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第23話 白峰リア、配信を切る

 鴉羽ミナトが渡したメモリーチップは、管理局の解析室へ送られた。


 俺は中身を直接見ることを許されなかった。


 当然だと思う。


 情報屋が渡してきた記録媒体なんて、どう考えても危ない。

 ウイルス、追跡タグ、偽装データ、罠。

 いくらでも仕込める。


 佐伯ユズルは、支部へ戻る車内でこう言った。


「鴉羽さんの情報は、まず疑ってください」


「分かってます」


「半分本当で、半分嘘かもしれません」


「最悪ですね」


「はい」


「全部嘘の方がマシでは?」


「全部嘘なら捨てればいい。半分本当だから厄介なんです」


 その言葉は、妙に重かった。


 半分本当の情報。


 それは、ただの嘘より危ない。


 こちらが信じたい部分だけを選んでしまうからだ。


 澪の記録。

 アルカディアの失敗記憶分類。

 事故記録アーカイブ。

 三谷ユイ。

 坂井ナナたち。


 俺は、もう十分に引っ張られている。


 鴉羽ミナトは、それを見抜いていた。


 情報を売る人間は、人の欲しいものを知っている。

 知っているから、嫌なところを正確に突いてくる。


 支部へ戻ったのは、夜の十時を過ぎてからだった。


 帰れるかと思ったが、帰れなかった。


 解析の初期結果が出るまで待機。


 佐伯はそう言った。


 俺は会議室の椅子に沈み込んだ。


 セイラは向かい側で腕を組んでいる。


 リアはオンラインでつながっていた。


 彼女はまだ顔を出していない。

 画面には白峰リア公式アカウントのアイコンだけが映っている。


『ミナトって人、ほんと信用できないね』


 リアの声がスピーカーから流れる。


「会ってないのに分かるんですか」


『声聞いてないけど、話だけで無理』


「分かります」


 セイラが即答した。


『でしょ? 情報屋っていうより、全部をネタにするタイプじゃん』


「その通りですわ」


 珍しく意見が一致している。


 佐伯が端末から目を離さずに言う。


「信用はしません。ただ、利用価値はあります」


『佐伯さん、そういうところ怖いよね』


「よく言われます」


「言われるんですね」


「はい」


 会議室に、少しだけ乾いた空気が流れた。


 笑えるほどではない。

 でも、張り詰めすぎた空気がわずかに緩む。


 その時、リアの通話画面に通知音が入った。


『……え』


 リアの声が変わった。


 佐伯が顔を上げる。


「白峰さん?」


『ちょっと待って。アルカディア側から連絡来た』


 部屋の空気が一瞬で冷える。


 佐伯が言う。


「内容を読み上げられますか」


『うん。えっと……』


 リアは少し間を置いた。


 そして、読み始めた。


『白峰リア様。突然のご連絡失礼いたします。弊社は、現在一部で流布されている弊社研修事業に関する誤解について、正確な情報発信を必要としております。白峰様は先日の配信事件において、危険な状況下で真実を伝えようとされた方です。つきましては、弊社研修施設の一部を白峰様の配信にて公開し、透明性ある説明の場を設けたく――』


