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第17話 聖女の善意は裁けない

 探索者裁判の本審理は、管理局新宿支部の地下法廷で行われた。


 法廷、といってもテレビで見るような木製の重々しい部屋ではない。


 壁は白く、天井には記録用ドローンが浮かび、中央には証拠映像を投影するための大型魔導スクリーンがある。

 証言台の周囲には、スキル干渉を防ぐための透明な結界板。

 傍聴席には、報道関係者、探索者協会の職員、古町隼人の関係者、九条家の関係者が座っている。


 一般配信はされない。


 ただし、記録は残る。

 報道もされる。

 切り抜かれないとは限らない。


 俺は傍聴席の端に座っていた。


 外部鑑定士。


 そういう立場らしい。


 らしい、というのは、俺自身がまだその肩書きに納得していないからだ。


 Fランク探索者。

 清掃バイト。

 戦えない鑑定士。


 それが、今は探索者裁判の証人席近くに座っている。


 意味が分からない。


 隣には佐伯ユズルがいる。


 いつものように表情が薄い。

 ただ、今日は管理局の制服ではなく、濃紺のスーツを着ている。

 いかにも法廷向け、という感じだ。


「黒瀬さん」


「はい」


「今日は不用意に呟かないでください」


「俺のこと何だと思ってるんですか」


「重要な場面で、思ったことが口に出る人」


「否定しきれないのが嫌ですね」


「自覚があるなら大丈夫です」


「大丈夫ですかね」


「完全には」


「でしょうね」


 俺は小さく息を吐いた。


 法廷の中央に、九条セイラが座っている。


 白い探索者用コートではなく、今日は黒に近い濃紺のジャケット。

 髪はきっちりまとめられ、姿勢はいつも通りまっすぐ。


 堂々として見える。


 見えるだけかもしれない。


 彼女の隣には弁護人。

 反対側には古町側の代理人と、管理局側の調査担当者。


 そして少し離れた証人席側に、王城アリサがいた。


 淡いベージュの服。

 表情は静か。

 昨日よりも少し顔色が悪い。


 彼女が入廷した瞬間、傍聴席の空気が揺れた。


 聖女。


 そう呼ばれる人間が、この事件でどんな立場になるのか。

 皆、それを見に来ている。


 古町隼人の母親は、最前列に座っていた。


 黒い服。

 膝の上で握られた手。

 その視線は、セイラとアリサの間を揺れていた。


 自分の息子を死なせたのは誰なのか。


 たぶん、彼女自身もまだ決められていない。


 裁判官役を務める探索者裁判審理官が、開廷を告げた。


 まず、事件概要が読み上げられる。


 湾岸第十二ダンジョン地下四層。

 九条セイラを含む五人パーティー。

 Dランク探索者、古町隼人の死亡。

 退避用ワイヤーの不作動。

 九条セイラによる救助義務違反の疑い。


 言葉にされると、やはり重い。


 古町隼人はもういない。

 ここにいる全員は、死者の行動を後から語っているだけだ。


 最初に提出されたのは、事件当時の公式記録映像だった。


 大型スクリーンに、地下四層の映像が映る。


 古町が奥へ進む。

 後方の二人が動けなくなる。

 セイラが後方二人の前に立つ。

 古町が危険地帯へ入る。

 魔物が反応する。

 セイラが右手を上げ、退避用ワイヤーを起動しようとする。


 だが、ワイヤーは動かない。


 古町は振り返る。


 その顔が、一瞬だけ映る。


 恐怖。

 困惑。

 それでも、逃げないという決意。


 映像はそこで一時停止された。


 古町の母親が目を伏せる。


 セイラは画面を見つめたままだ。


 九条側弁護人が立つ。


「この映像だけを見ると、九条セイラ氏が古町氏を見捨てたように見えます。しかし、現場検証により、彼女は後方二名を守る位置にいたことが確認されています」


 次に、藤倉ミユと間宮ソウタの証言映像が流れる。


『九条さんは、私たちの前に立っていました』

『古町さんを見捨てたようには見えませんでした』

『ワイヤーを何度も操作しようとしていたと思います』


 傍聴席がざわつく。


 証言としては強い。


 セイラがただ立っていたわけではない。

 後方二人を守り、古町を引き戻そうとしていた。


 その流れは、確かにできている。


 だが、古町側代理人がすぐに立った。


「しかし、九条氏は事件直後、古町氏について『実力のない探索者が危険地帯に入れば、危険な目に遭うのは当然』と発言しています。これは、救助対象である古町氏に対する明らかな侮辱であり、九条氏が古町氏を軽視していた証拠です」


