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コードネーム:月喰い(つきぐい)

 「なぁ、朔さん。あいつ逃がしてよかったん?」


 澪が攫われた後、家で遥真を寝かせた。リビングでソファーに力なく座り怒りを抑えていると悠翔が声をかけてきた。その言葉を返すことは出来なかった。


 「逃がして……よかったのかなぁ?よく分かんない」


 「分からんって、のんきやなぁ」


 少し呆れたように俺を見下ろす悠翔にへらりと笑う。本当なら逃がす気はなかった。明日の条件が良かろうが、澪を苦しめた人間に澪を渡すなんてあり得なかった。しかし職員が持っていたタブレットは澪の機械部分に影響を与える。もしかしたら無理矢理動かして澪を盾にして逃げるかもしれなかった。それにあの時俺は冷静ではなかった。そんな中、攻撃をしようとすれば職員どころか悠翔や澪、遥真にまで影響を及ぼす可能性があった。それならばいっそ逃がす方がまだマシかもしれないと思ってしまった。まぁ、躊躇した瞬間に煙幕で逃げられたのだが。


 「どちらにしろ、あの職員は澪に手を出せないよ」


 「そうなん?すぐにでも実験しそうやけど」


 「……んふふふ」


 あの時、澪を返してと言った時、職員は俺と目が合っていた。ちょうどあの時は俺の後ろに月があったんだ。今にも消えそうな二日月。職員は知っているのだ。俺のコードネームを。それがどう言う意味を指すのかを。だからこそ職員と視線が合い、その瞳に月をも喰らう化け物が写っていたんだ。悠翔は不審に笑う俺を不思議そうな瞳で見ていた。


「それでも早く行ってあげないとね」


「……せやなぁ」


 静かに、それでも強く悠翔は同意をした。あぁ、明日が楽しみだ。――そして朝がやってきた。遥真は聞きたいことがあったみたいだ。きっと澪のことだろう。だから俺は全てが終わった後に全部話すよと伝えた。遥真はどう思うのだろうか。でも澪のことが大好きな遥真のことだ。きっと変わらないのだろう。悠翔も遥真も澪の身を心配しているようだ。ならさっさと返して貰おうか。二人を両腕に抱えて持ち上げる。澪の姿を探す。……見つけた。足を一歩踏み出せば、澪のいる建物の目の前に来た。ちゃんと降ろしてあげると不思議そうに俺を見上げた。


 「身体強化ってここまでできるん?」


 「んー?今日は俺の異能が使えるんだよ」


 そういや皆には伝えてなかったもんね。へらりと笑って足を進める。今説明している時間はない。早く澪を助けてあげないと。確か職員は歓迎すると言っていた。きっと兵器だのなんだの使うのだろう。いつもならそれすら無視して助けに行くだろうが、今回は俺の機嫌が悪い。何もかも潰し回ってやる。


 「じゃあ、手始めに……そーれ!」


 斧を手に持って思いっきり地面に振り下ろす。地震のような低い音が響き渡り、地面が割れた。その影響で建物にヒビが入る。悲鳴やら怒号やらが聞こえる。うんうん、そのまま混乱して自滅してくれないかな。いや、それでは面白くない。澪を苦しめた分苦しんでから殺さないと割に合わない。今度は建物の目の前まで歩いて行く。澪の場所を確認しつつ危険のないように建物に斧を振り下ろす。身体強化をほぼ全開にして振り下ろしているからか建物は半壊に近い状態だった。


 「澪は無事で建物は半壊。うん、俺も制御できるようになったね」


 まぁ、澪は俺の攻撃に対して無事なだけで、実際に無事かどうかは分かっていない。早く行ってあげないとね。二人に行くよと伝えると持っていた武器を握り直していた。そして建物の中に入った。だが数歩も歩かずして違和感に首を傾げる。


「……あまりにも静かすぎん?」


 悠翔の言う通りだった。宣戦布告として地面を割ったと言うのに全く混乱した様子がない。割った瞬間は悲鳴などが聞こえていたと言うのにだ。視界を巡らせる。目に見えて分かる罠や仕掛けは無さそうだ。それどころか人の気配すら感じない。あんだけ挑発をしておいて誰もいないなんてことあるか?それとも澪だけ置いて逃げていった?……いや、澪の様子が何かがおかしい。実験されてるわけでは無さそうだが……壁を隔てるとシルエットしか見えないんだよなぁ。これは強行手段も辞さないか。警戒をしている2人に後ろへ下がるよう言うと俺の背中へと隠れる。その様子を確認して俺は斧を横振りで一閃する。すると目の前の壁が壊れ、澪の姿を認識できるようになった。