「切りなさい」


 セイラが即座に言った。


 リアが一瞬黙る。


『まだ続きある』


「読む価値がありませんわ」


 佐伯も低い声で言う。


「典型的な誘導です。返信しないでください」


『分かってる。けど……』


 リアの声が揺れた。


『向こう、私に配信させる気だ』


 そうだった。


 アルカディアは、リアを使おうとしている。


 配信者として。


 世間に向けて、見せたいものだけを見せるために。


 俺は思わず言った。


「でも、配信で暴ける可能性もあるんじゃ」


 言った瞬間、セイラに睨まれた。


「黒瀬透真」


「……すみません」


「謝る前に考えなさい」


 きつい。


 でも、正しい。


 リアは沈黙していた。


 たぶん、同じことを考えている。


 配信すれば、アルカディアの嘘を映せるかもしれない。

 視聴者の前で、葉山の言葉や研修施設の様子を暴けるかもしれない。


 リアは配信者だ。


 第七新宿ダンジョンでは、配信を武器にしていた。

 高木たちの裏切りを記録し、コメント欄を動かし、証拠を残そうとした。


 あの時は、危険だった。

 間違ってもいた。


 でも、配信があったから残ったものもある。


 だから、アルカディアはそこを突いてきた。


 あなたは真実を伝えようとした人です。


 綺麗な言葉で。


 リアの傷と誇りを、同時に撫でるように。


『私が配信すれば、向こうは油断するかもしれない』


 リアが言った。


『アルカディアの中に入れるかもしれない。視聴者もいる。切り抜かれても、証拠は残る。リアルタイムで見てる人がいれば、向こうも変なことしにくい』


 言葉は冷静だった。


 でも、声の奥に熱がある。


 配信者としての血みたいなもの。


 画面の向こうで、彼女が端末を握っている姿が見える気がした。


 佐伯が言う。


「利点はあります」


 意外だった。


 セイラが佐伯を見る。


「本気ですの?」


「利点はある、というだけです。推奨はしません」


「なら最初からそう言いなさい」


「整理は必要です」


 佐伯は続けた。


「白峰さんが配信すれば、アルカディア側の発言は公的な記録に近い形で残ります。世論も動く。向こうが見せたいものを見せたとしても、黒瀬さんの鑑定と照合すれば矛盾を拾える可能性があります」


『だよね』


「ただし」


 佐伯の声が硬くなる。


「危険が大きすぎます」


『……うん』


「第一に、アルカディアは配信者の扱いに慣れています。見せたい画角、見せたい人員、見せたい言葉だけを準備するでしょう」


 白峰リアの配信事件を思い出す。


 画角。

 コメント欄。

 切り抜き。

 見えるものと、見えないもの。


 配信は真実を映す。


 でも、全部は映さない。


「第二に、白峰さん自身が再び炎上の中心になります。活動休止中の身で企業告発めいた配信を行えば、話題性は高い。その分、攻撃も増えます」


『まあ、それは……覚悟すれば』


「第三に」


 佐伯は言葉を区切った。


「新人探索者たちが晒し者になります」


 リアが黙った。


 俺も黙った。


 そこだった。


 坂井ナナ。

 相原マコト。

 松野ハル。

 三谷ユイ。


 彼らは被害者だ。


 少なくとも、自分の失敗や恐怖を、世間に見せるための素材ではない。


 アルカディアが配信を誘導するなら、きっとそこも使う。


 研修生の成長物語。

 失敗を乗り越える新人。

 安全な訓練に外部が過剰介入したという構図。


 配信されれば、視聴者は見る。


 コメントする。


 切り抜く。


 誰かが言う。


 坂井ナナ、判断遅すぎ。

 相原、勝手に動くなよ。

 松野、メンタル弱すぎ。

 三谷ユイ、危なすぎるだろ。


 善意の応援もあるだろう。

 心配する声もあるだろう。


 でも、彼らの失敗はまた商品になる。


 今度はアルカディアだけでなく、ネット全体の。


 リアの声が、小さくなった。


『……そっか』


 それだけだった。


 だが、その一言の重さで、彼女がもう分かっていることが伝わった。


 セイラが静かに言う。


「白峰リア。あなたが配信すれば、アルカディアは喜びますわ」


『うん』


「あなたの怒りも、正義感も、配信者としての誇りも、全部利用されます」


『……うん』


「それでも配信したいなら止めません」


「止めないんですか」


 俺が思わず聞くと、セイラはこちらを睨んだ。


「止めて従わせる話ではありません」


 その言葉に、少し驚いた。


 セイラは続ける。


「これは彼女の選択です。命じて止めるなら、アルカディアと同じですわ」


 リアが少しだけ笑った。


『セイラ、言い方きついけど、ちゃんと考えてくれてるよね』


「馴れ馴れしく呼ばないでくださる?」


『ごめん、九条さん』


「今さらですわ」


 わずかに空気が緩む。


 だが、リアはすぐに真面目な声に戻った。


『私、配信したら勝てる気がしたんだよね』


 誰も口を挟まなかった。


『向こうが見せたいものを見せるなら、その裏を読んでやる。コメント欄も味方につける。黒瀬さんの鑑定もある。今度こそ、ちゃんと真実を見せられるって』


 リアの声は震えていない。


 けれど、痛みが混じっていた。


『でも、それってまた同じだよね』


 同じ。


 第七新宿ダンジョン。


 裏切りの証拠を取ろうとして、危険を配信に乗せた夜。


『私は前に、危険をコンテンツにした。自分が正しいって証明したくて、数字も欲しくて、配信を切らなかった』


 会議室が静かになる。


『あの時、黒瀬さんにも言ったよね。私は黒瀬さんを利用したって』


「はい」


『今度は、新人の子たちを利用するところだった』


 俺は何も言えなかった。


 リアは続ける。


『告発って言えば聞こえはいいけど、結局、あの子たちの怖かった顔とか、失敗した場面とか、ネットに流すことになる。アルカディアがやってることを暴くために、アルカディアと同じように失敗を見せ物にするところだった』


