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夜天に星は煌めいて  作者: 榎元亮哉
~葛藤~
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~葛藤~ 二話

 望まざる敵と戦うときはどうすればいいのだろう。

 いや、そもそも敵ではない。仲間だ。

 いや、仲間だったもの。もう過去形だ。ならば目の前にいるのは敵か。

 いや、違う。姿は変わっても仲間だったものだ。戦うことなど出来ない。

 いや、でも戦わなければ殺されるのはこっちのほうだ。ならば殺されないために殺すのか。

 いや、殺したくない。目の前のいるのは苦楽をともにした戦友だ。殺せない。ならば逃げるのか。

 いや、そんなことをしても無駄だ。外へ出たら街の人たちが犠牲になる。それを防ぐために力を得たのだ。人々に害をなす敵を倒すための力。だから倒さねば。敵を倒さねば。

 いや、目の前にいるのは敵ではない。仲間だったものだ。殺せない。ならばどうすれば。

 どうすればどうすればどうすればドウスレバ――









「綾華っ! なにか上手いこと元に戻す方法はないのかよっ!?」


 永遠に繰り返す思考を抜け出す手を。彼は縋り付くように叫んだ。


「…………」


 しかしそれに答える声はない。


「……綾華っ!」


 近づく『化け物』を気にしつつ彼女のほうを向く。


「……――!」


 彼女の表情を見ただけで解ってしまった。解りたくもない答えを知ってしまった。

 助ける方法など、ないのだ。

 悲しみを耐えようとしながら涙を流す、その表情が全てを物語っていた。


 助けたい、でも助けられない。その方法を知らない。思いつかない。

 聞いたことがある。闇に呑まれた人間を助けることは出来ないと。

 救いたい、でも救えない。もはや残された道は一つ。たった一つしかないのだ。他には何もない。本当に何もない。何も、ない。


「ちくしょおおぉぉぉっっ!! ホントにどうしようもないのかよぉぉっ!!?」


 道場全体を震わせるような、魂の咆哮。無念と悲しみ、絶望と憤怒が渦のように入り混じった激情の咆哮だった。


 気迫に押されたのか、立ち竦む『化け物』たち。大きく変貌した身体。肩や膝は骨格から変わったのか大きく膨らんでいる。皮膚の色も緑に変色し、瞳も灰色に濁っている。それでも。