 大型スクリーンに、例の切り抜き映像が映る。


『実力のない探索者が危険地帯に入れば、危険な目に遭う。当然のことでしょう』


 短い。


 たったそれだけ。


 だが、印象は最悪だった。


 傍聴席の空気が冷える。


 セイラの表情は変わらない。

 だが、俺には分かる。


 あの映像は強い。


 人は、現場の複雑な位置関係より、本人の冷たい一言を信じやすい。


 セイラは自分で自分を不利にしている。


 佐伯が隣で小さく言った。


「彼女の最大の敵は、彼女の過去発言ですね」


「本人が一番刺してますね」


「はい」


 古町側代理人は続ける。


「また、九条氏の《所有権》は、当該退避用ワイヤーを操作可能なスキルです。彼女が古町氏を引き戻せた可能性がある一方で、意図的に作動させなかった可能性も残ります」


 その言葉に、セイラの弁護人が反論する。


「退避用ワイヤーには第三権限の干渉が確認されています。九条氏の操作信号は送信され、不達となった。これは妨害の可能性を示すものです」


 スクリーンにログが映る。


 送信者:九条セイラ。

 結果:不達。

 原因:接続遮断。

 第三権限:不明。


 古町側代理人は引かない。


「第三権限の正体は未確定です。機器不良、魔素干渉、ログ破損の可能性も残ります」


 佐伯が小さく言う。


「想定通りです」


「嫌な想定ですね」


「裁判ですから」


 またそれだ。


 俺はスクリーンを見た。


 ここまでの流れでは、セイラはかなり持ち直している。

 だが、決定打にはならない。


 第三権限が誰のものなのか。

 古町がなぜ危険地帯へ進んだのか。


 そこを説明できなければ、セイラへの疑惑は消えない。


 そして次に、王城アリサの名前が出た。


 法廷の空気が変わる。


 審理官が告げる。


「王城アリサ氏、証言台へ」


 アリサは静かに立ち上がった。


 歩き方は落ち着いている。

 だが、指先はかすかに震えていた。


 透明な結界板に囲まれた証言台へ立つ。


 記録用ドローンが彼女を映す。


 古町側の席が、ざわついた。


 古町の母親は、アリサを見つめている。


 憎しみではない。

 信じたい気持ちと、知りたい気持ちが混ざった目だった。


 アリサは証言を始めた。


「私は、古町隼人さんを以前治療しました。彼は大怪我をして、探索者を続けられるか分からない状態でした。治療後、彼は何度か私に相談をくれました」


 声は静か。


 法廷中に、よく通る。


「事件当日も、不安だと連絡がありました。私は、彼を励ましました」


 九条側弁護人が問う。


「具体的には?」


 アリサは目を伏せた。


「あなたなら守れます。逃げずに立っていられる人だと、私は知っています。そう送りました」


 傍聴席に、かすかなざわめき。


 その言葉だけ聞けば、美しい。

 死んだ探索者を励ます優しい言葉。


 だが、その言葉を聞いた古町は、危険地帯へ進んだ。


 九条側弁護人は続ける。


「古町氏に、九条氏の待機命令を無視するよう指示しましたか」


「いいえ」


 俺はアリサを鑑定した。


 嘘:なし


「古町氏に、危険地帯へ進むよう求めましたか」


「いいえ」


 嘘:なし


「古町氏に、後方二名を守るために自分を犠牲にするよう伝えましたか」


「いいえ」


 嘘:なし


 嘘がない。


 やはり、アリサは命令していない。


 九条側弁護人は一拍置いて言った。


「では、あなたの言葉が古町氏の行動に影響した可能性については、どう考えますか」


 アリサは沈黙した。


 法廷が静かになる。


「影響した可能性は、あると思います」


 その声は、小さかった。


 でも、逃げてはいなかった。


「私は、隼人さんに無理をしてほしくありませんでした。死んでほしいとも、危険な場所へ進んでほしいとも思っていませんでした。でも、私の言葉が彼にとって重かったことは、今は否定できません」


