~封印されしモノ~ 四話
周囲の状況に流されるように、彼女たちは走っていた。
不意の邂逅から数時間、進んでいくごとに何が起こっているのかわかるどころか、さらに謎が増えていく。
陰神の幹部のほとんどが集まっている理由、結界の謎、何故会長を攫ったのかなど、列挙していくときりがない。
しかしその全ての回答はいずれ出るだろう。
彼女らが目指す山頂で――
「見つけたっ!」
「来てしもうたか……」
林は途切れ、ちょっとした広場くらいの広さ。だがこの山頂の最も高い場所には楕円形の巨岩が鎮座していた。その巨岩には白く古びたしめ縄が巻かれていた。
天を遮るものはなく、星と月が彼女たちを迎えた。シグマがいなければ、そして異様な気配を発している巨岩がなければ、目を奪われていたかと思えるほどの綺麗な星空だった。
巨岩の前にはシグマ、そして救助すべき少女は巨岩の上に横たえられている。
暗いとはいえ見晴らしのいい場所、隠れるとすれば岩影だが、その気配もない。どうやらここにいるのはシグマだけのようだ。これならまだ勝機はある。
「まぁ、よい。すぐに終わるからの。……そうじゃな、わからないことばかりじゃろうから少し解説してやろう」
「解説……?」
「そう、解説じゃ。……まずはこの岩からにしようか。この岩にはある鬼が封じられておるのじゃ。その昔、この国に多大なる影響を与えた鬼がな」
「封印されし鬼……じゃあこの山の結界はその岩の……」
「うむ、その通りじゃ。そしてこの封印を解くにはある神器が必要でな。――例えば、このようなな」
背後から取り出したのは一本の両刃の直剣。飾り気はなく古びた印象を与えるが、刃そのものは不思議なほどに研ぎ澄まされていた。
そしてなによりその重厚な存在感が、その剣が神器ということを納得させる。
しかし神器という割には神聖な雰囲気はない。何より真正の魔族であるシグマがなんの気なしに持っているのが気にかかった。
「これは神器の中でも変り種でな。導具としての面が強いからか、これは誰にでも扱える。無論ワシを含む魔族にもな。そしてその使い方じゃが……こうする」
右手に掲げた剣、左手にはバレーボールほどの大きさの力の塊。その力の塊の感じに覚えがあったのか、まどかが呟いた。
「あれは……小田原のときの……?」
「ほう、よく気づいたな。あの時はまだ具現化してなかったがの。――さてこの塊を」
次の瞬間、シグマは左手に持った力の塊を右手の剣に叩きつけた。しかし予想に反して剣が砕かれることもなく、また力の塊が霧散するでもなく、瞬時に力の全てを剣が吸収した。
そして――
「……わかるかな、どうなったのか」
「な……力が増して――!?」
上ずった綾華の声が平原に響く。隣のまどかも目を見開いていた。
シグマの持った剣に力を吸収する能力があるのはわかった。しかし、なぜ吸収された力以上の大きな力を宿しているのか。
「良い表情じゃ……くくく、その負の感情こそ我が魔族の力の源……。それでは疑問に答えてやろう。それはこの剣が『増幅器』だからじゃ」
「なんですって……!?」
力の増幅というのは一般的ではないが出来ることではある。しかしそれはそれなりの準備と儀式をもってして可能となるものだ。それを、神器とはいえあんな簡単に出来てしまうとは。
「そして増幅したこの力をどうするかというと……こうする!」
叫びとともにシグマは巨岩に巻きついたしめ縄を絶つように剣を突き刺した。
「さて、どうなるかな……」
一拍置いて、大地が震えた。震源は目の前にある巨岩。まるで何かが目覚めるように振動を繰り返す。
「まさか、封印されし鬼――!?」
「カカカ、その通り! かの天保の大飢饉をもたらした飢えた鬼神『鬼餓苦』の復活じゃ!!」
「きゃあああぁっぁぁっ!!?」
「せりな会長がっ!?」
巨岩の上に置かれていたせりなが僅かに宙に浮き、突然苦しみだした。その声たるや、今まで聞いたことがないほどの擦り切れるような絶叫だった。
そして二人は瞬時に閃いた。
「生贄にするつもりですかっ!?」
「半分正解じゃ。正確にはこやつの身体に乗り移ってもらうのだよ。復活したところで肉体がなければ長くはこの世界に留まれん」
「なんてことを……!」
しめ縄は断ち切られ、剣は岩に突き刺さり巨岩には大きな罅割れ。
