラが端末へ手を伸ばす。


「三名認証。私、黒瀬透真、白峰リア」


「俺でいいんですか?」


「あなたの鑑定を通した所有登録にします」


「なるほど」


 俺には分からないが、たぶん意味がある。


 三人で端末に触れる。


 登録が始まる。


【九条セーフティリンク臨時隊】

【所有登録中】


 俺は端末を鑑定する。


 対象:物資庫認証端末

 嘘:所有登録中

 危険:外部承認待機


「待ってください!」


 俺は声を上げた。


「所有登録中が嘘です。外部承認待ちになってます!」


 セイラの表情が変わる。


「やはり来ましたわね」


 端末に新しい表示が出た。


【東堂重工スポンサー承認】

【当該物資庫は東堂重工提供資材を含むため、東堂重工探索部に優先所有権が発生します】


 リアが叫ぶ。


「はあ!? まだ誰も来てないのに?」


 ミナトが端末を見ながら言う。


「スポンサー承認で横取り。さっき言ってたやつだ」


 セイラは笑った。


 冷たい笑みだった。


「予想通りですわ」


 彼女は端末に指を滑らせる。


「しかし、詰めが甘い」


【異議申立】

【九条セーフティリンク臨時隊より、優先所有権に対する異議が提出されました】


 セイラが早口で言う。


「東堂重工提供資材を含む、というだけでは物資庫全体への優先所有権は発生しません。該当資材の識別番号を提示しなさい。提示できない場合、物資庫全体の所有権移転は無効です」


