第24話 九条セイラ、施設を買う
内部通報に書かれていた車両番号は、罠だった。
少なくとも、佐伯ユズルはそう判断した。
管理局新宿支部の会議室で、彼は端末に映る車両情報を見ながら、いつもの淡々とした声で言った。
「この車両は、本命ではありません」
「どういうことですか」
俺が聞くと、佐伯は地図を拡大した。
「車両番号自体は実在します。アルカディア関連の搬送業務にも使われています。ただし、現在位置が不自然です」
画面上の赤い点は、アルカディア本社から離れた湾岸道路上をゆっくり移動している。
「不自然、ですの?」
九条セイラが問う。
「はい。速度が一定すぎます。信号待ちも、車線変更も、停車もない。おそらく追跡される前提で動いている囮です」
「つまり、こちらの注意を車両に向けさせている間に、本命を動かす」
「そう見ています」
セイラは小さく息を吐いた。
「分かりやすいほど嫌な手ですわね」
白峰リアの声がオンライン通話から聞こえる。
『じゃあ、新人たちは車に乗ってないってこと?』
「その可能性が高いです」
リアは一瞬だけ黙った。
『じゃあ、どこ?』
佐伯は別の画面を出した。
そこには、アルカディア・ラーニングシステムズの関連会社一覧が映っている。
昨日、鴉羽ミナトから買った情報の一部。
まだ完全には信用できない。
でも、そこにあった会社名の一つが、内部通報の文面と一致していた。
会社名は、東雲セーフティリンク。
表向きは、ダンジョン研修施設の避難設備、非常照明、端末管理、退避ゲートなどを保守する下請け企業。
しかし、佐伯の照会では、アルカディア・ラーニングシステムズの実証施設にも深く関わっている。
「移送先として考えられるのは、ここです」
画面に表示されたのは、東京湾岸の工業地帯にある小規模な研修施設だった。
アルカディア本社ほど大きくはない。
だが、地下に小型ダンジョンを抱え、実証用の訓練区画を持っている。
「アルカディアの直営ではありませんの?」
セイラが言う。
「名義上は別会社です。運営は東雲セーフティリンク。アルカディアは実証実験の委託元という扱いです」
「また責任を散らしていますわね」
「はい」
佐伯は頷いた。
「ここに、新人研修生の一部が移されている可能性があります」
俺は画面を見つめた。
坂井ナナたちは管理局保護下にいる。
三谷ユイも昨日、何とか止めた。
だが、アルカディアには他にも新人がいる。
俺たちが見た六人だけではない。
失敗記憶分類。
攻略AI。
恐怖反応。
命令遵守。
あの仕組みが続いているなら、別の誰かが今も材料にされている。
「踏み込むんですか」
俺が聞くと、佐伯は首を横に振った。
「管理局の強制調査命令は、まだ出ていません」
「またですか」
「はい。またです」
佐伯の声は冷静だったが、わずかに苦かった。
「アルカディア本体ではなく、下請け施設です。名義、契約、委託関係が複雑で、今すぐ全面的に踏み込むには根拠が足りない」
「その間にデータは消されますわね」
セイラが言う。
「高い確率で」
「新人たちは?」
「移される、または処理される可能性があります」
「処理って言い方、嫌すぎるんですけど」
俺が言うと、佐伯は静かに答えた。
「だから嫌でも正確に言います。彼らは、対象者として扱われています」
対象者。
人間ではなく。
探索者でもなく。
対象者。
リアが通話越しに小さく言った。
『……配信したくなる』
その声は、昨日と違って抑えられていた。
『今すぐ名前出して、施設名出して、みんなに見張ってもらいたくなる』
「白峰さん」
佐伯が止めるように呼ぶ。
『分かってる。しない。晒したら、新人の子たちまで巻き込む』
リアはそこで一度息を吸った。
『でも、何もしないのは無理』
「何もしないわけではありません」
佐伯が言った。
それから、セイラを見た。
「九条さん」
「はい」
「ここから先は、管理局だけでは遅い」
「でしょうね」
「あなたの出番です」
セイラの目が、わずかに細くなった。
「ようやくですの」
「はい」
