~封印されしモノ~ 三話
背中に感じる四つの力を振り切るかのように、彼女たちはただ山頂を目指していた。自分たちが出来ることはそれだけだと信じるかのように。
「まどか、良治さんの相手を知っているようでしたが……」
「うん。……あれが去年の夏に奥多摩で戦った陰神の幹部の、魁」
「二人がかりで退けたという……」
「ええ」
並みの相手ではないのは一見してわかっていたが、まさかここまで幹部たちが揃うとは思っていなかった。もしかしたら陰神の幹部はトップの羅堂道元以外全員来ているのではないか。
もしそうならば、今回のこの作戦は思っていた以上に重要なものなのかもしれない。
例えば、小田原や上野の一件と関わりのあるような。
「一筋縄でいくような事態ではなさそうですね。でも、なんとかしなくては」
「頑張らなきゃ。シグマを倒せばたぶん私たちの勝ちね。それに早く倒せれば」
「ええ、二人の救援に行けます」
共にパートナーが今まさに命を賭けた一騎打ちをしている。手出しはしないとは言ったが、出来るだけ早くその場に辿り着きたい。そして窮地にあるようなら、例え憎まれても割り込むだろう。パートナーの命よりも大事な決着など在りはしないのだ。
「急ぎましょう。風の如く、疾風の如く山頂へ」
「ふんっ!」
「はぁっ!」
振り下ろされた金棒を、力の流れを逸らすように捌く。どちらも隙など毛ほども生じない。
魁は一撃必殺を狙いながらも捌かれた後の攻撃に備えた打撃を、良治は一度でも捌き間違えば致命傷という攻撃を受け流しながらも反撃の隙を伺っていた。
金棒という力の流れを刀の受ける角度とタイミング、受け場所で変化させて受け流す。しかしそれは防御一辺倒の手段ではなく、あくまで次の一手、反撃のための布石。
魁もそんなことは百も承知している。それを見越しての、あくまで隙を作らない打撃。渾身の一撃を放つことはしない。それこそが相手の狙っているところだからだ。いくら肉体的に勝っていようが、隙を生じた身体に日本刀の一撃を食らえば致命傷は避けられない。
そんな刹那のタイミングで生死を決める打ち合いを幾度繰り返したか。
「……はぁ、はぁ……」
「ふん、息が切れてきたか」
ニヤリと巨躯の男が笑う。己の優位を誇るように。
さすがの良治も肉体的な面、体格の差から生まれるスタミナの差は覆しがたかった。
決まれば即死の可能性のある金棒を捌くのに一番必要なのは言うまでもなく技術だが、それに付随するように当然力、腕力も求められる。
だが戦いの展開がこういうことになると、彼自身予想していたことだった。
あれから一年半が過ぎ、成長期を迎えた自分の力はまるで身体面の成長とともに急激に伸びたが、無論魁の力もそのままであるはずがない。力の差は確かに縮まりはしたが、追いつく、まして追い越したことは絶対にないと考えていた。正直、魁に攻撃後の隙があったとしても――勿論狙ってはいたが――そこを突けたかどうか。それだけ捌くだけでもとてつもない神経を使っていた。
彼は十分に距離を取ると、刀を納めて静かに深呼吸をした。身体と精神の平静を取り戻すように。
そして、決断した。
魁がさっきとは質の違う笑みを浮かべている。――さぁ、お互い本気を出そうぜ、と。
良治の身体全体に『力』が充満してゆく。それは一瞬だった。
身体は一回り大きくなり、髪の色が黒から白へ。そしてその双眸は金色。
「――さぁ、勝負だ、魁」
「ようやく本気だな。これまでの因縁、ここで決着をつけようか」
まるで相手に合わせるように魁の力も充実していく。まだ本気を出していなかったのは良治だけではなかったのだ。
『――行くぞッ!』
二人の男は同時に地を蹴った。
やはり、この男は強い。
今更ながらに思うほど、夜叉は強かった。
「そんなものか?」
身体のあちこちに刻まれた裂傷が小さく疼くが、無理やり無視して立ち上って木刀を構える。
始まってしばらくたったが、まだ和弥は夜叉にダメージらしいダメージを与えられないでいた。動きは目で追えるのだが、身体がついてこない。
剣技ではやはりまだ夜叉に一日の長がある。かといってまだまだ未熟な術でどうこうできるとは全く思えない。
剣でも術でも敵わない。ならば――
「……やってみるか」
このまま続ければジリ貧になるのはわかりきっている。それならば一か八かに賭ける。年末、上野の地で初めて実戦使用したあの技。その策は、考えてみれば誰かがやっているのを見たことが無い。たまたま見ることがなかったのか、それとも――できなかったのか。
和弥の覚悟を決めた表情に、夜叉は気を引き締めた。何か途轍もないことをやらかしそうな、そんな雰囲気。戦闘の中で急激に成長するタイプと自分で言ったが、それが間違いでないことを確信した。
こういうタイプは吹っ切れて本領を発揮する前に倒さなければならないのが鉄則だ。追い詰めれば追い詰めるほど、それをバネにして手痛い反撃を繰り出してくる。それを理解していながら、敢えて手加減をし、挑発めいたことを言っていた。
それは全て、和弥の全力を見たいが為の行為だった。
(それでこそ面白い)
強さを求め、その果てに陰神――というより羅堂――についたのだ。一対一での戦いこそ、彼の最も求めるものだった。
そもそも思想を同じくしたために陰神に入ったのではない。今まで戦った中で一番強かった羅堂を逃がさないためだ。
