~決戦~ 三話
彼は一人、暗闇の洞穴を走る。
洞穴は完全なる闇ではなく、壁そのものが仄かに発光しているようで先を進むのに全く困難はなかった。
岩肌は剥き出しでいかにも歩きにくそうだが、隼人は躊躇いなく地肌を滑るように駆けていく。
しかし。
「行き止まり……?」
ここまで一直線の道。分かれ道はなかったはずだ。スピードの出しすぎで見落とした可能性もあるにはあるが、この集中力を増した今の状態ではほとんどないだろう。
訝しげな表情で行き止まりの壁を触る。何の変哲もない、ただの岩壁だ。
「――!?」
突如背後に現れた怪しげな気配に振り返る。
そこには、人ひとりくらいの大きさの黒い闇。――空間転移のゲートだ。
「なるほど、招待してくれるわけか」
この先に居るのはおそらく羅堂本人。どこから見て観察しているかわからないが、隼人が相手なら並の相手では歯が立たない。羅堂の性格なら、自らが相手になろうと考えるだろう。
彼は闇に一歩踏み出す。この十年の全てをぶつけるために。
そして、隼人は暗闇に消えた――
「いない……?」
「行き止まり、だよな」
隼人に遅れること数分、追いかけてきた四人が洞穴の行き止まりまで辿り着いていた。しかし先ほど隼人を誘ったゲートは既に消えていて、この場には何の痕跡も残っていなかった。
「どうする……?」
「多分ここから空間転移かなんかを使って内部に行くのだろうけど……」
彼らの中に空間転移を使えるものはいない。それは黒影流の最秘奥であり、魔族などしか使えない非常に高位の術だ。陰神の構成員は専用の道具を使って出入りしているのだろう。ある意味非常に高性能なセキュリティーだ。
「さて、どう――」
「ゲート!?」
どうするか、と悩みだした良治の声を遮ったのは突如現れたゲートに驚いた和弥。
突然現れた黒い闇のゲート。これ以上ないほど怪しく、限りなく高い可能性で罠だと判断できるが、誰一人としてゲートを通るのは止めようとは思わず、また言わない。これしか先に行く術がないのは明白なのだ。罠だとわかっていながら進むより他はない。
「行くか、リョージ」
「ああ、行くぞ、和弥」
ニヤリと笑いあう。ここからが本番だと言わんばかりに。
「さぁ早く行きましょう。目的も手段もはっきりしています。のんびりしている暇はないですよ?」
「――それでは、行くか」
「そうだな。覚悟して行こう」
和弥の言葉を最後に、四人は全員の目を見て覚悟を決める。
頷くと、四人同時にゲートに飛び込み、彼らが消えた直後に闇は消えた。
ちょうど学園の体育館くらいの広さだと良治は思った。
周囲を見渡すが、和弥も綾華も風花の姿もない。入り口は一つでも、出口は一つではないということなのだろう。完全に分断されたが彼に恐れはなく、ただ冷静に状況の把握に努める。
壁は先ほどまでと同じ材質の岩壁。荒島岳の内部を色々と弄くって造ったのだろう。ちょうど向かい側の壁には通路と思われる道が何処かに繋がっているようだった。
だがすぐに行くのは無理だ。理由は簡単。
「よぉ、《黒衣の騎士》。待ち侘びたぞ」
「それは悪かったな、《粉砕士》魁」
この空間のほぼ中央に仁王立ちする巨漢の男。この男を倒さない限り先へは進めない。
これで三度目。一度目は引き分け、二度目は痛み分け。
三度目の正直。お互いこの場面で向かい合った以上、引き分けで済ますつもりは毛頭なかった。
肉食獣を連想させる眼光、鋼のような体躯。そして右手に握る六角の金棒。
これが、最後の一戦。
瞬時に半魔族モードに変化する。それこそが覚悟の証のように。
右手に村雨を喚び、抜刀術の構えを取る。魁はそれに合わせるかのように、半身、両手で金棒を構えた。
もはや交わす言葉に意味はなく、ただその戦いに意味がある。
「「いざ、勝負ッ!!」」
「……どうやら分断されたようですね」
「ああ、そのようだな。そして私たちの相手はあの二人というわけか」
