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夜天に星は煌めいて  作者: 榎元亮哉
~決戦~
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~決戦~ 四話

 ドーム状に囲われた岩の闘技場。戻る道はなく、進む道には番人のように阻む男。

 転移し、誰とも離れ離れになった和弥は周囲の様子を伺う前にその男の気配に気付いた。つい先日も殺し合った相手。顔を上げるまでもなく、ただその存在感で理解した。

 片膝をついた体勢からゆっくりと身体を起こし、顔を上げる。こうして対峙するのはもう四度目を数える。

 何だか懐かしいと感じて、和弥は心の中で苦笑いした。好敵手ライバルと戦場で出会って、そんな感傷を抱く自分にだ。今までの戦績は全敗。それでもそんなことを思うくらいに心は水面のように落ち着き、そして澄んでいた。


「覚悟は決まったか」

「覚悟? そんなものは随分前にしてきたよ。『退魔士』として生きると決めたその瞬間ときに」


 あの公園での化け物との邂逅、そして決意。迷いが生じる度にあの夜に誓った想いを思い返してきた。

 その迷いを乗り越えてきたからこそ今、この場所に立っている。


「そうか。ならば最早言葉は不要か」


 夜叉が鞘から刀を抜き放ち、両手に構える。いつもは隠している闘気を解き放ち、全ての力を対峙する和弥に向ける。そこに恨みや辛みなどの負の感情はまったく含まれていなかった。


「ああ。さぁ、決着をつけよう」


 言葉と同時に木刀を両手に持つ。構えは勿論八相の構えだ。

 二人とも構えたまま、動かない。お互いに相手の出方を伺っているのだ。数瞬駆け引きがあったが、それが無駄なことだと断じて先手を打つことを決めた。

 それは決めたのは、言うまでもなく和弥だ。


「――はぁっ!」

「やぁっ!」


 力を込めて強化されたお互いの刀が交差する。ぶつかり合った場所から力の余波が生じ、二人に無数の微かな切り傷を刻む。しかしそれは戦闘の集中力を阻害するほどのものではない。むしろ集中力を増幅させるための糧だ。

 一合、二合、三合。そして足を止めたまま四合目を打ち合った後、同時に間合いを取り、止めていた息を吐く。打ち合っていたときには停止していた思考を再開させ、注意深く夜叉を凝視した。

 余波による傷しか負っていなく、それはダメージとは言えないだろう。つまるところ現状は互角。やはり全力を尽くさねばならぬ相手。


 精神を集中させ木刀に力を込める。そしてその直後、木刀が赤い炎に包まれた。和弥の奥の手、『退魔剣』。

 前回はこれで夜叉をギリギリのところまで追い詰めることが出来た。全く同じ手法というのは芸がないが、正直これくらいしか夜叉に通用しそうな技がないのは事実。新たな技などすぐにに身に付くものではない。


「やはりそれで来るか」


 和弥のこの行動は、夜叉にとって予想通りだった。勝負に出るときには必ず退魔剣を出す。これくらいしか決定打になるような手段を持っていないのだ。つまりこの唯一無二の必殺技を掻い潜れば勝機が見える。

 対処法は簡単。退魔剣は基本的に接近戦のみだ。距離を取って『閃魔』で間合いを詰めさせなければいい。それを続ければじきに力は尽きるだろう。

 和弥は典型的なパワー重視の剣士。スピードで上回る夜叉にとって難しい注文ではない。


「――さぁ、来い」

「言われないでも行くさ」


 一際和弥の身体から吹き出る力が凝縮し、そして駆け出した――












「……予想以上に厄介だな」

「ですね……」


 綾華と風花が姉妹を相手にし始めて十数分。

 二人は自分たちの予想の甘さに舌打ちをしていた。


「双子ではないとはいえ、あの阿吽の呼吸を崩すのは難儀だな」

「ええ。桜を追い詰めるのとほぼ同時に楓のサポートが入る……というか、楓の視界が非常に広いです。追い詰める手前に行動を開始しているので止めを刺す前に横入りされてしまっています」


 かといって、先に楓に標的を変えたところで今度は桜が邪魔をするのは目に見えている。このまま何とかするしかないのか。


「! 来るぞ!」


 作戦の方向性さえ決まらぬまま、楓の手から放たれた球状の炎が二人を襲う。狙いが甘かったのか、直撃には至らず足元の地面を焦がすに留まる。が――


「はぁぁぁっ!」

「ちっ!」


 炎を飛んで避けた風花に、疾風の如く追い討ちをかけたのは桜。バランスを崩していた風花が後手に回ってしまう。

 純粋な力量としては風花が上回っていたが、お互いのコンビネーションという部分で大きく水を開けられていた。一朝一夕で決して埋められない溝。こればかりは産まれてからずっと共に生きてきた桜と楓に遠く及ばない。今日会ったばかりの急造コンビにそれを望むのは無茶もいいところだ。