 その言葉は、はっきりしていた。


 だからこそ、痛かった。


 佐伯が静かに言う。


「白峰さん。配信しない判断も、記録に残します」


『記録?』


「アルカディアから誘導を受けたが、被害者保護の観点から配信を行わなかった。その判断は、今後重要になります」


『そんなの、地味じゃない?』


「地味です」


 佐伯は即答した。


「しかし、必要です」


 リアは少しだけ笑った。


『佐伯さんって、ほんと地味な正しさ好きだよね』


「派手な正しさは、時々危険です」


『耳が痛い』


「すみません」


『いや、謝んなくていい。ほんとだから』


 リアは少し沈黙した。


 そして言った。


『私、配信切る』


 誰もすぐには返事をしなかった。


 リアは続ける。


『アルカディアからの誘いには乗らない。もし向こうが私の名前を出して何か言ってきても、今は配信しない』


 声に迷いはなかった。


『見せることが救いになるとは限らない』


 その一文が、会議室に落ちた。


 俺は胸の奥が少し熱くなった。


 第七新宿ダンジョンで、リアは「全員で出る」と言った。

 あの時の言葉は、彼女自身を縛った。


 でも、今の言葉は違う。


 誰かを見せ物にしないための言葉だった。


 セイラが小さく言う。


「悪くない判断ですわ」


『素直に褒めてくれてもいいんだよ?』


「調子に乗らないこと」


『はいはい』


 佐伯が通話記録を保存する。


「白峰さん。念のため、アルカディアからの連絡文面を管理局へ転送してください。返信はこちらで検討します」


『了解』


「個人アカウントで反応しないこと。匂わせ投稿もしないでください」


『匂わせくらいは……』


「しないでください」


『はい』


 そこはやりたかったのか。


 少しだけリアらしくて、俺は笑いそうになった。


 だが、その時、佐伯の端末に通知が入った。


 彼は画面を確認し、目を細める。


「アルカディア側が動きました」


「何を?」


 俺が聞く。


 佐伯はモニターにニュースサイトを映した。


【アルカディア・ゲート、白峰リア氏への施設公開配信を提案 透明性ある研修事業を強調】


 リアが小さく息を呑んだ。


『もう出したの?』


 早すぎる。


 記事には、アルカディア側のコメントが載っている。


 弊社は、研修事業に関する誤解を解くため、白峰リア氏を含む外部配信者に施設公開の場を提供する意向です。

 透明性を重視し、社会に開かれた探索者育成を目指します。


 コメント欄もすでに動いている。


『リアちゃん配信するの?』

『これは見たい』

『アルカディア堂々としてるじゃん』

『管理局より配信で見せた方が早い』

『新人研修の実態暴いてほしい』

『でも新人の子たち映すのはきつくない?』

『リアならやってくれそう』


 リアの声が低くなった。


『私が断る前提で、先に発表したんだ』


 佐伯が頷く。


「断れば、透明性を拒んだように見せられる。受ければ、配信を利用できる」


「嫌な二択ですわね」


 セイラが言う。


 俺は記事を見つめた。


 アルカディアは、こちらの判断を先回りしている。


 リアが配信者であること。

 世間が配信を求めること。

 告発には映像が強いこと。


 全部分かった上で、舞台を用意している。


 リアはしばらく黙っていた。


 そして言った。


『佐伯さん。私、短い声明だけ出す』


「内容次第です」


『配信はしません。理由は、新人探索者たちの失敗や恐怖を見せ物にしないためです。必要な資料は管理局へ提出します。これ以上、個人の失敗体験をコンテンツにしません。そんな感じ』


