家族の完成
ふと導かれるようにして目が醒めた。視線を少しだけ上げて時計を見る。時計の針は8時半を指している。珍しいなと横に目を向ければ、そこには幼い表情のまま眠っている二人の姿があった。何?この子ら、天使?ついつい癖で頭を撫でる。邪魔だったのか顔を少し歪めたのが見えて手を離す。せっかく気持ちよさそうに眠っているのだ、邪魔するのは無粋というやつだろう。静かに起き上がり、リビングへと足を運ぶ。窓を開けて風を通す。ソファーに座り、いつの間にか置いてあった本を手に取る。それにしても珍しい。俺の方が早く起きるなんて。昨日はかなり無茶をさせたから仕方ないか。昨日の悠翔を思い出して笑う。普段は温厚な彼が瞳に殺意を抱いた。今思い出しても背筋が震える。あの調子でどんどん強くなってほしいものだ。それに、遥真のあの言葉。「俺はあんたらを絶対に離さねぇから。永遠に」遥真は気付いているのだろうか。あの言葉が何を指すか。出会って一日目だったのに、もう俺たちへ執着心が見えたこと。
「知らないままでいてよ」
どうせ三人同じ感情を宿しているのだから。目を閉じ深呼吸をして頭を切り替える。ふわりと風で髪が揺れて目を開ける。――さて、今日は仕事もない。ならば澪を探そう。二人には訓練室に篭ってもらうとして、俺はまた情報室で探そうかな。何かに操られたように連続で見つけることが出来た二人。このまま澪も見つけられたらいいのだが、いかんせん何も情報がないのが困りどころだ。俺と彼の年齢を鑑みれば、少し危うい。焦る気持ちを抑える。大丈夫だ、昔だってちゃんと見つけられたんだ。きっと大丈夫。鳴り響く心臓押さえつけて、ソファーにもたれ掛かり、腕で光を遮断する。焦るにしたって情報は集めないといけない。うん、大丈夫、切り替えれる。息を吐いて腕をどける。するとこちらを覗き込んでいる遥真と目が合った。
「おっ……はよ」
「おはよう、調子でも悪いのか?」
バクバクと心臓が悲鳴をあげる。流石にびっくりした。足音しなかったんだけど。俺が気付かないほどって……どれだけ気配を消すのに慣れているんだ?イタズラ、の様には見えない。よくよく考えれば、昨日遥真は異様に足音が小さかった気がする。てっきり緊張とか居心地の悪さによるものだと思っていたけれど、そうではない感じがする。
「遥真、どうしてそんなに静かに動くの?」
環境か、本人の性格か。それによっては少し遥真と話をしなければならない可能性がある。信頼されていないだけならいい。ただもし環境によって変えざるを得ないことだったら、意識を変えさせてあげたい。
「あぁ、もしかして何も感じなかったか?悪い。いつもの癖なんだ」
「いつもの癖?」
「偶にあるんだよな。なんでかは分からねぇけど、急に俺の気配とか感じなくなるらしい」
急に感じなくなる。そして本人は無自覚。何が原因だ?見る限り環境のせいじゃない。何かおかしな事が起きているのか。俺には何も起きていない。今のところ悠翔だって起きていない。もしかして澪に――。何が起きているか全く分からないが、こうなると一刻も早く澪を早く見つけないといけない。
「朔さん?本当に大丈夫か?」
頭に温かい感覚。視線を上げると心配そうな表情で俺を見ている遥真と目が合う。遥真は自身の手を俺の額に置いて熱がないかを確認していた。心配はない方がきっといい。細く息を吐いてへらりと笑う。
「大丈夫だよ。少し朝は苦手でぼうっとしてるんだ」
「……そうか。コーヒーでもいるか?」
「んー、それより悠翔起こしてあげて」
時計はもう9時を指している。そろそろご飯にしないと悠翔が怒るからね。俺は昨日遥真が準備してくれたフレンチトーストでも焼いておこう。冷蔵庫を開けていろいろ準備していると、上から悲鳴が聞こえた。その後悠翔が何かをまくし立てている声も聞こえてきて笑う。やっぱりびっくりするよね。遥真だからいいけど、他の子なら多分驚きのままぶっ飛ばしているかもしれないもん。そうしてプリプリと怒りながら降りてきた悠翔は俺を見つけて聞いてよ~と近寄ってきた。その後ろから遥真も顔を出した。