 それでも彼らが仲間だった証に、顔にはその面影が残されていた。


「竹村さん……九嶋さん」


 完全に面影が、残滓が、残り香がなければ、もしかしたら吹っ切れたかもしれない。だが、現実にはある。まるで和弥を迷わせようとするかのように。葛藤をさせるかのように。


「和弥っ!?」


 立ち直った『化け物』が和弥の顔面目掛けて拳を振るう。彼は避けなかった。

 一歩よろけるだけで、大した威力はなかった。それに特別速くもなく、避けようと思えば避けられただろう。

 だが避けなかった。

 逃げたくなかった。

 逃げれば他の誰かに皺寄せがいく。そんなのはごめんだった。でも自分で決められない。選べないのではない。最初から選択肢などないのだから。

 逃げたくない。決められない。留まることしかできない。

 何の解決にもならないのをわかって殴られ続ける。

 額や唇は裂け、赤いものが見え始める。

 それでも殴られ続ける。

 一際鈍い音がして、崩れ落ちそうになる。

 それでもなお殴られ続ける。

 踏ん張った足の力が抜け、膝から床につく。

 横からフック気味に入った拳で勢いよく飛ばされた。

 ふらふらになりながら、彼は殴られるために立ち上がる。


「ダメだ……」

「え?」

「俺は……この人たちを殺せない……!」


 血と涙の混ざった顔に泣き笑いが浮かぶ。


「和弥……」

「……でも」


 悲しい。あまりにも悲しい。だから。だからこそ。


「こんな悲しい想いは誰にもさせちゃならない――!」


 右手には自らの血で染まった木刀。それを、明確な戦意とともに構えた。

 こんな想いは他の誰にもさせたくない。ならば自分が。

 そして決意を胸に一歩を踏み出そうとしたとき。


「――え?」


 木刀を握った両手を、一本の手が諌めるように添えられた。


「――お前にはまだ早い。汚れ役は俺に任せておけばいい」


 彼はそう言うと、和弥が呆然としている中静かに銀閃を振るい――


 赤い華が、散った。













「…………すまん」


 長い、長い沈黙の後に発したのは極短い言葉だった。

 二人は今支部の本館の玄関に座っていた。道場では黒影流の黒ずくめの面々が『処理』と『情報収集』をしている。


「気にするな……と言っても無駄だろうな。でも俺は最初に言ったはずだ。『人を殺す覚悟なんてしてほしくはない』と。だからいい」


 覚悟はいつしか自然にできるものだ。大切な、大事な何かを守るときに。良治はそれを知っている。だからこそ無理強いはさせたくなかった。


「そうか……でも」

「…………」

「でも、俺はこんな悲しい想いはしたくない。そして何より他の誰にもこんな想いをさせたくない。それが例えリョージでもだ。だから……俺は戦う。もうこれ以上悲しみを見たくないから」

「……そうか」


 今までは間接的にしか関わっていなかった。隼人、綾華の仇。

 夜叉とは何度も戦ったが、それは純粋な試合/死合で、そこに恨みや怒りといった不純な動機は一切なかった。

 しかし今回の出来事で和弥は当事者になった。恨みと怒りを持った当事者に。

 誰でもなく、自分の意思。陰神を打ち倒すという強い意志。


「……そう言えば、なんでリョージは戦ってるんだ?」


 今自分に生まれた、戦う理由。間違いなく彼は彼の戦う理由を持っているだろう。以前、もうずっと前とも思える公園での『再会』の日に彼は「選択肢はなかった」と言っていた。あの時は自分のことだけで精一杯で聞けなかった。もしあの時聞いても答えてくれなかったろうが、今なら……自分の戦う理由を見つけた今なら答えてくれる気がした。


「……そうだな。もう言ってもいいだろう。ちょうど聞かれたしな」


 僅かな逡巡の後、彼は語りだした。自分の戦う理由、即ち自分の過去を。


「もう十二年前、いやもう二月だから十三年前になるか。俺は、母親をシグマに殺された」

「――!」

「俺に『力』があったから、陰神に引き込もうとしたんだろうな。それで襲われた俺を守ろうとして……殺された。それで連れて行かれそうになったところで、南雲師匠……葵さんの父親に助けられて今に至るってわけだ」

「……そうだったのか」


 彼もまた陰神に肉親を奪われた一人。隼人、綾華と同じだった。

 和弥自身はまだ肉親を失った経験はない。

 だが、想像するだけで身を切られるような痛みが精神こころを襲った。経験したことはないはずなのに、経験したような痛み。


 何かがフラッシュバックする。


「おい、大丈夫か」

「ん……ああ。ちょっと眩暈がしただけだ」

「顔が青いな。悪いな、滅入るような話で」

「……俺が聞いたんだから謝ることないさ」


 立ち上がって深呼吸すると、少しは気が晴れた。何か重大なことを思い出しそうな気がしたが、何の心当たりもない。気にはかかるが、思い出せないものはしょうがないと諦めた。


「帰ってきたな」


 良治の呟きに目をやると、そこには葵と宮森、そして黒影流継承者の浦崎雄也が支部の大きな門を背にして現れた。門が閉じられて現れたところを見ると浦崎の空間移動でここまで来たらしい。一緒に来たのも頷ける。


「……お疲れ様。報告を、お願い」


 これから良治の口から報告される悲劇を知りながらも、それを聞かざるを得ない。これもしなければならない仕事なのだ。


「はい、報告します。本日二月十六日夕方六時頃、陰神幹部シグマが東京支部を襲撃。支部にいた四人が対応した模様。その直後都筑和弥、白兼綾華、柊良治、柚木まどかの四人が到着し、危機を回避しました。相手の被害はなし、こちらは名塚政弘師範、竹村周治、九嶋雅信両師範代の三名が死亡。浅川正吾練習生は軽傷。……報告は以上です」

