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夜天に星は煌めいて  作者: 榎元亮哉
~決戦~
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~決戦~ 五話

 シグマと浦崎が姿を消してからの第二ラウンド。既にお互いに駆け引きはなく、全力対全力の消耗戦になっていた。

 始まった当初は、押せ押せムードで動きに切れもあったが、さすがに段々と疲れが見え始めていた。実は三人が三人ともスタミナに自信がない。疲れ始めた仲間を見たとき、初めてその事実に気がついた。


「ふぅ……ちょっとキツそうね……」

「はぁ、はぁ……。葵さんも意気が上がってますよ」

「ひぃひぃ……ふぅ。さすがに年齢としのせいか身体がついてこんわい……」


 数多の魔獣を倒してきたが、その数は一向に減る気配はない。無限というわけではないが、倒していってもその都度召喚され、結局はあまり変わらない数の魔獣が戦場に存在することになっているのだ。

 無論その大元たる術士を先に倒せばいいのだが、相手もそう簡単にやられてはくれない。魔獣を統率し、間合いを詰めさせないでいる。葵の正面最短距離からの突破、まどかの遠距離からの狙撃で少しずつだが数を減らした結果、倒したのはおよそ十人。四分の一程度だった。


 疲れの出始めた三人。それを見て暗い森の中、にやりと嗤う一人の男がいた。

 黒いローブ、痩せた体躯。粘着質かつ神経質を思わせる昏い笑み、周囲には無数の猿の魔獣。

 彼は待っていたのだ。以前煮え湯を飲まされた相手に復讐する機会を。一番の標的たる浦崎雄也と白兼隼人は逃がしたが、あの時邪魔をした三人のうちの一人はいる。疲れている今なら容易に勝てるだろう。そして彼は森から歩き出す。三人のいる戦場へと。







「――やぁ、こんばんはボン・ソワールお嬢さんマドモアゼル。お久しぶりですねぇ」


 陰鬱な気配に気付き、まどかは森のほうへと視線を向けると、そこには見覚えのある痩躯の男と『猿』の群れ。一瞬硬直した彼女に犬の魔獣が襲い掛かるが、至近距離で放った矢がその身体を容易く貫通し地面へと墜ちる。

 改めて男のほうへ向き直ると、ようやくその男の名前を思い出した。


「確か……真鍋!」

「覚えて頂き光栄ですね。しかし今回はあの時の借りを――!?」

「え!?」


 突然戦場に現れた多数の気配に狼狽する二人。周囲を見渡せば、誰も彼もが不意を突かれた様子できょろきょろとしている。葵と空孝もだ。

 そして敵である陰神の術士たちも何が起こったのか、この気配の主たちは誰なのかわからないようだ。目の前にいる真鍋が混乱しているのが何よりの証拠だ。


「――遅れてすいません。でも、まだ手遅れではないですよね?」


 言葉と共に空間を渡ってきたのは、浦崎でもシグマでもなく――黒影流所属の一人の少女だった。肩で揃えた髪に、彼女の兄を思わせる黒いローブ。

 彼女は目の前にいる裏切り者に驚いた様子もなく一瞥すると、三人のほうへ向いた。


「三十分経ちましたので援軍を連れてきました。足での移動では遅いので、私たち黒影流の総力を挙げ、空間転移にてお連れしました」

「じゃあこのたくさんの気配は……」

「はい、伊藤眞子さんや蓮岡勝夫さんもいらっしゃっています」


 その言葉を裏付けるように、離れた場所から悲鳴と怒声、術の爆発音などが聞こえてくる。不意を突かれて混乱状態の中突撃されれば、戦況をひっくり返すのは至難の業だ。突撃してきた戦力のほうが上ならば尚更、もはや雌雄は決したと言っていいだろう。


「く……このガキが……!」


 既にどうしようもない状況に陥ってしまった怒りを込め、真鍋が得意属性である氷の槍を放つ。至近距離からの一撃、彼女は動かない。空間転移も使わない。その小さな身体が貫かれるかと皆が思ったその瞬間。