「起きたら誰もいないわ、足音もなしに遥真が出てくるわ、なんやねん!ホラーハウスちゃうんやぞ!」
「そんなの言われても、俺にだってどうしようもないんだから仕方ねぇだろ?」
「あーーもう!最悪の朝や!続きは遥真がやってよ!」
へいへいと返事をして準備を変わってくれた。そしてよほど怖かったのか、悠翔は俺の腕を引っ張りソファーへと共に座った。だが予想と反して悠翔は真剣な表情をして俺を見ていた。そして耳を貸してと言われて悠翔の声に耳を傾ける。
「遥真、やばない?あの時と全く一緒やで?」
あの時と言われて、ハッとする。そしてまだ気配のない彼を見る。そうだ。俺たちの始まりであるあの事件の後、遥真は今と全く同じ事が起きていた。度重なる悪夢とトラウマで音も出さず、気配も消していた。あの時と違うのは表情がまだ明るいところか。どうして今、あの時の影響が出ているんだ?何を間違えた?
「落ち着きや、朔さん。とりあえずは澪くんの情報は慎重に遥真に伝える方向で行くやろ?」
「そう……だね。うん、そうしよう」
この子達のことになると冷静でいられないの、どうにかしたいんだけどなぁ。一度深呼吸をして勢いよく立ち上がる。大丈夫、冷静に。
「おーい、出来たぞー」
ちょうど良く遥真が俺たちを呼んだ。頭を切り替えよう。二人揃ってはーいと声を上げる。見事に揃ったのがお気に召したのか、くすくすと笑う遥真。うん、大丈夫。――これ以上大事なものを壊される訳にはいかないんだ。皆で机を囲み、今日の予定を伝えると案外ライバル意識がある二人はどっちが勝つかを勝負していた。そうして三人で準備をしていく。俺は窓を開けて遥真を呼んだ。
「遥真は高いところ大丈夫?」
「高いところ?特に問題はないぞ?」
それならよかったと頭を撫でる。そして悠翔と靴を持ってまたここに来るように頼む。すると素直に返事をしてバタバタと駆けていった。あの頃とは違い、高いところは大丈夫なのか。どこまで引っ張られているか分からないなぁ。そうこうしているうちに二人とも靴を持ってこちらへと来た。
「何でわざわざ靴を持って窓にいるんだ?」
「よーし、張り切っちゃうぞ~」
二人をちゃんと両脇で抱えて窓に足を掛ける。ちなみにこの時悠翔は呆れているかのように力を脱力させ、完全に俺に体重を預けていた。勢いよく窓を蹴るとぐんっと体が上昇し、鳥が隣を飛ぶのが見えた。
「うっわ!!高い高い高い!ちょ、朔さん、もう少しちゃんと俺を持って!というか安全バーぐらいくれ!いくら高いところでもこれは怖い!」
出た。遥真のビビると口が凄く回る癖。変わらないなぁと笑いつつ、もっと高く上がるときゃー!と女の子のような悲鳴を上げていた。特にトラウマとか思い出している感じではなかったので、純粋にビビりが発動しただけだろう。声高らかに笑っていればポコポコと俺を殴ってくる。案外余裕そうじゃん。すぐに異管が見えて高度を下げていく。さっきまで高い高いってビビっていたのに、今度は地面とぶつかるとビビる。ったく、俺がそんな事するわけないでしょ?これだから遥真は……。ゆっくりと地面に降りて、二人を立たせてあげる。するとまたキャンキャンと喧嘩をし合う。喧嘩するほど仲がいいからね〜。二人の背中を押しながら異管へ入っていく。受け付けを通り過ぎて訓練場まで歩いていく。広めの場所を見つけてさっさと入る。そして諸々の注意をしていく。この子達喧嘩の末に大怪我負う可能性あるから。困ったものだよ。
「そうだ、最後に。俺になにか聞きたかったら絶対に職員へ言ってね。呼ばれたら行くから。間違っても直接俺の所へ来て聞かないで、分かった?」
