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夜天に星は煌めいて  作者: 榎元亮哉
~決戦~
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~決戦~ 二話

 東京から貸し切りのバスを使っておよそ五時間、和弥たちは岐阜支部に到着しようとしている。現在時刻は零時を過ぎ、既に決戦の日と提示された三月三日を迎えていた。


 バスの中では相変わらず普段の調子で話が交わされていた。乗客は東京支部所属の和弥、綾華、良治、まどか、葵の五人。まるでちょっとした旅行にでも行くかのような楽しい雰囲気だったが、気が緩んでいるのではない。戦意は十分に高揚しているが為の状態。誰もそれを注意しようとしないし、全員がそれを理解していたのだ。こんなふうに話が出来るのもあと数分。次の機会はこの戦いを終えた後になる。


「さ、着いたわ。降りて」


 広い駐車場に到着し、運転をしていた葵が降りるように促す。

 バスから降りると、大きな建物が見えた。岐阜支部だ。葵が降りるのを確認すると、先頭に立って歩き出す。大きく回りこんで玄関の前に移動。この間、誰も一言も発しない。

 一つ、深呼吸をして扉を開くと、そこにはがらんとした殺風景な玄関。京都本部や東京支部などとは違って、まるで美術館のような雰囲気だった。玄関というよりもロビーといったほうがしっくり来るフロアの奥の通路へ、葵は迷いなく進んでいく。四人は追いかけるように内部へと進んでいく。

 移動中とはうって変わった緊張感。静まり返った岐阜支部は、襲撃されたときの長野支部を思わせた。

 先頭を歩く葵が足を止め、一番奥の部屋の扉を開ける。


「入って」


 言われるまま部屋に入ると、使い古された長机とパイプ椅子が雑然と置かれた中、部屋の奥で悠然と座る一人の男と、その男の隣で瞑想しているのか両目を閉じた壮年の男。そして扉を開いた先の壁に背を預けた美しい女性が一人。

 三人のうち二人の男は隼人と宮森空孝だ。しかしもう一人の長い髪の女性に和弥は見覚えがなかった。この間行われた京都での作戦会議にも参加していない。その物腰から只者ではないのは明白だが、その正体に見当がつかない。もしかしたらこの岐阜支部の人か、黒影流の門下生なのかもしれない。

 女性の刺すような視線にたじろぎながら、どうしたものかと悩む。しかしそれは最後に入ってきた、彼の声によって打ち消された。


「――どうも。で、何でこんな場所に貴女が?」

「こんな場所に、とは御挨拶だな。戦場を共にした仲だろう。それに言葉遣いも気にしなくていいと言ったはずだが?」

「ああ、それもそうだったな。……それじゃあまずは紹介を。こちらは九州神党所属の如月風花。夏に九州に行ったときに世話になってな。かなりの使い手だよ」

「如月風花だ。よろしく頼む」


 女性としては背はやや高く、ちょうど良治と並ぶくらいで、藍色の長髪は腰まである。髪は首筋で縛ってあり、シンプルながらも美しさがあった。


「それで最初の質問に対する回答だが。雪彦の言葉を借りると『夏は世話になったからね。今度はこちらが恩返しをする番だ』だそうだ」

「なるほどね……」


 視界の片隅に隼人を入れつつ納得した表情をする良治。

 こちらの遣り取りをいつもと変わらぬ微笑を浮かべ、楽しそうに眺めている隼人。驚いたかな? とその目から伝わってくる。


「……そうなると、もしかして如月さんも参戦するってことか?」

「ああ、そういうことになるな。……ところで良かったら、皆の名前を教えてくれないか。これから共に戦うことになる。それくらいはしておきたい」


 戦場で背を任すことになるかもしれない相手を信頼できなかったら、それは目の前にいる敵に集中力を欠くことになりかねない。些細なことかもしれないが、和弥はそれはとても重要なことのように思えた。


「俺は都筑和弥だ。よろしく」

「白兼綾華です。よろしくお願いします」

「柚木、まどかです。どうぞよろしくお願いします」

「私は碧翼流継承者・南雲葵。よろしく、如月さん」


 四者四様の挨拶をすると、風花はそれぞれの瞳をじっくりと観察して微笑んだ。まるで、これでもう不安なことは何一つないかのように。

 初対面だというのに、厚い信頼を感じる。しかしそれは当然だとすぐに思った。彼女はきっと、以前に良治から自分たちのことを聞いていたのだろう。そして実際に目で見て、信頼に足る人物たちだと確信した。そう考えれば過度の信頼に頷ける。その中の半分くらいは良治への信頼だが、これから先その比率を変えていけばいい。


