孤独と料理
夜が更けて朝日が顔を出した。あと二人、探さないといけない。尋問の結果、悠翔は生徒に無理矢理命令させているのを見て、やり返したとのこと。悠翔の異能「共感覚」で教師の異能を模倣して異管に自首することを命令したそうだ。だから殺してくれって叫んでいたのか。謎が解けて何より。そしてとりあえず悠翔は異管に連れて行くことにした。本当なら殺されるのが筋だが、俺がいるし手を出されないだろう。それにあそこでは基本的な戦闘経験が積める。基礎を叩き込んでから俺で実践と言うわけだ。本当は悠翔達を働かせる気なんてなかったのだが、一緒に仕事したいと可愛いことを言われてしまったのでね。つい了承したというわけである。遥真と澪を探すことと同時並行で進めていくことになった。悠翔のことに集中してやりたいのだが、いかんせん澪の状況が良くない。早く見つけてあげないと苦しんでしまう。ついでに俺も異管から呼ばれていたし、ちょうど良かった。そうして今、異管の前である。視線を後ろに向けて苦笑いをする。――こうなると思ったけどね?
「悠翔~。もう少し頑張ろ?大丈夫だから、ね?」
悠翔は俺の少し後ろで散歩を嫌がる犬のようになっていた。軽く引っ張っても抵抗して入ろうとしない。俺が担いで異管に入っても良いんだけど……。この子なら大丈夫だと考えて悠翔の背中を撫でる。静かに背中をポンポンと叩けば、深呼吸を二回してゆっくりと足を進めてくれた。小さく唸っているが、それは無視するけどね。異管に入れば、一人の役員がいた。役員は悠翔の顔を見て、こちらですと業務連絡のように話していく。すれ違う人が全員知らない人だから、後ろから見ると悠翔の背中がどんどん小さくなっているように見える。可愛いなと見つめていれば肩を叩かれ後ろを振り返る。そこには悠翔に目を向ける副官がいた。
「……もしかしてその子が探し物?」
「そうだよ。あの子だけじゃないけどね。ないとは思うけど、もしあの子に何かするなら……それ相応の覚悟は出来ていると見なすよ」
だから、止めてね。とお願いをすれば副官は苦虫を噛み潰したような表情をしながら腕を振った。一応彼女はこの組織の中でかなり上の立場にいる。どこまで本気で捉えているか分からないが、別にいいや。どうなろうと関係ない。こことはあの子達が見つかるまでの関係でしかないのだから。
「あらら、ごめんね悠翔。俺も呼ばれちゃった。後で迎えに行くから待っててね」
俺の方を見た悠翔は飼い主に置いていかれたかのような表情をしていた。その表情に弱いんだよなぁ。悠翔の後ろにくっつこうとすれば、後ろから服を引っ張られて首が締まる。
「お迎えに上がりましたよ~?さぁ、仕事をしましょうか~?」
後ろからゴゴッという音が聞こえてくる気がする。普段敬語なんて使わないくせに。軽く抵抗するが、そんなものは虚しく引きずられる。悠翔はそんなコントみたいな状況を見て笑ってくれたので大人しく引きずられて行く。手を振れば振り返してくれたので副官に自慢しつつ体の力を抜いて流れに身を任せる。そうして連れられた場所は会議室。いわゆる上の人が意味のない会話を繰り広げるだけの生産性のない部屋だ。どうしてこんな場所に俺を連れてきたんだ。副官を睨むが俺から視線を外したまま、会議室へと入っていった。帰ろうかな。でもどうせ連れ戻されるし……悠翔もいるから早く終わらせて帰ってしまおう。ため息を吐きつつ、ドアノブに手を掛ける。
「失礼しま~す」
場違いな挨拶をして部屋へ入っていく。その瞬間見定められる視線や畏怖の視線が俺に絡みつく。これだからこんな場所に来たくなかったのだ。というか何のために俺を呼んだんだ。仕事ならわざわざ呼ばなくても副官経由で言えばいい。嫌がらせのつもりなのだろうか。全ての視線を無視して、お偉いさんの目の前に立つ。するとお偉いさんの一人が話し始めた。