再度釘を差せば頷いてくれたので良しとする。多分大丈夫だとは思うんだけど、俺前科あるし……。流石にふと横を見て人形を保っていないこの子達がいたら、なんて想像したくないし。声で分かるとは思うんだけどね!すると二人でワイワイと武器とかを決めていたので、その場を後にした。さてさて、俺も情報収集しますか。早足で情報室へと入る。そして澪の名前を探していく。どれだけ時間が経っただろう。時間が刻む音とページの捲る音だけが鳴り響く。不安のせいか時計の音が段々と大きく聞こえてくる。キリの良いところで資料を机に置いてため息をつく。悠翔達を見つける前と同じで、何も手がかりがない。それなのにどうしてか何かが意図的に感じる。もちろん、悠翔達を見つけるまでに情報があったわけではない。それでも今見てみると二人の情報が載っている資料を見つけた。それはいいのだ。欲しい時に限って情報が手に入らない事なんてざらにある。澪もそうであるはずなのだ。しかし悠翔達とはどこか違う、隠されているような感じがある。隠されているというのもまた表現的には違う気もする。何だろうか、この違和感は。どうして、ここにはないと確信出来るのだろう。何も分からない。ぐったりと机に寝そべる。悠翔達のところへ行こう。こんな状態ではある情報も見落としてしまう。肩を落としつつ資料を片付けて情報室を出る。訓練室に行く間、違和感について考える。ここに澪の情報がないということは、澪自体が存在していないもしくはイレギュラーな存在で異管に見つかっていないとなる。澪が存在していないというのはおかしい。今までそんなことはなかったのだ。そう考えると何かしらの都合で澪の情報がここに書かれていないと言うことになる。異管は何かを隠しているのか?それとも俺たちに何かが起こっているのか?
「あ、朔さ〜ん!どうしたん?」
悠翔の声に意識が戻った。いつの間にか訓練室へと戻っていたようだ。二人は構えていた武器を置いてこちらへと駆けよってきた。わくわくした様子で俺を見ているのを見て、肩の力が少しだけ抜けた気がした。ふっと笑って話を聞けば、とある実験をしたらしい。悠翔が遥真の異能を真似て、二人同時に異能を発動させたとのこと。すがすがしい顔をした遥真が笑った。
「そうしたら何も起きなかったんだ。多分打ち消し合ったんだろうな!」
なーるほど。それはそれは……。状況を理解してお腹を抱えて笑う。いや~好奇心って怖いね。多分もう少ししたら副官が慌てた様子でこちらに来るだろう。二人は急に笑い出した俺に驚きつつ、不思議そうな顔をしていた。そんな中慌てた足音が扉の前でしたかと思えば、大きな音を立てて扉が開かれた。
「ちょっと!?ありえない異能量を観測したんだけど!?」
異能の暴走が起きたと勘違いしたようだ。武器を持って状況を把握しようとする副官の姿があった。急いで走ってきたのか息はあがっており、珍しく軽く汗をかいていた。警戒していた副官だが、爆笑している俺と呆然としている二人を見て、頭を抱え大きなため息をついた。
「理由、説明、今すぐ」
「いや~この子ら凄いよ。特異点を作って遊んでたんだって~。教えてないのにね」
「笑い事じゃない!!監督不行き届きでぶん殴るわよ!?」
わなわなと震える拳を振り上げる副官にどうどうと落ち着かせつつ、二人に特異点について説明していく。特異点は矛盾した異能がぶつかり合うことで起こる現象だ。特異点が起きたときに発生する事象は二つ。一つが両方の異能が打ち消し合ってそのまま消滅する。もう一つが今回起きた様に打ち消し合って異能量が劇的に増える。そして副官がここまで焦っていたのには理由がある。副官が言っていたように、今回の特異点では異能量が増えた。異能量が増えると、異能の暴走が起きる可能性が増えるのだ。暴走対象者は特異点を作った本人だけじゃない。近くにいた異能者も暴走する可能性がある。だからこそ特異点は危険なのだ。それをこの二人は実験感覚で行ったのだ。そう考えたらまた笑いがこみ上げてきて、我慢できずに吹き出す。
