表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
33/55

第33話 予選突破と英雄の登場

 神楽坂レイジ。


 その名前が出た瞬間、控室の空気が変わった。


 国家選抜戦の特別審査員。

 現代探索者制度の象徴。

 S級ダンジョン攻略の英雄。


 ニュースで、授業で、探索者向けの教材で、何度も見た名前だった。


 だが今の俺にとって、その名前はただの英雄ではない。


 古い攻略ログに残っていた名前。


 黒瀬澪と同じ記録系列に表示された名前。


 俺の妹が、国家選抜戦関連調査に鑑定系スキル保持者として関わっていた。

 そして、その近くに神楽坂レイジの名前があった。


 偶然だと思いたかった。


 でも、もう偶然という言葉で片づけるには、いろいろなものが重なりすぎている。


 運営スタッフが退出した後も、俺たちはしばらく黙っていた。


 端末には、第三予選の結果がまだ表示されている。


【第三予選:暫定通過】

【不信開示:五名】

【チーム崩壊リスク:可視化済】


 誰かを切らずに済んだ。


 それは確かに良かった。


 けれど、すぐ次に神楽坂レイジ本人が来ると知らされて、安堵はほとんど残らなかった。


 白峰リアが、慎重に俺を見る。


「黒瀬さん、大丈夫?」


「大丈夫ではないです」


 即答した。


 リアは少しだけ目を丸くして、それから苦笑した。


「正直でよろしい」


「嘘つく余裕がないだけです」


「うん。それは分かる」


 九条セイラは腕を組んだまま、壁際に立っていた。


「落ち着きなさい。まだ、神楽坂レイジが澪さんの件に直接関わっていたと決まったわけではありません」


「分かってます」


「分かっていない顔ですわ」


「……分かろうとはしてます」


「なら結構です」


 セイラの声はいつも通りきつかった。


 でも、今はそれがありがたい。


 俺が頭の中で勝手に結論を作りそうになるたび、彼女はそれを止める。


 断片は結論ではない。


 澪の記憶断片を見た時、セイラに言われたことが頭に残っている。


 意味を急いで固定するな。


 今も同じだ。


 神楽坂レイジの名前が出た。

 澪のログと近い場所にあった。


 でも、それだけで敵だと決めつけてはいけない。


 そう分かっている。


 分かっているのに、心臓は落ち着かない。


 御影カナタは、椅子に座ったまま剣袋を膝に置いていた。


 神楽坂の名前を聞いてから、彼はほとんど喋っていない。


 だが、表情が少し硬い。


 カナタも、神楽坂を知っているのだろうか。


 元S級探索者なら、英雄と呼ばれる男と接点があっても不思議ではない。


 鴉羽ミナトは、いつもの薄い笑みを浮かべている。


 ただ、目だけはやけに醒めていた。


「神楽坂レイジかあ」


 ミナトが呟く。


「いよいよ大物が出てきたね」


 リアが睨む。


「楽しそうに言わないで」


「楽しくはないよ。高く売れる名前だなって思っただけ」


「ほんと最悪」


「うん」


 ミナトは否定しなかった。


 セイラが冷たく言う。


「鴉羽ミナト。黒瀬澪に関する情報の第三者提供は禁止です。神楽坂の名前が出たとしても、契約対象に含めます」


「はいはい。分かってる」


「はいは一回」


「はい」


 ミナトは肩をすくめる。


 その軽さは腹立たしい。


 でも、今はその軽さで場が完全に沈み切らずに済んでいる部分もあるのかもしれない。


 認めたくはないが。


 控室の扉が再び開いた。


 今度は佐伯ユズルだった。


「最終判定が出ました」


 全員が顔を上げる。


 佐伯は端末を机に置いた。


【九条セーフティリンク臨時隊】

【予選総合順位:六位】

【国家選抜戦予選:突破】


 リアが大きく息を吐いた。


「突破……!」


 セイラは小さく顎を上げる。


「当然ですわ」


 ミナトが笑う。


「六位か。悪くないね」


 カナタは短く言った。