「――忘れました? 私はこれでも黒影流のナンバー2ですよ?」



 右手の掌をかざしたまま、何の怪我もなく経ち続けている少女。彼女を襲った氷の槍は跡形もなく消失している。

 放った真鍋当人は何が起こったのか全くわかっていないだろう。目を白黒させてうろたえるばかりだ。しかしその場にいたまどかと葵には辛うじて見えていた。

 飛んでくる氷の槍にかざした右手から現れた、黒い何か。それに飲みこまれるかのように氷の槍は消えたのだ。飛んできたそのままのスピードで消えたため、ほんの一瞬の出来事だった。


「ひ……柊、彩菜……」

「はい、正解です。それでは――」

「ひぃ……うわぁぁぁぁっ!!」


 真鍋の取った行動は、逃げの一手。『猿』を合わせれば、数的には優位だが質としては圧倒的に劣る。逃げに出るのは当然とも言えた。しかしそれは逃げ切れればの話。


「真鍋の後を追います。すいませんがあとのことはよろしくお願いします」

「あ、うん。わかったわ」


 こんな時にも律儀にお辞儀をして立ち去り、宣言通り後を追っていく。 一息ついて辺りを見ると、陰神の術士は数えるほどしかいなくなっており、そのほとんどは投降を決意したようだった。


「もう、ここは終わったわね」

「それにしても……キツかったですね」

「正直生き残れるとは思わなんだ。戻ったら隠居するかの。カッカッカ!」


 土と血に汚れた顔で笑う空孝。それにつられていつしか二人も声を上げて笑っていた。

 自分の役目は立派に果たした。あとは彼が無事に戻ってくるのを待つだけだ。

 まどかは、彼女にしては珍しく仰向けで大の字に寝転がり、天に瞬く星々を眺める。

 不意に睡魔が襲ってきて、なすがままに目蓋を閉じた。遠くで伊藤眞子の声が聞こえた。それでも起きる気になれず、彼女は結局そのまま眠ることにした。


 目が覚めたとき、彼がいることを願って――











 空間を渡り、その先にあった岩壁の通路をひた走る。

 この先にヤツがいる。

 そう直感すると、隼人はさらに速度を上げた。まるで自分の寿命を縮めるように――


 そして、奴は立っていた。

 広大な空間の中央部。肌に直接羽織った深紅のコート、逆立つような紅く短い髪、筋肉の塊のような肉体。そして。


「――遅かったな。いや遅すぎたと言うべきか。守人を助けたかったのなら十年前に俺と会ってないと駄目だったな」


 獰猛な肉食獣そのもののような闘争本能が空間に満ちていた。それを隼人は凛とした決意で跳ね返す。迷いは――ない。


「ここに来たのは仇を討つためだ。それなら遅くはないだろう」

「ハハハハハ! それでも遅いな。それなら俺の傷が癒える前に来なければならなかったな。隼人、言っておくが今のお前は十年前の守人より弱い。――さて、それで俺を倒せるかな」

「倒すさ」


 短く宣言し、隼人の右手に現れたのはあの白木拵えの刀。それを見て羅堂の目が細まる。


「ほう、四聖刀しせいとうの一振り、白虎か。よくもまぁそんなものを見つけたものだ。それは十年前の守人の真似か? 確か、あいつは朱雀を持っていたな。……それじゃあ俺のエモノも見せてやろう――」


 そう言って右手を振りかざすと、その剣は音を立てて地面に突き刺さった。

 重量感たっぷりの両刃の剣。刃幅は普通の刀の三倍はあり、その質量は白虎の何倍もあるだろう。


「よっと」


 その剣を簡単に、しかも片手で引き抜き、肩に乗せる。力など全く入れているようには見えなかった。


「こいつは『豪覇ごうは』。魔界の名工が鍛えた一品だ。気をつけろよ? お前の身体なんてあっさり真っ二つにしちまうような異常な切れ味してるからよ」


 冗談のように言って笑う。がその言葉は冗談ではない。そう断言できるくらい、異常な力をあの豪覇は秘めているのに隼人は察していた。その力を誇示するような存在感。これに気づけなかったら退魔士とはとても言えない。


「じゃあそろそろやろうか。あれから十年も経ったかと思うと感慨深いものはあるがな。お前を倒して、北海道連盟のクソジジイどもを皆殺しにして、霊媒師同盟の盟主の小娘を血祭りに上げて、陰陽陣の陰険野郎をぶちのめして、北斗七星のオッサンをバラして、神党のいけ好かねぇメガネ野郎の首を取って――俺がこの国の王になる」

