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夜天に星は煌めいて  作者: 榎元亮哉
~封印されしモノ~
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~封印されしモノ~ 五話

 百七十年ぶりに現れた鬼神。

 あの天保の大飢饉の原因とされる、飢えと渇きをもたらす鬼。

 それが今、現実に降り立った――






「……勝算はありますか?」


 最悪の事態を迎えてしまい後悔が身体に沁みてはいるが、綾華はまだ冷静に状況を把握しようとしていた。

 向こうの目論見通り鬼神は復活し、救助したかったせりなも人質に捕られているようなもの。さらに復活した鬼神は強大な力を持っている。

 こんな絶望的な状況でも、いや、だからこそ少女は必死に細い道標を模索していた。こんな時こそ考えなければならない。


「多分弱点は光とか、そういうのに属するものだと思うわ。だから……」

「わ、私ですか!? いや、確かに私たち天使の持つ力の属性は光ですけど、力の差がありすぎますよっ」

「……それしか方法はないようですね」

「わ、私の話を聞いて――」


 パティの訴えを完全に無視して対策を練る。残念だがそれしか対抗策がなさそうなのだ。嫌がっていようがやってもらうしかない。

 基本的に負の属性を持つ悪霊たちには、やはり浄化の属性を持つ天界の住人たる天使が最も効果的だ。天敵と言って良い。


「私たちが援護します。どうか、せりなさんを、あの人を助けてください――」

「……わかったわ。中の鬼神だけを何とかしてみます」

「お願い」


 腹を括り、三人はまっすぐにせりな、否、その中にいる鬼を見据えた。

 絶対に助ける。

 心の中にある言葉は共通。ただそれだけの為にこの場にいるのだ。


「……行きますっ!」


 水の矢をシグマと鬼餓苦の間に打ち、牽制する。一度に二人を相手にするのは無謀。まずは分断しないと僅かな勝率もゼロになってしまう。


「それっ!」


 そして今度はまどかが雷を込めた矢を鬼餓苦の目の前に打ち込んだ。鋭い音を響かせ、大きな土煙が巻き上がる。

 相手を分断し、尚且つ視界を封じる。あとは――


「――――」


 あの独特の言葉を紡いでいくパティ。強力な術なのか、額にはうっすらと汗が見えた。相手は強大な鬼。相応に大きな術が必要なのは明白。あとはそれが相手に通じるかどうか。


「――――!」


 語尾が跳ね、その両手に収束していた光が一直線に鬼餓苦を貫かんと襲った――が、しかし。


「ぬるいわっ!」


 神器を襲い掛かる光の軌道にぶつけると、その瞬間光が全て吸い込まれてしまった。


「これにはこういう使い方もあるんじゃよ」

「そんな使い方が……!」


 シグマの笑い声を聞きながら、綾華を始め誰もが絶望を味わう。まさか、こんな防御方法があるとは想像していなかった。


「さて、邪魔をしてくれたヌシらにはこれで死んでもらおう。鬼餓苦はまだ覚醒したばかりで役には立たんからの」


 そう言って光を吸収した神器を振りかぶる。威力は一撃で三人を吹き飛ばすことは出来るくらいの力は軽くあるだろう。収束して向かっていく光が、どれくらい強力なのかは見ていてわかっている。しかもそれを増幅して打ち返してくるのだ。耐えることなど不可能だ。