「最近異能者が増えて困っているんだ。君にはその処分を頼みたい」
そんなことだろうと思った。心の中でため息をついていれば、机の上に資料が広げられた。これらが処分して欲しい異能者ということだろう。顔写真を一通り見ていき、とある資料を見て目を見開く。――そんなことあるのか?震える手で一つの資料を持ち上げる。名前も顔も俺が探していたものその通りだ。口角が上がるのを抑えられない。……随分と俺は運がいい。こんな連続して見つけられるなんて。こればっかりは神様とやらに感謝しよう。副官が後ろで頭を抱えているのが目に浮かぶ。
「これらを即刻処分しなさい」
俺の大切な子をこれなんて物扱いしちゃって……普段ならすぐにでも首を落とすけど、見つけさせてあげたお礼に今だけは見逃してあげよう。そんなことより彼だ。
「俺がここにいる理由、覚えているでしょ?」
困るんだ、この子を処分させるなんて。顔写真を優しく撫でる。何も変わっていなくて良かったよ、遥真。
「探し物を見つけるためにいるんだ。それでこの子、俺の探し物なの。だから処分は無理かな」
にっこりと笑顔で答える。しかしお偉いさんは眉を顰めて俺に聞かせるようにため息をついた。そして馬鹿にするように鼻で笑った。
「私情を挟まないでいただきたい。それは処分対象だ。君が出来ないというのであれば他の者を呼ぶことだって可能なんだ」
「……へぇ?」
どうしたって彼を処分したいようだ。会話をしてもだめなら手を出すしか方法がないのだが。しかし俺だって無闇矢鱈に潰し合いをしたいわけじゃない。あの子達の居場所になるかもしれないのだ。それならば少しぐらい平和的な解決策で行こうじゃないか。
「処分しない代わりに、彼の異能を俺が監視・保護をする。異能の暴走を抑えられるし、ここで使える人間が増える。そっちに利益があると思うけど?」
「いや、彼は処分対象だ。それ以上命令に応じなければ、君も処分対象になるがいいのか?」
ニヤリとしてやったりの顔をするお偉いさんに虫酸が走る。本当に頭の悪い人たちだ。もう少し柔軟に物事を考えるってことができないのかな。俺はちゃんとそっちの利益になることを提示した。それなのに何も聞かず、馬鹿の一つ覚えのように処分をすると言うだけ。これだからお偉いさんというのはうざったしい。自分が一番強いと傲慢にも勘違いをする。俺がいる理由とここが潰れてない理由を忘れたふりをする。別に俺はここじゃなくていいんだ。あの子達と暮らすためのお金も居場所もある。こんな面倒なだけの場所に縛られるぐらいなら、異管を潰して消えたって良いのだ。
「俺が監視するって言うのに、何が不満なの?他の子はちゃんと処分するじゃん」
「君がお気に入りの異能は我々が制御できるものではないからだ」
資料にもう一度目を通す。遥真の異能は『被影響者の時間を巻き戻す』……つくづく呆れた。何が制御できないだ。面倒だから処分したいだけだろう。異能は異能者が死ねば使えない。だから処分のしやすさで対象になるか変わる。遥真は処分しようとしても逃げられる、巻き戻して違う方法を取ることができる。だから異管は処分したいのだ。呆れすぎて怒りも沸かない。今度はこちらがため息をつく。
「どっちが私情で動いているのやら。なら俺と戦争でもする?俺は一向に構わないよ。あの子達を守るためならどんな犠牲だって厭わないけど?」