思い通りにいかせるわけにはいかない。大地の鳴動が小さくなったのを感じると同時に彼女たちは駆け出した。しかし。
「相手はこやつらがしてくれようぞ。時間潰しにはちょうどいいじゃろう」
突き刺さった剣によって出来た岩の割れ目から現れたのは、低級霊の群れ。岩に封印されている鬼の取り巻きだということは瞬時にわかった。
綾華とまどかはそれぞれ術と弓矢で迎撃する。だが術はほとんど効果をあげられずに悪霊たちの群れをすり抜けた。矢のほうも同じようなもので、刺さりもしなければ付随した雷で感電するようなこともなかった。
「な……!?」
「嘘っ!?」
驚愕の声をあげ一瞬たじろぐが、敵が迫っていることを思い出して十分な間合いを取る。
「くくく、低級霊とは言うが、こやつらは現世の霊よりは魔界の霊に近い。物理攻撃はほとんど効かんぞ」
「なるほど……」
綾華の術は『力』を水という物質、即ち物理的なものに変換して攻撃するものだ。ただの水より『力』は混じっているが、それはこの悪霊たちにダメージを与えられるほどではないらしい。
まどかの矢は勿論物理攻撃用であるし、付随している雷も綾華の術とたいした差はない。
シグマの言うとおりなら、対処法は『力』の純度の高い攻撃をすればいいことになる。しかし全く逆配分での術などやったこともないし、正直できるとも思えない。
術による攻撃とは、攻撃するイメージを自分の操りやすいものに変えてすることである。だから力の純度を上げるということは、いつもは水に変換する力をそのまま残して、変換した水に乗せるということである。だが力の純度の高い水のイメージが出来そうにない。
いっそ変換する前の状態の『力』そのものをぶつけたほうがいいのかもしれない。だがその場合放出イメージが出来ないので、かなりの接近戦になってしまう。そして普段とは違う『力』の使い方をすれば消耗もいつもの数倍のスピードになってしまうだろう。
「くっ……」
どうするべきか。
悩んでいたとき、ふと浦崎から貰った紫色の球を思い出した。これを使えば何とかなるかもしれない。
しかしその考えを瞬時に掻き消した。確かに効果は高いと思うが、リスクも高い。ハイリスクハイリターン。もしこの場を乗り切れても、十日以内にまた襲撃があったらどうする。もし三分以内に打開できなければどうする。だからこの場はまどかと二人で打開しなければならない。
思考しながら逃げ回っている間にも岩の割れ目から止め処なく悪霊が湧き出てくる。もしかしたら無限に出てくるのかもしれない。もしそうなら分が悪い所の話ではない。
しかし安易に『球』を使わなくて良かったと安堵した。もし使ってからこの状況に気がついたならばとても三分以内にとはいかなかっただろう。
だがかえって綾華は『球』を使うことを考え始めていた。
この悪霊たちは完全に無視し、せりなを奪還してこの場を離れて増援を得てから決戦を挑む。
しかし『球』を握り締めてからこの策の穴に気がついた。――増援とは誰のことか。
和弥も良治も、そして水樹姉弟も幹部クラスと戦っている以上手は抜けない。もし勝ってもシグマと悪霊たちを相手に出来るほどの力は残っていないだろう。
もう『球』を使って三分限定で暴れまわるしかないのか。
「それにしてもこうまで完璧に引っかかってくれると言うことはないわな。……何故わざわざワシがヌシらに説明したと思う」
「……?」
よく考えれば説明したことによるメリットが思い浮かばない。弱点を曝け出すだけだ。実際聞いたことによって、あの巨岩から剣を抜くかせりなを引き離すかすれば、この壮大な作戦は失敗するはずだ。
「わからんか。その理由は……説明するとヌシらはそれを聞こうとする。ワシの作業の邪魔をすることなく、な」
「あ……」
「そういう、ことですか……」
確かにシグマの喋っている最中、邪魔をしようという気が完全に失われていた。状況把握を第一に優先してしまうのはいいのだが、それも時と場合によることを痛感した。
「さて、そろそろ覚悟を決めたほうがいいのでは?」
二人の背後には森が広がっている。戦うならば広場のほうがいいのは明白だ。森では遮蔽物が多すぎるうえ、悪霊たちは木などすり抜けてしまうのだから奇襲を受けやすい。
逃げるか、戦うか。
ドォォォォン!!