「俺の子天才過ぎでしょ~。……遊び感覚で特異点作っちゃうんだよ?しかも二人とも何の変化もないって……ほんと、お前らは……んふっ」
足に力が入らなくなって膝から崩れ落ちる。昔から危ないことを危なげなくするもんだから。あーもう、本当に面白い。ちらりと二人を見たら、事の重大さを理解したのだろう。顔を真っ青にしていた。俺はなんとか笑いを引っ込めて立ち上がる。そう言えば副官のお説教がないなと隣を見ていれば、頭を抱えしゃがみ込んでた。この問題児どもと呟いていたので心配する必要もなさそうだ。そして少しだけ真面目な雰囲気を出して二人の前に立つ。
「そんな感じで、特異点は危ないから今度からしちゃ駄目だよ?悠翔や遥真の異能が暴走しちゃうかもだからね」
「ごめんなさい……。朔さんは大丈夫なん?」
え、俺の子達本当に良い子すぎるんだけど……。心配するような瞳でこちらを見る二人に感動し俺は静かに笑った。
「俺の異能は暴走以前に条件が条件だから、大丈夫だよ」
知りたくはないけれど、今彼らの瞳には俺がどう映ったのだろう。俺の異能の条件が俺たちの人生を皮肉にも笑っているのなんて。今だけは何も見えてないふりをしてほしいな。そんな願いが届いたのか、二人とも追求はしなかった。心の中で感謝を述べて、帰る準備をする。
「無事とはいえ、特異点を作ったからね。今日は安静にしておこうか」
「えー、せっかく異能のコツを掴んできたっていうのにな」
落ち込む遥真を慰めつつ帰るよ~と背中を押せば、文句を言いつつも大人しく出口へと足を向けてくれる。出る直前に副官に焦らせた謝罪をすれば、さっさと帰れのジェスチャーをされた。全く酷いもんだ。そうして澪を探す一日が終わった。そこから悠翔と遥真の訓練と同時並行で澪の情報を探していった。今まで見ていない資料を探しても見つからない。念のためにと見たことあるやつも探してみたが澪の情報は一文字もなかった。処分対象に知っているかと尋ねてみたけれど、有益な情報は手に入れられない。そんな日が一週間続いた。日にちが経つにつれて俺たちにもいろんな変化があった。俺は澪が見つからないことのストレスで力加減が上手くいかなくなった。そのせいで捕獲対象者を殺して副官にすごく怒られた。悠翔は話すことをしなくなった。話してくれても一言二言の単語程度。彼特有の訛りもここ最近聞いていない。そして遥真は悪夢に魘されるようになった。朝に一人で飛び起きては過呼吸を起こしている。夢の内容を覚えていないのが不幸中の幸いだろうか。今日も隣で歪な呼吸音が聞こえて体を起こす。視線を横にやれば、小さく体を折りたたんでいる。やっぱりか。
「……遥真、大丈夫だよ。大丈夫。苦しいね。ゆっくり吐いてみようか」
遥真の体を起こして膝の上へ乗せる。震える背中を撫でて抱き締める。もう慣れてしまった手つきに乾いた笑いが出る。遥真がこうしてパニックを起こす度に対処していれば、自然と俺も眠りが浅くなり最終的に寝ることをしなくなった。そのかわり日中に急に意識を失って10分程度寝ることが増えた。異能者だから一般人に比べて体は少し丈夫だから困ることは少ない。そうしてまた澪のいない日を過ごす。そしてとある夜。静かな空間に疑問を抱き少しだけ体を起こす。すると珍しく遥真は魘されていなかった。こんこんと眠る彼に少しだけ安堵してまた自身の布団に戻った。その日は久しぶりに3時間連続した睡眠を取ることができた。布の擦れる音が聞こえて目を開ける。時計は6時半を示している。朝は苦手だと言っていた自分に言ったら卒倒しそうだ。まぁ、理由を言えば納得するだろうけど。隣は今までの睡眠不足を補うかのように深く眠っていた。うんうん、眠れるのは良いことだ。遥真の頭を撫でる。さらに向こうにいる彼はもう布団の中にはいなかった。悠翔も俺と同じで眠れなくなっていたからなぁ。起き上がったときに遥真の時計が遥真の下敷きになっているのが見えた。壊れたら困るだろうとテーブルに置いた。そしてリビングへと歩いて行けばやはり朝ご飯を準備してくれている悠翔がいた。
