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夜天に星は煌めいて  作者: 榎元亮哉
~決戦~
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~決戦~ 九話

 捌いて避けて躱して防ぎ、隼人は攻撃時の僅かな隙を求めて白虎を振るう。

 信牙はもう転魔石で送り返してあり、今は手元にない。貯めた力を失った以上、使い慣れない武器は邪魔者以外の何物でもない。二刀流などもってのほかだ。


「ぐ――!」


 もし二刀流なんて無謀なことを試みたら、唯一上回っているスピードが犠牲になる。それがどんな結果を生むかは言わずもがなだ。

 上段から、下段から、真横から。まるで一定の形などないように縦横無尽に振るわれる大剣。振るわれる度に藍色の着物が裂かれていく。あちこちに血が滲み、その色をより濃いものにしていた。


「ふぅ――」

「息が切れてきたか。だが手加減はせんぞ!」


 さらに勢いを増す羅堂の放つ剣撃。それを白虎で弾いて、足を使ってギリギリのところで防ぐ。

 隼人のスタミナは切れかかっていた。

 そもそも体格が違う。巨躯と言っていい羅堂と、それなりに筋肉はあるがどこか華奢な印象を持たせる身体の隼人。そして羅堂は既に人間という器を棄てている。隼人は唯一つ勝っているスピードを決して緩めることが出来ないで戦闘を続けている。それらが示すことは一つだった。


「ははははは! 限界が近そうだな!」

「く……!」


 かろうじて撃ち下ろされた斬撃を受け流す。それと同時にまた羅堂の死角に回り込み――


「遅いっ!」

「な!?」


 スタミナが落ちてくれば、当然のことだがだんだんと動きの精度は落ち、速度も落ちてくる。今の隼人のスピードでは羅堂を翻弄することが出来なくなっていた。いや、それどころか今や完全に追いつかれている――

 振り向きざまに真横に一閃される剣。

 その予備動作の時点で全身に『死』の予感が刻まれる。濃密な『死』の臭い。

 思考が、直感が、身体が。白兼隼人を構築する全てが、その『死』を回避しろと叫びだす――!


「ぐぅぅぅっ!?」


 吹き出る鮮血。左肩から右胸を横断する赤い線。突風のようなそれはたやすく隼人と彼の着物の上半分を吹き飛ばしていた。

 岩壁に叩きつけられ、そのまま倒れこむ隼人。しかし彼は――まだ死んではいなかった。

 あの瞬間、身体が、というか生物としての本能が『死』に拒否反応を起こしたのだ。それは生きているものであれば当然持っている本能。その本能は身体の限界など知ったことではない。ただ全力で避けろと身体を操るのだ。それ故疲れて落ちていた速度を一瞬だけ、いつものスピードよりもさらに速度を上げることになったのだ。

 即死は免れた。致命傷というには些か浅い。しかし今までと同じ戦闘を続行できるかと問われたら――応えはノーだ。

 そして羅堂は傷ついた敵に情けをかけるほど甘くはない。止めを刺そうと隼人に向かって歩き出す。

 止めを刺す。それは当然の行為だ。真剣勝負の場にあって決着をつけないなどありえる話ではない。

 戦場に立った以上、それは全て『死』を覚悟した戦士。その観点で言えば羅堂はまさに戦士というのに相応しかった。


 羅堂が一歩を踏み出した瞬間、駆け出した影が一つ。

 その影は神速の如く接近し、右手に出現させた細剣を首目掛けて振るった。


「……ほう、凄いな。強度だけで言えば二流の名刀・名剣に匹敵する。宝石を使った強化術……これだけの強度に仕上げるとは中々のウデだな。……だがまぁしかし――俺を倒すにはまだまだ足りないな」


 べきりと、左手の人差し指と中指で止めた細剣を折る。

 予備のスペアとはいえ、強度自体はいつも使っていたのと同じだ。先ほどの鬼たちを倒したときに折れたのは、長年に渡って使用していたための劣化が原因だった。そのくらいは折れたときの感触でわかる。

 しかし今回は劣化など何もない。ただ純然たる力のみで宝石術で強化した細剣をへし折った。強化術の中でもかなり上位、というか正式な儀式を踏まえて行ったのなら最高位といっていいほど強力な術。それを指で止め、あげくへし折った。どれほど異常な行為であるかなど、誰の目にも明らかだった。


「――――」


 ありえない光景に驚愕を通り越して呆然とする風花。歴戦の勇士の彼女でも、起こった事態に思考が追いつけないでいた。

 そして無防備な身体に羅堂の繰り出した裏拳が完璧にヒットした。


「あ、ぐっ!?」


 肩から壁に激突し、鈍い音が響き渡る。

 その音とほぼ同時に、一筋の銀光が羅堂目掛けて襲い掛かっていた。


「――!?」


 裏拳を放った後の、ほんの一瞬の技後硬直。まっすぐに飛んでくるその槍は正確に彼の頭部を狙って放たれている。

 地面から這い上がるような軌跡。それは素晴らしいまでの速度と精度を持って男へと襲い掛かる。


「――ぬぅぅん!」


 しかしその槍も鬼となった羅堂には届かなかった。すんでのところで豪覇を振るい、打ち落とすことに成功したのだ。これには流石の彼も冷や汗をかいた。


「……まったく、力尽きてへたり込んでいるだけかと思ったらこんなマネしてくるとはな。ああいうヤツは真っ先に仕留めておかないと後々足を掬われかねん――」


 そこで羅堂の言葉が止まった。槍を放った良治の満身創痍さに驚いたわけではない。座り込んだ良治の他に、もう一人いるはずの少女の姿が良治の近くにいないのだ。

 しかし遮蔽物のないこの空間に隠れる場所など何もない。岩壁に多少のでっぱりなどはあるがとても隠れることなど出来ない。


「氷河と凍土に宿りし氷を司りし精霊よ――」


 どこからともなく聞こえる声。それは間違いなく姿の見えない少女の声。


「――詠唱術か!」


 声に焦りの色が混じる。大抵の術なら気合だけで吹き飛ばすことも出来るが、詠唱術はそう簡単に対処できない。下手をすればこの空間全てが射程範囲になることもありえるのだ。