決断を迫られた綾華がその答えを出そうとしたそのとき、突如轟音とともに大地に『なにか』が激突した。
もうもうと立ち込める土煙。
「なんじゃ……!?」
シグマも驚いているところを見ると、陰神の作戦ではないようだ。もしそうであっても、巨岩のすぐ脇に何かを落とすような愚かなことはしないだろう。
「うー……また頭打った……」
既視感――
その声に、まどかは聞き覚えがあった。この登場の仕方にも。
彼との初仕事。
あの出来事はいつだったのか思い出す。
ああ、それはある春の日の夜遅くの邂逅。
「あ……もしかして取り込み中だったかしら……?」
土煙が晴れたあと、場違いな言葉が響いた。その澄んだ声を発したのは彼女の知ったあの予想通りの女性。
「いいえ、まさにナイスタイミング! って感じよ。久しぶりね、パティ」
「え……あ、まさかまどかさんっ!? いやホントお久しぶりです。今日は良治さんはご一緒じゃないんですか?」
金色の髪に青い瞳。そして背中の純白の翼。かつて良治とまどかとともに戦った天使、パティシアーノ・ロベール。
「良治は違う場所で戦ってるわ。世間話に花を咲かせたいところだけど、今は……目の前の難物をどうにかしなきゃね」
「え……あ、魔族と悪霊!?」
「……なにやってるんですか、あなたたちは」
世間話を始めて勝手に盛り上がるパティに静かに突っ込みを入れたのは勿論綾華。初対面なのだが突っ込まずにいられなかった。さすがはパティ、天然なのは治っていなかった。
「そうだ、それでここまで来たんですよ。それじゃあ早速!」
心の切り替えが上手いのか、いきなりあの時聞いた言葉を紡いでいく。人間には決して発音できない、あの言葉だ。
「ぬぅ、させるものかっ!」
「邪魔させてもらいます!」
「時間稼ぎは任せて!」
パティの術の時間稼ぎをすべく、向かってくるシグマに攻撃を仕掛ける。悪霊は完全に無視してシグマだけに集中する。パティに悪霊たちが向かっていくが、それを空に羽ばたいて避ける。そして。
「はぁっ!」
天からパティを中心にして浄化の光が降り注ぐ。その光に少しでも触れた悪霊たちが文字通り消えていく。そして発動から十秒も経たないうちにそこにいた悪霊たちが全て消え去った。初めて見たこの光景に綾華はただただ驚いていた。
「……ぬかったか。悪霊を呼びすぎれば天使が来ることを失念しておった。だがまだ終わったわけではない!」
その声とともに巨岩が大きく割れた。そしてその中から震えるほどの邪気の塊が吹き出ようとしていた。まるで何かおぞましいものが産まれるような嫌悪感が湧き上がる。
「え……ちょっと、この魔力の大きさってやばいんじゃ……!?」
「あ、やっぱり天使でもそう思うんだ」
「あ、当たり前です! この力、まず間違いなく高等魔族レベル以上ですよ!?」
「高等魔族レベル……なんだか非常にまずい気がしますね」
「そんなこと言ってる場合じゃないですよ、あの女の子を助け出せば寄身がなくなるので出て来れなくなるはずです。邪魔しないと!」
パティが叫ぶのと同時に三人が走り出す。時間がもう一刻の猶予もない。じわりじわりと邪気が大きくなっているのが肌で感じられる。
「これ以上の邪魔をさせてなるものか」
迎え撃つシグマの周りに無数の犬型の影獣が現れる。そして三人目掛けて一斉に襲い掛かった。
「ああもうっ!」
「時間がないのに……」
「上からならっ!」
地上で足止めを喰らう二人の頭上をパティが飛び越えていく。助けたいのは山々だが、今はそれよりも優先すべきものがある。そしてそれを二人とも望んでいた。
翼を羽ばたかせ、一直線に宙に浮かぶせりなへと向かう。が――
「邪魔はさせんぞ」
突如目の前に現れたシグマに弾かれ、叩き落されてしまった。白い羽が散り、近くの地面に墜落してしまう。
「パティ!」
「痛たたた……」
座り込んではいるがそこまで大きなダメージではないようだ。気を取り直して影獣の除去を再開する。
「はぁっ!」
綾華の一際大きな声が響き、無数の水の矢が影獣を貫く。それに続いてまどかも全力を込めた雷の矢を放つ。
「今がチャンスです!」
「はいっ!」
爆音の余韻も残ったままに、空からパティ、地上からは綾華とまどかが突破していく。今度はシグマの牽制はない。
「突破したか。だが、残念だったのう!」
巨岩に刺さった剣を握ったまま、シグマが剣に力を込める。そして――
「……成功じゃ」
巨岩から溢れていた邪気はいつの間にか消えていた。しかしそれは、全ての邪気が器に入ったことを意味していた。
パティは空に浮かんだまま呆然とし、綾華は現実を悔やみ、まどかは絶望していた。
宙から降りてくるせりな。
復活した鬼は、恐ろしいほどの邪気を纏って大地へと降り立った――