「猛火と砂漠に宿りし炎を司りし精霊よ――」

「!?」


 考えあぐねている綾華を尻目に凛とした言葉が響く。それは一気に決着をつけようと決断した楓の唇から静かに紡がれていた。

 詠唱を必要とする術のほとんどは上位ランクの術。完成して放たれれば綾華にせよ風花にせよ、防ぐのは至難の業。詠唱術の威力の高さは、京都での訓練で浦崎の術を見て戦慄を覚えたほど。


「全ての生命を司りし水の神よ――」


 決断した綾華の動作は速かった。瞬時に自分も術の詠唱に入る。この決戦で足手纏いにならないよう習得した、二つの詠唱術のうちの一つ。出し惜しみして勝てる相手ではない。


「我が呼び声に応え立ちふさがりし者に地獄の業火を――」

「信奉者たる我にその加護を与えたまえ!」


 詠唱を始めたのを見て、楓がこちらに向いた。どうやら術の対象を綾華一人に絞ったようだ。術の打ち合いが予想される中、いち早く唱え終わったのは――綾華。彼女の唱えていた術は、詠唱術の中ではランクは低い。しかしその分短いのだ。だからこそ先手を取られた上でも後手に回らなかった。だがいくら早いとは言っても限度はある。それを可能にしたのは、他ならぬ綾華の決断の早さ故だった。


「全てを灼き尽くす燎原の火に包まれろ!」

円水陣えんすいじん!」


 岩の空間に響く声。それと同時に綾華を中心として薄いドーム上の膜が張られた。そして――


「完成せよ! 滅火燎原めっかりょうげん!」


 ワンテンポ遅れて楓の術が完成する。彼女は初めて見る術だが、それはかつて小田原で良治とまどかに向けられた術だった。

 焦げ茶色の周囲が鮮やかなオレンジ一色に染まる。そしてその源たる炎の奔流が一直線に綾華目掛けて放たれた。それはまるで炎の竜のような獰猛さ、勢いで襲い掛かる。


「綾華っ!」

「余所見をする余裕などっ!」

「ぐぅっ!」


 一度劣勢に立たされればそれを立て直すのは難しい。一瞬の隙を見つけ、駆け寄ろうとするがそれさえも阻まれる。

 しかし風花の心配は杞憂に終わる。

 炎の洪水が消えた後、そこに立っていたのは火傷一つない綾華の姿。周囲の薄い膜も残っており、炎の高温すら彼女には届いていなかった。


「な……!? 防御系列の詠唱術か!」

「その通りです」


 以前日光で良治が使用したものとは属性もレベルも違うが、それは紛れもなく防御系列の術。詠唱術を習得する折、攻撃系だけに絞らず防御系も抑えておくことにしたのだ。何故そんなことをしたのかと言うと、それは良治に影響を受けてのこと。術士は様々な系統の術を使えてこそ『術士』。まさに面目躍如といったところだ。

 今回使用したのは水属性・防御系列の『円水陣』。どの属性の術にも対応できるが、特に火属性の術に対しては絶大な防御力を誇り、そして何より詠唱時間の短さが一番の魅力だ。


 動揺する楓。それも仕方ないことだろう。奇襲に出て先手を取ったはずなのに、それをこうもあっさり防がれてしまっては。しかも使い手の少ない防御系列の術を使われてなど、夢にも思わなかっただろう。

 離れて風花を相手にしていた桜も同様。まさか楓の術がこんな形で防がれるとは思っておらず、一瞬だが大きな隙を作ってしまっていた。それを見逃す風花ではない。


「はぁっ!」

「――ぐぅ!」


 反射的に避けたものの、左腕の上腕部から手首近くまで達する大きな裂傷。致命傷とまでは言わないが、戦闘は続けられるかは微妙な線だ。しかし例え続行できたとしても著しく戦闘能力がダウンしたのは否めない。


「終わりだ」

「なんて、こと」


 冷徹な視線と猛火のような視線がぶつかる。もはや二人の決着はついていた。

 しかしそれでも桜は諦めない。


「はっ!」

「ちっ!」


 右の小太刀を素早い動作で投げ放ち、一気に距離を取って楓の元へ合流したのだ。怒りの炎を瞳に宿し、綾華のところへ来た風花共々睨み付ける。


「もう、終わりです。これ以上の抵抗は無意味です。道を開けてください」


 片腕に深い傷を負った姉と、自分の術が通じないことを理解してしまった妹。この状況になった以上、戦況を覆すのは不可能に近い。


「我ら姉妹は決して――」


 なおも抵抗の意思を見せる桜の言葉を途切れさせたのは、完全に想定外の闖入者だった。


「な!?」

「シグマ様!?」


 そこに現れたのは、空間を渡ってきた魔族・シグマ。しかし。


「ぐ……」


 身体は傷だらけで、纏った黒い布はいつもよりさらにボロボロになっていた。明らかに様子がおかしい。少なくとも二人を助けに来たようには見えなかった。

 そしてその推測を裏付けるようにシグマは叫んだ。


「桜、楓! これから来る『ヤツ』を――!」

「――もう来ている」

「浦崎さん!」


 綾華たちと桜たちの間で対峙する浦崎とシグマ。

 ここで綾華はようやく様子が見えてきた。シグマは浦崎によって追い詰められ、この場所に逃れてきたのだと。しかし三対三になっても同じことだろう。優勢なのはともにこちら側なのだから。