「そう……ありがとう。今日はもういいわ。他のみんなと一緒に今日は自宅待機して」

「はい、了解しました。……和弥、行くぞ」

「……ああ、わかった」


 極めて事務的な報告だったが、二人の表情は今にも泣きそうで、声も掠れ、震えていた。

 生まれたときから支部にいた葵、親を殺されてから支部に来た良治の二人にとって、紛れもなく死んだ彼らは家族だった。止め処なく溢れる激情、怒り、悲しみ、涙。それをすんでのところで堰き止めて報告をした、聞いた。


 良治は目で宮森に合図をすると、和弥とともに二人を探しに向かった。

 これから葵は哭くだろう。そのときについていてください。そんな想いを瞳に込めた。

 宮森翔は、真剣な表情で力強く頷いた。













 それから二日間は自宅待機となり、正式な発表が出たのはさらに三日後のことだった。



 東京支部、敵対組織陰神の襲撃によって死亡者三名、軽傷者一人。

 死亡者は名塚政弘師範、竹村周治、九嶋雅信両師範代。

 軽傷者は浅川正吾練習生。


 東京支部故・名塚政弘に代わって柊良治が師範に、故・竹村周治、九嶋雅信の代わりに柚木まどかが師範代に就任すること。



 これで京都本部を除く三大支部の機能がほぼ停止したことになった。

 去年の十一月に長野支部が襲撃され、支部長兼紅牙流継承者の玖珂燐太郎が死亡し、同じ日に福島支部の支部長であり蒼月流継承者の蓮岡恭二が死亡。

 そして今回の東京支部の襲撃で、どの支部も満足な活動が出来る状態ではなくなってしまった。

 陰神のゲリラ戦に、白神会は成す術なく押されていた。

 しかし、ただそんな状況を眺めていただけではない。打つべき手は打っていた。そしてようやくそれが実を結ぶときがやってきた。それは仲間を殺されたが故の執念だった。


 その連絡が入ったのは二月の終わる頃。

 今まで裏で諜報活動に徹していた浦崎雄也が得た情報。隼人が命じた指令を、ようやく達成したのだ。

 黒影流の半数が命を落として手に入れた情報。

 一発逆転の可能性を秘めた情報。




 陰神の本拠地が判明したことが三月を前に全支部へと通達されたのだ。

 決戦に向けての一時的な配置換えの連絡、そして決戦の地への突入部隊の編成。

 突入部隊の編成は隼人自身が直々に選出し、各支部に書類となって送られた。その突入部隊の面々は以下の通り。


 白神会総帥《剣聖》白兼隼人。

 碧翼流継承者《地を這う鷹》南雲葵。

 碧翼流《黒衣の騎士》柊良治。

 碧翼流《蒼雷の射手》柚木まどか。

 神刀流白兼綾華。

 神刀流都筑和弥。

 宮森家長《時を戻す者》宮森空孝。


 護聖十士のうち選ばれたのは三人。後の者は陽動、そして遊撃につきもしものときに対応する手筈になった。


 決戦の日は三月三日。

 ついに決着をつけるときが来たのだ。

 それぞれの想いを胸に、その日を迎える。


 父の復讐を願う者、復讐を止める者。

 母の復讐を願う者、燃え尽きようとする命を守ろうとする者。

 悲劇を繰り返してはいけないと願い、悲劇を止めようと誓った者。


 それぞれの願いを胸に、その日は訪れる。


 役者は揃い、舞台の幕が上がる。


 決戦の大舞台、演ずるは愛憎劇か復讐劇か。喜劇か悲劇か。

 主役は誰で、敵は誰か。


 この世は舞台、誰も舞台から降りることは出来ず、誰も演ずることを強要される。降りるときは死ぬとき以外はなし、生きる以上は演じなければならない。




 最後に舞台に立っているのは果たして――







「葛藤」完


大きな悲しみと嘆きを経て、和弥は覚悟をしました。

次話から最終話が始まります。和弥たちの話の結末を見届けて下されば幸いです。

それでは、また。

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