ここにいる人間だけなら10秒もかからない。異管は人自体は多いが、異能者の数で言うと案外少ない。俺だけでも簡単に全員殺せる。というか面倒になってきちゃった。話が全く通じないし……殺しちゃおうかな。斧を手に出して振り上げる。お偉いさんは焦って逃げようとするが遅い。やっぱり3秒もいらないね。これで少しぐらい懲りたらいいのに。たたき切ろうとすれば後ろから腕を捕まれた。
「貴方ね……平和的解決って言葉を知っているのかしら?」
「俺は歩み寄ったつもりだよ~?拒否したのはそっちでしょ?」
俺の腕を掴んだのは副官だ。普段そんなに表情を変えない彼女だが、流石に今回は焦ったようだ。俺を掴んでいる腕にすごく力が入っている。俺はへらりと笑い、斧を消した。もう何もしないと分かり、副官は俺から手を離した。
「とりあえず、俺はあの子達が無事だったら何の文句はないよ。ただ……手を出したらどうなるか、なんて分かってると思うけどね。君たちが生きている理由をちゃーんと覚えていてよね?」
俺は笑顔を貼り付けて彼らを見た。お偉いさんは逃げようとした無様な体勢のまま舌打ちをして俺を睨んだ。
「対象を監視及び制御しなさい。もしそれでも異能が暴走した場合は問答無用で処分だ」
「……交渉成立だ。その言葉忘れないでね」
手を振って俺は部屋を出た。扉越しに少しざわめいていることなんて知ったこっちゃない。あー、空気が美味しい。よくもまあ、あんなジメジメとした場所にいられるものだ。さて用事は済んだし悠翔を迎えに行こう。足を進めようとしたら、またもや服を引っ張られた。この容赦ない引っ張り方は副官以外いない。ゆっくりと振り返れば呆れた顔をした彼女がいた。
「本当にヒヤヒヤさせないでちょうだい」
「とか言いつつ、そんなに焦ってなかったでしょ?」
俺を止めたときの副官は、少し焦っていたとはいえ本気で俺を止める気がなかったのだ。
「実際、殺す気はなかったでしょ」
「よく分かったね」
そう、殺す気はなかった。イラッとしたし、殺してやろうかと思ったけど斧もあのまま行けば机を切っていただけ。だってここには悠翔がいるんだ。遥真だっているかもしれない。俺はあの子達を守りたいだけなんだ。本当に戦争をするにしても、彼らを安全な場所に移してからだ。
「……貴方が本気を出せば、私が止められるわけないじゃない。死ぬと理解する前に殺されるのが目に見えているわ」
大きくため息をついて放った言葉に笑みを深める。彼女は聡明なのだ。どこかの誰かとは違って、自分が一番強いなど思っていない。だから謙虚であり、強気でもあるのだ。この闇が渦巻く組織の中で唯一好感を持てるところなんだよなぁ。
「ここは、君がいることにもう少し感謝をしたほうがいいのにね」
彼女がいなければもう少し早くここを潰していただろう。ケラケラと笑いながら、悠翔がいる場所へと歩いて行く。訓練室へ辿り着き悠翔の姿を探していれば、金属が擦れ合う高い音が聞こえた。ちらりとそちらの方を見て俺は驚きを隠せなかった。そこには悠翔と職員が居合刀を持ち戦闘している姿。悠翔は今までただの大学生だったはずなんだ。それなのに無能力者とはいえこの組織に在籍している職員を圧倒している。もはやこれは才能と呼ぶ他ないだろう。集中している悠翔の瞳はどこまでも相手を貫いていた。ふるりと背筋が震える、それなのに心の底から高揚感があふれ出す。
「ははっ……本当に、お前っていうやつは」
――どこまでも俺を離れさせてはくれない。どうしてだろうな。どれだけお前らといても離れたいと思わないんだよ。中身が同じでも環境によって新しい一面を見せてくれるから。いつまでも一緒にいたいって思うんだよ。どうしても笑いたくなる気持ちを噛み砕く。
「ん……朔さん!おったなら声かけてや」