 傍聴席の空気が揺れる。


 認めた。


 でも、何を認めたのかは曖昧だ。


 法的責任か。

 道義的責任か。

 ただの後悔か。


 古町側代理人が立つ。


「王城さん。あなたは古町隼人さんを救った恩人です」


「はい」


「古町さんは、あなたに深く感謝していました」


「そう聞いています」


「では、あなたの言葉を支えにしていた彼を責めるのですか?」


 アリサの表情が強張る。


「責めません」


「あなたは彼を励ました。彼はその言葉を胸に、仲間を守ろうとした。これは美しい行動ではありませんか?」


 法廷の空気が、少し変わった。


 危険な流れだ。


 古町側代理人は、アリサを責めるのではなく、アリサの言葉と古町の行動を美談にしようとしている。


 そうすれば、セイラはさらに冷たい人間に見える。


 聖女に励まされ、仲間を守ろうとした古町。

 それを救えなかった、あるいは救わなかった悪役令嬢。


 分かりやすい物語。


 人は、分かりやすい物語を好む。


 俺は膝の上で拳を握った。


 アリサは答えられない。


 その時、セイラが立ち上がった。


 弁護人が慌てる。


「九条さん」


「発言を」


 セイラは審理官へ向かって言った。


「九条氏、弁護人を通してください」


「では弁護人に伝えます。今の言い方は、死者を美談にして、古町隼人本人の判断ミスも、王城アリサの言葉の重さも、全部曖昧にしていますわ」


 法廷がざわつく。


 審理官が制止する。


「九条氏、発言は許可後に」


「失礼」


 セイラは座った。


 だが、もう遅い。


 傍聴席の一部が明らかに反応している。


 また印象が悪くなる。

 だが、言った内容自体は間違っていない。


 俺は思わず小声で言った。


「言い方……」


 佐伯がすぐにこちらを見る。


「黒瀬さん」


「すみません」


「気持ちは分かります」


「分かるんですね」


「かなり」


 佐伯の顔は相変わらず無表情だった。


 古町側代理人は、セイラの発言を利用するように言った。


「今の発言こそ、九条氏の態度を表しています。彼女は古町氏の勇気を判断ミスと呼び、王城氏の励ましを責める。果たしてこのような人物が、本当に古町氏を救おうとしたのでしょうか」


 強い。


 セイラの発言が逆に刺さっている。


 セイラは顔色を変えないが、弁護人は明らかに苦い顔をしている。


 九条側弁護人が立ち上がった。


「古町氏の行動を勇気と呼ぶか、判断ミスと呼ぶかは、本件の本質ではありません。本件の争点は、九条氏が救助義務を果たそうとしたか、退避用ワイヤーの不作動に故意があったかです」