「おはよ~。今日は遥真がよく眠れているようでよかったよ」
俺の話したことに口角を上げて頷いてくれる。カチャカチャと料理をする音だけが響く。独り言のようにぽつぽつと話していく。本当に珍しく少しだけ元の雰囲気に包まれていた。穏やかな空気をしみじみと味わっていれば、上から悲鳴が聞こえて咄嗟に立ち上がる。さっきの声は遥真だ。何があったのかと二人で寝室へ向かうより先に遥真が降りてきた。彼は真っ青な顔をしてこちらに来たかと思ったら、痛いぐらいの力で俺の腕を掴んだ。
「時計が……時計がない!俺の時計!あれがないと…………どこかに消えたんだよ!」
「落ち着いて、時計なら――」
「あれは澪がくれた時計なのに!」
ヒュッと自身の喉から息を飲む音がした。どうしてその名前を……。思考がまとまらず、喉が渇く。まるで時間が止められたかのように動かない俺をひたすらに揺さぶる遥真。どうして?という言葉が頭をぐるぐると回る。隣で同じく驚いて固まっていた悠翔がふるふると肩を震わせながら、久しく聞いていない訛りを大声で話す。
「……澪、くん?……遥真!澪くんを知ってるん!?」
「知っているも何も俺はずっと澪を探して……」
「遥真……記憶残ってるの?」
遥真は澪のことを知らないはずなのに。遥真は何も覚えていないのが普通だった。別に咎めるつもりなんて毛頭もなかった。その方が良いって悠翔と決めたんだ。
「忘れられるわけないだろ!俺がもっとあいつに気に掛けていたら……っ。だからずっと探していたんだよ!朔さんからは澪の気配が感じるんだよ!あの場所に絶対澪がいるはずなのに!」
俺から澪の気配がする?澪に会った記憶なんて全くない。すれ違っているのに気付かない事なんてない。俺だってずっと探していたんだ。気配がすれば絶対に分かる。遥真は俺とあの場所にいると言った。俺が行く場所なんて一つしかない。澪がいる場所は――異管だ。……やっぱりそうだったじゃないか!情報を探しているときの違和感は正しかったんだ!あの馬鹿みたいに広い所に澪は隠されているんだ!情報がないのも、どれだけ探してもいないのも、遥真が気配を感じる理由も全部全部!それで理由がつく!自分でも分からない感情がふつふつと胸の奥から湧き上がる。やっとだ。やっと、澪を見つけてあげられる。待たせてごめんね、澪。今日迎えに行ってあげるからね。
「朔さん!」
「あぁ、分かってるよ。まさか灯台下暗しだとは思いもしなかった……。朝ご飯を食べてすぐ異管へ行こうか」
悠翔もあの時の夜の闇を瞳に宿していた。早速朝ご飯を食べようとキッチンへ歩こうとした瞬間、背中に衝撃が来て咄嗟に支える。何かと思えば眠った遥真が俺の背中を支えにしていた。……え?寝たの?この雰囲気で?状況を理解して笑う。このぐだぐだ感も俺たちらしい。笑いに包まれたまま朝ご飯の準備をする。ちょうど起こそうとした瞬間に遥真は起きた。
「ん……ってなんで俺リビングにいるんだ?」
「あ、起きた。遥真、時計なら寝室の机にあるよ~」
「時計?って確かにない。取ってくるわ」
少しの違和感に悠翔と首を傾げる。さっきと雰囲気が違いすぎない?時計がなくて騒いでたのに。寝起きだから余計にパニックだったのかな。少しして時計を持った遥真が来たので、とりあえず机へと座り皆で手を合わせる。今日は目玉焼きとソーセージの定番の朝ご飯だ。年を取るとこういう定番が身にしみるんだよね。
