アルバート視点 1
「正解です。流石クリス様ですね。とても良いご回答です。」
隣で提出した課題について、神童と名高い公爵家の子息が褒められている様子を見て僕はとっさに解答用紙を後ろに隠した。僕の答えは彼のものとは違っていたからだ。だが、僕たちの家庭教師として雇われている国の随一の学者は目ざとく僕に目を向けて無言で手を差し出した。しぶしぶ解答用紙を渡して間違っているであろう答えに落胆されるだろうと俯いた僕の上に降ってきたのは想像していたものとは違った答えだった。
「こちらも正解です。よく出来ましたね、殿下。教え子達がとても優秀で何よりです。」驚いてとっさに顔をあげた僕は鷲鼻に分厚いメガネをかけ、どこか面白そうにこちらを伺う初老の先生に恐る恐る聞いてみる。
「でも・・・さっきクリスのが正解だって・・・」
「ええ。彼の回答もとても立派なものでした。ですが、殿下のものもそれに負けず劣らず素晴らしい回答でしたよ。殿下・・・真実はいつも一つだけとは限りません。また目に見えるものだけが絶対に正しいとは限らないのです。ですからいつも目と耳を開いて物事を良く吟味する術を身に着けてください。それは、ひいては殿下の財産となるものですから。」
―――――――――――
「真実はいつも一つだけとは限らない・・・・・か」
昔大好きだった、家庭教師が語った言葉を反芻して自嘲気味に嗤う。ああ、いつから僕はこんな・・・・謹慎を言い渡された部屋の窓から沈む夕日を眺めながら僕は目を閉じた。
―――――――――――
ランドリギーヌ王国のたった一人の世継ぎとして生まれた瞬間から僕には大きな期待と責務が課せられていた。また、幼い頃は「たった一人の跡継ぎである」僕を狙った暗殺も、一度や二度ではなく、父が母の為に建てさせた離れの別邸「冬の館」にて、王家の伝統を盾に王妃が次代の教育に関わるべきではないという老害の声を押し切り、乳母の手ではなく、母や数人の信頼のおける側近らの手によって育てられた僕は、度々、母の親友であるこの国の筆頭公爵家の妻の子である双子の兄妹にも引き合わされ、俗にいう幼馴染として共に育った。公爵夫人もとても優しく、王国に珍しい癒しの力をもつ女性で、僕が病気になった時や、何らかの毒を盛られた時に王家が抱える医師と共に来て何度か治療をしてもらっているため、面識があった。
公爵家の双子は、僕が初めて出会った同年代の友人ではあったが、二人は双子だというのにとても違っていて最初は興味が尽きなかった。双子の一人、オリビア、オリは小さな顔にぱっちりとした瞳を持つお人形さんのような美幼女で、王家に度々濃く遺伝する銀髪を持っていた。過去に王家から降下した王女の遺伝を色濃く継いだであろう素直で真っすぐなオリに僕はすぐに好意を持った。驚いたことに僕達二人の好みや嗜好は良く似ており、お菓子の取り合いをするようなことも多々あったが、最終的にオリには不思議と譲ってあげるのが苦ではなかった。王宮にいる胡散臭い笑顔をもって近づいてくる輩と違って、はにかんで暖かく笑い、僕達の後ろをついてくる彼女が、僕にとっての「特別」になるのにそう時間はかからなかった。またオリは僕にとっての初恋でもあった。ずっとオリと一緒に居たい・・・そう幼心に考えてオリを僕の「婚約者にしてほしい」と父王にねだった時の父の顔は見ものだった。
「そうしたら、ずっとオリと一緒にいれるでしょう?」
いつもは毅然とした父が、離れの館で母の淹れた紅茶を吹き出しそうになり、咳き込みながらしどろもどろに「いや・・それはさすがに・・」だの「まだ早い」だの珍しく口を濁している横から母が笑いながら言ったのだ。
「まあ・・オリちゃんがお嫁さんになってくれるんだったらうれしいわね。だけどその前にアルバートが立派な大人にならないとオリちゃんだって「うん」とは言ってくれなくてよ。それにお嫁さんじゃなくても、ずっとオリちゃんと繋がっていられる方法は他にもあるのよ?アルバートが大きくなってお父様みたいな素敵な大人になったらきっと「お嫁さん候補」が沢山でてくるだろうから、それからゆっくり選んでもいいのよ?」
「お嫁さん候補じゃなくてオリがいいんだ!」
「そうね、でもアルバートは皇子だもの。もしオリちゃんが嫌だって言ってもアルがもし絶対にといえば、臣下の立場であるオリちゃんは従わざるを得ないのよ。だからね、王族は軽々しく命令をしてはいけないの。それに、そんなことをしたらオリちゃんに嫌われてしまうんじゃないかしら?」
「え・・・オリに嫌われちゃう・・・?それは嫌だ!!」
「そうでしょう?だから・・・ね、もっとアルやオリちゃんが大きくなって色んな事が判るようになってからもう一度お話ししましょう?このことは、アルの将来にとっても大切なことですからね・・。」
オリが僕にとっての癒しであるのなら、その兄のクリスは僕にとって憧れであり、ライバル、そして越えられない壁だった。「神童」・・その言葉を体現したかのような存在が誇らしくもあり、同時に成長してからは僕の劣等感を浮き彫りにさせる相手でもあったのだ。
初恋が実の妹・・・の不憫なお兄ちゃん視点です。彼にとっての真実とは一体どのようなものだったのでしょうか。そして様々な状況を思い返して彼が最終的に掴んだものは?