 正しい。


 だが、正しいだけでは足りない。


 王城アリサは、法的には裁きにくい。

 彼女は命令していない。

 悪意もない。

 嘘もほとんどない。


 それでも彼女の言葉は古町を動かした。


 この曖昧なものを、どう扱うか。


 ここで、佐伯が審理官へ発言を求めた。


「管理局調査二課、佐伯ユズルです。現場検証で得られた補足資料の提出を申請します」


 審理官が許可する。


 佐伯は立ち上がり、スクリーンへ資料を送った。


「古町隼人氏の個人端末から復元された音声再生履歴です。事件当日、古町氏は王城氏の音声メッセージを少なくとも三回再生しています」


 スクリーンに時系列が映る。


 一回目。待機命令直後。

 二回目。岩陰停止後。

 三回目。危険地帯進入直前。


 そして、古町の移動ログと重ねられる。


 法廷中が静かになった。


 佐伯は続ける。


「これにより、古町氏が王城氏の言葉を心理的支えとして行動していた可能性は高いと考えられます。ただし、王城氏が直接指示した事実は確認されていません」


 バランスを取った言い方。


 アリサを責めすぎず、無関係とも言わせない。


 次に、佐伯は退避用ワイヤーのログを出す。


「問題は、その後です。古町氏が三回目の音声を再生し、危険地帯へ進入した直後、退避用ワイヤーに第三権限が発生しています」


 スクリーンに表示される。


 第三権限:不明。

 外部認証参照。

 ブルーライン探索者協会研修管理サーバー。

 外部委託先。

 アルカディア・ゲート関連会社。


 ざわめきが大きくなる。


 アルカディアの名前は、やはり反応を呼ぶらしい。


 古町側代理人が顔をしかめる。


「それは外部企業の関与を疑わせる資料であり、王城氏の証言とは別問題では?」


 佐伯は頷く。


「別問題です。しかし、同じ時刻に発生しています」


「偶然の可能性は?」


「あります」


 佐伯は否定しない。


「ただし、古町氏の心理状態、王城氏の音声再生、退避用ワイヤーの第三権限発生が連続している以上、調査対象として切り離すべきではありません」


 この言い方なら通る。


 断定していない。

 でも、無視もできない。


 俺は佐伯の横顔を見た。


 やっぱり仕事ができる。

 味方にすると頼もしい。

 敵にすると最悪。


 審理官は資料を確認し、記録として採用することを認めた。


 ただし、判断は保留。


 当然だ。


 まだ、セイラの無罪には届かない。


 次に、王城アリサへの追加質問が行われた。


 九条側弁護人が問う。


「王城さん。あなたは、治療した探索者があなたに強い恩義を感じることを認識していましたか」


 アリサは静かに答える。


「はい」


「その恩義が、彼らの行動に影響することは?」


「あると思います」


「古町氏にも?」


「今は、そう思います」


 古町側代理人が反論する。


「王城氏は医療行為を行ったにすぎません。治療を受けた者が感謝することは自然な感情です。それを責めることは、高位ヒーラーの活動そのものを萎縮させかねません」


 その通りだ。


 王城アリサを責めすぎれば、他のヒーラーたちも萎縮する。

 誰かを励ますことすら怖くなる。


 だが、放置すれば、救われた探索者が恩を返すために無茶をする。


 どちらも危険だ。


 審理官が確認する。


「外部鑑定士、黒瀬透真氏」


 突然名前を呼ばれて、心臓が跳ねた。


「はい」


「王城アリサ氏の発言について、鑑定結果を述べることは可能ですか」


 法廷中の視線が俺に集まった。


 やめてくれ。


 そう思った。


 だが、俺は立ち上がるしかなかった。


 佐伯が小声で言う。


「事実だけを」


「分かってます」


 俺は証言用の小さなマイクの前に立った。


 足首の補助具が、かすかに音を立てる。


「王城さんの発言には、ほとんど嘘は見えませんでした」


 アリサが俺を見る。


 セイラも見る。


 俺は続ける。


「少なくとも、古町さんに死んでほしかったとか、危険地帯へ進ませようとしたとか、そういう嘘は見えません。本人は本当に、励ましたつもりだったんだと思います」


 傍聴席が静かになる。


「ただ、一つだけ嘘が見えました」


 アリサの肩がわずかに動く。


「王城さんが『私は誰も縛っていない』と考えようとした時、そこに嘘が出ました」


 自分で言っていて、かなり危うい証言だと思った。


 主観的。

 曖昧。

 鑑定の仕様も不明。


 それでも、言うしかない。


「命令ではないです。でも、彼女の言葉は古町さんにとって、命令のように重くなっていた可能性があります」


 古町側代理人が立つ。


「それはあなたの推測では?」


「推測です」


 俺は認めた。


 法廷が少しざわつく。


「ですが、古町さんの音声再生履歴と移動ログを見る限り、彼は王城さんの言葉を聞くたびに進んでいます。自分の意思だけで進んだ、という説明には嘘が見えました」


 審理官が確認する。


「黒瀬氏の鑑定では、古町氏の移動ログに『自分の意思で進んだ』という説明への虚偽反応があった、ということですね」


「はい」


「ただし、操られていた、命令された、と断定するものではない」


「はい。むしろ命令された、という説明にも嘘が見えました」


 審理官が記録する。


「自分の意思だけではない。だが、命令でもない」


「はい」


 俺は少し息を吸った。


「期待に従った、というのが近いと思います」


 静まり返る。