「邪魔をしたことを後悔して逝けっ!」


 振り下ろされる神器、そして放たれる高出力の光線。

 三人は反射的に目を閉じた。死を、覚悟した。


 一瞬にして吹き飛ばされるかと覚悟した三人だが、光ったあと、何の衝撃もない。恐る恐る目蓋を上げるとそこには――


「――ちょっと諦めるのが早いわね。もっとじたばたしてみなさいな」

「あ……」


 映画のヒーローさながらに現れたのは、白神会屈指の剣士。碧翼流現継承者・南雲葵。

 手には白木拵えの日本刀を持ち、シグマに突きつけた。


「神器『信牙しんが』に『鬼餓苦』ね……そんな骨董品を今更持ち出すなんて思ってもみなかったわ」

「……ヌシが南雲葵か。いやいや中々博識だな。そしてまさかあの光を一刀両断するとはな」

「それはどうも、シグマさん。一応信牙と鬼餓苦は私の管轄なんで、さっさと片付けちゃいましょ」


 あくまで軽い調子で言う葵だが、初めから臨戦態勢に入っている。


「――」

「――」


 葵とシグマの間に緊張が走る。お互いに手の内を晒していないので迂闊には動けないのだ。実力者同士の戦闘は、駆け引きが多大な効果を持つ。


「……三人とも、あの子を何とかして頂戴。ヤツは私が抑えるわ」

「は、はい」


 まどかが代表して返事をしたものの、どうしていいやらわからない。先ほどの攻撃で力尽きたのか、パティはぜいぜいと肩で呼吸をしている。綾華とまどかには、身体だけを傷つけずに精神を攻撃するような器用な方法は持ち合わせていない。


「大丈夫よ。もうすぐ来るから」

「え?」


 うろたえるまどかはその言葉の意味がわからなかった。しかしすぐに後方の森から現れる一人の青年。

 呼吸も荒く、あちこちに切り傷を持った青年。――都筑和弥だ。


「はぁはぁ……遅れて悪い」

「遅いですよ、もう、本当に……」


 苦笑いする和弥に綾華なりの労いの言葉をかける。遅れたけれど、来てくれてありがとう、と。


「ほっとしてるところ悪いけど、説明お願いねっ!」


 言うと突然シグマ目掛けて走り出す葵。これにはさすがのシグマも虚を突かれたらしく、防御するのがやっとのようだった。しかしこの機を逃がすつもりは葵にはないらしく、ひたすらに押し続けて距離を開かせない。


「ぐぅっ!」

「はぁぁぁぁっ!」


 シグマも体勢を立て直し、一進一退の攻防が続く。どうやら信牙の特殊能力は術に対してだけのものらしく、葵の斬撃は普通に受けて対応していた。


「……葵さんは大丈夫そうだな。早速だけどこれを見てくれ」


 和弥が懐から出したのは古い和紙でできた一枚の札。何かしら書かれているのだが、この場の誰も解読は出来なかった。


「これは?」

「あの鬼餓苦って鬼を封印したときに作ったものらしい。前のときもこの札を使ったらしい……ってらしいばっかですまん、全部聞いた話だから」

「それは仕方ありませんよ。これをせりなさんの身体に張ればいいんですね?」

「ああ。でもどうやってって感じだよな……あの邪気、近づくだけで痛そうだぞ」


 和弥がげんなりするのもわかる気がする。近くに寄るだけで皮膚がぴりぴりと痛み出すし、もっと近づけばそれ以上のダメージを負うことは必至だろう。


「……一つ試したいことがあるのですが、いいですか?」

「ええ、何かあるならどんどん言って、パティ」

「……あー、今更で悪いんだが、天使?」

「そんなことは後にしてください。それで、何か策があるのですか」


 綾華に一蹴されたが、その反応で天使だということがわかったようだ。興味深げにパティを見てみる。するとパティと目が合った。


「……――」


 何だか懐かしいような、昔に見たような、不思議な感覚が和弥の全身を巡る。その瞳が、過去を思い出せと語りかけてくるような――


「私と一緒に、その札を貼りに行きましょう」

「……は?」

「何故、和弥を?」

「そうですね、何というか……感じるものがあるんです。上手く説明できないのがもどかしいのですが……彼ならもしかしたらと思える何かがあるんです」

「……わかりました」

「おい、俺の意思は無視か」


 言っても無駄だと知りつつ言ってみる。そして。


「当たり前です」


 キッパリはっきりと予想通りの返答。思わず笑ってしまいそうなる。この状況でもいつもと同じ調子の答えに安堵した。


(やっぱこうでなくちゃな)