職員から一本取った悠翔は汗を拭った後、俺に気付きこちらへと駆け寄ってきた。あれだけの運動をしておいて、少し息が上がる程度で済んでいる。元々運動神経高かったんだろう。昔から澪とサッカーをしてくれていたもんね。俺はもう駄目だったな~、どうしたって澪と俺は年齢差がある。その分体力もなくなっているわけで。やめやめ、考えるだけ虚しいだけだ。
「ごめんね~。初めての戦闘どうだった?」
「最初は動けんかったけど、イメージしたらその通りに動けて楽しかった!」
興奮した様子で話してくれる悠翔の頭を撫でる。俺と同じイメージタイプなんだね。てっきり理性タイプかと考えていたけれど。ちなみに俺の勘としては、遥真は理性、澪は感覚だと読んでいるけど。まぁあの子たちは想像を軽く超えてくる子達だし、会うのが本当に楽しみで仕方ない。
「月喰いさん!?お疲れ様です!」
「うん、お疲れ様~。この子もう終わり?」
「はい。彼は訓練の必要がないほどには安定さと強さを持っております」
うんうんとう頷きながら聞いていく。悠翔が凄い子で俺は鼻が高いよ。悠翔は恥ずかしいのか俺の耳を塞ごうとする。俺の方が身長が高いんだから避けられるっているのに。本当に可愛いなぁ~。一通り話し終えて俺たちは解放された。廊下を歩きながら、先程の収穫を話す。
「そうだ、遥真がここにいるんだって~」
「へぇ~、……遥真?遥真がおるん!?」
悠翔は軽く流した後、理解をして叫んだ。驚くよね。まさかこんな近くにいるなんて思いもしないだろう。悠翔の反応に癒やされながら説明をしていく。明日遥真に会うこと、遥真の異能が暴走する可能性があること、できるなら連れ出したいこと。もちろん本人の意志を尊重するつもりではある。だが少しでも可能性があるなら連れ出す気である。そして遥真が処分対象であった話もした。その時の悠翔は背中に鬼を携えていた。悠翔がいれば何があっても百人力だろう。頼りになるね~。そうして俺たちは家に帰った。二つ並んでいる布団にまた泣きそうになった。その一方で悠翔はもう着替えて布団の上で船を漕いでいた。いつの間に着替えたの?というか眠たいならもう寝ても良いんだよ、と言うが俺が寝るまで待つと可愛いことを言われた。そんなこと言われたら寝る他ないだろう。俺も服を着替えて寝転がる。すると安心した表情で布団へと潜り穏やかに眠り始めた。完全に寝たことを確認して俺は少しだけ体を起こして悠翔の顔を見た。前髪を横に流してあげれば、幼さが残る顔が見えた。ふっと微笑んでから頭を撫で、俺は静かに布団へと入った。明日は遥真に会うんだから早く寝ないとね。まどろみに意識を落として眠った。ごそごそと動く音がして意識が浮上する前に、お腹に優しく重みが乗った。
「朔さん、起きてや~」
悠翔の声に微睡みながら意識を夢から遠ざける。窓の外をそっと覗き、日の高さを見てもう一度目を閉じる。光を腕で遮断しながら眠気半分にぽつぽつと話す。
「朝にしては早いよぉ~」
「何言ってんねん、もう8時半やで」
「早すぎる……」
9時までは早朝なのだ。8時半なんて何が何でも起きたくない。仕事だって10時からだ。そんな早く起きる必要なんてないだろう。もう一度眠ろうとするとお腹のあたりをポコポコと殴られる。
「もー、起きてーや」
そんなことしても可愛いだけだよ。ごめん、本当に朝は苦手なんだ。こればっかりは勘弁して……。
「じゃあ、朔さんは朝ご飯いらんねんな?せっかく朔さんにって作ったのに……食べたくないんやな」
前言撤回だ。何でも何でも起きる。悠翔が朝ご飯を作ってくれたのに食べない道理はない。体を伸ばして勢いよく起きて悠翔に覆い被さる。
「おはよぉ~」
「ったく、おはよう」