「いい顔つきをしているな。――柊が期待しているのも頷けるというものだ」

「え?」

「ふふ」


 急にかけられた言葉に戸惑うが、彼女は良治を見て微笑むだけだった。微笑みかかられた当の本人も、にやりと笑みを浮かべていた。


「さて、自己紹介はそのへんでいいかな」


 疑問符を浮かべ、混乱したままの状態を落ち着かせるような、するりと全員の耳に届く声。隼人の声だ。


「それではそろそろ行こうか。支部の地下室に魔方陣がある。そこから跳ぶことが出来る」


 立ち上がるとそのまま部屋の外に出る。他の者たちもそれに追随した。

 誰ももう発声しない。隼人の表情は先程までとは完全に変わり、冷たささえ感じるほど。その雰囲気に皆の表情も一気に引き締まった。部屋に来る前よりも。

 地下への階段を一歩ずつ、ゆっくりと下っていく。コンクリート製の壁から冷気が伝わってきたせいか、少し震えてきたのがわかった。決して怯えや恐怖からではないと自分に言い聞かせているうちに地下室の扉の前に到着した。


「さぁ、中へ」


 隼人が扉を開けると、さほど大きくない部屋の床一面に黒色で描かれた魔方陣が広がっていた。大きな円を外枠にし、その中に複雑な、うねるような文字が書かれていた。その文字は何語か全く見当もつかず、少なくとも一般的に使われているものではないだろう。隣にいる綾華とまどかに小声で聞いてみたが、二人とも首を傾げるだけだった。


「じゃあみんな、その円の中……中心に立って」


 疑問を口に出す雰囲気ではないので言われたままに中心部に集まる。隼人、空孝、葵、和弥、綾華、良治、まどか、そして風花。全員が円に入ったことを確認し、和弥がふと扉のほうに振り向くとそこには一つの影。


「よし、頼む」

「……わかった」


 姿も見え声もするのに気配は感じられない。ほんの数mしか離れていないのにだ。歩いているのに関わらず、その足音も微かにでも聞こえることはなかった。

 影のような男、浦崎雄也が低い声で詠唱を始める。聞き取れないが、その言語は日本語ではなさそうなことはなんとなくわかった。


「……なるほど、そういうことか」


 ポツリと聞こえた言葉。それはすぐ後ろに立っていた良治の呟きだった。振り返りかけた瞬間、浦崎の言葉が途切れ周囲の景色が歪んでいく。

 まるであの時と同じような雰囲気。そう、あの学園の魔方陣で転移したときと。

 平衡感覚がぐらりと揺れ、視界が真っ黒に塗りつぶされていく――







 気が付くと、そこは小さな部屋。木造の猟師小屋といった感じで、薪が端に積まれていた。明かりはないが、周りには転移したときと同じ配置で皆が立っているのがわかった。

 隼人が一つしかない扉を音もなく開け、外へ出るように促した。入ってくる空気が、先ほどまでの場所と違うということを教えてくれていた。

 小屋を出ると、目の前には緩やかな傾斜で上に山が見える。荒島岳だろう。見上げる先には森が広がっており、満天の星空さえもその闇を照らすことは出来ていない。直感的に、この先に結界が張ってあることが感じられた。


「ここから先の森から結界が張ってある。悟られずに進入することは不可能だろう。ここからはスピード重視で。一瞬の迷いが命取りになりかねない」


 全員が頷いたのを確認し、先頭の隼人が森へ踏み出した。こちらに背を向け、表情は見えないが大きな力が感じられる。まさに蒸気のような気迫が立ち上っているかのようで、並々ならぬ覚悟をしているのが強烈に、強制的に理解させられた。


「――さぁ、戦場へ往こう」









 早く、速く、疾く。

 地を蹴り、枝を折り、風を切り。

 ただある一点を目指しかけてゆく。


 全力で駆け、暫くすると開けた場所に出た。何もないような普通の崖下に見えるが、先頭を走っていた隼人が立ち止まり、その手に持った白木拵えの刀を振るうと崖下の壁面に大きな洞穴の入り口が姿を現した。