「それでは行きましょう。鬼はまだ覚醒していないみたいなので、何の攻撃も仕掛けてこないと思います。でも」

「……問題はあの邪気か。……まぁあれだけの力で攻撃でもされちゃひとたまりもないからな。なんとしてでも覚醒前にケリをつけないとな」


 決意をし、ゆっくりと歩いていく。

 少しずつだが確実に濃度が濃くなっていくのが実感できる。


「身体の中央、奥に力を集中させるようなイメージを持ってください。……ええ、そうです。そしてその溜まった力を身体の外に張り巡らせるように展開させてください」

「……こ、こうか?」


 ほとんどない力を精一杯使って外に展開させるイメージを作る。薄い膜を張るような、そんなイメージだ。


「そうです。それが出来るなら一気に走りますよ」

「オッケ。それじゃこの札を――」


 パティはさっきの墜落の影響で翼が使えないらしく、和弥と一緒に走りだす。

 和弥は視線の先に佇むせりなに力強く語りかけた。通じることはないと知りつつ。絶対に助けてみせる、と。


「ぐっ!」

「ここからが正念場です!」


 あと三mでせりなに触れられるといった場所から急激に邪気の濃度が濃くなり、最早走ることが出来ない状況に陥ってしまったのだ。まるで台風に向かって走るような圧迫感。油断すれば吹き飛ばされかねないほどだ。


「あの人を助けたいと、絶対に助け出したいと、強く思ってください! きっとそれで――」

「そんなんでいいんなら――!」


 これまでのせりなとのことを想う。図書館での出来事、学園祭で一緒に魔界へ行ってしまったこと。その他の色々な会話、朝礼での挨拶など、思い出せるだけ思い出す。

 そして、その全てが失われるかもしれないこの状況。身体で、心で、吼えた。


「ぜぇったいに助けるんだぁっ!!」


 その叫びは身体から白い力を呼び起こした。

 純白の光。

 それはいつも土壇場で現れる奇跡。

 例えば日光での戦い。例えば魔界での戦い。

 その光は周囲の邪気を振り払い、身体を縛っていた圧迫感を消し飛ばした。


「今です!」

「おう!」


 邪気がなくなると同時に一直線に、飛ぶように駆ける。そして握手を求めるように、右手を差し出し――




「ば……ばかな……」


 茫然自失の状態で言葉を失ったのはシグマ。

 計画を立案し、成功したと確信してからの失敗。あまりにもショックだったのか、戦闘中だということを完全に忘れてしまっていた。

 そして、それを見逃すほど葵は甘くなかった。


「ぐぅっ!?」


 確かな手ごたえがあった。見ればそれでも反射的に避けたのか、捉えたのは信牙を持った右腕一本。


「ミスった――!」

「ちぃっ、この場は退くが……このままでは終わらせんぞっ!!」


 憎しみに満ちた棄て台詞を残し、黒の衣を翻して空間を渡って消えた。どうやらあの結界は巨岩が割れた時点で消えたらしく、空間転移も普段通り使用出来るようになったようだ。


「あと少しだったのに……。あ、そっちはどう? その子生きてる?」

「なんとか……大丈夫です。でも……もう、ダメ……です」

「和弥?」


 助け出したせりなを抱きかかえたまま座り込んだかと思うと、そのまま意識を失ってしまう。これまでの経緯を考えれば致し方ないことだ。

 そもそもこの近くにあるあの御札の保管所に戻って置いていこうとしたのだが、目覚めた和弥が葵に無理を言ってついてきたのだ。気が付いたときにはすっからかんだった力が多少戻っていたこともあり、渋々ながら許可を出した。結果としてそれが良い方向に行って良かった。