呆れたような表情をしつつ、笑って挨拶をしてくれる。そうして俺たちは朝ご飯を食べた。今日は豪華にもご飯と味噌汁とだし巻きだった。朝ご飯なんて食べること少ないから久しぶりに感動した。感謝を述べれば恥ずかしそうにそっぽを向いてしまったが。そろそろ準備する時間になった。俺は窓を開けて、悠翔に声を掛ける。
「悠翔ー。靴を持ってこっちにおいで~」
少ししたら悠翔は不思議そうな顔をしたまま、パタパタと駆け寄ってきた。ちゃんと靴を持ってきていることを確認して、シートの上で靴を履かせる。そして悠翔を抱きかかえ窓枠に足を掛ける。え?という声は無視して一気に飛び上がる。街の騒がしさが聞こえなくなり、何の邪魔もなく青空が見えた。初めこそ呆けていたが、次第に状況を理解して悠翔は焦りだした。
「いやいやいやいや!何やっとんの!?なんで空飛べんねん!なんで飛んでんねん!」
「ん〜?気持ちいいでしょ〜?」
「混乱が勝つわ!」
落ちないようにぎゅうぎゅうと俺を掴みながら、よく回る口を開いている。頭を撫でながら少しだけ高度を落とす。頬を撫でる風とかまるでおもちゃみたいな街を見下ろすのとかが気持ちいいと思うんだけどなぁ。というかこれができるのも今のうちなんだよね。流石に三人一気にを運べないし、前のままなら遥真は高いところが駄目だ。澪にした時はすごく喜んでいたんだけど、どうなんだろう。確かめるためにも早く見つけてあげないといけないね。そろそろ異管が見えてきた。ゆっくりとスピードを落としつつ、降りていく。自分だけなら身体強化があるから勢いよく落ちるんだけど、悠翔はそうもいかないからね~。ふわりと着地をして優しく悠翔を下ろせば、長いため息をついてしゃがみ込んだ。……そんなに怖かった?落とすわけないのに。軽く服を整えてあげて異管へと入っていく。
「ねー、すごーく忙しい副官いる?」
「副官様ですか?少々お待ちください」
受付の子は副官に連絡を取るため、インカムへと手を伸ばす。しかしそれを止める声があった。
「今来たから大丈夫。……それで誰のせいで忙しいのか理解しているのかしら?」
うげっ、という言葉は隠さないでいた。呼んだ瞬間来るとか副官やっぱり異能持ちじゃないの?これで異能なしとか言われても納得できないんだけど。
「貴方達が空を飛んでいるのが見えたから来たのよ。彼が可哀想だとは思わないの?」
「悠翔は可愛いからいいんだよ。それに俺が落とすわけないしね〜」
この親バカという声が聞こえてきたが無視をする。すると副官は大きなため息をついて着いてこいと背を向けた。今日の本題はそちらなので大人しく後ろを着いていく。やっと遥真に会えるのだ。そう思ったら高揚感で浮き足立ってしまう。ふと隣を見ると悠翔も遥真に会えるのを楽しみにして、そわそわとしていた。副官はどんどん建物の奥へと歩いて行く。しかしまだ足を緩めないところを見るともっと奥へ行くようだ。――本当に分かりやすい。視界にも入れたくないと言うかのように奥へ奥へと押しやったのがすぐに分かる。遥真自身は何もしていないというのに、異能が凄いばっかりにこんな人気のない場所に閉じ込められるなんて。昨日の内に一人ぐらい殺しておくべきだったかな。そうして歩いた先に一つの部屋があった。厳重な扉からは組織から隔離されたかのような雰囲気を漂わせる。どこまで俺の子を蔑ろにすれば気が済むのだろうか。すぐに消し去れるというのに。……こんな暗い思考は止めておこう。せっかく遥真に会えるのだ。どうでもいい人間の事なんて考えるだけ無駄、無駄。
「やっと、遥真に会えるんやな。元気かな」