「通ったならいい」


 俺は端末の文字を見つめた。


 予選突破。


 通った。


 あの即席で、信用しきれない、歪なチームで。


 配信事件から始まって、セイラの裁判、アルカディア潜入、国家選抜戦予選。


 ここまで来た。


 普通なら、嬉しいはずだった。


 でも、今の俺の胸には、喜びと不安が混ざっていた。


 この先へ進めば、アルカディアの中枢に近づけるかもしれない。

 澪の真実にも近づけるかもしれない。


 その代わり、今までよりもっと大きなものに触れることになる。


 神楽坂レイジ。


 英雄。


 その名が、目の前まで来ている。


「発表会場へ移動します」


 佐伯が言った。


「特別審査員の挨拶もそこで行われます。黒瀬さん」


「はい」


「繰り返します。断片で結論を出さないでください」


「……はい」


「ただし、見るべきものは見てください」


 佐伯らしい言い方だった。


 止めるだけではない。

 目を逸らせとも言わない。


 見ろ。


 でも、決めつけるな。


 難しい注文だ。


 だが、俺の鑑定はたぶん、そういうものなのだと思う。


 嘘を見るだけでは足りない。

 その嘘がなぜあるのか、何を守ろうとしているのか、何を隠しているのか。


 それを急いで決めれば、また誰かの編集に飲まれる。


 俺たちは控室を出た。


 発表会場は、仮設ドームの中央に作られていた。


 巨大なモニター。

 照明。

 記録ドローン。

 運営席。

 スポンサー席。

 報道席。


 予選を突破したチームが次々と集まってくる。


 天城ブレイヴ。

 蒼穹騎士団。

 アルカディア・ゲート推薦チーム。

 王城医療支援班。

 そして、俺たち。


 九条セーフティリンク臨時隊。


 改めて見ると、本当に浮いている。


 リアは有名配信者。

 セイラは嫌われ者の令嬢。

 ミナトは情報屋。

 カナタは引退状態だった元S級。

 俺はFランク鑑定士。


 綺麗なチームではない。


 でも、第三予選でそれを隠さないことを選んだ。


 俺は周囲の視線を感じながら、ステージ前の指定位置に立った。


 近くには、アルカディア推薦チームがいる。


 白と銀の統一装備。

 全員の姿勢が整っている。


 第一予選一位通過。

 第二予選も上位。

 第三予選も、おそらく高得点。


 彼らの隊長らしき男が、こちらを見た。


 落ち着いた笑み。


 整いすぎた表情。


 俺は鑑定した。


 対象:アルカディア推薦チーム隊長

 状態:平静

 嘘:予選は実力通りの結果


 やはり嘘。


 実力だけではない。


 何かがある。


 だが、今ここで踏み込むことはできない。


 セイラが小声で言う。


「見えましたの?」


「予選は実力通りの結果、が嘘です」


「記憶しました」


「言い方が佐伯さんっぽい」


「不本意ですわ」


 その時、会場の照明が落ちた。


 大型モニターに、予選突破チームの一覧が表示される。


 歓声が上がる。


 リアが少し肩を強張らせる。


 視線が集まる場。


 配信者だった彼女には慣れているはずの場所だ。


 でも今のリアは、以前のように全員に笑顔を振りまくことはしなかった。


 小さく手を振るだけ。


 それでも、彼女を見ている人は多い。


 歓声の中に、応援と好奇心と疑いが混じっている。


 リアはそれを全部受け止めるように、一度だけ深く息を吸った。


 セイラは堂々としている。


 嫌われることに慣れた人間の立ち方。


 背筋を伸ばし、顎を上げる。


 好かれようとはしない。

 でも、逃げもしない。


 ミナトは、観客席やスポンサー席の方を見ている。


 どこに誰がいるのか、何が売れる情報なのか、常に測っているような目。


 カナタは、ほとんど動かない。


 ただ、会場全体を静かに見ている。


 警備の配置。

 退避経路。

 参加者の立ち位置。


 きっとそういうものを見ている。