「なんたる無様……! あの時ユーヤの姿にまで化けて行った芝居はなんの役にも立たなかったということか! 全く使えんガラクタどもが!!」


 怒りに我を忘れて暴言を吐く姿に、いつもの悠然な態度はどこにもなかった。しかし気になることを今シグマは言った。『芝居』とは何のことなのか、綾華にも風花にもわからない。その言葉に反応したのは意外にも桜だった。


「芝居……?」

「ああ、そうじゃ芝居じゃよ! 態々ユーヤの姿を使って『木崎きざき幹也みきや』を殺したことよ! 十年にも及ぶ仕込みでこんな駄作になろうとは、全く時間の無駄もいいところじゃ!」


 もうどうでもいい、それが一番適切に今のシグマの心情を表せる言葉だろう。完全に自暴自棄になっていた。怒りと不甲斐なさによる激情がシグマの内部で荒れ狂う。しかし、それをも上回る激情の咆哮が空間全てを包み込んだ。


「お前が……、お前が父を殺したのかぁぁぁぁぁぁっっ!!」

「あの時見た姿は、浦崎の姿をしていたお前だったのか!!」

「ああ、そうじゃ。わざとお前たちから見える場所で殺したんじゃ。まぁ今更どうでもいいことじゃ」


 それこそが姉妹の言っていた『目的』なのだろう。自分の父親を殺した相手への復讐。二人はそれを浦崎だと思わされていた。しかし真実は――


「死ねぇぇぇぇっ!!」


 逆上した桜が何の考えもなしに、ただ怒りに身を任せてシグマに襲い掛かる。だがシグマはそれを簡単に右腕で跳ね飛ばした。お互い手傷は負っているが、桜のほうが深手。さすがにシグマには届かない。


「猛火と砂漠に宿りし炎を司りし精霊よ――」

「――遅い!」

「ぐはっ!」


 詠唱に入った瞬間に空間転移をしたシグマの手が伸び、楓の身体がおもちゃのように岩壁まで吹き飛ばされる。激突した際、いやな音がしたのが聞こえた。


「ちっ!」

「――逃がさん」


 楓を吹き飛ばした瞬間、空間転移した浦崎がシグマの背後に現れ右手に持った大振りのダガーを横に薙ぐ。しかしこれは読まれていたようで、すんでのところで避けられてしまう。


「ふん、こんな場所にもう用はないわ」


 そう言うと同時にまたも姿が掻き消える。気配も消え、この場所からいなくなったのがわかった。


「……綾華」

「はい」

「……後を追う。任せた」


 返答を待たずに消える浦崎。どうしてもここで決着をつけておきたいのだろう。綾華は静かに頷いて見送った。

 それぞれが持つ、それぞれの目的。浦崎は自身のそれを果たしに行ったのだろう。ならば自分もそれを果たさなければならない。


「……おい、大丈夫か」

「う……」


 壁際の楓を風花が抱き起こす。先ほどの激突はかなりのもので、正直まだ生きていて安心した。それでも重傷には変わらないようで、あちこち出血している。


「右肩と左手首、それに肋骨も何本かいってるな。急いで手当てしたほうがいい。……そっちはどうだ」

「私は……大丈夫だ」


 ふらりと立ち上がる桜。色々な箇所に打ち身や打撲、出血はあるようだが、左腕の裂傷以外は大事に至っていないようだった。

 綾華に手を貸してもらい、意識のない楓の元へ歩いていく。その表情は様々な感情が複雑に混ざり合っていた。悔恨、怒り、悲しみ、色々な感情が渦巻いていた。


「……貴女たちは行きなさい。この子は私が連れて行くわ」

「……その身体で大丈夫ですか?」


 心配する綾華の言葉に静かに頷く。とても大丈夫には見えない。


「心配は、無用です……」


 そう言うと強引に、無事な右の肩を使って楓の脇の下に手を入れ、ゆっくりと通路のほうへ歩き出す。


「この先は分かれ道になっていますが、羅堂のところへ行くつもりなら真っ直ぐ行きなさい。私たちは……別の道へ行きます」


 振り返らず、背を見せたまま独り言のように呟く。

 二人はかける言葉も見つからず、ただ呆然と見送ることしか出来なかった。


「これから……どうするんでしょうね」

「……さぁな。シグマが生きているならそれを追うだろうが……。どちらにせよ当分はショックから抜け出せないだろう」


 父親を殺され、騙され、いいように使われて。この十年の間、そうとも知らずに偽者の仇に復讐心を燃やしてきた。その全てを覆されたときのあの姉妹の想いはどのようなものだったのだろうか。

 思い描くだけで、胸が裂かれるように痛いし、殺したいとも思う。この痛みは一体姉妹の感じた痛みの何%なのだろうか。一欠片にもなるのだろうか。


 この想い、忘れない。

 そう誓って綾華と風花は通路へ進んでいった――



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