悠翔はわくわくと心配を半分こにしたような表情で扉を見つめている。きっと元気だよと頭を撫でてやって扉へと歩いて行く。冷たい扉に手をついて深呼吸をした。そして覚悟を決めて手に力を入れた。見た目とは反して簡単に開く扉を開けて部屋を覗いた。かなり広い部屋にぽつんと机と椅子があった。寂しかったのだろう、小さく丸まったように座って俯いている彼を見て手に力が入った。
「遥真……」
隣で悠翔が呟く。それに反応するかのように顔を上げた遥真は、俺たちを見て呆然としていた。あぁ、変わらないね。顔は写真で見ていたけれど……元気そうでよかった。駆け寄って抱き締めたくなる気持ちを抑える。そして遥真の反対側の椅子へと進んでいき座った。
「こんにちは。俺は神無月朔。ここでは月喰いって呼ばれているよ」
「朔……さん?」
「……うん、そうだよ」
拙く呼んでくれた声は昔の頃と何も変わっていなくて。泣いてしまうかと、思った。俺たちの中で誰よりも低い声で、怖いものが苦手で、それなのに偶に凄く格好いい。きっと同じなんだよね。無意識に遥真へと手を伸ばして、その短い髪を撫でた。目を見開いて俺を見る瞳に愛おしさが溢れ出す。そしてほんの一瞬、俺も見逃してしまうぐらい一瞬、遥真は安心したようにふっと笑った。今度は俺が驚く番だ。……俺たちのこと、分かんないくせにさ。
「優しく笑えるんだね」
どうしたって俺は記憶が残っている。だから遥真が笑えなくなった時があることだって知っている。あいつはいつも優しく笑っていたことも知っている。それでも、どうしても会う直前は少しだけ怖い。笑えなくなっているんじゃないか、思い出せない悪夢に苦しんでいるんじゃないか。しかしあの一瞬はそれを全て否定してくれるような優しい笑いだった。思い出せなくても、それだけで俺は救われるよ。
「何か言ったか?」
「ううん、何もないよ」
小さく呟いた声は聞こえていなかったようだ。それに安堵して俺は腕を下ろして副官の方を振り返った。
「少し席を外してくれるかな?」
「……監視でもあるから部屋の外にはいるわよ。ごゆっくり」
副官はそのまま静かに部屋の外へ出た。てっきり無理だと拒否するかと思っていたけど。まぁ、邪魔者がいなくなったのならいいや。なぜか扉の傍にいた悠翔に手招きをして椅子へ座るように促した。きっと悠翔のことだ、俺のことを邪魔しないように気を遣ってくれたのだろう。悠翔は俺のすぐ横に座った。
「こんにちは、俺は羽瀬悠翔。訳あって朔さんと一緒におんねん」
「悠翔……」
さっきから遥真が少しおかしい。なんだかぼうっとしている感じがする。体調が悪いのかな?こんなところに閉じ込められたらそりゃ、体調も悪くなるものだ。でもさっき頭を撫でたときは火照っている感じはなかったんだけど……。
「ねぇ、君の名前を教えてくれる?」
俺たちの名前に何かを感じているのかな?それならいいんだけど。遥真は俺の言葉に首を傾げた。
「俺の名前、知っているんじゃないのか?逆瀬遥真だ。ここでは逆時計って呼ばれている。よろしくな、朔さん、悠翔」
さっきと打って変わってニヤリと悪ガキのような笑みを浮かべる遥真。澪といる時はよくそうやって笑っていたね。昔のことを思い出して微笑ましくなる。そして俺はどうしてか少しの希望に賭けてみたくなった。
「突然だけど、俺たちと一緒に暮らさない?」
いきなり本題へと入った俺に悠翔は驚いた表情で俺を見た。俺も少し強引かなとは思ったが、なぜか遥真なら頷いてくれるって思ってしまったのだ。
「あぁ、邪魔じゃなければ一緒に暮らさせてくれ」
その言葉に一瞬思考が止まった。あまりにもあっさり肯定の言葉が聞こえて疑いが残る。聞き間違いか?受け入れて欲しいがあまり幻聴でも聞こえた?
