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変わらないはずの仕事

 ようやく俺たちの謹慎処分の期間も終えて、初めてこの4人での仕事が始まる。澪を救出する時に副官が叶えられる事は一つ叶えると言ってくれたので、俺は異管から半独立状態にして、仕事を貰えるようにした。正直完全に異管を辞めて、俺たち自身が勝手に動くのでも良かったのだが……。お偉いさんが惨めったらしくも俺たちを辞めさせないので仕方なくこの形を取った。いらないなんて言ってたくせに、実際辞めると言ったらどんな手を使っても辞めさせない。さすがあの腐ったお偉いさんはやる事が違う。まぁ?辞めて欲しくないと言っているのだからこちらの条件を飲んでくれるよね。と話し合いをして必要最低限の接触を約束させたんだけれど。そんなことはどうでもいい。俺と悠翔はまだ良いが、遥真と澪は本当に始めてである。異能の使い方は知っていたり、教えたりしたからどうにかなるだろうと安易な気持ちでいる。実際俺一人だけでも全然問題ないタイプの仕事っぽいし。初めてには丁度いい。


「さて、今回の仕事を説明していくよ。今回の任務は『異能者の確保・及び処分』だよ。場所は――」


 説明も終えて、今異能者がいると情報のある廃墟にやってきた。雰囲気はホラーゲームそのものだ。俺と澪はお化けとかゾンビが出そうだねと会話を弾ませている。しかしその横で俺に離れまいとぴったりくっついて震えているのが遥真である。悠翔は悠翔で怖くなんかありません、みたいな顔をしてるくせに俺の服の端を掴んでいるのだ。そう言えば、遥真の影に隠れてるけど悠翔も中々のビビリだったなぁ。大丈夫かな?この仕事はこう言うところに行くこと多いんだけど。まぁ、数行けば慣れるもんか。ほら行くよーと前へ進むと2人ともいやー!と子どものようにゴネるが、引っ張れば案外素直についてきた。中に入ってすぐに分かった。対象者はある程度の距離を取ってこちらを観察している。まだこちらを攻撃する気はなさそうだ。それならば丁度いいね。


「じゃあ、説明通りだよ。遥真と澪の2人で頑張ってね。一応俺と悠翔は後ろにいるから大丈夫だよ」


「本当にしなきゃダメか?」


「よっしゃー!腕が鳴るぜ!」


 この対極の反応よ。本当面白い。悠翔と笑って2人の背中を押す。そうして気合いを入れたわけだが、対象者は全くもって姿を現す気配がない。逃げようとしているわけでもないし……俺と悠翔が離れるのを待っているのか。なるほど、存外理性で考えて動くタイプか。弱い者から殺すのが1人対大勢の基本だ。まぁ、それが正しいとは限らないんだけどね〜。そうなれば行動するが早い。悠翔の服を引っ張ってこちら側へ寄せる。


「遥真、澪。対象者が隠れてる可能性が高いから、一旦二手に別れようか。見つけられなければ10分後入口に集合。見つけたら即刻処分。それでいい?」


「ちょ……朔さん!」


 反論しようとする悠翔の口を手で押さえて二人を見る。二人は不安そうな表情を浮かべている。流石に始めての仕事で離れられるのは怖いよね。うーん、どうしようか。でも待っていても出てこなさそうなんだよね。経験上ああいう処分者は弱いところを突くか、隙を見せた瞬間を狙ってくるかの二択だ。いくらこちらの半数が経験不足でも人数は有利なのだ。そうそう前に出てくることはないだろう。それに処分者も澪と遥真にしか興味はなさそうだし……。実際はちゃんと対応できるほどにしか離れないから大丈夫なんだけども。


 「……やってやんよ。朔さんの期待通り捕まえてやる!」


 「ええ……澪お前、怖いとかいう感情ないのか。そもそも俺たちこれが初めての仕事だぜ?流石に少しは慎重になった方がいいだろ」


 性格が出ているなぁとほのぼの見守っていると、澪が遥真の腕を引っ捕まえて奥へと進んでいった。遥真は抵抗していたが、自身の恐怖より澪の危なっかしさによる心配が勝ったようだ。最終的には大人しく澪に引っ張られていた。まったく、澪に甘いんだから。怪しがる悠翔を引っ張り気配を消す。すると遥真達の後ろから1人の女が現れた。今回の処分者だ。気配を消した瞬間に来るなんて、少し油断しすぎだと思うけどなぁ。身長に全く合わない大きな鉈を持って二人の後を追いかけている。遥真たちはまだ気付いていない様子だ。さて、どう出るかな?一応斧は持っていようか。悠翔も刀を持ってじっと彼女を見ている。鉈が微かな音で振り上げられる。風を切る音がやけに長く聞こえた。――さぁ、どこまでできるかな。鉈が澪の頭をとらえた瞬間、澪は処分者に振り返りニヤリと笑った。……あいつ異能で返す気か。澪は持っていた刀を処分者に振り上げようとする。