 そして俺は。


 ステージ中央に視線を向けた。


 運営責任者が挨拶をする。


 国家選抜戦の意義。

 S級ダンジョン攻略の重要性。

 予選突破者への称賛。

 本戦への期待。


 言葉は立派だった。


 だが、俺は半分も聞けていなかった。


 心臓がうるさい。


 次だ。


 次に出てくる。


 やがて、運営責任者が声を張った。


「それでは、本戦特別審査員を務めていただく方をご紹介いたします」


 会場の空気が大きく揺れる。


「幾度ものS級ダンジョン災害を鎮め、探索者制度の発展に多大な貢献をされた、日本探索者界の英雄――」


 分かっていても、息が止まる。


「神楽坂レイジ様です」


 歓声が爆発した。


 照明がステージ中央へ集まる。


 一人の男が、ゆっくりと歩いてきた。


 背が高い。


 年齢は四十代前半くらいだろうか。

 黒い探索者コートに、銀のライン。

 派手な装飾はほとんどない。


 だが、その存在感だけで会場の空気が変わった。


 優しげな顔立ち。

 落ち着いた目。

 無駄のない歩き方。


 笑っているわけではない。

 それでも、見る者に安心感を与える。


 この人なら大丈夫だ。


 そう思わせる何かがある。


 これが、英雄。


 神楽坂レイジ。


 会場の観客たちは立ち上がり、拍手を送る。


 他の参加者たちも、自然と姿勢を正していた。


 リアも、セイラも、ミナトも、カナタも、それぞれ違う表情で彼を見ている。


 俺はただ、動けなかった。


 澪のログにあった名前。


 神楽坂レイジ。


 その本人が、今目の前にいる。


 神楽坂はマイクの前に立った。


 歓声が少しずつ静まる。


 彼は穏やかな声で言った。


「予選突破、おめでとうございます」


 その声だけで、会場が聞く姿勢になる。


「ここに立っている皆さんは、力だけではなく、判断力、連携、そして自分自身の弱さと向き合う力を示しました」


 第三予選のことを言っているのだろうか。


 俺は無意識に拳を握る。


 神楽坂は続ける。


「S級ダンジョンに必要なのは、強い探索者だけではありません。自分が見たいものだけを見る者は、そこで道を誤ります。仲間の弱さを見ない者も、仲間の強さだけを信じる者も、同じです」


 言葉は正しい。


 たぶん。


 それなのに、俺はざわついていた。


 この人が言うと、全部が綺麗に聞こえる。


 綺麗すぎる。


 アルカディアの綺麗さとは違う。

 葉山怜司の営業用の笑顔とも違う。


 神楽坂の言葉には、本当に人を救ってきた重みがある。


 だからこそ、怖い。


 俺は鑑定した。


 しようとした。


 神楽坂レイジを対象に。


 嘘があるのか。

 危険があるのか。

 本音が見えるのか。


 視界が一瞬、白く弾けた。


 そして、表示が出た。


【鑑定不能】


 それだけだった。


 鑑定不能。


 俺は息を呑んだ。


 初めてだった。


 人間を鑑定しようとして、何も見えないことはあった。

 対象が遠い時。

 曖昧な時。

 情報が少ない時。


 でも、目の前にいる相手に、これほどはっきり「鑑定不能」と出たことはない。


 嘘が見えないのではない。


 嘘がないのでもない。


 鑑定そのものが届かない。


 俺はもう一度試そうとした。


 対象:神楽坂レイジ。


【鑑定不能】


 同じ。


 背筋が冷える。


 セイラが俺の異変に気づいた。


「黒瀬透真」


 小声。


「何が見えましたの?」


 俺は声を絞り出した。


「鑑定不能」


 セイラの表情が変わる。


 リアも俺を見る。


 ミナトの目が細くなる。


 カナタは、神楽坂から目を逸らさない。


 ステージ上では、神楽坂がまだ話している。


「本戦では、より厳しい試練が待っています。時には、過去の選択を問われることもあるでしょう。ですが、どうか忘れないでください。探索者とは、正しい答えを最初から持つ者ではありません」