「澪!良かった……」


「遥真、待って」


 様子がおかしいというのは合っていたようだ。目の前の壁が壊されたというのに全く反応しない澪。それどころか虚な目でこちらを見つめている。


「澪くん?」


「……朔、さん……たすけて」


 震えた手を俺に伸ばしている。俺はその手を取ろうとした瞬間、澪の後ろから忌々しい聞き覚えのある声がした。


「天城実験体、そいつらを処分しろ」


「いやだ、朔さん達は……」


 人気がないと思えば、シェルターのような場所に蜘蛛の子のように固まっている職員達がいた。数は取り残した人間の数と同じ。その事実に笑う。纏まってくれて感謝しなきゃね。澪は攻撃をしないためか、両腕を胸の前で固定している。その瞳には怯えが渦巻いている。澪はカタカタと震えた手で刀を持ち、ゆっくりとこちらに近付いてくる。


 「……遥真、悠翔。澪のこと助けられる?」


 少しだけ俺より小さい2人を見る。そしてその表情を見て小さく笑う。聞く必要はなかったみたいだな。頑張れと口にした瞬間、遥真の時計が動き出した。澪はまた虚な目をしたまま壁があった場所を見つめていた。そしてそんな澪の近くに職員はいなかった。――遥真が澪と職員の時間を戻したのだ。俺たちが助ける直前まで戻したようだ。ならば俺のすることは一つだ。


「見つけた」


 職員はシェルターの中に小さく収まっていた。その手に澪を操るタブレットがあるのを見つけて思いっきり叩き切る。思い切ったせいで1人殺してしまったが仕方のないことだろう。どうせ死ぬ運命にあった人間だ。ふと後ろを見ればしっかりと澪を抱き締めている2人の姿が見えた。良かった、良かった。これで澪の救出は出来たね。皆がまた集まった事に安堵していれば震えた声が響く。


「……お前……どう言うつもりだ!!」


 仲間が1人目の前で殺された恐怖で混沌が生じる。化け物を見るような目で俺を見ている瞳がたくさんある。俺はもう一度数が合っていることを指折りで確認して口角を上げた。


「さぁ、こちらにおいで」


 その一言で景色は無機質な壁から終わりの見えない森の中へと変化した。上を見ても月はなくて辺りは真っ暗。音すらも拾わない闇。異次元な空間にどよめきが発生する。後ろにいた遥真達も混乱しているようだ。振り返って大丈夫だよと笑えば、3人とも安心した表情に変わった。


「な……なんだ、これ……。貴様がやったのか……?」


「あー、これね、俺の異能だよ」


 またざわめきが起こる。それもそのはず。異管では俺の異能は明確に分かっていないとされている。なぜなら俺の異能を観測した人間は等しく帰ってこないから。だから俺は素直に条件も異能の内容も全部言ってあげてるのにね。本人の証言だから〜とか言って信じてくれないのだ。しかも俺の資料に書かれている条件と内容は消した。あの頃は自分自身の異能が忌々しかった。だからなかった事にしたかったのだ。そして今現在で俺の異能を知っている人間は副官と俺のみとなったのだ。


「貴様!異能は条件が厳しくて使えないんじゃ!?」


「そう。俺の異能〈月喰い〉は条件が凄く限定的なんだ。だから普段は使えない。でも、君たちは本当に運が良かった。俺の条件に合わせて俺を怒らしてくれた」


「限定的だと?」


「『10日の新月であること』が条件なんだ。皮肉だよね。あの子達を守るための異能が、あの子達が狂った日と同じ時しか使えないなんてさ」


 俺は小さく笑った。そして手に馴染む斧を撫でる。あの日に俺たちは何かが狂ってしまった。いや、元々狂っていたのかもしれない。それでもあの日、澪が自殺した日に俺たちは変わってしまった。だからこそ、俺は――。しっかりと斧を握って澪を苦しめた職員達へ視線を向ける。


「鬼ごっこの時間だよ。逃げ切れるかな?」


「っ……た、助けて」


 静かな悲鳴と共に標的達は逃げ惑う。まるで蜘蛛の子を散らすように逃げる彼らに笑いが込み上げる。そんな中、澪を攫ってあまつさえ俺たちと戦うように命令した標的が視界に入った。……まずはあいつからだ。走る標的へ俺が二歩歩いただけで目の前まで来れた。急に視界に入ってきた俺に標的は腰を抜かしたみたいだ。地面へ這いつくばっている。


「どうしてこんなことを!」


 どうして。そんな自分勝手な疑問に俺はまた口角を上げた。怯えた瞳には月の光もない暗闇で笑っている俺の姿が見えた。


「ごめんね。()はね過保護なんだ」


 捕まった代償で処刑台が起動した。斧を振り下ろした瞬間弾け出す赤い飛沫。頬に付くその温かさに勝手に抑えきれない笑いが零れ落ちる。甲高い悲鳴が聞こえてさらに逃げようとする標的達。――帰り道なんて見つけさせてやらない。全員を殺すまで終わらないゲームを始めよう。