「っ……おい!澪!」


 澪の異能が発動する瞬間遥真が声をあげたかと思えば、女はさっきいた位置から数歩下がった場所にいた。そして勢いのまま地面に鉈を突き刺したまま呆けた表情をした。


「お前なぁ……異能があるからって危ない目に遭おうとすんな!それは本当に危ない時だけ使えって言ってんだろ!」


「え〜、これが一番早いじゃん」


 2人は処分者そっちのけで口喧嘩をし始めた。遥真の腰についている懐中時計を見ると、時計が動いていた。どうして自分が攻撃を外したのかを考えていた処分者は遥真の顔をキッと睨みつけた。


「あんたが逆瀬遥真か。私の時間を戻したのね。めんどくさいな」


「んえ、なんで俺の名前バレてんの?個人情報を漏洩したことはないんだけど」


 ――気にするところはそこなんだ。異管から説明あったはずなんだけど。異管に登録されている異能者は異管の監視の元情報が公開されている。異能を公開することで周りからの信頼を受けてるだの何だの。細かいことは知らない。俺には関係のない話だし。


「なー、遥真。さっさと終わらせようぜ。俺お腹空いたんだけど」


「お前は本当に自由だな。まぁ、俺も言えねぇけど」


 あっけらかんとした澪に遥真は頭を抱えつつ、銃を取り出して女に向けた。しかしそれを澪が止める。


「俺に攻撃を仕掛けたんだ。なら返すのが当たり前だろ?」


 また澪はニヤリと笑い、処分者にゆっくりと近付く。まるで友達に近づくみたいに無防備に。そんな姿に処分者は笑い、また素早く鉈を振り上げた。


「私は目の前の人間を無防備にさせるのよ!」


「あーあ、大人しくしてれば俺は返せないのになぁ?」


 鉈が振り下ろされた瞬間にはもう澪は処分者の裏を取り、その首に刀を振り下ろしていた。処分者も可哀想だね。澪の異能と相性が悪すぎたね。澪の頬に赤がついた。首が落ちる重たい音が仕事の終わりを告げた。俺たちも気配を消すのをやめて2人に歩み寄る。


「見てたよ〜。2人だけでもちゃんと仕事できたね」


「もう!ホンマに澪くんは危なっかしいな!」


「朔さん!」


 キラキラした目で俺を見つめる2人の頭をわしゃわしゃと撫でる。初めての任務だったが特に危険もなくできてよかったよ。それからは多くの任務をこなした。ある時は4人で、ある時は2人で。任務の難しさや相性、その場のノリで決めた。仕事でも皆異能を使っており、それぞれ一人でも生きていけるぐらいには強くなった。その成長に感動しつつ――俺はただいつものように斧を振り回すだけだった。

 今日は俺一人で任務へと出掛けた。三人に任せるには少しだけ危なかったから。特に何の問題もなく帰って家の玄関を開けようとした瞬間、窓から三人の声が聞こえてきた。


「そういえばさ、朔さんの異能って誰か見たことある?」


 なるほど、俺の異能について話していたようだ。好奇心に負けて俺は気配を消しつつ窓へ近付き盗み聞きをした。


 「……確かに、朔さんが異能使ってんの見たことないなぁ」


 「え、悠翔でも見たことないのか。ってことは隠してるのか?」


 「朔さんが俺たちに隠すとは思えないけどね」


 「いや、確かあの人な、条件が条件だから異能が使えへんとか言ってた気がする」


 「そんなに厳しい条件なの!?どんな条件なんだろ?大切な人がなくなった時とか?」


 「んな、物騒な条件があってたまるか」


 「実際にあるし!異能が強すぎる人は限定的すぎる条件とかあるもん!朔さんって凄く強いし、やっぱり限定された条件なんでしょ」


 なんやかんや俺のこと大好きだよな、あいつら。可愛い奴らめ。ほんの少しむず痒い気持ちを抱えていれば、話しは飛ぶに飛んで最近澪がハマっているゲームの話になっていた。こういう所もあいつららしい。ふっと笑って玄関に向かう。