「それにしてもあの御札は?」

「ああ、あれは代々残されてたものよ。元々あの鬼を封じた岩は東京支部の管轄なの。だから万が一復活したときのことを考えて、当時の退魔士が残したらしいわ」


 それを取りに戻ったのよ、と付け加えた葵はなんでもない振りをしているが、あちこちに傷があった。葵を持ってしてもシグマはそう簡単に倒せる相手ではないようだ。


「……お、なんとかなったみたいですね。ホント、良かった」


 背後からふらふらとした足取りで森から現れたのは――傷付いた良治だった。


「良治っ!? ちょっと、その傷――!?」


 まどかが叫ぶのも当たり前だった。いつもの黒シャツはぼろぼろで左腕は血に染まり、だらんと力なくぶら下がっているし、額からも大量の出血が見られた。


「とりあえず応急処置したから大丈夫だ。だいぶ血も引いたから」

「それでこの状態って……葵さん、宮森さんに連絡を――」

「わかったわ」


 和弥とせりなには綾華がつき、良治にはまどかがついて簡単な処置をする。そこで初めて気づいたように良治が話しかけた。


「久しぶり、パティ。降りてきたのは気配で気付いたけど、さすがに戦闘中だったから……まぁ、また会えてよかった」

「私もまた会えて嬉しいですよ。でも、そんなことより……自分の身体のことわかってます……?」


 再会の嬉しさよりも彼の身体のことが重要だというように、真剣な表情で心配する。その問いに彼は微笑とともに、静かに答えた。


「わかってるよ。あと、一、二年ってとこだろう」

「助かる方法を、知っていますか……?」

「もちろん。でもあまり好きじゃないから」

「良治……!」


 今にも泣きそうなまどかの頬に手を添える。あまり心配ばかりするな、まどかが泣くことはないという想いを込めて。


「すぐにどうこうということじゃない。まだ時間はある」


 あくまで彼は微笑む。そんな大したことではないよと嘘をついて。


「宮森くんが麓まで車で来るから、そこまで頑張りましょ。あ、それとみんなのお友達も無事だったわよ」


 電話を終えた葵がみんなに話しかける。水樹姉弟は和弥と葵が御札を取って戻って来る時に無事を確認していた。二人とも満身創痍ながらもなんとかあの姉妹を退けたのはさすがと言う他にない。

 誰一人欠けることなくこの戦いを乗り切ったことは、後に大きな自信になるだろう。


「パティは行くだろう?」

「……はい、仕事が終わったら帰らなければなりませんから」


 不安気なな表情のまま、良治の目を見る。まるで決意を揺らそうとするかのように。それをわかって、敢えて彼は目を逸らさなかった。


「でもまた近いうちに会える気がするよ」

「そうですね。でもそのときには選んでくれることを祈ってますよ。それともう一つ言っておきたいことがあるんですが」

「いや、今は辛いから今度聞くよ。楽しみは取っておくものだ」

「……そうですか。うん、それもそうですね。では、皆さんの進む道に幸多からん事を」


 彼の言葉に苦笑して、力を使っているのか、翼を広げることなく中空に浮くとそのまま天に昇っていった。――きっとまた会えるだろう。


「さて、撤収しましょ。……と、あれは回収しておかないとね」


 葵のいう「あれ」とは、シグマが持っていた信牙のことだ。斬られた右腕は塵となって消え、今は信牙だけが残されていた。


「それにしてもエラく物騒な神器ですね。こんなものどっから持ってきたのか……」

「あ、これは上野の山にあったものよ。知らなかった?」

「葵さん、そういうことはもっと早く言ってくださいよ……」


 血塗れの良治が律儀に突っ込む。元々信牙と鬼餓苦を封印した巨岩、両方とも東京支部の管轄だったのだ。しかしそれを公にすることは出来ず、代々の支部長が管理してきたらしい。本来ならもっと厳重に警護していなければならなかったのだが、これまでの陰神との戦いの中仕事が増え、そこまで手が回らなかったらしい。


「まぁいいですけど。御館さまに怒られますよ、これ」

「……それはあとで考えるわ」


 ギリギリでなんとかしたが、隼人から叱責されるのは免れないだろう。だが陰神との戦闘が激化している現状、大きな処分はすぐに下されない可能性もある。


「まぁ、すぐにどうこうって話にはならないと思うから。いいんじゃない?」

「相変わらずお気楽ですね……」


 綾華が溜め息を吐くが、今更どうにもならない。今は目の前のことを一つ一つこなしていくしかないだろう。


「じゃあ、帰りましょ」


 葵が先頭に立ち、山を降りていく。

 信牙は綾華が持つことになり、気を失った和弥を良治が背負い、せりなはまどかが背負った。


 綾華は思う。白神会と陰神、どちらが勝つにしろ、決着はそう遠くないのではないかと。何故こんなことを考えるのだろう。そこで気付いた。きっと物語を読む者はこう言うに違いない。



――役者が揃ったのだ、と。



「封印されしモノ」完

皆さん忘れてそうなパティが邂逅編以来の登場。邂逅編を経てないとパティの登場が唐突で脈絡がなくなってしまうので色々と悩みました。

さて、物語は加速していきます。残りもあと少し。お楽しみに。

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