「これが食べ終わったら異管に行くよ。澪と会えるね」
「……?あぁ、朔さんたちの探してる人か」
え?と素っ頓狂な声が重なって響いた。他人事のように澪のことを語る遥真に疑問符が頭で流れる。まるで知らない人の話をしているみたいだった。
「さっき澪くんの名前言ってたやん」
「さっき?俺寝てたけど?」
嘘を言っているような雰囲気ではない。あの会話は寝ぼけていたままだったのか?いや、それでも澪の名前が出てくるのはおかしい。さっきの遥真は完全に覚えていた遥真だった。フッと小さく笑って過去を思い出す。……まぁいいか。きっと見つけられなくてじれったくなったあの頃の遥真が来たのかも知れない。そんなファンシーな理由で納得してご飯を食べていく。ご飯を食べ終わり、洗い物をしている遥真へと近付いた。
「ね、遥真の時計って誰から貰ったの?」
遥真の腰に下がっている懐中時計を指さす。いつも身につけているその時計は澪から貰ったものだと言っていた。だがそれはずっと昔の話だ。
「これか?ん〜、知らないうちに持ってたんだ。家族の誰に聞いても自分のじゃないって言ったから俺が貰ったんだが……何だかすごく大事なものだって思ったんだよな。これを持ってたら凄く勇気づけられるんだ」
時計を撫でる遥真の目は愛おしいものを見ていた。輪廻転生とはよく言ったものだが、物も輪廻しているのだろうか。勇気づけられる、か。澪は凄いやつだなぁ。何年の時が過ぎても、お前は俺たちに勇気と元気をくれる。……いつもありがとうな、澪。
「大事にしなきゃね」
あぁ、と返事をした遥真の笑顔。その表情、守ってあげるよ。だからどうか、いつまでも楽しく笑っていてくれないかな。俺たちの準備を諸々してくれた悠翔がやってきたので、俺たちはキッチンを離れた。そうしていつも通り窓から飛び出して異管へと最速で行った。一刻も早く澪を見つけないといけないんだから。念の為と持ってきたいろんなものを確認して異管に入る。受付を無視して、窓からちらっと見えたあの姿を追いかけて歩いていく。だがインカムで俺が来たことを伝えられたのだろう。少し歩いてすぐ向こうから早足でやってきた。
「受付も通さずに何を慌てて――」
「天城澪って名前に聞き覚えは?」
いつも通りほぼ俺の担当としてついている副官はインカムで呼び出されたことにお怒りのようだ。いつもなら軽く会話をするが、そんな余裕はない。俺だって自分でも振り回されてるこの感情を抑えるので手一杯だ。話を遮って本題を突き出せば副官はぽかんとした表情の後少し考え込んだ。
「天城澪?聞き覚えはあるけど……あまり知らないわ。その子がどうしたの」
「澪は俺の最後の探し物だよ。ここで隠されてるんだって?……三十分あげる。澪の情報を持ってきて」
「そんな急に言われても」
「何を隠したいのかは知らないけど、俺の気はそんなに長くない。それこそ、ここの人間の十人や二十人の犠牲があっても構わない」
目を細めて副官を睨めば一瞬息を詰まらせ、来た時より駆け足で何処かへと消えていった。流石に八つ当たりしすぎただろうか。自分でも分からないんだ。今俺を巡るこの感情が。怒っているのか、悲しんでいるのか、悔いているのか、それとも再会に喜んでいるのか。二人を連れて訓練室へ行く。副官の反応的に嫌な予想がよぎる。澪はきっとまともな生活を送れていない。それこそ人体実験の被害者、最悪の場合は人体改造まであり得る。
「さて、時間はない。さっさと準備運動をしようか」
念の為と持ってきた武器を二人に渡す。それを手にした彼らは冷静で冷たい怒りを秘めていた。そうして体をある程度動かしていれば、息を切らした副官が訓練室へと入ってきた。時計を見ればきっちり三十分。ギリギリまで情報を集めてくれたのだろう。渡された資料を手にしようとしたら避けられた。副官を見れば、眉を顰めて俺を見ていた。