佐伯は、東雲セーフティリンクの会社情報を開いた。
「東雲セーフティリンクは、現在資金繰りが悪化しています。アルカディアへの依存度が高く、株式の一部が担保に入っている」
セイラは一瞬で理解したようだった。
「買えますわね」
「はい」
俺は二人を見比べた。
「買えるって、何をですか」
「会社ですわ」
セイラが当然のように言った。
「会社?」
「正確には、株式と債権、施設運用権、保守契約上の権限を一時的に押さえます」
「そんな簡単に?」
「簡単ではありません」
セイラは端末を取り出した。
「ただ、できないわけではありませんわ」
そこから先の動きは、俺にはほとんど理解できなかった。
セイラは九条家の法務担当へ連絡し、東雲セーフティリンクの主要債権者へ接触させた。
アルカディアに依存しているが、アルカディアに完全所有されているわけではない下請け会社。
そこにある隙間を、彼女は当然のように突いた。
株式取得。
債権譲渡。
緊急保守権限。
施設安全監査権。
一時管理委任。
言葉だけ聞くと、魔法より分かりにくい。
だが、セイラは迷わなかった。
彼女の指が端末の上を滑るたびに、書類と契約と権利の線が組み替わっていく。
佐伯が確認する。
「九条さん。時間は」
「最短で二十分」
「早いですね」
「高くつきますわ」
「管理局は負担できません」
「請求するとは言っていません」
セイラは少しだけ不機嫌そうに言った。
「これは、私の判断でやります」
リアが通話越しに呟く。
『施設を買って助けに行くって、スケールおかしくない?』
「同感です」
俺も思わず言った。
セイラがこちらを見る。
「あなたたち、私を何だと思っていますの?」
「悪役令嬢」
リアが即答した。
「切りますわよ」
『ごめんごめん。でも今のはかなりそれっぽい』
「褒め言葉として受け取っておきます」
受け取るんだ。
俺は少しだけ笑いそうになった。
だが、すぐに画面へ視線を戻す。
東雲セーフティリンクの施設内に、新人探索者たちがいる可能性が高い。
時間はない。
そして二十二分後。
セイラの端末に、契約成立の通知が届いた。
東雲セーフティリンクの一部株式および施設安全管理権限、九条側へ一時譲渡。
対象施設の避難設備、非常照明、端末管理、退避ゲート、研修区画ロックについて、緊急時の安全介入権限を九条セイラが持つ。
セイラは立ち上がった。
「行きますわよ」
東雲セーフティリンク湾岸実証施設は、外から見るとただの倉庫だった。
低い灰色の建物。
周囲にはフェンス。
入口には警備員が二人。
看板には、施設名すら小さくしか書かれていない。
アルカディア本社の派手なガラスビルとは正反対だ。
だが、俺は近づいた瞬間に嫌なものを感じた。
鑑定。
対象:東雲セーフティリンク湾岸実証施設
状態:稼働中
嘘:安全研修施設
危険:新人探索者
出た。
やはり、ここだ。
佐伯が管理局の身分証を提示する。
「ダンジョン管理局です。施設安全確認のため立ち入ります」
警備員はすぐに拒否した。
「事前予約のない立ち入りはできません」
セイラが一歩前へ出る。
「東雲セーフティリンク施設安全管理権限、一時委任を受けています。九条セイラです。扉を開けなさい」
「確認が取れていません」
「確認しなさい」
「少々お待ちください」
警備員は端末を操作する。
だが、数秒後、表情が変わった。
確認が取れたのだろう。
セイラは冷たく言った。
「待つのは嫌いですわ」
施設入口の自動扉に、彼女が手をかざす。
《所有権》。
以前、金属プレートやワイヤーを動かした時とは違う。
今度の対象は施設そのものだ。
扉。
認証端末。
照明。
避難経路表示。
退避ゲート。
法的に、契約的に、今この瞬間だけ彼女の管理下に入ったもの。
そのすべてが、彼女の指先に反応した。
入口のロックが、静かに外れる。
警備員が慌てる。
「ちょ、ちょっと!」
「所有者側の安全確認です。妨害すれば、あなたの会社が困りますわよ」
セイラは振り返らずに入った。
俺と佐伯も続く。