「料理なら得意だ。口に合うか分からないが、それはおいおい知っていけばいいだろ?」
……全く幻聴じゃなかった。なんなら前向きすぎる検討をしていた。ちょっと待ってと言おうとした瞬間、悠翔が勢いよく立ち上がった。
「遥真、料理得意なん!?良かった!この人さ!料理からっきしで、俺が来た時もカップ麺出してきてんで!?いつもこんな食事やって聞いてふざけんなとか思ったけど!遥真がおるならこの人も食べてくれるわ!俺も出来なくはないから、手伝うで!」
「おぉ……苦労してたんだな」
悠翔の勢いがすごい。そんなに根に持ってたの?仕方ないじゃん、まともな食べ物なかったんだよぉ~。それにお腹に入るなら全部一緒だと思ってたし……。じゃなくて!
「待って、待って。なんか一緒に暮らすことで話が進んでるけど、遥真は本当にいいの?こんな誰かも分からない人と暮らせるの?」
料理で盛り上がっている二人に制止をかけて遥真をじっと見る。一緒にいたいとは思っているけれど、あまりにもあっさりすぎるし、警戒心が少なすぎる。少し心配になりますよ、俺は。この子達の保護者としてそこら辺はちゃんとしないとね。
「あんたら悪いやつには感じられねぇし、なにより何となく二人といると安心できるんだ」
――遥真は無意識に感じ取っているのかもしれない。俺たちが何度も一緒にいたこと、ずっと一緒に暮らしてきたこと。だからあっさりと受け入れてくれたのかな。その思考に至り、口角が上がる。やっぱりお前は遥真だな。優しくて、仲間思い。どこまでも俺たちのことを考えてくれる。
「そっか。なら一緒に暮らそう。よろしくね、遥真」
手を伸ばせば遥真は俺の手をしっかりと力強く握ってくれた。これで後一人。名残惜しいけれど、手を離して扉の方を向いて声を張る。
「もう大丈夫だよ~!」
するとすぐに扉が開いた。なぜか副官は少し呆れた顔というか、なんとも言えないような表情をしていた。
「貴方たち……本当にお似合いね」
「ん?」
「いいえ、感動の再会が出来たのならよかったわ。少しこの子借りるわよ。まだ諸々の手続きが終わっていないわ」
副官がなんて言ったか分からなかったが、言う気がなさそうなので言及はしないでおこう。どうせトゲトゲのお言葉が飛んでくるだけだしね~。そうして遥真は副官に連れられて行った。頑張れーと背中を応援する。ここでの手続きは中々面倒くさい。あれは嫌がらせだと思っている。帰ってきた頃にはやつれた顔をしているのだろう。ケラケラと笑いつつ遥真が帰ってくるまでの時間をどうしようかと考えていれば、袖が遠慮がちに引っ張られる。隣を見れば、悠翔がおずおずといった感じで提案をしてきた。
「なぁ、俺と手合わせしてや」
そうだね、するって約束したもんね。立ち上がって悠翔の手を引けば、嬉しそうに笑う瞳と目が合う。本当に可愛いんだから。訓練室へ進んでいく。広めの場所がいいよね。良い感じの場所を見つけて入る。うん、これだけ空間があれば暴れても問題ないだろう。
「そういえば悠翔の異能って、他の異能を真似するでいいんだよね?」
「そうやで。朔さんの教えてくれるん?」
「ん~教えても条件が条件だから使えないよ。仮能力は身体強化だから真似をするならそっちね」
「ご丁寧にどうも」
悠翔は自身の手を叩いた後、ゆっくりと腕を広げた。すると刀がどことなく出てきた。それは確か職員の異能だ。へぇ、目の前に対象がいなくても真似できるんだ~。便利だなぁ。よく対象処分にならなかったね。俺は置かれていた木刀を手にして悠翔を視界へと入れる。いつでもいいよと声を掛ければ、姿勢を低くして一呼吸した。そうして瞬きをした瞬間、悠翔は俺の目の前にいた。後ろへ半歩避けて木刀をゆっくりと振る。身体強化された上でのゆっくりだから、相手からすれば少し早めなのだが。悠翔はすぐに防御の構えをとった。うんうん、ちゃんと反応できているね。軽く体を飛ばしてあげると、受け身をとってすぐに俺を見た。