 「ただいま~」


 三人の重なる声にまた笑う。ずっと笑っていてほしいなぁ。……なんて願いを抱えて。




「今日も今日とて仕事が舞い込んできたよ〜」


 リビングに入ってきた朔さんは書類をヒラヒラさせた。リビングでゲームをしていた遥真と悠翔ことゆうさんは動かないまま。それを後ろから見ていた俺は朔さんの方に体を向けて話を聞いた。内容はいつもと同じ【異能者の確保及び処分】。ただ、異能者の持っている異能が厄介だった。処分者は未来予知、対象者の五分間の未来が見える異能だ。


「未来予知なんてなぁ……遥真と同じ系統やん。異能殺しにも程があるやろ」


「この任務どうするの?朔さんがいくのが得策?」


「いや、俺でもちょっと辛いところはあるね。悠翔の言う通り未来予知は厄介すぎる。しかも俺の身体強化と相性が悪すぎる。本当にこれどうしよう〜」


 少し困ったように眉を下げて笑う朔さんを元に、後ろからゆうさんのよっしゃー!という声が聞こえた。おおよそゲームの勝敗が付いたのだろう。ふい〜と体を伸ばしソファーの背もたれに首を預けた遥真は俺たちを見た。


「んじゃ、俺行こうか?時間を操る異能同士で泥沼にすれば勝てる勝算ぐらいはあるんじゃねぇの?」


「それも考えたんだけど……、特異点を作りかねないからね。異能が暴走すれば遥真もろとも処分しろとか言われそうだし」


 その言葉に大きく頷く。異管はそういうところはすごく冷酷だ。暴走しないから管理する。暴走した人に対してはなんの感情も抱かず処分するよう命令する。そもそも異能者を1人の人間として見ていない。良くて手駒、悪くて使い捨ての武器としか思ってないだろう。だからこそ生きた人間にも実験ができるのだ。


「未来予知だったら、俺が一番いいんじゃない?未来予知ができたって俺の異能は避けられないし」


 他の皆の異能は予知できれば避けることができるが、俺は見えていたって攻撃をすれば必ず当たる。だから俺に対抗するには相討ちか逃げるしかない。遥真ほどではないが俺だって運動神経は良い方だ、捕まえるのは造作もないだろう。資料を貰おうと手を伸ばすが、うーんと唸っては資料を渡してくれない。


「澪が相性いいのは分かってるんだけどね……」


 あー、これ出るな。隠しもせずにため息をつく。この後に続く言葉は多分何度も聞いたことある。


「澪1人で行かせるわけないだろ。俺も行く。こん中で唯一対抗できるだろ」


 ほら、出た。過保護。彼らは俺が1人で任務をすることを良しとしない。危ないから、相性が悪いからと理由をつけては必ず1人以上一緒に来る。遥真に関しては俺が異能を使うことすらあまり肯定的ではない。――そんなに俺って弱く見えてんのかな。朔さん曰く遥真には俺が半分人間で半分機械なのは伝えてない。ただ人体実験された人だって言ったらしい。可哀想とか思ってんのかな。暗い思考と一緒に顔が下へ下がる。俺は歯を食いしばり勢いよく顔を上げて、しっかりと息を吸った。


 「うるせー!お前らは来んな!俺一人でも任務をこなせるって証明してやる!」


 いつまでも弱いと思うな!俺だってお前らを守るくらいできるんだ!朔さんから書類を無理矢理奪って読んでいく。いつもはニコニコしている朔さんが静かに俺をじっと見つめていた。――そして今、俺は一人で任務に来ていた。初めての一人での任務。いつもはゆうさんか遥真が俺の後ろにいてサポートをしてくれていたからな。ちょっと怖いな。


 「弱音なんて吐いてらんねぇな」


 俺は一人でも弱くないと証明しないと。きっとあいつらはいつまでも俺に対して過保護になる。それは嫌なのだ。俺たちは対等なのだ。急な突風に目を細める。目線を上げれば今回の資料に書かれている廃ビルと視線が合う。窓は割れて、人気はない。隙間から風が吹き抜けてどこからか何かが軋む音がする。深呼吸をして足を踏み入れる。すると上の階から声が落ちてきた。


 「やあ、こんにちは」


 咄嗟に短剣へ手を伸ばし、声のする方へ顔を向ける。少し崩れている階段に一人の男が立っていた。


 「5分前から君が来るのを待っていたよ。天城澪くん」


 「そーかよ」


 未来予知ができるからか、処分者は余裕の笑みを浮かべている。……実際、相性が悪いのは俺も同じだった。異能が使えれば勝機はある。しかし俺の異能は相手が俺に攻撃をすることが前提だ。未来予知ならば攻撃を積極的にするとは考えにくい。まぁ、攻撃を仕掛けさせるしかないか。