 神楽坂は会場全体を見渡す。


「迷いながら、それでも一歩を選ぶ者です」


 その言葉に、会場が静かに聞き入る。


 誰もが納得しているように見えた。


 俺だけが、冷たい汗をかいている。


 鑑定不能。


 なぜ。


 能力の相性か。

 神楽坂のスキルか。

 それとも、俺の鑑定が届かないほど何かに守られているのか。


 俺は視線を下げそうになる。


 だが、下げられなかった。


 神楽坂がこちらを見た気がした。


 ステージ上から、参加者全体を見渡しているだけ。


 そう思いたい。


 しかし、その目は一瞬だけ、俺のところで止まった。


 本当に一瞬。


 だが、確かに。


 神楽坂レイジは、俺を見た。


 黒瀬透真を。


 その瞬間、胸の奥が強く鳴った。


 神楽坂はすぐに視線を移し、挨拶を締める。


「本戦で、皆さんの選択を見届けます」


 拍手が起こる。


 大きな拍手。


 会場中が英雄を称えている。


 その中で、俺は手を叩けなかった。


 リアがそっと俺の横に立つ。


「黒瀬さん」


「はい」


「顔、真っ青」


「……鑑定できませんでした」


「神楽坂さんを?」


「はい」


 リアは息を呑んだ。


 セイラが低く言う。


「鑑定不能。つまり、あなたの能力が通らない相手」


「はい」


 ミナトが小さく笑った。


 いつもの軽い笑いではない。


「英雄は高いねえ」


「今そういうことを言うな」


 リアが睨む。


 ミナトは両手を上げた。


「ごめん。でも、これは本当に高い情報だよ。もちろん売らない。契約あるからね」


「当たり前ですわ」


 セイラの声は冷たい。


 カナタがようやく口を開いた。


「神楽坂に普通の鑑定は通らない」


 全員がカナタを見る。


 俺は一歩近づいた。


「知ってるんですか」


 カナタは短く答える。


「噂だ」


「噂?」


「あいつは、見られることに慣れている」


「どういう意味ですか」


 カナタはそれ以上答えなかった。


 ただ、ステージから降りる神楽坂を見ていた。


 その横顔は、いつもより少しだけ険しかった。


 予選突破チームの発表が続く。


 俺たちの名前も正式に呼ばれた。


 九条セーフティリンク臨時隊。


 予選突破。


 モニターにチーム名が映り、会場の一部から拍手が起こる。


 リアのファンらしき声もあった。

 セイラに対するざわめきもあった。

 ミナトを見て眉をひそめる関係者もいた。

 カナタに気づいて驚く探索者もいた。

 俺の名前を見て、小さく何かを言う記者もいた。


 だが、俺はその全部が遠かった。


 俺の頭には、一つの表示だけが残っている。


【鑑定不能】


 嘘が見えない相手。


 真実が読めない相手。


 そして、澪の過去とつながっているかもしれない英雄。


 発表が終わり、参加者たちが移動を始める。


 俺たちも控室へ戻ろうとした。


 その時、運営スタッフが近づいてきた。


「九条セーフティリンク臨時隊の黒瀬透真様ですね」


 俺は足を止めた。


「はい」


「神楽坂特別審査員より、短くご挨拶をしたいとのことです」


 心臓が跳ねた。


 リアがすぐに警戒する。


「今ですか?」


「はい。数分だけです」


 セイラが前に出る。


「一人で行かせるつもりですの?」


「いえ、チーム代表者の同席は可能です」


 セイラは俺を見る。


「行きますわよ」


 リアも言う。


「私も行く」


 ミナトが軽く手を上げる。


「俺も興味ある」


「あなたは黙っていなさい」


「ひどい」


 カナタはしばらく沈黙した後、言った。


「俺も行く」


 意外だった。


 カナタが自分から同行を申し出るのは、珍しい。


 スタッフは少し戸惑ったが、すぐに頷いた。


「では、短時間でお願いいたします」


 案内されたのは、ステージ裏の小さな応接室だった。


 扉の前には管理局と運営の警備員。

 中には、神楽坂レイジが一人で立っていた。


 近くで見ると、テレビやモニター越しよりも落ち着いた印象だった。


 威圧感はない。


 むしろ、こちらを安心させるような柔らかさがある。


 だが俺は、その柔らかさを素直に受け取れなかった。


 神楽坂は俺たちを見て、静かに微笑んだ。


「予選突破、おめでとう」


 その声は、ステージ上と同じだった。


 俺は返事をしようとして、うまく言葉が出なかった。


 代わりにセイラが答える。


「ありがとうございます。神楽坂様」


「九条セイラさん。裁判の件は聞いている。大変だったね」


「私に同情は不要ですわ」


「そうか。失礼した」


 神楽坂は素直に頷いた。


 セイラは少しだけ目を細める。


 リアにも視線が向く。


「白峰リアさん。配信を切る選択、見事だった」


 リアが少し驚く。


「知ってるんですか」


「大きな出来事だったからね。見せないことで守るものもある。君はそれを選んだ」


 リアは一瞬だけ言葉に詰まった。


「……ありがとうございます」


 神楽坂はミナトを見る。


「鴉羽ミナト君」


「俺のことも知ってるんだ?」


「情報を扱う者は、情報としても扱われる」


「怖いこと言うね、英雄様」


 神楽坂は怒らなかった。


 ただ静かに微笑んだ。


 次にカナタを見る。


「御影カナタ」


