↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夜天に星は煌めいて  作者: 榎元亮哉
~決戦~
PR
41/44

~決戦~ 八話

 アジトの最奥に辿り着いた彼女たちが見た光景は凄絶なものだった。

 嵐のように降り注ぐ『死』への直通切符を、一本の細い刀だけで必死に耐えている。あちこちから赤いものが染み出し、彼の着物を斑点状に染めていた。その表情に怒りや悲しみ、絶望などは一切なく、ただ懸命に掴んでいる『命』を離さないという意地だけだ。

 彼より頭数個上から太い両刃剣を振るう『鬼』はなんとも愉快気だった。

 圧倒的な力の差。これを覆すには彼の予想を外す奇策が必要だが、もはやそれはない。先ほどの信牙での一撃が最初にして最後、そして唯一の切り札。それさえ防ぎきってしまえば恐れることなど何もない。

 単調な攻撃から一転、羅堂が大きく振りかぶって真一文字に振り薙ぐ。


「ち――!」


 本気の一撃は隼人では防げない。まともに打ち合えば『白虎』が砕けてしまう。仕方なく距離を取って、また懐に入る機会を伺う。


「――ほう、ここまで辿り着いたか。誰を相手にしたか知らんが五体満足で来るとはたいしたもんだ」

「綾華……如月さん」


 姿を現した二人は羅堂から目を離さないまま、隼人との距離を詰める。戦況は言うまでもなく劣勢。そして必要なのは作戦会議。三人が身を寄せるのは当然の流れと言えた。このままでは追い詰められ殺されるだけだ。

 だがしかし。


「なんだなんだ、こっちはサシの勝負をしているってぇのによ。気にくわねぇな。ならお前ら二人にちゃんと相手を用意してやるからそれで我慢しときな」


 気分を害した羅堂の前に、地面からずぶずぶと音を立ててその場に出現したのは二体の『鬼』。青と赤の巨躯の鬼はまるで羅堂の分身のよう。体格はほとんど同じだ。違う点を挙げるなら、二体の持つ武器は巨大な棍棒だということくらいか。


「これは……!」

「油断できる相手ではなさそうだな」


 鬼たちから漏れ出る瘴気の質は非常に濃い。それが示すことは即ち。


「ああ、そいつらは魔界の鬼だ。気ぃ抜いてっとあっという間に挽き肉にされちまうぞ」


 額に一本短い角を持った『赤鬼』と長い二本角の『青鬼』がゆっくりと向かってくる。彼らが足を進めるごとに振動が地面を伝ってくる。

 本来『召喚士』ではない羅堂には魔界からの鬼の召喚など出来ない。しかし『鬼』と一体化したことから魔界に住む鬼限定で召喚が可能になったのだ。それ故魔界以外に居を構える鬼の召喚、そして魔界に住む鬼以外の召喚は不可能だった。