「うん、ちゃんと相手を見れているね。偉い子だよ」
「はっ、流石に朔さんの余裕を崩すのは無理か」
向上心のあるセリフに笑う。上を目指すことは良いことだ。きっと彼はすぐに強くなる。互角に戦えるようになる日が楽しみだなぁ。
「そう。まだ悠翔は俺に敵わない。だから俺を本気で殺しにおいで。その方が悠翔の目標に近付けるよ」
「目標、な。……せやなぁ、なら本気で行かせてもらうで」
悠翔は深呼吸をして俺を見た。その瞳は真っ直ぐと俺を突き刺すようだった。悠翔の瞳越しに口角の上がる自分と目が合った気がした。ピリピリとした空気感がこの部屋全てを包む。たった数日なのにここまで強くなるのか。男子、三日会わざれば刮目して見よ……だね。小さく笑って腕の力を抜いて悠翔だけに集中する。キンッっと静かになった空間で悠翔の服がふわりと動いた。そして――。
「ほら、貴方たちの大切な子が帰ってきたわよ」
副官の声にふと意識が逸れる。目の前には俺の首に刀を振り下ろそうとする悠翔の姿。あーあ、ここで終わりか。せっかく楽しかったのに、もったいない。振り下ろされる刀の側面へ回し蹴りをする。すると刀は悠翔の手から離れて壁へと突き刺さる。そして床にダイブしそうになっている悠翔を抱きかかえる。
「いいね。もう一週間もすれば俺に追いつけるかもしれないね」
「いやー、無理!朔さん強過ぎんねん」
そりゃ、年季が違う。簡単に追いつかれてしまっては立つ瀬もない。ふわりと笑って悠翔を床へと下ろしてあげる。
「おかえり遥真。早かったね」
「一応、あれから一時間半経ってんだぞ」
遥真は呆れたように時計を指さす。確かに時計はあれから一時間半過ぎていることが示されている。副官も呆れたように頭を抱えていた。いやぁ。悠翔の成長に俺感動しちゃって……。なんておどけつつ、木刀を元の場所に置いた。軽く体を伸ばしてストレッチしていれば、目の前に人差し指が来た。なんだなんだと前を見れば、遥真が俺を指さしている。
「悠翔が朔さんを殺すって言うなら、俺はあんたらを絶対に離さねぇから。……永遠に、な。」
遥真は真っ直ぐに俺を見て言い切った。頬が赤くなり、咄嗟に口元を隠す。自身の手越しに笑っているのが分かる。背筋がゾクゾクと震えるのを感じた。周りから見たらただの執着にしか聞こえないこの言葉。それでも俺にとってはプロポーズと同然のものだ。
「なら、俺は永遠にお前らを探してやるよ」
複雑な感情を抱えた声はしっかりと届いたようだ。そんな事言わなくたって俺は――。目を伏せて今までのことを思い出す。するとさっきまで黙っていた悠翔がずるーいと叫んだ。
「遥真も澪くんも殺したるからな!」
言っていることは怖い事のはずだが、プリプリ怒りながら言っているせいで可愛い以外の感想が出てこない。物騒な会話をしている俺たちの横で副官はそれはそれは長いため息をついて呆れていた。じゃあ帰るねと言えば、さっさと帰れと言わんばかりに手で追い払われた。そうして俺たちは家へと帰った。遥真が野菜ポトフを作ってくれて皆で食べた。懐かしの味に肩の力が抜けた。それにお腹も暖かくなって眠たくなったのだろう、悠翔と遥真が寝落ち寸前だった。俺は急いで2人を布団へと運び、三人仲良く川の字で寝ることになった。




