第32話 裏切り者を一人選べ
第二予選を突破した直後から、俺たちの控室の空気は変わっていた。
無音エリアでは、声を出せなかった。
だからこそ、逆に分かったことがある。
御影カナタは本物だ。
派手に斬るわけではない。
叫ぶわけでもない。
目立つ技を使うわけでもない。
それでも、足音を殺し、魔物を誘導し、仲間の動きを最小限で整え、危険を先に潰していく。
あの人がいなければ、俺たちは途中で止まっていた。
止まるだけならまだいい。
誰かが音を立てて、白い蛇型の魔物に囲まれていたかもしれない。
元S級探索者。
その肩書きの意味を、ようやく少しだけ理解した気がした。
だが、今の俺の頭の中を占めているのは、カナタの強さだけではなかった。
黒瀬澪。
鑑定系スキル保持者。
国家選抜戦関連調査。
異常反応読取。
記録補助。
妹の名前が、古い攻略ログにあった。
澪も鑑定士だった。
俺とは違う対象を見る鑑定士。
ダンジョンの異常を読む能力者。
そして、その同じログ系列に一瞬だけ表示された名前。
神楽坂レイジ。
英雄。
現代探索者制度の象徴。
澪と神楽坂の名前が、同じ場所にあった。
それが何を意味するのか、まだ分からない。
けれど、何も関係がないとは思えなかった。
「黒瀬透真」
九条セイラの声で、俺は顔を上げた。
彼女は腕を組み、控室の壁際に立っている。
「また沈んだ顔をしていますわね」
「すみません」
「謝る必要はありません。ですが、今は次の試験に備えなさい」
「はい」
「返事だけは立派ですわ」
「刺しますね」
「刺さらないと効かないでしょう」
否定できなかった。
白峰リアは、机の上に置かれた水を両手で包み込むように持っていた。
無音エリアを抜けた後だからか、彼女は何度も小さく声を出している。
「喋れるって、ほんとありがたい……」
ミナトが笑う。
「リアさん、配信者としての根本を再確認したね」
「うるさい。ミナトも喋れないとだいぶ弱ってたじゃん」
「俺は沈黙でも仕事できるタイプだよ」
「滑りかけて魔物呼びそうになった人が言う?」
「それはまあ、足元が悪かった」
「ミナトの言い訳、毎回うっすい」
「薄くても言い訳は言い訳だからね」
リアはまだミナトを完全には許していない。
第一予選の後、ミナトはアルカディア推薦チームに情報を売った。
契約違反ぎりぎり、いや一部は完全に踏み越えていた。
その後、セイラによって追加契約を結ばされ、黒瀬澪に関する情報の第三者提供も禁止された。
それでも、信用できるようになったわけではない。
ミナトは味方ではない。
少なくとも、俺たちが普通に想像する意味での味方ではない。
それでも、今このチームにいる。
契約で縛られ、利害でつながり、どこかでアルカディアを憎みながら。
カナタは部屋の隅で剣袋を抱えるようにして座っていた。
目を閉じている。
眠っているようにも見えるが、たぶん眠ってはいない。
この人は、休んでいる時でも周囲を切っていない。
佐伯ユズルが控室に入ってきたのは、それから数分後だった。
彼はいつものように淡々としていたが、手に持った端末の画面だけが妙に重く見えた。
「次の予選内容が発表されました」
部屋の空気が引き締まる。
リアが顔を上げる。
「次は何?」
佐伯は端末を机の中央に置いた。
画面に文字が表示される。
【第三予選:裏切り者を一人選べ】
その瞬間、誰も喋らなかった。
表示された文面は、さらに続いた。
【各チームは、制限時間内にチームメンバーの中から一名を脱落者として選択すること】
【脱落者を選択したチームには追加ポイントを付与する】
【選択しない場合、通常ポイントのみで予選通過判定を行う】
【脱落者は以後の予選参加権を失う】
リアが低く呟いた。
「……最悪」
その一言に、全員の気持ちが詰まっていた。
裏切り者を一人選べ。
タイトルからして悪趣味だったが、内容はそれ以上だった。
誰か一人を切れば、追加ポイントが入る。
切らなければ、通常ポイントだけ。
ただし、国家選抜戦の予選は総合点で進む。