「これを渡す前に一つ、お願いしていいかしら」
「お願い?」
こんな状態の俺たちにそれが通じると思っているのだろうか。しかもそれを言うということは澪になにか被害が起きていることを示唆しているのと変わりない。本当に、ここの人たちは俺を苛つかせるのが得意なようだ。だが副官はすごく真剣に俺を瞳に収めていた。だから話しだけは聞いておこうと思えた。
「これを見逃していた責任は異管にある。でもここを潰すことはしないでほしい。貴方たちが彼らをどうするかは不問にする。そして望むことを一つできる限り叶える。だから……私の居場所を奪わないで」
頭を下げた副官の頬に流れていないはずの涙が見えた。ここに来て初めて副官の本心に触れた気がする。彼女はいつも強気だった。正義感に溢れ自分にも他人にも厳しい人間。俺だって何度も副官に殴られた。そういえば一度副官の昔話を聞いたことがある。彼女は異能者であった。しかも俺たちと同じ先天性の異能者。そのせいでいじめられ心を壊し、異能が使えなくなった。そんな彼女の居場所はここにしかなかったのだろう。今までのことを思い出して小さく笑う。
「正直異管がどうなろうと知ったことではないけど……お世話になった副官の頼みなら仕方ないね」
弾かれたように副官は顔を上げる。お願いが受け入れられたことを信じられないという表情をしていた。そして安心したように肩の力を抜いた。
「ただし、次この場所でこの子たちに何かあった場合はもう知らないからね」
「ええ、もちろん分かっているわ」
じゃあ、交渉成立だと副官から資料を抜き取る。副官曰く、かなり人を選ぶ内容だから俺だけが読むことにした。そして中身を見る。流石副官、重要なものは分かりやすく書かれていて読むのに時間がいらない。内容を読んでいく内に資料を持つ手に力が入る。どうやら最悪の予想が当たっていたようだ。澪はこの場所で人体実験の果てに人体改造をされていた。今の澪は半分人間で、もう半分は機械に近いものとなっていた。もう意味のない紙を握りつぶす。澪はまだ二十歳にもなっていないのに。もっと早く見つけていれば……。心配そうに俺を呼ぶ声で我に返る。ハッと後ろを見れば、俺を見上げて眉を顰める二人。心配掛けたねと頭を撫でてどう説明しようかと考える。とりあえず澪が危ない状況だと言うこと、早く行かないと人体実験されてしまうということを伝えた。嘘ではないから大丈夫だろう。すると慌て出す二人。俺も武器を持って澪がいる場所に走って行く。一応副官も監視という目的で一緒に来るらしい。遥真の時と同じように建物の奥へと進んでいく。やましいことをしていると自白しているのと同じだろう。気持ちだけが先走って全然たどり着けない感覚に陥る。薄暗く入り口に明かりがある扉を見つけた。あれが澪を苦しめていた場所。どうせ鍵がかかっているに決まっている。だから――。手に持っていた大鎌を振り上げる。
「っな!……扉を壊すなんてどういうつもりだ!」
扉を破壊した先にあるのは、見ただけでは分からないごく普通の研究室だった。しかしよく見ると分かる。奥にはまるでゴミのように積まれた物たち。そしてその先には気配を消された扉。感じるんだ、この先に待ち望んだものがある。この感覚は俺だけじゃないらしい。横を見れば無意識に恍惚とした表情を浮かべる遥真と、愛おしいものを見る目で扉を見つめる悠翔。やっぱり皆同じなんだなと改めて思い知った。前で騒がしいものを無視して扉へと走る。早く、早く助けてあげないとね。いらない物を全て押し退けて扉を勢いよく開ける。部屋の中に彼はいた。しかし俺たちは目の前の景色に動けずにいた。ベッドへ縛り付けられている澪の体は全く力が入っていない。まるで抵抗するだけ無駄だと言うかのようだ。そして何より澪の瞳だ。光すらも映していない真っ暗闇のガラスを職員へと向けていた。そうか、こいつらのせいで澪は……。怒りが冷たい感覚となり体を支配する。何故か今自分がどこか冷静な気がした。