リアは通話越しに状況を聞いている。
『ほんとに施設買ったんだ……』
「正確には一時的な管理権限です」
佐伯が訂正する。
『いや、十分すごいよ』
施設内は薄暗かった。
倉庫のような外観とは違い、中には訓練用の白い廊下が続いている。
しかし、アルカディア本社のような清潔さとは少し違う。
こちらはもっと実験施設に近い。
壁には番号。
天井には監視カメラ。
奥からは、低い警告音のようなものが聞こえる。
セイラが端末を見ながら歩く。
「施設図を取得しました」
「早いですね」
「私の施設ですもの」
「言い方が強い」
「事実ですわ」
画面には、地下訓練区画が表示されている。
そこに赤い点が八つ。
人間の反応。
その周囲に、魔物反応が複数。
俺は息を呑んだ。
「新人ですか」
「おそらく」
佐伯が言う。
「映像を出せますか」
「やります」
セイラが端末を操作すると、廊下の壁面モニターに地下訓練区画の映像が映った。
八人の若い探索者たちが、薄暗い訓練エリアに閉じ込められている。
全員、装備はしている。
だが、動きがおかしい。
逃げられる位置にいるのに、退避ゲートへ向かわない。
目の前の魔物へ、順番に突っ込むような動きをしている。
指示音声が流れている。
『失敗は修正できます』
『逃げた記憶を、成功の記憶に変えましょう』
『あなたは、次は戻らない』
俺の背筋が冷えた。
記憶を再構成している。
しかも、今この場で。
佐伯の声が低くなる。
「緊急停止します」
「施設制御、私が取りますわ」
セイラが手をかざす。
だが、すぐに眉をひそめた。
「中枢制御にロックがかかっています」
「アルカディア側?」
「ええ。施設の表層権限は取れていますが、実験区画の中枢は別管理ですわね」
「扉は?」
「動かせます」
「照明は?」
「動かせます」
「避難設備は?」
「動かせます」
佐伯が即座に言う。
「なら、新人たちを外へ出しましょう。中枢データは後回しです」
セイラが頷く。
「当然ですわ」
俺たちは地下へ向かった。
セイラが歩きながら指を動かすたびに、施設が変わっていく。
暗かった廊下に非常照明が灯る。
閉じていた防火扉が開く。
逆に、危険な通路はロックされる。
壁面の避難誘導表示が、赤から緑へ切り替わる。
まるで施設そのものが、セイラの意志で組み替わっていくようだった。
だが、彼女は笑っていなかった。
額に汗が浮かんでいる。
大きな施設を同時に操作する負荷は、明らかに重い。
「九条さん、大丈夫ですか」
「大丈夫ではありません」
「また正直ですね」
「嘘をつく余裕がありませんの」
それでも、足は止めない。
地下訓練区画の入口に到着した時、警報が鳴った。
『未承認アクセス。未承認アクセス。実験区画を封鎖します』
重い隔壁が下り始める。
セイラが手を上げた。
「下ろさせません」
隔壁が途中で止まる。
ぎぎ、と嫌な音を立てて震える。
アルカディア側の制御と、セイラの所有権がぶつかっている。
「ここ、東雲の設備ではありませんのね」
セイラが苦しそうに言う。
「中枢側の隔壁はアルカディア直持ちですか」
佐伯が問う。
「ええ。私の所有物ではありません」
「なら無理しないでください」
「無理ではありません。周辺の避難設備を使います」
セイラは端末を操作した。
隔壁そのものは動かせない。
だが、その横にある緊急避難用の補助扉は、東雲セーフティリンクの管理だった。
セイラの指が動く。
補助扉のロックが外れた。
「こちらですわ」
俺たちは補助通路へ入る。
狭い通路だった。
点滅する非常灯。
低い天井。
壁の向こうから聞こえる魔物の唸り声。
奥に、新人たちの声が聞こえた。
「戻らない……戻っちゃ駄目だ……」
「次は成功する……」
「逃げたら、また失敗になる……」
異様だった。
全員が、同じような言葉を呟いている。
佐伯が声を張る。
「管理局です! 訓練は停止されています。退避してください!」
しかし、新人たちは動かない。
目の前の魔物を見ている。
逃げ道が開いたのに、逃げない。
俺は一人を鑑定した。