ここで追加ポイントを取るかどうかは、後々かなり響くかもしれない。
セイラが端末の文面を読み込む。
「選択しない場合でも、即失格ではないのですわね」
「はい」
佐伯が頷く。
「ただし、現在の順位と点差を考えると、追加ポイントを取るチームはかなり有利になります」
「他チームは切るでしょうね」
ミナトが軽く言った。
リアが睨む。
「軽く言わないで」
「軽く言ってるんじゃなくて、現実として」
「それでも言い方ってあるでしょ」
「ごめん」
ミナトはあっさり謝った。
ただ、その謝罪がどこまで本気なのかは分からない。
俺は端末の文面を見つめる。
脱落者を一人選ぶ。
チームの中から。
裏切り者。
その言葉が、妙に引っかかった。
この試験は「弱い者を切れ」ではない。
「足手まといを一人選べ」でもない。
「裏切り者を一人選べ」。
なぜ、裏切り者なのか。
俺は文面を鑑定した。
対象:第三予選課題文
嘘:チームメンバーの中から一名を脱落者として選択すること
嘘が出た。
俺は眉をひそめる。
「……これ、文面に嘘があります」
全員が俺を見る。
セイラが即座に聞く。
「どこですの?」
「『チームメンバーの中から一名を脱落者として選択すること』に嘘が出ました」
リアが少し明るい顔になる。
「じゃあ、選ばなくていいってこと?」
「それは分かりません」
俺は首を横に振る。
「選択しない場合の文面には、まだ嘘を見ていません。でも、少なくともこの課題文には何か引っかけがあります」
ミナトが端末を覗き込む。
「一名を脱落者として選択、ってところかな。それとも、チームメンバーの中から、が嘘かな」
セイラが考える。
「あるいは、脱落者という言葉自体が通常の意味とは異なる可能性もありますわね」
リアが顔をしかめる。
「もうやだ。この大会、言葉遊び多すぎ」
カナタが目を開けた。
「言葉遊びじゃない」
低い声だった。
「人を疑わせる試験だ」
部屋が静かになる。
カナタは端末を見ずに続けた。
「誰を切るか考えた時点で、チームの見方が変わる。弱いやつ。危ないやつ。信用できないやつ。自分を裏切りそうなやつ。そうやって見始める」
その声には、経験があった。
もしかすると、カナタは過去に似たような状況を経験したのかもしれない。
俺は思わず鑑定しかけて、やめた。
今は必要ない。
勝手に見るべきではない。
セイラが言う。
「合理的に考えるなら、最もチーム貢献度が低い者を切るべきです」
言った瞬間、リアが反応した。
「本気で言ってる?」
「合理的に考えるなら、と言いました」
「それ、黒瀬さんってことになるじゃん」
リアの声が少し強くなる。
俺は自分でも分かっていた。
戦闘力だけで見れば、俺が一番低い。
第一予選でも第二予選でも、俺の鑑定は役に立った。
だが、直接戦う力はない。
足首もまだ完全ではない。
もし、誰かを一人切るなら。
俺は候補になる。
セイラはリアをまっすぐ見た。
「だから、合理的に考えるだけでは足りないと言っているのです」
「……それ、先に言ってよ」
「最後まで聞かずに噛みつくからですわ」
「言い方が悪い」
「あなたに言われたくありません」
リアはまだ納得していなさそうだったが、少しだけ力を抜いた。
ミナトが軽く手を上げる。
「じゃあ俺を切る?」
全員がミナトを見た。
彼はいつもの薄い笑みを浮かべている。
「俺、信用ないし。第一予選後に情報売ったし。契約で縛られてるだけの情報屋だし。裏切り者って言葉に一番似合うの俺でしょ」
リアが黙る。
セイラもすぐには答えなかった。
カナタはミナトを見るだけ。
俺は胸がざわついた。
ミナトは軽く言っている。
でも、本当に軽いのか。
俺は鑑定した。
対象:鴉羽ミナト
嘘:俺を切ってもいい
危険:自己処理
嘘。
切られてもいいとは思っていない。
でも、それ以上に「自己処理」という表示が嫌だった。
この人は、自分を処分可能な駒のように扱っている。
自分で自分を切ることで、場を整えようとしている。
「ミナトさん」
「何?」