二人は知る由もないが、良治がでた場所とほとんど同じような空間。正面奥に通路、そしてその手前に立ちはだかる影があるのも同じ。ただ違う点を挙げるとするならば、その影は二つあるということ。
「《黒衣の騎士》と《蒼雷の射手》ではないのは残念だが……」
「これより先に進ませはしない。ここで果ててもらおう」
風花は初対面だが、綾華には見覚えのある姉妹。言うまでもなく桜と楓。その手にはそれぞれ、小太刀二刀と鉄扇を携えている。
この場に居ない和弥と良治も、おそらく同じような状況になっているだろうことは容易に想像がつく。ここにこの姉妹がいるということは、残る相手は三人。良治に因縁のある相手は二人いるが、和弥にはただ一人。十中八九相手はあの男だろう。
「私はあの小太刀のほうを担当しよう。鉄扇使いは任せてもいいか?」
「ええ、そのほうが良さそうですね」
和弥のことも気になるが、それよりもまずは自分のこと。それができなくては笑われてしまうだろう。それに――
(あの約束も守れなくなってしまいますからね)
目を閉じ小さく微笑って精神を研ぎ澄ませる。
そして再び目蓋を開いた彼女の瞳には、確かな力強さが宿っていた。
(……これは)
背筋が震える感覚。覚悟を決めて、前へ進むことのみに集中した者が発する闘気、気迫。久しく感じる機会のなかったオーラに、風花は身体の奥から湧き上がる力を確かに感じていた。
「――この戦い、私の全てを賭けて白神会に勝利を捧げよう。彼らはそれに値する者たちだ」
気迫は味方に伝わり勇気となり、敵には恐怖となって伝染する。
しかしさすがに一流の退魔士となれば、簡単にはいかない。
「敬意は表するが、我らには我らの目的がある」
「手は抜かない。それを持って最高の敬意となそう」
怯みかけたのは一瞬で、今はもう立ち直っている。言葉と共に二人とも武器を構えた。
岩に囲まれた空間に充満した闘気。張り詰めた緊張。
「「参る!!」」
姉妹の宣言と共に、四人の女の戦いが始まった。
この山の森林の面積を考えれば、本当に微々たる範囲の広場。
今この場所で、数十対三というサバイバル戦が繰り広げられていた。
「はっ!」
「ぐぅっ!」
既に射た矢は五十を超えていた。この激闘の最中、何故数がわかるかというと、一度転魔石で矢を喚び出したからだ。一つの矢筒に五十の矢をセットしてある。まどかはその矢筒を四セット、今回の決戦のために用意していた。
一つ目のセットを使い切り、二つ目のセットに手をかけ、残る矢はおよそ百三十前後。これまでの戦いの中で最も速いペースで消費していた。
それもそのはず、ここまで多勢に無勢な状況は初めて経験するものだった。常に動き回らねば瞬く間に狙われ、囲まれてしまうだろう。そうなったら最後、待つのは一つしかない。
数m先では葵がその実力を遺憾なく発揮し、恐るべきハイペースで敵を切り伏せている。しかしそのほとんどが陰神の退魔士によって召喚された魔獣で、大勢に大きな影響を与えるものではない。召喚した当の術士たちは森の暗闇に身を潜め、遠距離から厭らしく術を放ってきていた。
葵とまどかは互いで互いにサポートしあい、剣士タイプの敵が出てきたらそれを優先して撃破していた。その間空孝は比較的弱い魔獣を相手に上手く立ち回っていた。
休む暇もなく矢を撃ち続け、決して相手の間合いに入らないように足を動かし続ける。勿論それは葵と空孝も同様で、誰もがスタミナを消耗していた。このままの状況が続けば、そう遠くないうちに押し切られてしまうだろう。
まどかが焦りを感じた直後、不意に攻撃が止んだ。森からの攻撃も魔獣も消え、突如として静寂が支配した。
状況は好転――したとは考えられなかった。三人が三人とも、これまでの戦闘経験からこれが嵐の前の静けさだということに気付いていた。
そして。
「くっくっく……生贄はたった三人か。もっと多いかと思ったがのう」
「シグマ……!」
森から現れた闇は具現化し、一人の魔族の形を成す。