 カナタは目を細める。


「久しぶりだな」


「久しぶり、というほど話したことはない」


「そうだったね」


 二人の間に、妙な距離があった。


 知っている。

 だが親しいわけではない。


 それ以上は分からない。


 そして、最後に。


 神楽坂は俺を見た。


「黒瀬透真君」


 名前を呼ばれただけで、胸が詰まった。


「君のことも、聞いている」


「……配信禁止区域の件ですか」


「それもある」


 それも。


 他にもある、という言い方だった。


 俺は思わず踏み込もうとした。


「黒瀬澪を」


 セイラが小さく俺の腕を掴んだ。


 強くはない。


 止めるための、最低限の力。


 今ここで感情のまま問い詰めるな。


 そういう意味だ。


 俺は息を吸った。


「……すみません」


 神楽坂は、俺を見つめたまま言った。


「君の目は、昔知っていた子に似ている」


 世界が止まった。


 昔知っていた子。


 それが誰かなんて、聞くまでもない。


 でも、聞かずにはいられなかった。


「それは、黒瀬澪のことですか」


 神楽坂はすぐには答えなかった。


 沈黙。


 ほんの数秒。


 だが、俺には長すぎた。


 そして彼は言った。


「本戦まで勝ち上がれば、少し話そう」


 答えではなかった。


 でも、否定でもなかった。


 俺はもう一度鑑定しようとした。


 神楽坂レイジ。


【鑑定不能】


 やはり。


 何も見えない。


 セイラが静かに言う。


「今ここで話せない理由が?」


「ある」


 神楽坂は穏やかに答えた。


「だが、それも今ここで語るべきではない」


「便利な言い方ですわね」


「そう聞こえるだろうね」


 神楽坂は否定しなかった。


 リアが言う。


「黒瀬さんは、ずっと探してます。澪さんのこと」


「分かっている」


「分かってるなら」


「だからこそ、今は話せない」


 リアが言葉を止める。


 神楽坂の声には、強い拒絶ではなく、重い何かがあった。


 カナタが低く言う。


「また隠すのか」


 神楽坂はカナタを見た。


「必要なら」


「それで失敗したやつを、俺は知ってる」


「私も知っている」


 二人の間に、また沈黙が落ちる。


 俺には分からない会話だった。


 だが、カナタは何かを知っている。


 少なくとも、神楽坂が何かを隠す人間だということを。


 神楽坂は最後に俺へ視線を戻した。


「黒瀬君。本戦へ来なさい」


「……行きます」


「そこで、君が何を見るかを見たい」


 鑑定不能の男が、俺にそう言った。


 嘘かどうかは分からない。


 本音かどうかも分からない。


 ただ、その言葉だけが残った。


 応接室を出た後、俺はしばらく喋れなかった。


 リアが隣を歩く。


「黒瀬さん」


「はい」


「今の、かなり確定に近いよね」


「はい」


 神楽坂は澪の名前を否定しなかった。


 昔知っていた子。


 君の目は似ている。


 それだけで、十分だった。


 セイラが言う。


「本戦まで勝ち上がれば、話す。そう言質を取りました」


「言質って」


「大事ですわ」


「そうですね」


 ミナトが呟く。


「英雄はやっぱり高いなあ」


 リアに睨まれて、ミナトは両手を上げた。


「売らないよ。契約あるし」


 カナタは無言で歩いていた。


 俺は彼の横顔を見る。


「御影さん」


「何だ」


「神楽坂さんと、何かあったんですか」


「昔、同じ現場にいただけだ」


「それだけですか」


「今は、それだけでいい」


 今は。


 その言い方が、また何かを隠している。


 でも、俺はそれ以上聞かなかった。


 聞いても、今はたぶん答えない。


 俺たちは控室へ戻った。


 モニターには、本戦進出チームの一覧が表示されている。


 その中に、俺たちの名前がある。


 予選突破。


 国家選抜戦本戦へ。


 その先に、アルカディアがいる。

 澪の真実がある。

 神楽坂レイジがいる。


 俺は自分の手を見た。


 まだ少し震えている。


 鑑定不能。


 その表示が、頭から離れない。


 嘘を見抜けない相手。


 真実を読めない相手。


 俺は初めて、自分のスキルがまったく届かない壁を見た。


 怖い。


 でも、進むしかない。


 本戦まで勝ち上がれば、少し話そう。


 その言葉を、逃がすわけにはいかない。

ここまで読んでくださりありがとうございます。


今回は、予選突破と神楽坂レイジ本人の登場でした。


透真たちは第三予選を抜け、国家選抜戦本戦へ進むことになりました。

即席で、信用しきれない部分も多いチームですが、予選を通して少しずつ形になってきています。


そして、ついに神楽坂レイジが登場しました。

英雄と呼ばれる男であり、澪の過去とつながっている可能性が高い人物です。


透真の鑑定は、神楽坂に対して初めて「鑑定不能」と表示されました。

嘘が見えないのではなく、鑑定そのものが届かない相手です。


神楽坂は澪を知っていることをほぼ示しましたが、まだ全ては語りません。

本戦へ進むことで、透真はさらに大きな真実へ近づいていきます。


ブックマークや評価で応援していただけると、とても励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