「切ってもいい、は嘘です」
ミナトの笑みが薄くなる。
リアが息を呑む。
俺は続けた。
「それに、たぶんあなたは、自分が切られれば丸く収まると思ってます。でも、それも違う気がします」
「違うかな」
「違います」
セイラが静かに言った。
「あなたを切れば、確かに分かりやすいですわ。信用できない情報屋を排除した。チームは綺麗になった。そう見えるでしょう」
「いいじゃん」
「よくありません」
セイラの声が鋭くなる。
「それでは、この試験の思惑通りです」
ミナトは黙った。
セイラは続ける。
「このチームは最初から綺麗ではありません。白峰リアは過去に危険配信をした。私は高圧的で嫌われている。あなたは情報を売る。御影カナタは何かを抱えている。黒瀬透真は妹の真実に引きずられている」
「九条さん、さらっと刺しすぎ」
リアが小さく言う。
セイラは構わず続けた。
「誰か一人を切って綺麗なチームのふりをすることはできます。ですが、それは嘘ですわ」
俺はセイラを見た。
高飛車で、きつくて、言葉は鋭い。
でも、言っていることは正しい。
このチームは、綺麗な仲間ではない。
事情がある。
過去がある。
嘘がある。
契約がある。
不信がある。
それでも、ここまで来た。
リアが言う。
「私はミナトを許してない」
「うん」
ミナトは素直に頷く。
「でも、ここで切るのは違うと思う」
リアは視線を逸らさずに言った。
「それは、ミナトのためじゃない。私がまた『裏切られたから切る』って反応だけで動きたくないから」
ミナトは少しだけ目を細めた。
「リアさん、強くなったね」
「そういうの今いらない」
「ごめん」
カナタが静かに言う。
「俺でもいい」
今度は全員がカナタを見る。
彼は表情を変えない。
「チーム戦で前衛は必要だ。でも、俺は長くは使えない。引退状態だったのも本当だ。次以降、足を引っ張る可能性はある」
「御影さん」
俺が声をかけると、カナタは淡々と続けた。
「切るなら早い方がいい」
鑑定。
対象:御影カナタ
嘘:切るなら早い方がいい
危険:自己犠牲
まただ。
自己犠牲。
この人も、自分を切る選択肢を当たり前みたいに出してくる。
「嘘です」
俺は言った。
カナタの目が俺を向く。
「切るなら早い方がいい、は嘘です。御影さんは、必要です」
「必要かどうかは状況で変わる」
「少なくとも今は必要です」
「今だけならな」
「今だけでも、です」
カナタは少し黙った。
俺は続ける。
「無音エリアは御影さんがいなければ突破できませんでした。たぶん、この先もそういう場面がある」
カナタは返事をしなかった。
だが、否定もしなかった。
セイラが言う。
「私を切る選択肢もありますわね」
リアが即座に言う。
「ない」
「早いですわね」
「九条さん切ったら、このチームの契約と権利周り終わるじゃん」
「実利的な理由ですのね」
「あと、なんだかんだ必要」
セイラは少しだけ目を瞬かせた。
「なんだかんだ、とは?」
「説明難しいけど。九条さんがいると、全員が勝手にバラけすぎない」
「それは、私が高圧的だから?」
「まあ、それもある」
「褒めていませんわね」
「半分褒めてる」
「半分は?」
「怖い」
「正直ですわね」
少しだけ空気が緩む。
だが、課題は消えない。
誰かを切れば追加ポイント。
切らなければ、通常ポイントのみ。
俺は端末の文面をもう一度見る。
【各チームは、制限時間内にチームメンバーの中から一名を脱落者として選択すること】
【脱落者を選択したチームには追加ポイントを付与する】
【選択しない場合、通常ポイントのみで予選通過判定を行う】
違和感。
嘘が出たのは、一文目。
チームメンバーの中から一名を脱落者として選択すること。
でも、二文目と三文目はまだ見ていない。
俺は鑑定を続ける。
対象:第三予選課題文
嘘:脱落者を選択したチームには追加ポイントを付与する
ここにも嘘。
俺は息を止めた。
「追加ポイントにも嘘があります」
セイラがすぐに反応する。
「つまり、脱落者を選んでも本当に有利になるとは限らない?」