 唇を噛む綾華。術士タイプである彼女では、鬼との接近戦など自殺行為以外の何物でもない。羅堂の言葉通り挽き肉にされてしまうだろう。

 だが別に綾華の術が鬼には効かないということはないだろう。魔界の住人とはいえ完全な霊体ではない。実体がある以上、少なくともある程度の効果は見込めるはずだ。


「如月さん――!」

「わかっている」


 綾華が後ろへ下がり、その分風花が前へ出る。桜と楓と戦ったときと同じことをすればいい。一対一と一対一ではなく、二対二の戦闘に。


「兄さん、羅堂を」

「わかった。……無理はするなよ」


 心からの気遣い。そんな表情を見たのはいつが最後だったろうか。想像はつく。多分それは十年よりもちょっとだけ前のことだろう。

 心が震える。


 ――きっとこの戦いが終わったら、あの優しい兄に戻ってくれる。

 そして彼女は万感込めて返事をした。


「――はい。ありがとう、兄さん」












 隼人と羅堂が戦闘を再開したのを確認して、風花は疾風の如く赤鬼に斬りかかった。


「!?」


 しかし裂いたのは僅かな皮膚のみ。ばっさり腹を切り裂いたはずだったが、鬼の身体には僅かな傷しかつかないでいた。そしてさらに追い討ちをかける事実を目の当たりにする。


「さらに強力な自然治癒能力ですか……」


 傷の浅い部分から逆再生するように癒えていく。そして数秒後には何の痕も残ってはいなかった。

 離れたところから様子を伺っている綾華が苦々しげに呻く。

 強固な身体に自然治癒能力。最悪の組み合わせといっていいだろう。


「前っ!」


 言われて目の前に迫っていた青鬼に気づき、振るわれる棍棒を素早い動きでかろうじて避ける。

 そしてその間に風花が合流し、綾華と鬼たちを隔てるように立ちふさがる。


「策はあるか?」

「……おそらく、ですが。弱点は頭、首、心臓の三点だと思います。首を刎ねられて生きている生物はいませんから」

「試してみる価値は、あるか。しかし……どうやって足を止めるかだな」


 鬼たちに油断はない。さっきは上手く虚を突けたが次はないだろう。返り討ちにあうのが関の山だ。となると純粋に足止めを考えなければならない。それも二体同時にだ。

 力量的には風花と鬼たちそれぞれは拮抗している。つまり、風花では一体しか足止めできない。その間に綾華がしとめることが出来れば完璧だが、もう一体が邪魔をするのは当然。残った一体と綾華の一騎打ちではさすがに分が悪い。


 さて、どうするか。

 二人が同時に思った瞬間、突如としてその均衡は崩される。


「――完成せよ! 春華暴風しゅんかぼうふう!」


 突如吹き荒れる強烈な風。指向性を持った暴風は、二人の目の前にいた鬼たちを二体とも束縛する。強大な力を持つ鬼といえども、不意打ちの詠唱術を防ぐことは難しい。いまや完全に身体の自由を奪われていた。


「獲った!」


 裂帛の気合と共に駆ける風花。鬼たちを縛る暴風をものともせず、的確に接近する。

 彼女がこの風の中動けるのは、彼女自身の得意属性が『風』であるためだ。そのため巻き起こる風の動きが読め、そして風の邪魔をすることなく容易に近づくことが出来たのだ。


「――はっ!」


 渾身の一撃を振り抜く。激しくも流麗な一閃は、赤鬼の首を確実に断っていた。二回目の攻撃は一度目のようにしくじりはしない。

 風の戒めが解かれ、首のない胴体が轟音を響かせうつ伏せに倒れる。綾華の予想通り、再生していく様子はなかった。


「――綾華さんっ!」


 聞き覚えのある声に顔を上げる。目前には棍棒を振り上げた青鬼の姿。さっきと同じような光景。彼女にしては珍しい、立て続けの失態だった。

 風花はちょうど着地したところで、さすがに間に合わない。

 身体が硬直する。もはや避けることは出来ない。

 そして。


「ぐぅっっっ!!」


 骨の折れる鈍い音と棍棒の打撃音を混じらせ、吹き飛ばされる身体。

 中空を舞い、無様に大地に激突するかに見えた瞬間、彼はギリギリで着地に成功した。


「……ふうかぁっ!」

「心得ている!」


 攻撃後の硬直を逃す風花ではない。彼が自らの犠牲も厭わずに作ったチャンス。これを物に出来なかったなら顔向けが出来ない。

 背後から首筋目掛けて振り下ろされた細剣は、切り裂いた直後に折れながらもその責務を全うした。


「大丈夫ですか、良治さん」


 自分の失態が招いた事態のせいか、彼女の表情は暗い。罪悪感と申し訳なさが渦巻いているのだろう。首の断たれた鬼たちの亡骸が塵に消えていくが、罪悪感はそう簡単に消えてはくれない。


「……別に、大丈夫ですよ。それより二人とも大丈夫ですか。遅れてすいません」


 苦笑しながら言う。真実良治は気にしていなかった。戦闘に出れば傷を負うのは当然だし、仲間を庇って要らぬ怪我をするのにも慣れていた。

 だが傷自体は大きなものだった。村雨自体は折れも曲がりもしていない。しかし村雨に全力を込め防御したのだが、刀を支えた左腕は衝撃であちこち骨折しているし肋骨もいくつか折れている。

