~決戦~ 十話
「全く、どうなっているんだか」
新たに現れた青年と対峙し、しかしその存在を無視するように独り呟いた。
和弥の力量に驚いているのではない。ただ彼を含めた彼・彼女たちがこの場所に辿り着いたことに驚いていた。
「まさか全員が全員とも突破されるとはな。桜と楓はともかく、夜叉と魁が殺られるとは正直言って予想外だ。連絡が取れんシグマもこの分じゃ期待薄だな」
はぁ、と重く大きなため息を吐く。それには失望の色が濃く混じっていた。
事実上『陰神』という組織はこの時点で崩壊したと言っていいだろう。幹部たちは既にほぼ全員が組織を離れ、もう戻ることはない。下っ端の構成員も、そのほとんどがアジト前の戦闘で死ぬか投降を余儀なくされていた。
ここに『陰神』は壊滅したのだ。総帥たる羅堂道元だけを残して。
「これで計画は数年は遅れちまうな。全く持って――残念だ」
「羅堂、まさかまだ諦めないというのか……!」
息も絶え絶えに起き上がった隼人が苦い表情で声を絞り出す。何とか白虎を支えに、立っているのがやっとという状態。上半身は噴き出した血で真っ赤に染まっていた。
「ふん、この程度で諦めてたまるか。何よりまだ――この俺が残っているだろうが」
隼人の背筋に薄ら寒いものが通り過ぎる。
その瞳に宿った意志。こいつは全部本気で言っている。燃え上がるそうな双眸が、力強く握られた大剣がそのことを指し示していた。
「足掛け二十年だぞ。簡単に諦められるはずないだろう。最も、これでまた最初から組織は作り直さなければならんがな。そう――俺さえ残れば何回でもやり直しはきく」
羅堂にとって組織の構成員は駒でしかない。その都度必要な人材を必要なだけ集め、用が済めば打ち捨てる。そうやって、彼は今まで生きてきたのだ。
「さて、小僧。俺はやらなきゃならんことが出来た。――だから、死ね」
地面を揺るがし一足飛びに和弥目掛けて踏み込む。
しかし和弥は動じず、炎に包んだ木刀で豪覇を受け止めた。
「――ふ……ざけんじゃねぇっ!」
「ぬぅっ!」
烈風のような一撃を欠けた木刀で打ち払う。それと同時に軋むような嫌な音。
「――ふん!」
「ぐっ!?」
羅堂の第二撃が襲い掛かる。さっきと同じように打ち払おうとするが、豪覇と交差した瞬間跡形もなく木刀が砕け散った。
考えてみれば当然の結果。例え退魔剣とはいえ、この羅堂の凄まじい
までの打撃に耐えられるものではない。それが元々ただの木刀であったなら尚更だ。
「誰を倒してきたか知らんが、この俺にそんな折れかけの木刀で相手しようってのはちと無謀だったな。最低でもさっきの譲ちゃんクラスの武器を用意してきな。強敵を倒そうというのなら、それに見合った武装をするもんだ」
「ぐ、う……」
木刀を砕いた衝撃と一緒に壁に激突する。それは再起不能になるようなダメージではなかった。だがしかし。
「が……ふ!」
「和弥っ!? な……貴方こんな傷で戦っていたのっ!?」
真っ赤に染まった腹部。これは言うまでもなく先の夜叉との決戦で負った傷だった。
和弥の元に駆けつけた綾華が涙を滲ませ震えている。それはこの傷が深いものであるという証拠であるといっていいだろう。
彼はそれを見て苦笑した。彼女のこんな顔を見たくなくて、させたくなくて姿を現すと同時に背を向けたのに。
段々と意識が薄れていく。近いような、遠いような場所で誰かの声が聞こえる。誰かが自分の身体を引きずっていくような感覚。それも次第にぼんやりとしたものになっていき――
このまま消える。
そう思った矢先、身体の中心から暖かいものが溢れ出して、全身に染み渡っていく。それと一緒に失っていた感覚が色を取り戻し始めた。
「――っ!」
最初に聞こえてきた声。
「――弥っ!」
はちきれんばかりの叫び。
「和弥っ!」
それは根源たる魂すらも震えさせ、そして心を奮い立たせる求望!