「はい。少なくとも、文面通りではないです」
リアが言う。
「じゃあ、罠じゃん」
ミナトが目を細める。
「いや、罠に見せかけた評価項目かもね」
「評価項目?」
「誰を切るか、どう議論するか、切る理由をどう作るか。それを見てる」
カナタが低く言う。
「不信の可視化か」
その言葉に、俺は引っかかった。
不信の可視化。
チームの中で誰を疑っているか。
誰を弱いと思っているか。
誰なら切ってもいいと考えているか。
それを見せるための試験。
俺は三文目を見る。
対象:第三予選課題文
嘘:選択しない場合、通常ポイントのみで予選通過判定を行う
「選択しない場合の文にも嘘があります」
部屋が静かになる。
全部嘘。
いや、全部ではないかもしれない。
でも、主要な文面に嘘が出ている。
セイラが考え込む。
「これは、実際に一人を脱落させる試験ではない可能性がありますわ」
「でも、運営がそう書いてますよ」
リアが言う。
「書いていることが真実とは限りません」
セイラは端末を指差した。
「国家選抜戦は、探索者を選ぶ試験です。実際のS級ダンジョンでは、仲間を切るかどうかの判断を迫られることもあるでしょう」
佐伯が静かに補足する。
「ただし、そこで本当に必要なのは、安易に切ることではありません」
全員が佐伯を見る。
彼は続けた。
「誰を信頼していないのか。誰が自分を切ってもいいと思っているのか。誰が合理性を盾に責任を押しつけようとするのか。そうしたチームの危険箇所を見る試験かもしれません」
「つまり、答えは誰も切らない?」
リアが聞く。
佐伯は首を横に振る。
「私が答えを教える立場ではありません。これはあなたたちの試験です」
「ずるい」
「運営側なので」
「そういう時だけ運営側になる」
リアが少し不満そうに言った。
俺は端末を見つめた。
誰も切らない。
それは綺麗な答えに見える。
でも、ただ綺麗なことを言えばいいのか。
このチームには、本当に不信がある。
ミナトは情報を売った。
カナタは自分を犠牲にしようとする。
セイラは合理性で人を切る発想ができる。
リアは裏切りへの怒りで動きかける。
俺は澪のことになると周囲が見えなくなる。
それを隠して「誰も切りません」と言っても、たぶん足りない。
この試験が不信の可視化なら。
隠したまま団結したふりをするのは、嘘だ。
俺は口を開いた。
「俺、思ったんですけど」
全員が俺を見る。
「誰も切らないって結論だけ出すのは、たぶん違う気がします」
リアが首を傾げる。
「どういうこと?」
「この試験、誰を切るかじゃなくて、誰を切りたいと思ったかを見てる気がします」
ミナトが少し笑う。
「面白いね」
「面白くないです」
「うん。面白くない方の面白さ」
セイラが腕を組む。
「続けなさい」
「このチームは、不信がないわけじゃない。だったら、誰も切りません、仲良しです、って言っても嘘になる」
俺は一度息を吸った。
「だから、一人ずつ言った方がいいと思います。自分がこのチームで隠していることとか、切られる理由になりそうなことを」
リアの表情が変わる。
セイラも少し目を細める。
ミナトは楽しそうだが、少しだけ警戒している。
カナタは無言。
俺は続けた。
「誰かを裏切り者として選ぶんじゃなくて、自分の中にある裏切りになりそうなものを出す」
言ってから、自分で怖くなった。
俺自身にもあるからだ。
澪のこと。
澪の情報が出ると、俺は足を止める。
チームよりも、妹の真実を優先しかける。
それはこの先、裏切りになり得る。
リアが静かに言った。
「黒瀬さん、それ、かなりきついやつだね」
「はい」
セイラが言う。
「ですが、悪くありません」
ミナトが肩をすくめる。
「一番嫌な方向に行ったねえ」
「あなたが一番嫌がりそうですわね」
「そりゃそうだよ。情報屋は自分の情報を出すのが一番嫌い」
カナタが短く言う。
「だが、必要だ」
その一言で、空気が決まった気がした。
制限時間は、まだ残っている。
俺たちは円卓を囲むように座った。