黒いボロボロの衣、その奥に怪しく光る赤い双眸。丹沢でのダメージも完全に回復しているようで、あの時に痛い目にあった葵がいるというのにその仕草には余裕が見える。
「休息は十分、準備は万端って感じね……」
「対処はどうしますか?」
苦い表情を浮かべる三人。シグマに一対一で互角に戦えるのは葵だけだろう。まどかにはまだ荷が重いし、戦闘を得手としない空孝は論外だ。
「私が行くしかないわね」
ここで葵に抜けられるのは相当な痛手だ。正直残った二人で持ちこたえる自信はない。術士とその使い魔の魔獣どもは、合わせれば確実に百を超える。もしかしたら二百を数えるかもしれない。
ごくりとつばを飲み込み、シグマ以外の全てを相手にする覚悟を決める。不思議と焦りは感じなかった。
「くくく、丹沢での借りを返そうかの……」
「ふふ、返せないほどたっぷり貸してあげるわ」
両手を掲げるシグマ、刀を構える葵。お互いが一歩を踏み出そうとしたその瞬間――
「――そこの魔族は俺が相手をしよう」
夜の闇より深い闇。聞こえる声音は長身の青年のもの。
黒一色の衣服、墨のような黒い髪と瞳。
「な……!? 『影裂き』のユーヤ……《無明の闇》かっ!?」
「浦崎さん……!」
足音も気配もさせず、今にも消えそうな雰囲気。目を閉じれば絶対といっていいほど気付けない。まるで目にしか見えない蜃気楼。
無表情の登場は、驚愕をもって迎えられた。
「ヤツは俺が相手をする。葵たちは他の者たちを」
「わかりました。……よろしくお願いします」
同じ四流派の継承者同士で見た目の年齢は大差ないが、そのキャリアには雲泥の差がある。シグマとも何やら因縁がありそうなこともあり、葵は浦崎の指示に素直に従うことにした。
浦崎は葵とシグマの間に立ち、切れ長の双眸が血の色の瞳の魔族を捉える。
「くくく……よもやこのような場所で会うとは思いもよらなんだ。十年前は参戦せなかったようじゃからな」
「最後に戦ったのは十二年前だ。『死神』のシグマ、ここで全ての因縁を絶つ」
無表情の中に、確かに存在する強烈な意志。ここまで感情を露わにする浦崎雄也を葵は初めて見た。
普段はほとんど姿を見せることなく、久しぶりに見かけたかと思えば無表情、無感情、無口と、全く考えていることがわからないことばかりだった。
その男が今感情を表に出している。それほどまでに目の前の魔族に因縁があるのだろう。きっとこの場にいる誰にも想像つかないような因縁が。
そして――
「――えっ!?」
何の合図もなく、浦崎とシグマの姿が掻き消えた。予備動作もなにも。ただ瞬時に、突如として。
不意の出来事に驚いたが、よく考えてみれば簡単に想像がつく。
つまり二人は空間を渡ったのだ。シグマの得意技ともいえるものであり、浦崎のとっても空間転移を奥義とする黒影流の継承者。同じレベルで空間転移が出来ても不思議ではない。
「なるほど……それじゃまたさっきの続きって感じかしらね」
「ですね。でもさっきとは……」
「作戦が違うようじゃの」
森に潜んでいた術士、その数およそ四十。その周りを警護するように囲む数多の魔獣。指揮官がいなくなったので、一気に蹴りをつけることにしたのだろう。
「……頑張りますか」
不敵な笑みを浮かべて敵を見渡す。まどかにとってこの状況は既に好転していたのだ。シグマを相手するはずだった葵がいるだけで、戦力的には互角になっただろう。怖かったスタミナ切れもシグマと浦崎の介入で休息が取れた。
「そうね。それにしても色んな種類の魔獣がいるわね……犬、猫、猿、狼、猪・・・…なんかもう動物園?」
「それなら厳しく躾けないといかんのう?」
「全く持ってそうですね」
軽く笑う。三人ともわかっているのだ。ピンチのあとに何があるのか。相手はシグマがいなくなって指揮系統を失い、気持ちも圧されている。
崩すならこの勢いのままに。
それがわかっているからこそ、三人は笑う。
「さぁ、第二ラウンド行くわよっ!」
「はいっ!!」