 期待に従った。


 それがどれほど裁判用語として使えるかは分からない。


 でも、俺にはそれが一番近い言葉だった。


 王城アリサは命令しない。

 だが、古町隼人は彼女の期待に従った。


 そして死んだ。


 俺の証言が終わると、足が少し震えていた。


 席に戻ると、佐伯が小さく言った。


「悪くありません」


「それ、褒めてますか」


「かなり」


「分かりにくいです」


「分かりやすく褒めるのは苦手です」


「でしょうね」


 セイラは前を向いたまま、こちらを見なかった。


 だが、彼女の横に鑑定表示が浮かんだ。


 嘘:助かったとは思っていない


 俺は少しだけ笑いそうになった。


 思ってるんだな。


 法廷はさらに続く。


 王城アリサの善意がどこまで責任になるか。

 九条セイラが救助義務を果たしたと言えるか。

 アルカディア関連会社の外部認証が、どこまで事件に関わったか。


 議論は何度も揺れた。


 そして、審理官は一時休廷を告げた。


 判断は次回へ持ち越し。


 ただし、今日の時点で明らかになったことがある。


 王城アリサは、古町隼人に命令していない。

 九条セイラは、古町を単純に見捨てたわけではない。

 退避用ワイヤーには、外部からの干渉があった可能性が高い。


 事件の形は、確実に変わった。


 休廷後、廊下に出ると、王城アリサが一人で立っていた。


 彼女は俺に気づき、静かに頭を下げる。


「黒瀬さん」


「はい」


「証言、ありがとうございました」


「お礼を言われることではないです」


「それでも」


 アリサはそう言った。


 俺は少し身構えた。


 彼女のお礼は、悪いものではない。

 でも、なぜか重さを感じてしまう。


 セイラが横から現れた。


「王城さん」


 アリサはセイラを見る。


「はい」


「感謝を向ける相手を少し選びなさい」


 また刺す。


 しかし、アリサは怒らなかった。


「そうですね」


「そうやってすぐ受け止めるのも、少しはやめなさい」


「……それは、難しいです」


「でしょうね」


 二人の会話は、相変わらず噛み合わない。


 でも、以前より少しだけ違って見えた。


 敵対というより、互いに相手の危うさを見ている。


 アリサがセイラに言った。


「九条さん」


「何ですの」


「古町さんを助けようとしてくれて、ありがとうございました」


 セイラの表情が固まった。


「……あなたに言われることではありませんわ」


「はい。でも、言いたかったので」


「本当に、あなたは」


 セイラは言葉を切った。


 しばらく黙ってから、小さく言った。


「私は、助けられませんでした」


「それでも、助けようとはしたんですよね」


「結果がすべてですわ」


「そうでしょうか」


「そうですわ」


 セイラは強く言った。


 だが、鑑定表示が浮かぶ。


 嘘:結果がすべて


 この人も、言葉とは逆に、過程を捨て切れていない。


 アリサは静かに言った。


「私は、言葉の重さを考えます」


「今さらですわね」


「はい。今さらです」


「それで古町隼人が戻るわけではありません」


「はい」


「なら、せいぜい次に間違えないことですわ」


 アリサは頷いた。


「そうします」


 セイラはそれ以上何も言わず、歩き去った。


 俺はその背中を見た。


 相変わらず高慢で、言い方は最悪で、たぶん今も多くの人に嫌われている。


 でも、古町隼人を見殺しにした悪女、というだけではもう見られなかった。


 廊下の窓から、外の光が差し込んでいる。


 裁けるもの。

 裁けないもの。

 法的責任。

 道義的責任。

 善意。

 恩。

 期待。


 どれも綺麗に分けられない。


 聖女の善意は、おそらく裁けない。


 でも、裁けないからといって、何もなかったことにはできない。


 俺はそれを、嫌というほど理解し始めていた。


 端末が震える。


 佐伯からだった。


<<次回審理で、九条セイラの無罪主張はかなり通しやすくなります。

ただし、アルカディア側は動くかもしれません。>>


 俺は返信する。


<<また嫌なこと言いますね。>>


 すぐに返ってくる。


<<嫌なことほど、先に言うべきです。>>


 その通りかもしれない。


 俺は端末をしまった。


 法廷の扉の向こうでは、まだ人の声がしている。


 誰かが誰かを責めている。

 誰かが誰かを庇っている。

 誰かが死者の意味を決めようとしている。


 その全部が、古町隼人にはもう届かない。


 だからこそ、生きている俺たちは、せめて簡単な物語に逃げてはいけないのだと思った。

ここまで読んでくださりありがとうございます。


今回は、王城アリサの善意がどこまで責任になるのかを裁判の場で扱いました。


アリサは命令していません。

悪意もありません。

古町隼人を危険地帯へ進ませようとしたわけでもありません。


それでも、彼女の言葉は古町にとって重いものになっていました。

誰かに救われた恩、期待された自分でいたい気持ち、逃げたくないという願い。

それらが重なった時、優しい言葉は命令のように作用してしまうことがあります。


ただ、善意そのものを簡単に裁くことはできません。

だからこそ、この事件は単純な悪人探しでは終わらない形になっています。


次回は、セイラの裁判の決着に向かいます。

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