端末には、脱落者選択画面が表示されている。
五人の名前。
黒瀬透真。
白峰リア。
九条セイラ。
鴉羽ミナト。
御影カナタ。
その横に、選択ボタン。
誰かを押せば、追加ポイントが入る。
かもしれない。
俺はその画面から目を逸らし、言った。
「俺から言います」
声が少し震えていた。
「俺は、澪のことになると、周りが見えなくなります。第二予選でも、古いログを見て足を止めました。今後も、澪に関する情報が出たら、チームの目的よりそっちを優先しかけるかもしれない」
口にすると、胸が痛かった。
「それは、裏切りになる可能性があります」
リアは何も言わなかった。
セイラも。
ミナトも。
カナタも。
だから、俺は続けた。
「でも、隠したままにはしたくないです。もし俺が澪のことで止まりそうになったら、止めてください」
最初に答えたのは、セイラだった。
「当然ですわ」
即答だった。
「あなたが暴走すれば、止めます。遠慮なく」
「ありがとうございます」
「礼を言うことではありません。迷惑ですので」
「言い方」
リアが少し笑った。
「でも、止めるよ。黒瀬さんが一人で抱えようとしたら」
ミナトが言う。
「俺は止めるより、その情報の値段を先に考えちゃうかも」
リアが睨む。
「ミナト」
「冗談半分」
「半分?」
「もう半分は本気。だから言ってる」
その正直さが、逆に少しだけましだった。
カナタは短く言う。
「足が止まったら、引っ張る」
「はい」
俺の番は終わった。
次に口を開いたのは、リアだった。
「私は、裏切られるのが怖い」
彼女の声は、いつもの明るさより少し低かった。
「第1……前の事件で、仲間に裏切られて、それを配信で利用しようとして、自分でも危ないことした。だから、また誰かが裏で動くと、すぐ怒る」
リアはミナトを見た。
「ミナトのこと、今も怒ってる」
「うん」
「でも、怒って切るのは違うと思った。私は、怒りで判断が早くなりすぎることがある。それは危ない」
セイラが頷く。
「自覚しているなら、多少は扱えますわ」
「多少って何」
「まだ信用しきれないという意味です」
「正直すぎ」
リアは少しだけ笑った。
次はセイラだった。
「私は、合理性で人を切る判断ができます」
静かな声だった。
「必要なら、誰かを切るべきだと本気で考えることがあります。情で判断を曇らせるべきではないとも思っています」
リアが少し身構える。
セイラは続けた。
「ですが、それを言い訳にすれば、責任を押しつけることもできる。私はその危険を知っています」
彼女は俺たちを見た。
「だから、私が合理性を盾に誰かを切ろうとした時は、その理由を必ず問いなさい。私は命令ではなく、説明を求められるべきです」
セイラらしい言い方だった。
高慢で、でも真剣だった。
ミナトが軽く拍手しようとして、セイラに睨まれてやめた。
「次、俺?」
彼は笑った。
だが、その笑いは少し薄い。
「俺は情報を売る」
「知ってる」
リアが即答した。
「うん。知ってるよね」
ミナトは肩をすくめた。
「俺は、情報を隠すより流した方が盤面が動くと思ってる。敵にも味方にも売る。そうすれば、一方的に情報を握ったやつが勝つ構図を崩せる」
「それで味方が傷ついても?」
リアが聞く。
「傷つく」
「最悪」
「うん」
ミナトは否定しなかった。
「だから契約で縛っていい。縛られないと、たぶん俺はまた売る」
その言葉に、少しだけ空気が変わった。
開き直りではなく、自己申告だった。
セイラが言う。
「本当に面倒な男ですわね」
「よく言われる」
「褒めていません」
「知ってる」
最後はカナタだった。
彼はしばらく黙っていた。
言わないのかと思った。
だが、低い声で言った。
「俺は、自分を切る判断が早い」
全員が黙る。
「昔、それで失敗した」
それ以上は言わなかった。
でも、十分だった。
カナタは、自分を犠牲にすることを合理的な選択のように扱う。
それは、過去の何かとつながっている。
今はまだ、詳しく聞くべきではないのだろう。
セイラが静かに言った。