「――我が呼び声に応え立ちふさがりし者に冷たき断罪を――」


 綾華の詠唱は続く。しかしその声は反響し、位置を特定するまでには至らない。出入り口は潜んでいる可能性はない。さっきまで三人がいた位置と羅堂たちがいた位置を比べると、圧倒的に羅堂たちのほうが近い。気づかれずに移動するなど無理だ。


「――全てを凍てつかす氷の棺に眠れ!」


 術の完成が間近に迫る。しかし大きく叫んだことが幸いし、やっと彼女の位置を確信した。


「お前の後ろかっ、柊良治!!」

「ご名答!」


 駆け出す羅堂に向けて、転魔石で出現させた金棒をさっきと同じ要領で力強く投げつける。

 立つことは出来なくても、左腕が動かなくても出来ることはある。それは例えば右腕と上半身のバネで槍を投擲することや、残った僅かな力で風を操り空間内に声を反響させることなど――


「――完成せよ! 氷棺永眠ひょうかんえいみん!」


 良治の背後から飛び出し、完成した術を解き放つ。

 これこそこの最終決戦のために会得した、攻撃用の術。

 綾華は敢えて最も得意とする水属性ではなく、氷属性の術を切り札に選んだ。

 それは水属性の特性を良く考えた上での決断だ。

 水属性は防御に優れる反面、攻撃に優れているとは言い難いのだ。他の火属性と比べてみるとよくわかる。水で攻撃しようとするなら、大量の水を『力』から変換するか、もしくはある一定量以上の水を高速射出するしかない。そしてそれも直接殺傷力を伴う攻撃ではないのだ。火属性なら小さな炎でも殺傷力はそれなりにあるし二次効果も期待できる。大量の炎を『力』から変換できるならそれは非常に大きな、まさに必殺技となるのだ。

 氷属性の攻撃系統の術は殺傷能力が高い部類に入る。そして綾華が決断する要因となった理由。それは『氷属性の術は基本的に水属性の術者と相性が良い』からだった。

 元々氷属性は水属性からの派生と言われている。その通説を彼女は信じ、そしてそれを自らの手で証明したのだ。


 違う属性の術を使う。

 実は、これは非常に珍しいことだ。世間の退魔士たちは自分の得意属性の術に磨きをかけ続け、そして一流の術士となることを目指す。得意属性以外の術の鍛錬など遠回りでしかない。率先してやる者など皆無だったのだ。

 それを綾華は実行した。それに関しては良治の存在が大きな影響を与えたといって良いだろう。

 良治はほぼ全てにおいて一流やそれに準じる力量を持っていると言っていいが、しかしその全てが『超一流』ではない。 その在りかたが一つのものに固執していた彼女に光明を与えたのだ。

 自分の長所・短所を知り、それを活かし補える術を持つ。

 それが、防御は得意属性である水属性に、攻撃はそれに秀でる氷属性に頼る、と柔軟な発想に繋がったのだ。


 座り込んだ良治の背に合わせるように座り、隠れることを提案したのは隠れ蓑となった彼だった。

 男性の中では小柄な彼だが、年下の彼女よりは体格は大きい。百五十cm程度の彼女を隠すのはさして難しいことではなかった。


「ぬぅっ!?」


 至近距離からの金棒を紙一重で避け、来るべき詠唱術に構える。どんな術かはわからない。だが構えてさえいれば大概のことに対処できるはず――

 そう判断した羅堂だったが、その術は全く予想外の場所から出現した。


 地面からの攻撃。

 無数の氷が地面から現れ、羅堂の周囲を囲んでいく。軋むような音をさせ、それぞれの氷は氷柱となりやがて一つの大きな氷塊となった。

 『力』の含んだ氷はそう簡単に砕けるものではない。それもこれだけ巨大化すればなおさら。高さ三m、幅二mほどの氷塊。内側から破るのは非常に難しい術の一つで魔獣などの封印用に使われる高等術。


「やりました、ね。……それじゃ早く二人をたす――」

「……綾華さん、まだです!」

「え――?」


 氷の中に封じた鬼が嗤う。

 この程度か、と嘲るように笑う。

 一瞬の出来事だった。

 封印の氷を難なく打ち破り、脇を通り抜けようとしていた彼女に丸太のような腕が伸び、そして――


「ぐっ!?」

「――――」


 伸ばされた腕を先の折れた木刀で打ち据える青年。彼はまだ放心状態の彼女を抱きかかえると傷だらけの親友の場所まで隙なく移動した。


「調子はどうだ、親友」

「ああ。絶好調だ、戦友」


 黒髪短髪の青年が歯を見せてにやりと笑う。しかしそこに厭らしい感情はない。むしろ爽やかささえ感じさせた。

 もう片方の青年が答える。トレードマークの黒シャツは派手に破れ、所々血で色が変わっていた。バンダナのほうも魁との戦闘で傷ついた左腕に巻いていたのだが、今はもうその意味を成していなかった。


「綾華は……うん、大丈夫そうで良かった」

「え……あ、はい」

「そっか、良かった。まぁそれはそれとして――」


 面食らったままの彼女に笑顔を見せ、轟音と共に完全に氷から解き放たれた鬼へと向き合いながら、言った。



「俺の役割はあいつを倒すことでいいんだよな?」





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