対象:新人探索者
状態:恐怖反応抑制、失敗記憶再構成中
嘘:逃げてはいけない
「逃げてはいけない、が嘘です!」
俺は叫んだ。
「逃げていい! そこから出ていい!」
だが、声だけでは届かない。
壁のスピーカーから、アルカディアの音声が流れ続ける。
『失敗は、逃げた記憶から生まれます』
『成功するまで、戻ってはいけません』
『あなたは、次こそできる』
セイラが歯を食いしばった。
「黙らせますわ」
彼女が手を振る。
施設内のスピーカーが一斉に途切れた。
照明が切り替わる。
白い実験用ライトから、緑の避難誘導灯へ。
壁面モニターに表示されていた訓練評価画面が消え、代わりに大きな文字が出る。
【訓練停止】
【退避してください】
【これは命令ではありません。退避していい】
セイラが俺を見る。
「この文言でいいですの?」
「はい!」
リアの声が通話越しに入る。
『もっと短く! 怖かったら逃げていい、って出して!』
「採用しますわ」
表示が切り替わる。
【怖かったら逃げていい】
【失敗ではない】
【出口はこちら】
それを見た新人の一人が、びくりと肩を震わせた。
表情が崩れる。
「逃げて、いい……?」
「いい!」
俺は叫んだ。
「怖いなら逃げていい!」
その瞬間、一人が走り出した。
続いて、もう一人。
魔物が反応して追おうとする。
セイラが避難ゲートを操作する。
新人が通り抜けた直後、後方の防護シャッターが下りた。
魔物だけが向こう側に残される。
「次!」
佐伯が叫ぶ。
管理局員たちが新人を誘導する。
セイラは扉、照明、端末、防護シャッターを同時に操作し続ける。
逃げる新人たちの前だけを開ける。
魔物が向かう通路は閉じる。
誤った誘導表示は消し、出口だけを示す。
まるで、迷宮そのものを味方にしているようだった。
だが、中枢は違う。
奥の扉の向こうで、端末群が一斉に点滅している。
佐伯が見た。
「中枢データ室です」
「開けられますか」
俺が聞く。
セイラが一瞬だけ視線を向ける。
「中枢データ室はアルカディア直轄です。東雲の所有ではありません」
「つまり」
「私には開けられません」
その間にも、警告が鳴る。
『中枢データ移送開始』
モニターに表示が出る。
失敗記憶分類データ。
攻略AI学習モデル。
研修者記録。
外部バックアップへ転送中。
佐伯が端末を操作する。
「止められません。外部回線が別系統です」
「データが逃げる」
「はい」
俺は奥の扉を見た。
あの中に、アルカディアの中枢データがある。
失敗記憶。
攻略AI。
もしかしたら、澪に関する何かも。
だが、今は新人たちがまだ残っている。
セイラが言う。
「黒瀬透真」
「はい」
「奥を見るな」
声が強かった。
「今見るべきものは、そこではありません」
俺は息を呑んだ。
その通りだった。
まただ。
澪の記録と、生きている人間。
形は違うが、同じ選択が目の前にある。
俺は奥の扉から目を逸らした。
「残りは?」
佐伯が答える。
「二人!」
最後の二人は、訓練区画の奥で動けなくなっていた。
一人は座り込んでいる。
もう一人は、その子を守るように立っている。
魔物が近い。
セイラが避難経路を開こうとするが、そこだけ扉が反応しない。
「この区画、東雲の設備ではありませんわ」
「別ルートは?」
「作ります」
セイラは周囲の照明を一斉に落とした。
真っ暗になる。
次の瞬間、右側の非常灯だけが点いた。
魔物は光に反応してそちらへ向かう。
その間に、床の退避誘導ラインが点灯する。
座り込んでいた新人が顔を上げた。
「こっち!」
俺は叫ぶ。
「光の線を見て!」
二人が走る。
魔物が戻ろうとする。
セイラが防護シャッターを落とす。
ぎりぎりだった。
二人は転がるように補助通路へ入り、管理局員に受け止められる。
これで八人。
全員だ。
佐伯が確認する。
「対象者全員保護!」
その瞬間、施設全体の照明が一度だけ大きく瞬いた。
中枢データ室のモニターに表示が出る。
【転送完了】
逃げられた。
俺は奥の扉を見た。