「戯言を……。まだそんな妄想に囚われているのか。十年前と何も変わっていないらしいな」

「戯言かどうかは俺を倒してから決めてくれ。守人はそう言って敗れたがな」

「……そうか」


 一呼吸吐き、全ての神経をただ仇だけに集中させる。

 正眼の構えを取り、出方を注視。刹那の見落としが即死に繋がる。

 しかしそれを見た羅堂が体格に見合った大きな声で笑う。


「ハハハハハハ! なんとまぁ、まさに十年前の再現だな! よもや同じ構えで来るとはな。ふん、ならば俺も十年前と同じように、上段から打ち下ろしてやるよ。ちゃんと避けるなり受けるなりしろよ?」

「……来い。全ての因縁に終止符を打とう――《鬼人きじん》羅堂道元!」

「ああ、行くぜ――《剣聖》白兼隼人!」


 駆け出す羅堂、構える隼人。

 羅堂が大きく上段に豪覇を振りかぶり――組織を束ねる者同士の決戦が始まった――












「ちぃっ!」


 力強く薙いだ木刀が虚しく空を切る。もう何度目かわからない遣り取りが戦闘開始時から続いていた。

 和弥最大の欠点は、遠距離攻撃に対する攻撃方法・防御方法がないことだ。つまり相手にそれをされると、走って追い詰めるしか攻撃方法がない。勿論相手も留まっていることはないので、鬼ごっこのように常に動き回りながらの攻防になる。追いついたら攻撃するが、それも一回たりともヒットしないでいた。


 「まったく……」


 退魔剣を常時出しておくことの無駄に気付いて、この戦闘中に関してはこまめに切り替えていた。以前綾華に時間制限の話をされ、思い出したからだ。

 故にまだ力は残ってはいるが、夜叉のこれまでとは全く違った戦い方に最初は戸惑い、今は苛立ちを覚え始めていた。

 言うまでもなく、戦い方に綺麗も汚いもない。それを理解してはいたが、感情として快くは感じられなかった。


「はっ!」


 そんなことを考えている間にも夜叉の放つ《閃魔せんま》が襲い掛かる。威力が高いので、ダメージ覚悟で特攻するにはリスクが高い。閃魔のスピードは速く、一瞬でも目を逸らしていれば直撃は避けられないだろう。ただ唯一救いなのは、技の性質上振り切らなければ繰り出せないようなので連発ができないことだ。その一瞬のタイムラグがこれまでギリギリで避けられている大きな理由だった。

 閃魔を避けながらじりじりと間合いを詰めていく。閃魔を繰り出すタイミングと自分の一足で移動できる距離を見極め、慎重にギリギリのラインを見出す。


「――!」


 一際大きく振りかぶる夜叉。そしてそれを見た和弥が一気に間合いを詰める。

 放たれた閃魔を僅かな差で躱し、炎を纏わせた木刀をコンパクトに振り抜いた。しかしそれを予期していたのか、返す刀で退魔剣を防ぐ。ほんの一瞬力比べになるが、夜叉が力を抜いて捌き、またも距離を取る。


 ――またか。


 せっかく追い詰めたのにまたこの状態に戻ってしまった。ほんの、ほんの僅か和弥が気を抜いた一瞬にも満たないその瞬間――


 夜叉が和弥の横を駆け抜けた。

 赤い血が飛び散り、夜叉の背後で和弥の倒れる音がした。


 ――狙い通り。


 閃魔での単調な攻撃で倒せるなどとは露ほどにも彼は思っていなかった。むしろその後の、気を抜いた一瞬に全てを賭けていたのだ。

 戦闘経験の少ない和弥は、短時間での戦闘なら比類なき集中力を発揮するが、それ以上になると途端に集中力が途切れがちになってしまう。これは実戦経験の差で、彼だけがという欠点ではない。経験の差が物を言ったのだ。

 一人前の戦士として認めていたからこその対応であり、戦略。それは夜叉にとって最大の敬意だった。



「次の相手は誰だ……?」



 洞窟に響く言葉に答える相手などいない。それを確認すると、彼は敵を求めるように一歩を踏み出した――






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