 和弥には全く感じられなかったが、つまりこの場所には結界があったということなのだろう。そしてそれを刀で切り裂いた、と。

 ここ最近になってようやく結界の違和感に気付くのに慣れてきてはいたが、この結界は別格だと感じた。普通の結界なら内部にいればほぼ間違いなく気づけるし、外にいてもこのくらいの距離ならば、何かおかしいなくらいの違和感を覚えないはずが無い。後ろにいた綾華とまどかは如実に驚きの表情を示していた。唯一良治は納得しているような感じで、彼の視線に頷いた。

 そういえば、いつか良治が言っていた気がする。高位の術者の結界になると、意図的に結界特有の気配を隠すことが出来ると。おそらく今のがその類の結界だったのだろう。考えてみればここは敵の本拠地。それくらいの処置はしていて当然だ。今考えれば、森の結界もなんとなくそう感じただけで、そういった類の結界だったのだろう。


「――! 隼人、アジトから出ていた奴らが戻ってくるぞ!」

「――ちぃっ!」


 空孝の言葉の通り、左の斜面から夥しいまでの気配が近づいてくる。向こうも完全に気づいたのだろう、かなりのスピードだ。予想よりも距離が開いていなかったようだ。

 苦虫を噛み潰したような表情で、奥歯をかみ締める隼人。悩んだのは一瞬だった。


「……空孝さん、ここは頼みます」

「うむ、わかった。――生きて帰って来い、そうでなければ守人に合わせる顔がない」

「ええ。それでは御武運を」


 言うと同時に一気に速度を上げ、暗い洞穴に飛びこんでいく。あまりに一瞬の出来事に他の誰も追いかけるという選択肢を選べなかった。


「お、おい、どうするんだよ!?」

「ど、どうしましょうか……」


 予想外の展開に焦る和弥。他の面々もこの場に留まって戻ってくる集団を迎撃するか、中に入るのか決めかねているようだ。

 元々明確な指示があったわけではない。そしてその指示を出す人間が居なくなってしまい、残された和弥たちは混乱してしまった。唯一指示を受けた空孝もどんな指示を出せばいいのか悩んでいるし、葵も事前に命令されていたこともなかったようで落ち着きなくおろおろしていた。急遽参加した風花に至っては誰かが何か指示を出すまで待機を決め込んでいるようだ。


「まったく……」


 溜め息と共に出た言葉に反応して振り返ると、信頼する親友がはっきりとした、まるで混乱する皆を鼓舞するかのような大きな声を上げた。


「葵さんとまどかは空孝さんと一緒にこの場を頼む。絶対に内部に侵入させないでほしい。残りの和弥、綾華さん、風花は俺と一緒に内部へ入る。……さぁ、時間がない、急ぐぞっ!」

「わ、わかった!」

「わかったわ、それで行きましょう」


 口々に賛成を表し、混乱から醒めた和弥たちが一斉に行動をしだす。彼の言ったとおり、時間は限られているのだ。


「良治……」

「まどか、ここは頼んだ。……俺らの背中、確かに護ってくれよ」

「――うん、護るわ。絶対に」


 勝った後、ちゃんと帰れるように。彼が戻ってこられるように。

 ただその理由だけのために、彼女は返事をした。


 今日の日の決戦の前に、二人は別段特別なことは何も話してはいなかった。だが、それでも伝わるものはある。

 彼が今まで生きてきた理由、白神会に所属した理由。短いだろう人生を賭けた理由。それがあともう一歩のところまで来ている。苛烈なまでの覚悟を知っている彼女に、彼を止めることなど出来るはずもなかった。


 帰ってきて欲しい。

 ただそれだけの想いを胸に抱き、彼女は戦場に臨む。

 笑顔を交わし、洞穴に背を向けた。そして彼は洞穴へと飛び込んでいく。

 まどかは振り返らず、良治も振り返らなかった。



「……私たちもいるんだけどね……」

「はは、別に構わんだろう。彼にとって彼女が一番信頼できるようじゃしな」


 残された葵と空孝が苦笑する。と同時に無数の殺気が向けられたのが感じられた。


「見つかったようですね」

「御早い到着で。――じゃあ行きましょうか」

「術での援護は任せなさい。どっちかが深手を負ったら、もう一人が援護、その間にワシが応急処置をしよう」

「「了解っ!」」


 三人は頷き、そして死地へと駆け出した。



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