 佐伯は少し考えた。


「悪くありません」


「かなり良いと思いますわ」


 セイラが言った。


 リアが少し驚く。


『え、今褒めた?』


「二度言わせないでくださる?」


『録音しとけばよかった』


「切りますわよ」


『ごめんごめん』


 俺は少しだけ笑った。


 この状況で笑えることに、自分でも少し驚いた。


 だが、リアの判断は確かに良かった。


 配信しない。

 でも沈黙もしない。

 被害者を晒さないという理由を、自分の言葉で出す。


 配信者として、配信を切る。


 それは、ただ黙ることではなかった。


 リアは数分後、公式アカウントに短い文章を投稿した。


<<アルカディア・ゲート様より、施設公開配信のご提案をいただきました。

ですが、私は今回、その配信を行いません。


理由は、新人探索者の方々の失敗や恐怖、傷ついた姿を、これ以上コンテンツにしたくないからです。


必要な資料や私が持っている情報は、管理局へ提出します。

真実を明らかにすることと、誰かの弱さを晒すことは同じではないと思っています。


見せることが救いになるとは限らない。

今の私は、そう考えています。>>


 投稿はすぐに広がった。


 コメント欄は割れた。


『リアちゃん成長したな』

『いや配信してくれよ。見ないと分かんないじゃん』

『新人を守る判断は偉い』

『逃げた?』

『管理局に任せる方が危ないだろ』

『これ、前の事件があったから言えることだよね』

『見せない勇気ってあると思う』


 当然、批判もある。


 でも、前より違う。


 リア自身が、数字の波に飛び込まなかった。


 それだけで十分、大きかった。


 アルカディア側はすぐに反応した。


 透明性ある公開の機会を辞退されたことは残念ですが、弊社は引き続き誠実な説明に努めます。


 綺麗な文章だった。


 鑑定。


 対象:アルカディア・ゲート声明

 嘘:誠実な説明に努めます


 いつものように、嘘が見えた。


 でも、今回は俺だけではなかった。


 コメント欄にも、少しずつ疑う声が増えていた。


『辞退されたことは残念って言い方、なんか圧ある』

『新人を映さないって理由に反論できてない』

『透明性って言えば何でも見せていいわけじゃないよな』

『リアが配信しないの、逆に重い』


 真実より速いものは、切り抜きだけではない。


 時々、違和感も速く広がる。


 その夜、管理局に一本の内部通報が届いた。


 佐伯がそれを確認した瞬間、表情を変えた。


「どうしました」


 俺が聞く。


 佐伯は画面を見たまま言った。


「アルカディア内部の職員からです」


 セイラが目を細める。


「罠では?」


「可能性はあります」


「内容は?」


 佐伯は読み上げた。


「白峰リアが配信を断ったことで、施設公開計画が変更。新人研修生の一部を別施設へ移送予定。移送先は、アルカディア・ラーニングシステムズの実証施設」


 俺は息を止めた。


 新人たちを移送する。


 坂井たちか。

 三谷ユイか。

 それとも、別の研修生か。


 リアが低い声で言う。


『私が配信を断ったから?』


「違います」


 佐伯は即答した。


「アルカディアが選んだ行動です」


 セイラも言う。


「あなたのせいではありませんわ」


 リアは黙った。


 俺は、その沈黙の重さが分かった。


 自分が何かを選ぶと、相手も動く。

 その結果、誰かが危険になるかもしれない。


 でも、それを全部背負えば、また利用される。


 佐伯が端末を閉じる。


「移送予定時刻は、明日未明。場所はまだ不明。ただし、内部通報には車両番号が一つ記載されています」


「追えるんですか」


「追います」


 佐伯の声は短かった。


 セイラが立ち上がる。


「私も動きます。車両の所有関係、委託会社、保険契約、全部洗いますわ」


 リアが言う。


『私も、配信はしない。でも、拡散以外でできることがあるならやる』


 俺も立ち上がった。


「俺も行きます」


 佐伯は俺を見る。


「休む選択もあります」


「ないです」


 自分で言って、少しだけ驚いた。


 迷わなかった。


 澪の記録も気になる。

 今でも痛い。


 でも、今は目の前の新人たちだ。


 佐伯は一度だけ頷いた。


「分かりました」


 リアが通話越しに小さく言った。


『黒瀬さん』


「はい」


『私、配信切ったから。次は、見せないまま助けたい』


「はい」


『だから、ちゃんと助けよう』


 その言葉には、以前のような派手さはなかった。


 でも、強かった。


 見せるためではなく。

 盛り上げるためでもなく。

 切り抜かれるためでもなく。


 ただ、助けるために。


 俺は頷いた。


「助けましょう」


 会議室のモニターには、アルカディアの声明と、リアの投稿と、内部通報の車両番号が並んでいた。


 配信は切られた。


 だが、物語は止まらない。


 むしろここから、見えない場所での戦いが始まる。

ここまで読んでくださりありがとうございます。


今回は、白峰リアの選択の回でした。


配信者であるリアにとって、配信は武器です。

第七新宿ダンジョンの事件でも、配信があったからこそ残った証拠がありました。


けれど今回は、あえて配信しない選択をしました。

新人探索者たちの失敗や恐怖を、これ以上コンテンツにしないためです。


真実を明らかにすることと、誰かの弱さを晒すことは同じではありません。

リアはその違いを、自分の失敗を通して理解し始めています。


アルカディアは、配信されなかったことで別の手を打ち始めました。

次回は、移送されようとする新人たちをめぐって、さらに状況が動きます。

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