 端末が一瞬止まる。


【識別番号照会中】


 ミナトが笑う。


「いいね、刺した」


 セイラは俺に言う。


「黒瀬透真、次の表示」


 俺は鑑定する。


 対象:識別番号照会中

 嘘:照会中


「照会中が嘘です」


「つまり、識別番号を持っていませんわね」


 セイラは即座に入力した。


【異議成立】

【物資庫全体の優先所有権主張を却下】

【九条セーフティリンク臨時隊が東側物資庫の一時所有権を獲得】


 倉庫の扉が開く。


 セイラの周囲の空気が変わった。


 彼女が手を上げる。


 倉庫内の中立装備が、一斉にわずかに浮く。


 盾。

 補給箱。

 金属ワイヤー。

 小型防衛ドローン。

 照明弾。


 すべてが完全に動くわけではない。


 だが、明らかに反応している。


「これで、ここは私のものですわ」


 セイラが言った。


 その声には確かな力があった。


 だが、次の瞬間、倉庫の外から重い足音が響いた。


 東堂重工探索部。


 重装甲の三人が、通りの向こうから現れる。


 全員が企業ロゴ入りの重装備。

 背後には防衛ドローンが四機。


 隊長らしき男が、拡声器越しに言った。


「九条セーフティリンク臨時隊に通告する。当該物資庫内には、東堂重工製試験装備が含まれている。装備の不正占有を停止し、所有権を移譲せよ」


 リアが小声で言う。


「うわ、めんどくさ」


 セイラは一歩前に出た。


「お断りしますわ」


「これは正当な権利主張だ」


 俺は鑑定した。


 対象:東堂重工隊長の発言

 嘘:正当な権利主張


「嘘です」


 セイラは笑う。


「黒瀬透真」


「はい」


「今の一言で十分です」


 彼女は手を振った。


 倉庫内の金属ワイヤーが飛び出し、路上の支柱に絡む。


 続いて盾が前方に並び、即席の防壁になる。


 東堂の防衛ドローンが動く。


 銃口のような魔導端末がこちらを向いた。


 カナタが前に出る。


 ドローンの射線を読むように、わずかに身体をずらす。


「来るぞ」


 短い警告。


 次の瞬間、ドローンから非殺傷の魔導弾が放たれた。


 セイラが盾を動かす。


 魔導弾が盾に当たり、青い火花が散る。


 カナタがその隙に前へ出る。


 一体目のドローンを斬るのではなく、軸をずらす。


 ドローンは壁にぶつかり、制御を失う。


 リアが低く走り、東堂隊員の側面へ回る。


 正面からは重装備で硬い。


 だから、足元を崩す。


 彼女は足払いではなく、セイラが動かしたワイヤーを使って相手の膝裏に引っかけた。


 隊員がよろめく。


 ミナトが端末を見て叫ぶ。


「右のドローン、使用権一時停止できる! 識別番号TDD-04!」


 セイラが即座に入力。


【使用権停止申請】

【対象:TDD-04】

【理由:所有権係争中装備の安全停止】


 右のドローンが空中で停止する。


 東堂隊長の表情が変わった。


「なっ……!」


「あなた方の装備、使用権停止条項が弱いですわ」


 セイラの声は冷たい。


「所有権を盾にするなら、自分の契約書くらい読み込むべきでしたわね」


 東堂隊長が歯を食いしばる。


 重装隊員が二人、同時に突っ込んでくる。


 カナタが一人を止める。


 リアがもう一人の進路を逸らす。


 だが、三人目がセイラへ向かう。


 俺は叫んだ。


「九条さん、左!」


 セイラは振り返らない。


 代わりに、倉庫の扉が動いた。


 重い金属扉が横からせり出し、三人目の進路を塞ぐ。


 隊員がぶつかり、動きが止まる。


 セイラが言う。


「ここは私の物資庫です」


 彼女の指が動く。


 補給箱が床を滑り、隊員の足元を崩す。


「勝手に入らないでくださる?」


 東堂重工探索部は、正面戦闘では強かった。


 装備も硬い。

 ドローンも強い。

 企業所有物の主張も厄介。


 だが、東側物資庫の所有権を取った後のセイラは強かった。


 倉庫内の装備、扉、防壁、ワイヤー、照明。

 すべてが彼女の手足のように動く。


 完全な支配ではない。


 だが、十分だった。


 数分後、東堂重工探索部は後退した。


 撃破には至らない。


 だが、東側物資庫の防衛には成功。


 所有点が加算される。


【九条セーフティリンク臨時隊】

【東側物資庫:所有中】

【所有点加算】


 リアが息を吐いた。


「やった……!」


 ミナトが笑う。


「序盤としては上々」


 カナタも短く言う。


「悪くない」


 俺も少しだけ安心しかけた。


 だが、セイラの表情は晴れなかった。


「まだです」


 彼女は端末を見ている。


 次の瞬間、表示が変わった。


【白鷺連合より契約申請】

【東側物資庫の共同利用契約を提案】

【承認すれば、白鷺連合との一時同盟が成立します】


 リアが顔をしかめる。


「来た」


 ミナトが言う。


「交渉型の白鷺連合。ここで同盟提案か」


 セイラは契約文を開く。


 その目が、すぐに険しくなった。


「黒瀬透真」


「はい」


「この共同利用契約を鑑定」


 俺は契約文を見る。


【共同利用契約】

【東側物資庫の所有権は九条セーフティリンク臨時隊に残したまま、白鷺連合に内部物資の一部利用権を与える】

【双方は互いに攻撃しない】


 鑑定。


 対象:共同利用契約文

 嘘:所有権は九条セーフティリンク臨時隊に残したまま


「所有権が残る、が嘘です」


 セイラの顔が冷たくなる。


「やはり」


 契約文の下部に、小さな補足条項があった。


【共同利用中に白鷺連合が内部物資の三割以上を運用した場合、物資庫の実質占有権は共同管理へ移行する】


 リアが言う。


「小さっ! こんなの見落とすって」


「見落とさせるためですわ」


 セイラの声には怒りが混じっていた。


「共同管理になれば、私の《所有権》は弱まります。白鷺はそこを狙っている」


 俺は、セイラの横顔を見る。


 彼女は東堂を退けた。


 でも、すぐに白鷺が契約で奪いに来た。


 戦闘で勝っても、所有を守れるとは限らない。


 まさにこの試合の怖さだった。


 セイラは契約申請を拒否しようとした。


 その時、ミナトが言う。


「待った」


「何ですの」


「拒否するだけだと白鷺は東堂と組むよ」


「でしょうね」


「なら、逆に条件を出そう」


 セイラは目を細める。


「聞くだけ聞きます」


「物資庫の共同利用は拒否。その代わり、東堂重工の中央拠点進行情報を共有する契約を結ぶ。白鷺は情報を得る。こっちは所有権を守る」


「白鷺が乗ると?」