 「ここまで来て生憎だけど、澪くんが勝つ未来は見えないよ」


 「ハッ、5分先しか見えないくせに」


 瞬発力を利用して一気に処分者の首へ短剣を突き刺す。


「おっと、殺意が高いなぁ。まぁでもこれで分かったでしょ?澪くんは俺に勝てない」


 当たり前のように躱され余裕の笑みで俺を観察している。苛立つ気持ちを抑えて短剣を弄る。異能を使わずの正攻法では処分できないのは分かっていた。問題はどうやって向こうに攻撃をさせるか。


「逃げるなら今のうちだよ?賢い澪くんなら分かってくれるよね」


「……そもそも、誰がその名前で呼んで良いって言ったかよ。俺のことを澪って呼ぶのはあの人らだけでいい」


 振り返って澪と呼んでくれる二つの顔、少し呆れたように澪くんと呼ぶ一つの顔。天城澪はあの人達に命を救われた。地獄だった世界に光を与えてくれた。だからこそ俺は――。短剣を握りしめて処分者を見る。


「さっさと帰ってやんねぇとな」


 体勢を低くして息を殺す。ボロい壁から風が吹く。遠くからの枯葉が落ちる音と共に大きく飛び上がる。もちろん相手はすぐに避ける。今度は攻撃をやめない。躱されようと、避けられようとその首に短剣を伸ばす。


「無駄だって、分かってるはずでしょ?どうしてやめないのかなぁ」


 その言葉を無視して攻撃を続ける。何分経っただろうか。じんわりと体が熱くなってきた。向こうは余裕の笑みから一転して苛立った表情で顔を歪める。


「いつまでも無駄なことを……、君の攻撃が当たるわけないんだよ。さっさと諦めて帰れ」


「おーお、さっきまでの余裕はどこに行ったんだ?」


 ニヤリと笑ってやれば、簡単に相手は煽られてくれた。苛立ちが隠せないのか頻りに視線が動く。あぁ、やっとだ。怒りは思考を鈍らせる。このチャンスを逃すわけにはいかない。もう一度今度は足へと短剣を刺す。もちろん避けられる。しかし避ける動作は今までよりずっと大きい。後はもう時間で全てが変わる。手に力を入れ直す。そして一気に懐へ入り、心臓へと刺そうとした瞬間。


「っ!ああ!くそが!」


 未来予知で俺の攻撃を予測していた処分者は持っていた小さいバタフライナイフで俺の首を掻っ切ろうとする。


「待ってたぜ、その攻撃」


 笑みを深めて俺は体の力を抜く。処分者はこぼれ落ちんばかりに目を見開いていた。その驚きは未来か、現実か。慌てて攻撃を止めようとするがもう遅い。俺の異能は何の躊躇もなく発動する。……一瞬の出来事だった。俺の短剣は血に塗れ、処分者の首は鈍い音を立てて床へ落ちる。最後まで処分者は驚きの表情で俺を見ていた。ゆっくりと息を吸い込んでしゃがみ込む。


「未来予知に頼りすぎたな」


 静かに隙間風が吹く。俺は立ち上がって家へと帰る。時計はないが、日はもう傾いて二日月が見えた。時間をかけすぎたな。きっとあいつらは心配してるだろう。無意識に足を早める。帰ったら言うのだ。1人で出来たと、傷一つないと。そうすればきっとあいつらは安心したように笑ってくれる。あぁ、早く帰ろう。もう一度足を踏み込んだ瞬間後ろから声が聞こえた。


「プログラム、ショート」


 その言葉の発言者を知るより先に体が全く動かなくなる。――何が起きた?いや、それよりも。聞き覚えのある声に心臓が脈打つ。


「随分と幸せそうでなぁ?天城実験体」


 目の前に立っていたのは、嫌でも忘れられない人だった。




 心臓が嫌な音を立てる。急な体の変化に料理の手伝いをしていた手が止まる。


「……悠翔?どうした?」


 隣から遥真の心配する声がするが答えることは出来ない。異変を察知してか、朔さんもこちらへと歩いてくる。……そんなはずない。気のせいだ。ただ俺が最悪の想像をしているだけ。そんな言い訳を並べつつ、今この場にいないあいつの視線を見る。