 さらに魁との戦闘で負った左腕は、骨が見えるほど皮膚と肉を削り取られていた。誰が見ても左腕は機能しない状態だった。

 いや、それどころか――


「……柊、助かった。礼を言う。だからもう――休んでいてくれ」


 風花が目を伏せ静かに告げる。

 着地に成功したが、未だ立ち上がれない良治。その全体の姿を見て綾華は息を飲んだ。

 無事な箇所なんて何処にもない。左腕は言うに及ばず、額からは流血し、右手の薬指は明らかに折れていた。立ち上がれないところを見ると、足も酷い怪我、もしくは骨折しているのだろうことは簡単に想像がつく。

 彼は虚勢を張るタイプではない。しかし出来ることを出来ないというタイプではない。ならばやはり、立ち上がらないのではなく立ち上がれないのだろう。


「……まぁ、しょうがない。さっきの詠唱術で全力出し切っちまったからな。足手纏いはここらで観戦することにするよ」


 ため息と一緒に苦笑いを浮かべる。傷の痛みで狂いそうだが、そんなことはおくびにも出さない。

 自分でも戦闘続行は不可能だと感じていた。しかし、それをはっきりと声に出されるとまた違う苦味がある。それを誤魔化すように、さらに口を開いた。


「向こうはサシか……。割って入ったりはしなくても?」

「ええ。これは二人が望んでいることですから。少なくても大勢が決するまで邪魔はしません」

「……なるほど」

「私たちに出来るのは祈ることくらいです。……ああ、そういえばさっきの術は詠唱術じゃなかったですか?」

「アレは奥の手ですよ。俺はあの術しか詠唱術は使えませんから」

「剣士タイプで詠唱術が使える人なんてほとんどいないというのに……ホント底が知れませんね、良治さんは」

「切り札は取っておくものですから。でもその切り札を使うときは――」

「――さらにその奥に切り札を用意しろ、だな」


 彼の言葉を風花が続ける。きょとんした綾華の表情がなんともいえず微笑ましかった。

 そして彼はニヤリとして言った。


「その通りだ」











「はぁ、はぁ、はぁ……!」


 男は一人草深い山中を脱兎の如く走っていた。

 辺りは暗闇、明かりなど何一つありはしない。空に散りばめられていた星たちと月は、いつしか厚い雲に覆われていた。だが例え煌々と輝く星と月があったとしても、この森の闇を照らすには至らないだろう。

 常人よりは視力がいいとはいえ、昏い森の中を全力疾走するのには物足りない。


「ぐっ!」


 出っ張った木の根に足を取られ体勢を崩す。数歩よろめいたが、またすぐに走り出していく。

 彼は目的地があって逃げているわけではない。ただ追いかけられているから、それから逃げるためにひたすら走っているのだ。

 気配はないが、間違いなく追ってきている。自分を見失うことなどないし、見逃すことも決してないだろう。

 追っ手はただ一人。たった一人。しかも年端もいかぬ少女だ。しかし男は恐怖している。それは何故か。


「――もう、鬼ごっこは終わりにしませんか?」

「ひ――!?」


 謎多き黒影流の継承者たる浦崎雄也。彼の唯一の、直属の弟子。

 即ち、《闇の少女》柊彩菜。

 突如として進路を塞ぐ形で現れた少女。それから逃げるように、右の茂みに飛び込んでいく。

 もう何処を走っているのか見当もつかない。最初の場所から遠ざかっているのか戻っているのか。山を登っているのか下りているのか。


「――!」


 背後に微かな、本当に微かな殺気と風を切る音。

 それがナイフを投げた音だと気づいた瞬間、彼の足は大地を踏み外していた。


「あ……あぁぁっ!!」


 滑ったおかげでナイフが当たることはなかったが、踏み外した場所が悪かった。真鍋の身体は崖から宙を舞い、急流の川へと投げ出され沈んでいったのだ。


「…………」


 夜目を凝らして暫くの間観察していたが、浮き上がるものは何一つとしてなかった。十中八九生きてはないだろうが、死体を確認できないのでは失敗だと言わざるを得ないだろう。

 ため息を一つ吐き、彼女は一人の戦闘を終えた。

 思い浮かぶのは師と義兄のこと。

 きっとまた会えることを祈って彼女はその場から姿を消した。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。