「乗るかは五分。でも向こうは東堂とも組みたくないはず。東堂は装備も拠点も企業所有で固めてくるから、白鷺の交渉が通りにくい」


 セイラは少し考える。


「黒瀬透真。白鷺連合の申請文全体をもう一度」


 俺は鑑定する。


 対象:白鷺連合の共同利用申請

 嘘:互いに攻撃しない


「互いに攻撃しない、も嘘です」


 ミナトが笑う。


「じゃあ、完全に信用する必要なし。限定契約だけでいい」


 セイラは端末に新しい契約を作り始めた。


 早い。


 物資庫の所有権は渡さない。

 内部物資の利用権も渡さない。

 代わりに、東堂重工の中央拠点進行に関する情報だけを限定共有。

 契約時間は三分。

 更新なし。

 相互攻撃禁止ではなく、東側物資庫周辺での非攻撃のみ。


 セイラは送信する。


【九条セーフティリンク臨時隊より逆提案】

【限定情報共有契約】


 数秒後。


【白鷺連合:承認】


 リアが驚く。


「通った」


 ミナトがにやりとする。


「ほらね」


 セイラはミナトを見る。


「たまには役に立ちますわね」


「褒めてる?」


「ほんの少し」


「やった」


 その時、白鷺連合から情報が入る。


【東堂重工探索部、中央拠点へ進行中】

【防衛ドローン六機】

【拠点優先所有権申請準備中】


 中央拠点。


 高得点エリア。


 東堂はそこを狙っている。


 セイラは端末を見て、短く言った。


「中央へ向かいます」


「物資庫は?」


 俺が聞く。


「所有権を維持したまま、防衛設定を残します。完全に守り切る必要はありません。中央拠点を東堂に取られる方が危険です」


 カナタが頷く。


「動くなら今だ」


 俺たちは東側物資庫を後にした。


 セイラが最後に指を振る。


 物資庫の扉が閉まり、防衛ドローンの一部が待機状態になる。


 完全ではない。


 だが、最低限の守りは残った。


 中央拠点へ向かう道中、俺は思った。


 セイラは強い。


 物資庫を取った時の彼女は、本当に強かった。


 所有権を得た瞬間、戦場そのものを自分のものに変えた。


 でも、この試合はそれだけでは勝てない。


 所有したものは奪われる。

 契約で揺さぶられる。

 スポンサー承認で横取りされる。

 共同利用の名目で薄められる。


 金と権利だけでは守れない。


 セイラ自身も、それを分かっているのだろう。


 だからこそ、彼女の表情はずっと険しい。


 中央拠点が見えてきた。


 崩れたビルの中心にある、巨大な管制塔。


 その周囲では、すでに東堂重工探索部と白鷺連合の一部がぶつかっていた。


 中央拠点の端末には、赤い文字が点滅している。


【所有権未確定】

【複数チームによる申請競合中】


 セイラが足を止める。


 その目が、端末ではなく、拠点全体を見ていた。


「ここを取ります」


「正面から?」


 リアが聞く。


「いいえ」


 セイラは小さく息を吸う。


「所有権を奪い合う試合で、最も大事なことを教えて差し上げますわ」


 彼女は手袋を締め直した。


「誰のものでもないものを取るより、誰かが持っていると思い込んでいるものの前提を崩す方が早い」


 その言葉と同時に、中央拠点の権利表示が一瞬乱れた。


 セイラが何かを見つけたのだ。


 だが、次の瞬間、東堂重工の隊長がこちらを見た。


 彼は笑っていた。


 嫌な笑みだった。


【東堂重工探索部より所有権異議申立】

【九条セーフティリンク臨時隊の東側物資庫所有権に重大な瑕疵あり】


 セイラの顔が変わった。


「……何ですって?」


 表示が続く。


【東側物資庫の登録時、黒瀬透真は正式戦闘員ではなく補助枠であるため、三名認証条件を満たさない可能性があります】


 俺は息を止めた。


 俺が。


 俺の補助枠登録が、物資庫の所有権を崩す穴にされた。


 リアが叫ぶ。


「そんなの今さら!?」


 ミナトが舌打ちする。


「やられた。補助枠の扱いを突いてきた」


 セイラは端末を睨む。


 東側物資庫の所有権表示が揺らいでいる。


【所有権審査中】


 もし東側物資庫の所有権が無効になれば。


 セイラが動かした装備も、防衛設定も、得点も揺らぐ。


 俺のせいで。


 そう思った瞬間、胸が冷えた。


 だが、セイラは俺を見なかった。


 彼女はまっすぐ東堂隊長を睨んだ。


「面白いですわね」


 声が冷たい。


「私の所有に、私の仲間を穴として使うつもりですか」


 東堂隊長は拡声器越しに言った。


「ルール上の確認だ。補助枠は戦闘員とは扱いが異なる。認証条件に含まれるかは審査対象となる」


 俺はその言葉を鑑定する。


 対象:東堂隊長の発言

 嘘:ルール上の確認


「嘘です。狙ってやってます」


 セイラは微笑んだ。


「ええ、知っています」


 彼女は俺に言った。


「黒瀬透真」


「はい」


「あなたは穴ではありません」


 その一言で、俺は顔を上げた。


 セイラは端末を操作する。


「補助枠は戦闘員ではない。ですが、チーム登録者です。所有認証条件に必要なのは戦闘員三名ではなく、チームタグ認証三名。条文を読めない方々に、所有権争奪戦は少し早かったようですわね」


 セイラの指が、決定ボタンを押す。


【九条セーフティリンク臨時隊より反論】

【物資庫登録条件:チームタグ認証三名以上】

【黒瀬透真は正式チームタグ保持者】

【補助枠であることは認証資格を制限しない】


 数秒。


 表示が揺れる。


【反論受理】

【東側物資庫の所有権は維持されます】


 俺は息を吐いた。


 セイラは一歩前に出る。


 中央拠点の混戦へ向かって。


「さあ」


 彼女の声は、静かに燃えていた。


「次は、こちらがあなた方の所有権を崩す番ですわ」


 中央拠点争奪戦が、始まる。

ここまで読んでくださりありがとうございます。


本戦第一試合、「所有権争奪戦」が始まりました。


今回はセイラ中心の試合です。

彼女の《所有権》は、条件さえ整えば非常に強力です。

物資庫を所有した瞬間、扉、盾、ワイヤー、補給箱、防衛ドローンまで戦力に変えました。


ただし、この試合では所有権そのものが奪い合いの対象になります。

スポンサー承認、共同利用契約、補助枠の扱いなど、戦闘以外の部分で所有権を崩される危険があります。


セイラにとって、自分の力の土台を揺さぶられる試合です。

金と権利だけでは守れない相手に、彼女がどう向き合うかが次の鍵になります。


次回は、中央拠点をめぐってさらに所有権の奪い合いが激しくなります。

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