「っ!」


 見えた先にいたのは、澪くんを苦しめたあの異管の人間だった。どうしてここに。いや、それよりもどうしているのだ。澪くんを苦しめた奴らは全員朔さんが殺したはず。


「悠翔?何が見えたの?」


「……、朔さん!澪くんの所に行って!早く!!」


 朔さんの声にハッとして、叫ぶ。詳しい事情は分からなくとも、俺の慌てぶりで澪くんに何かが起きた事を理解したらしい。真剣な表情になり、俺と遥真を掴んで足を踏み出した。その瞬間視界は一変して、澪くんが見ていた景色にいた。そこにはぐったりとして動かない澪くんを抱えている異管の人間がいた。その手にはプログラムが書き連ねられているタブレットがあった。


「っ、澪を返してもらおうか。君たちの組織はもう機能していないはずだよ」


 朔さんが怒りを抑えて職員へと話しかける。しかし向こうは毅然として澪くんを離さなかった。


「この実験体は私たちのものだ。まだ実験は終わっていない。天城澪はまだ半分しか機械にできていない。完璧に機械にして動くことを確かめないと……」


「半分、機械……?」


 呆然とした遥真の声が暗い街に響いた。しまった。彼は澪くんが実験の末に機械に侵食されたことを伝えていない。何故なら、彼は恐ろしいほど澪くんに依存しているから。彼からもらった時計をずっと昔から持っていて、手元になければ発狂してしまう。澪くんが攻撃を返そうとする瞬間、咄嗟に時間を戻してしまう。それほどまでに遥真は澪くんを大切に思っていた。


「そんなわけ……ないだろ?あいつは、澪は人間だ。……俺のご飯を美味しいって……一緒にバレーだってしてるんだぞ?血を流しているのも見た事があるし、あいつは……あいつは……」


 混乱をして頭を抱える遥真を朔さんは抱きしめた。強く強く抱きしめて、外の情報をブロックした。そして安心させるかのように優しく頭を撫でている。俺も血が出るほど握りしめていた遥真の手を解き、優しく手を繋ぐ。


「大丈夫や、澪くんは変わらない。俺たちの知ってる澪くんのままやで。なーんも怖いことはあらへんよ」


「違う……違う!澪は、……澪!あいつは人間だ!澪!澪……!」


 壊れたかのように澪くんの名前を叫ぶ。ごめんなぁ、と聞こえはしない謝罪をする。こうなる事が分かっていたんだよ。だから言わなかったんだ。急に言われたら分かんなくなるよな。いつものように遥真の腰に下がっている時計を持ち、遥真に握らせる。


「大丈夫だよ、大丈夫。澪は大丈夫だよ」


 ゆっくりと、染み込ませるように朔さんは大丈夫を繰り返す。その顔は職員を睨んだままだったが、昔と何も変わらず、俺たちを安心させる声だった。遥真はその安心感に目を閉じる。遥真の力が抜けたところで俺たちは真っ直ぐ職員を見る。


「もう一度言うよ。澪を返して。これ以上澪を苦しめるなんて許さない」


「何度も言うが、これは私たちの物だ。組織はなくとも人員とこれさえあれば実験は続けられるのだ。こちらこそこれ以上実験の邪魔をするなら容赦はしないぞ」


 澪くんを物扱いする言葉に苛立ちを覚える。人間に実験を行うなど気が狂っているようにしか思えない。あぁ、殺してしまいたい。この煮えたぎる怒りは今まで澪くんが苦しんできた重さと同じ。絶対に殺してやる。


「もし返して欲しいと言うなら明日までに私の施設まで来てみるといい。……来れるものならな。もちろん喜んで歓迎するよ」


 何が歓迎だ。あいつらはどうせ兵器でも使ってくるのだろう。とことん気が狂っている。怒りで身を焦がしていると、ふと隣が静かなことに気がついた。職員も同じタイミングで違和感を持ったのだろう、2人同時に朔さんを見る。その表情を見た時、俺は初めて彼に恐怖した。


「明日……明日ね。……んふふ、随分とタイミングがいい。なんて素晴らしいタイミングで俺を怒らしてくれたの?」


「朔……さん?」


「ねぇ、明日ってさ何の日か知ってる?……新月だよ。月が闇に喰われる日だ。そして、君たちが死ぬ日だよ」


 朔さんは瞳に怒りを渦巻かせているのに、その表情はとても笑っていた。その真意は分からない。それでもチグハグで、殺意に満ちた彼に俺は動けない。いや、この場にいる人間は誰も動けない。さっきまで職員は毅然な態度だったのに、今はその殺意で息を詰まらせている。雲が月の光を隠した街で、朔さんの瞳だけが職員を貫いていた。

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