 ……何が起きているのだろう。私はただ、中途半端に途絶えた実験をしたかっただけなのに。


「あああああぁぁぁっ!!」


 あちこちで悲鳴が上がる。いつの間にか私は処刑場で逃げ回っていた。また仲間が減る音がする。そして響くはずのない真っ暗な森に響き渡る鬼の笑い声。全身が氷でできたみたいに冷たい。恐怖で止まりそうになる足を無理やり動かす。止まれば死ぬ。荒れる呼吸のまま走り続ける。皆バラバラに動いたからか、今私の近くで鬼の気配はしない。今のうちにこの空間から逃げ出す方法を見つけなければ。がむしゃらに走った先で私は青いものを見つけた。近くに寄って観察すれば、それは車だった。その瞬間私の中で確信を得た。


「これを使えば……逃げ切れる!」


 道は分からない。それでも車で全速力で走ればきっとあの鬼も着いては来られない。運命が味方したか、車の鍵もすぐ近くで見つけた。即座に車へ乗り込み。エンジンを回転させる。何の引っ掛かりもなく動く車に笑みが溢れる。


「これで私は、私だけは助かる!」


 少し走るがまだ帰り道は見つからない。それでも仲間の悲鳴すら聞こえなくなった現実に勝利を確信する。結局あれもただの鬼だったのだ。ザマァみろ。心からの言葉がこぼれ落ちた瞬間、ガラスが割れる音と共にフロントガラスに何かが突き刺さった。あまりの衝撃にハンドルが揺れる。横をチラリと見てそれを見た瞬間、ドクリと心臓が音を立てた。


「え……」


 フロントガラスに刺さったのは、真っ赤に染まった、あの鬼が持っていた斧だった。喉からか細い呼吸音がしたのを横目にアクセルを体重いっぱい踏み切る。一気に景色は動き、木々が歪んで見える。どうして場所が分かった。いや、投げてきたと言うことはまだ近くにはいない可能性がある。今この車は180kmも出しているんだ!


「追いつけるはずがない……なんてね」


 見てしまった。……見つけてしまった。到底追いつけるはずのない速度を出した車を追いかけて、後ろからやってきた鬼を。横を向いたら”それ”はいた。慈愛を感じすらする笑みで私を見ていた。頭はもう正常に働かなかった。だから私はハンドルを一気に鬼がいる方向へ切った。あいつを殺せば逃げれるのだ!しかし次に感じた衝撃は人を轢いた感覚ではなく、自身が湿った草むらに叩きつけられる痛みだった。すぐに顔を上げる。鬼の後ろに車はあった。しかし人とぶつかったとは思えないほどに車は造形を保っていなかった。鬼を轢いて車は大破した。その事実に恐怖のメーターは振り切れた。


「うわああああああああ!!!ゆるし、許してくれえええ!!!」


「……許してほしい?」


 鬼は、元の服の色なんて分からないほど返り血まみれだった。斧を振り上げたままの体勢のまま、鬼は首を傾げた。私は目の前にぶら下げられた希望に縋る。


「あぁ!私は研究者だ!遊んで暮らせるだけの金はある!異管に所属しているから顔だって広い!お前の望む事を叶えれる!」


「ふーん」


 興味なさげに放たれた言葉とは裏腹に鬼は斧を下ろして、しゃがみ俺と同じ目線に来た。視線があった鬼はふわりと笑った。


「君は何の研究をしていたの?」


「っ、私は機械で人が生きていけるよう研究をしていたんだ!臓器がなくても、機械の力で生かすことができるんだ!お前の大切な人も私の技術で生かせることもできるぞ!」


 鬼は少し考えるそぶりをした。もしかしたら本当に助かるかもしれない。この技術を使う代わりに逃がしてもらえるかもしれない。


「それに価値はないよ。遥真も悠翔も澪も、俺といれば安心でしょ?」


「っ、」


「やっぱり異管の人間は嘘を言うのが得意だね。事実を湾曲させて伝えるのが得意って言った方がいいのかな?」


 ニコニコと笑いながら私を見る鬼。笑っているはずなのにその瞳には殺意が流れている。後ろに逃げようとするが意味はない。


「澪を実験台にしていたんだから君は殺す。許しも必要ない」


 あぁ、私は勘違いをしていた。私はどうして目の前のものを鬼と思っていたのだろう。あれは鬼なんてものじゃない。あれは。


「化け物……」


 笑みを崩さず、また斧を振り上げる化け物。完全に理解してしまった。コードネームは異能の特徴を言ってるんじゃない。あれは、正真正銘の〈月喰い〉だ。斧が自分の頭の形を歪ました感覚と共に私は何も考えられなかった。

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