「月喰い!?どうしてここに……」
「うるさいな」
感情のままに大鎌を薙ぐ。身体強化のせいで完全に胴体と頭は泣き別れしたが、俺にはどうでもよかった。他にも騒ぐ奴らは全員真っ二つにしていった。最後の1人を地面に落とし、澪の方を見る。遥真も悠翔も優しく声をかけているが、届いていない様子だ。澪の情報削除と人払いを副官に頼み、俺も澪の傍へ駆け寄る。そして力の抜けきった冷たい手を優しく取り、濁った瞳を覗き込む。
「澪。もう大丈夫だよ。俺たちは君に危害を加えないよ」
彼の瞳に反射する自分はきっと彼には認識されていない。そう理解して手が震える。頬に流れる冷たい液体なんかを気にとめる余裕もなかった。手も声も震えていて、副官が今の俺を見たら驚きそうだ。
「遅くなってごめん……ごめんね。辛かったね。苦しかったよね。ごめんね」
祈るように澪の手を握る。もっと早く見つけてあげられていたら。苦しむ時間はずっと短かったはずなのに。もっと、違和感について考えていれば良かったのに。俺の体温を渡すように握り込む。氷のように冷たい手が今までの惨状を物語っているのがすぐに分かる。もう片方の手を遥真が握っており、悠翔は澪を覗き込んでいた。何度も澪の名前を呼ぶ。しかし反応はない。耳鳴りが聞こえそうなほど静かな世界に心臓を締め付けられて息がしづらくなる。何をしたら澪は俺たちの声が聞こえるかな。お前の明るい声で呼ばれる俺の名前は好きなんだ。……俺の名前を呼んでよ、澪。ずっと探していたんだよ。嘘じゃない。1番最初に忘れてしまう声だって覚えてるんだよ。ほら、今だってすぐに思い出せる。朔さんって呼んでくれる無邪気に弾む明るい声。
「お前、頭撫でられるの好きだったよな。これからたくさん撫でてあげられるからな」
ゆっくりと澪の頭を撫でる。お前はこんなことでいつも幸せそうに笑っていたよな。何度だって撫でてあげるのに。無意識に視線が下がって、澪のお腹に顔をうずめる。血が通う音がしている。きっともう少し上で耳を当てれば心臓の動く音もするはず。それなのに澪は人形のように動かないまま。俺の声すらも届かない。もう、どうしたら……。
「……っ!朔さん!」
悠翔の焦った声に顔を跳ね上げる。その瞬間俺の手が握り返される感覚がした。錆びた人形のようにゆっくりと澪に視線を向ける。そこには未だ光がないものの、俺を見つめる瞳と混じり合った。
「……れ、い?」
この光景が信じられなかった。だから夢かもしれないと名前を呼ぶ。闇と目を合わせる。一気に世界は静かになった。それなのに自身の鼓動がうるさい。幾度目かの拍動の後、俺の手をもう一度握り返してくれた。澪の意志で呼びかけに答えてくれた。そう理解してぶわっと全身に熱が戻るような感覚が起きた。大粒の涙がぽろぽろと澪の手に落ちる。……はは、ちゃんと澪の姿を見たいのに。ぼやけて見えないや。
「れい……澪。ありがとう。諦めないでいてくれてありがとう。俺は神無月朔だよ。これからよろしくね」
泣きながら笑う俺に澪は少しだけ口角を上げた。少しずつ感情が戻りつつある。よかった。遥真たちも順番に自己紹介をしていく。澪はちゃんと話している人の方を向いていた。たったそれだけだが、今までの全てが救われた気がする。皆を探すあの長い時間を思い出す。……あぁ、本当にやっと全員が揃ったんだ。長かったなぁ、いないかもって何度も考えたんだ。息がしにくくて全く先が見えない沼に落ちたみたいで。ずっと体に力が入っていた。そのせいかな、今体が重たくて仕方がないんだ。まだ彼らのことを見ていたいのに。
「朔さん!!」
慌てたような二人の声だけが最後に聞こえた気がした。