「目を……覚まして、和弥っ!!」
涙でぼろぼろになった女神に、彼は微笑み、そして言った。
「――ああ、おはよう。それじゃまた一仕事してくるわ――」
ゆっくりと立ち上がる和弥。それと同時に自分の身体を確かめるように手を握り、足を動かす。
万全とは言い難い。むしろ瀕死だ。それが結論であり、覆すことの出来ない事実だった。
だがそれを確認して彼は微笑う。一度死んだようなものだ。それがかろうじて踏み止まっただけに過ぎない。これ以上を望むのは酷というものだろう。
彼の後ろには二人の男女。
一人はさっきまで泣いていた綾華。今はもう気を取り直したのか、いつもの強い意志を持った瞳に戻っている。
もう一人は良治。彼のお陰で文字通り復活することが出来た。まさか治癒系列の術まで使用できるとは予想だにしていなかった。しかもこのギリギリの状況下、体力・精神力共に尽きている状態での治癒の術。もうさすがに力尽きたようで、口を開くことも出来ない。唯、その瞳だけが語っていた。――さっさと決着つけに行けよ、と。
羅堂のほうに目を向けるとそこには傷だらけの隼人が懸命に抗っていた。その姿だけで伝わってくる。この決死の消耗戦は、彼を助けるためだけに行った希望を紡ぐ聖戦。
――ならば、それに応えなければならない。
大きく上段から振られた斬撃が右肩を掠め、鮮血が噴水のように飛び散る。
隼人は何とか崩れ落ちることは堪えたが、足は一歩、また一歩と後ろへ踏み出していた。そして。
「――ありがとう。ここからは俺が代わる」
隼人の身体を受け止め、目をしっかりと見据えて語りかけた。もう安心していいという想いを込めて。
「ああ、わかった。――そうだ、これを……」
最後の力を振り絞り、転魔石が運んできた希望。
生気のない笑顔で託された、一本の剣。
名を『信牙』。
彼は力強く握り締めると、高々と掲げてみせた――
「羅堂道元。これが最後の決戦だ――!」
誰もがその光景に目を奪われていた。
噴き出す炎は力強く、繰り出す刃は激流となって敵を襲う。
「凄い……」
綾華が呟く。それは誰に語りかけるものでもなく、ただ感嘆が声に出ただけだ。
それは他の者も同じ。隼人も、良治も、意識を取り戻した風花ですら呆然と見ることで、目の前に繰り広げられる状況がありえないことを表現していた。
信じられないことに、時間が経てば経つほど、いや一打ごとに、明らかに和弥の力が増していた。
信牙の特殊能力は力の増幅。しかしそれは元にある程度の力がなければ効果は発揮しにくい。彼にはその根源たる力はほとんどなかった。それなのに、未だ持っている。それどころかさらにその力を増してきている。
退魔剣は常に力を消耗する。だからそれは増幅されたところである程度の時間が経てば消えてなくなってしまう。そうすればまた力を込めなくてはならない。貯めておくことが出来ない。ということは、和弥は――
「はぁぁぁっ!」
「ぬぅぅぅんっ!」
足を止めての打ち合い。和弥は完全に互角に戦っていた。
相手は鬼となった陰神の総帥。その手には抜群の切れ味を誇る重厚な造りの豪覇。
これほどのバケモノ相手に一歩も引かず打ち合う。その度に衝撃波がお互いの身体を響かせ、裂傷が刻まれていく。
いつしか彼の持つ信牙が放つ炎が、赤から青に変わっていた。そしてその頃から僅かずつだが前へ進めるようにもなっていた。
魂の奥底から湧き出る力。永久に燃える炎。尽きることなき希望の光。
「ぁぁああぁぁっ!」
「ぐっ!」
青き剣を振り下ろし、ついに豪覇という壁を崩す。
あと一手。
さらに踏み出し決着の一撃を突き出す。
「まだまだぁぁぁっ!」
しかしそれを豪覇で打ち払われる。手を痺れさせられ、ここで初めて間合いを取った。忘れていた呼吸を思い出す。
「まさか、の展開だな。隼人以外で苦戦するようなヤツがいると思わなかった。……小僧、名は?」
「……都筑、和弥」
「都筑和弥、か。ここで生き残ることが出来ればこの世界に名を残すだろう。そのとき俺はいないだろうがな」
くくく、と本当に楽しそうに笑った。世界をどうこうする、そんなことはどうでもいい。ただこの瞬間を心ゆくまで楽しみたい。そんな、純粋な笑みだった。
「――さぁ、決着だ。行くぞ、都筑和弥」
「ああ。勝負だ、羅堂道元」
この一息ついている間に、お互い十分な力を貯めていた。
全力を込めた豪覇の一撃は、小さな山なら簡単に消し飛ばせるだけの威力はあるだろう。血の色のような朱に染まった豪覇から、夥しいまでの死の予感が発せられていた。
和弥の手には信牙。赤から青に変化した炎を纏わせた剣。高熱を伴った斬撃は、触れるものを簡単に焼き切るだろう。
彼らは同時に駆け出す。
豪覇は上段から、信牙は下段から振るわれ交差する。そして第二打が振るわれる。
今度はお互いに横から薙ぐ。だがこれも数瞬前と同じことの繰り返しに終わる。
そして――
お互いが一際大きく振りかぶる。
羅堂はその力の全てを豪覇に注ぎ込み、これが最後の一撃と決めた。
山をも吹き飛ばす暴力が、彼という人間一人目掛けて襲い掛かる。
「――――!」
その場にいるほとんどの者に緊張が走る。四人は死の予感に、一人は放たれた死の一撃の前に動じない軍神の姿を見て。
一瞬遅れて振るわれた刃。それは赤でも青でもない。
和弥の一撃は純白の炎となり、羅堂の全てを乗せた朱い刃を包み込み、そして――
「……これが、結果か。ふん、まぁしょうがない」
鳴動する大地。羅堂は敗れてなお笑っていた。
「隼人、やるなら早くしろ。じきここは崩れ落ちる」
「……いや、止めておこう。そんなことしても意味はないのだと、そんな簡単なことにやっと気がついたよ」
「……そうか」
鳴動は続く。さっきの戦闘での余波でバランスが崩れたせいだろう。
「おい、都筑和弥」
「……なんだ」
「いや、素直に驚いてるんだよ。まさかこの俺がこんな小僧に負けるなんて、な」
「……」
和弥は答えない。羅堂から背を向けている。
「何で俺は負けたのかね?」
冗談じみた、からかうような言葉。
今度は答えた。簡単な答えだったからだ。
「そんなもん――」
残されているのは上半身のみ。それも左腕と頭しか残っていない羅堂に振り向いた。
「相手のものを奪うより、自分のものを奪われることのほうが我慢ならないからだろ。目に映っていた日常や幸せを守りたかっただけだ」
血の涙を流す羅堂の目を射るように意思を込めて、言った。
「……ああ、そんな簡単なものだったのか。よく、覚えておこう」
あっさりとした口調で、すっきりした表情で――動かなくなった。