何もできなかった。
新人たちは助かった。
だが、中枢データは逃げた。
セイラは大きく息を吐き、その場でわずかにふらついた。
「九条さん!」
俺が手を伸ばすと、彼女は今度は拒まなかった。
ただ、俺の腕に軽く手を置き、悔しそうに奥の扉を見る。
「……逃がしましたわね」
「でも、新人たちは助かりました」
「分かっています」
セイラは唇を噛んだ。
「分かっているから、余計に腹が立つのです」
佐伯が近づく。
「十分です。今日は、対象者の救出が最優先でした」
「中枢を押さえられなければ、また別の施設で同じことをしますわ」
「だから、次につなげます」
佐伯は静かに言った。
「今日の救出記録、施設制御ログ、転送完了ログ。これだけでも証拠になります」
リアの声が震えていた。
『全員、出た?』
「出ました」
俺が答える。
『よかった……』
リアはそれだけ言って、しばらく黙った。
彼女は配信していない。
でも、通話越しにずっと状況を見守り、文言を考え、逃げるための言葉を出した。
怖かったら逃げていい。
その言葉は、ちゃんと届いた。
保護された新人たちは、管理局の救護班に連れていかれる。
一人の少年が、振り返ってセイラを見た。
「あの……出口、開けてくれたのって」
セイラは答える。
「施設の安全管理上、当然の措置です」
少年は少し困った顔をした。
「でも、ありがとうございました」
セイラは一瞬だけ黙った。
「……次からは、出口が開いたら迷わず逃げなさい」
「はい」
「怖い時に逃げるのは、失敗ではありません」
少年は泣きそうな顔で頷いた。
セイラはまた居心地悪そうに視線を逸らす。
俺はその横顔を見て、少しだけ思った。
彼女は施設を買った。
扉を開けた。
照明を変えた。
端末を奪った。
避難設備を動かした。
でも、それは支配するためではなかった。
逃げ道を作るためだった。
《所有権》は、命令ではない。
今日の彼女は、それを証明したのだと思う。
中枢データ室の奥では、もう端末の光が消え始めている。
逃げたデータの行き先は分からない。
だが、施設には確かに記録が残った。
そして何より、新人たちは生きて外へ出た。
完全な勝利ではない。
けれど、負けでもなかった。
セイラはゆっくり背筋を伸ばした。
顔色は悪い。
それでも、いつもの高慢な表情を無理やり戻している。
「佐伯」
「はい」
「この施設、今日からしばらく私の管理下ですわね」
「契約上は」
「では、徹底的に調べます」
「管理局も同行します」
「当然ですわ」
彼女は奥の中枢データ室を睨んだ。
「逃げたデータも、いずれ買い戻すか、奪い返します」
「買い戻すって言い方、九条さんらしいですね」
俺が言うと、セイラは俺を睨んだ。
「何か文句でも?」
「いえ。ちょっと頼もしいです」
セイラは少しだけ黙った。
「……あなた、時々調子が狂いますわ」
「すみません」
「謝るほどではありません」
それだけ言って、彼女は歩き出した。
施設内にはまだ警報が鳴っている。
だが、避難誘導灯は緑に光っている。
さっきまで閉じ込めるために使われていた施設が、今は逃がすための道になっている。
誰が所有するかで、場所の意味は変わる。
誰が使うかで、力の意味も変わる。
俺はそのことを、目の前で見た気がした。
ここまで読んでくださりありがとうございます。
今回は、セイラが自分のやり方でアルカディアの施設に切り込む回でした。
契約、株式、保守権限、施設管理権。
戦闘だけではなく、権利の線を読み替えることで状況を動かすのが、セイラらしい戦い方です。
《所有権》は強力ですが、ただ支配するための力ではありません。
今回は、閉じ込めるためではなく、逃がすために使われました。
中枢データは逃げました。
けれど、新人探索者たちは救出され、施設には確かな記録が残りました。
完全な勝利ではありませんが、アルカディアの仕組みに初めて大きな傷をつけた回でもあります。
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