「あなたが勝手に自分を切ろうとしたら、止めますわ」
カナタは少しだけ目を細めた。
「止められるならな」
「止めます」
リアも言う。
「止めるよ。無音エリアでも、一人で行かせなかったでしょ」
俺も頷く。
「止めます」
ミナトが軽く言う。
「俺は止める前に情報として売りそうだから、先に契約しといて」
「本当に最低ですわね」
「だから言ってる」
ミナトなりの自己申告なのだろう。
たぶん。
俺たちは全員、自分の危うさを出した。
綺麗ではない。
むしろ、このチームがどれだけ危なっかしいかがはっきりしただけかもしれない。
だが、不思議と空気は少し軽くなっていた。
隠していたものを、少しだけ机の上に出したからだろうか。
端末の制限時間が残り一分を示す。
脱落者選択画面は、まだ五人の名前を並べている。
セイラが言った。
「誰も選びません」
リアが頷く。
「うん」
カナタも短く言う。
「ああ」
ミナトが肩をすくめる。
「まあ、今回はそれで」
俺は端末に手を伸ばした。
【脱落者を選択しない】
その項目を押す。
直後、画面が切り替わった。
【第三予選・判定中】
数秒。
長い。
そして、表示が出た。
【九条セーフティリンク臨時隊】
【脱落者選択:なし】
【不信開示:五名】
【チーム崩壊リスク:可視化済】
【第三予選:暫定通過】
リアが息を吐いた。
「暫定通過……!」
セイラも少しだけ肩の力を抜く。
ミナトが画面を見て笑う。
「不信開示って、嫌な評価項目だねえ」
カナタは静かに立ち上がった。
「通ったならいい」
俺は画面を見つめた。
やはり、この試験は誰かを切ることが本質ではなかった。
チームの不信を可視化すること。
その上で、どう扱うか。
俺たちは完璧な答えを出したわけではない。
ミナトはまだ信用できない。
カナタはまだ自分を切ろうとするかもしれない。
セイラは合理性で冷たい判断をするかもしれない。
リアは裏切りに敏感すぎる。
俺は澪のことで止まる。
何も解決していない。
でも、隠したままではなくなった。
それだけで、少しだけチームになった気がした。
その時、控室の扉がノックされた。
佐伯が入ってくるのかと思った。
だが、違った。
運営スタッフだった。
「九条セーフティリンク臨時隊の皆様。第三予選暫定通過、おめでとうございます。最終判定後、予選突破チーム発表会場へ移動していただきます」
「最終判定?」
セイラが聞く。
「はい。全チームの結果確認後、予選突破チームが発表されます。また、特別審査員のご挨拶も予定されています」
俺の胸が、嫌な形で鳴った。
特別審査員。
まさか。
運営スタッフは事務的な笑顔で言った。
「本日の特別審査員は、神楽坂レイジ様です」
部屋の空気が止まった。
神楽坂レイジ。
古いログに名前があった英雄。
澪と同じ記録系列に、一瞬だけ表示された男。
ついに、本人が来る。
俺は自分の手が冷たくなるのを感じた。
セイラが俺を見る。
リアも。
ミナトも。
カナタも。
誰も何も言わなかった。
端末には、まだ第三予選の結果が表示されている。
【暫定通過】
予選突破は近い。
だが、それよりも大きなものが、次に待っていた。
英雄が、こちらへ来る。
ここまで読んでくださりありがとうございます。
今回は第三予選、「裏切り者を一人選べ」の回でした。
課題文は、誰かを切れば有利になるように見せかけていました。
けれど本質は、チームの中にある不信や危うさを可視化することでした。
透真は澪のことになると止まってしまう。
リアは裏切りへの怒りで判断が早くなりすぎる。
セイラは合理性で人を切る判断ができる。
ミナトは情報を売る。
カナタは自分を犠牲にする判断が早い。
このチームは綺麗ではありません。
でも、それぞれが自分の危うさを出したことで、少しだけ前へ進みました。
そして、ついに神楽坂レイジの名前が表舞台に出てきました。
次回は予選突破と、英雄本人の登場です。
ブックマークや評価で応援していただけると、とても励みになります。