時を遡ること三年前。夜叉は、当時秘密裏に動いていた羅堂を偶然発見し、勝負を申し込んだ。しかし結果は惨敗。しかもそのとき羅堂は、白神会の決戦のときの傷がまだ癒えきっていない状態だったのにだ。
決着がついたとき、死を待っていた夜叉に予想外の声がかかった。
『強さを求めるならば俺の傍を離れるな。これから先、俺を倒そうとするヤツラがわんさかと来るだろう。これほど楽しいことはないと思うぜ。そいつら全部片付けてまだ不満だったら、そのときはまた俺が相手をしてやるよ』
彼はその言葉に頷いた。
そのあとは適当に命令に従いつつ、いつか来る『その時』を待っていた。その間一度も羅堂に反旗を翻さなかったのは、この男の近くにいたほうが満たされると判断したからだ。羅堂本人や組織にはなんの義理も執着もない。――全ては強者と戦うことのために。
「――来い」
「ああ、いくぞっ!」
和弥の持つ木刀に、今までとは比較にならないほどの力が伝わっていくのを感じる。一か八かの渾身の一撃かとも思うが、まさか通じるとは思ってないだろう。ならばその一撃を成功させるだけの策があるのか。微少な違いも見落とさないよう注意深く和弥、そしてその周囲を警戒する。
しかし何よりも恐れたのは上野で小競り合いをした時のあの『技』だ。
「!」
「――これで勝負だ」
突如発生した赤い炎が彼の持つ木刀を包む。
木刀そのものが燃えているわけではない。その証拠に黒い炭のようなものは何一つ木刀にはなかった。
「……やはりそれで来るか」
「ああ。まだまだ発展途上だけどな」
剣でも術でも敵わないなら、両方を合わせればいい。安直な結論を短い練習で成功させてしまったのは、抜群のセンスの賜物だと言っていいだろう。
「さぁ、これからがホントの勝負だ」
言うやいなや、赤く燃え盛る木刀を振り下ろす。夜叉は先ほどよりも大きな動作、間合いでそれを避けた。勢いよく吹き出る炎が攻撃範囲を広げ、さらに木刀そのものの姿を見えにくくしているためだ。
しかしそれも長くは続かない。木刀を振るうたび、炎の効果範囲を確実に絞っていく。そして十を数える頃には完全に木刀の位置、炎の届く範囲を見切った。さらに――
「はぁ、はぁ……」
夜叉はこういったケースに立ち会うのは初めてではなかった。それゆえ、剣と術を合わせたこの戦法の弱点も熟知もしていた。
今の疲れが見え始めている和弥を見れば一目瞭然、消耗が著しく激しいのだ。
武器に力を込めるのは剣士の領分だが、力を炎などに変化させるのは術士の領分だ。しかも、力を込めるだけならば、込めた力は長時間武器に留まっているが、変化させてしまうと話は変わる。炎や風などに変わった力は常に消耗していってしまうのだ。
爆発的に一撃の攻撃力は上がる。しかしそれは時間制限がついた一時的なものに過ぎない。その時間は術者の力の総量に比例するが、一流の剣士でも十分が限度だ。しかもぎりぎりまでその状態を維持したところで、疲れから剣の切れも鈍り、また維持できなくなったときには既に立ち上がることも出来ないくらい疲れ果てているだろう。
効果は確かに高いが、それ以上にリスクが高すぎる。
それが一般的な退魔士の見解だった。だからこそ誰も使わなかったし、彼に教えもしなかった。
そして夜叉は前回目撃した時からこうなることを知っていた。
「……はぁっ!」
「無駄だ」
明らかに疲れの表情が見え始めているが、それでも懸命に炎を振り回す。消耗は激しいはずだ。だがしかし、攻撃の手を緩めようとはしない。前に、前にと夜叉目掛けて進んでくる。
そこで気が付いた。和弥が木刀に炎を纏わせてから何分経ったか。
時計などは持っていないが――例え持っていても戦闘中に確認するような愚は犯さないが――既に五分以上は流れているはずだ。
「まだまだぁっ!」
それなのにまだ炎は消えない。十分というのは一流の剣士の平均だ。しかし目の前の剣士はまだまだ一流には程遠い。力の扱いも未熟、経験も少ない、頭も良くはない。それなのに。
「ちっ!」
一瞬の逡巡の間に炎がコートを掠める。触れた場所が炭化しているのが臭いでわかった。
そもそも平均して十分というのは、力の扱いを高いレベルで出来てこその時間だ。構えのときは出来るだけ抑え、相手に接触するときにだけ出力を上げる。そういう技術を持ってして十分。しかし、目の前の光景はそんな常識を打ち破っていた。
「このぉぉぉっ!」
常時全力でまだ持っている。今にも力が尽きそうだが、まだ持っている。
「――!?」
初めて余裕のない受け方をした。木刀自体は受け止めたが、纏った炎が左肩を炙る。反射で力任せに押し戻すが、押し切れない。
「くっ!」
押し切れないと判断し、押し返してきた力のまま後方へ跳んで間合いを取った。
焦りと恐れが心のうちに滲んでいく。――ヤツは化け物か。
今さっきまでは確実に上回っていた。それは確かだ。しかし、しかし――
「はぁ……はぁ……そろそろ決着つけようか……!」
和弥を覆う力が漲みなぎっていく。より大きく、より力強く。
「な……ヤツは化け物か――!?」
ただの人間を遥かに超える『力』の総量。未だその底は知れず、彼を恐怖させた。
和弥が燃え盛る木刀を上段に構える。
夜叉は半身、刀は大地とほぼ水平に構える。
一瞬木刀の炎が小さくなり、そして突撃とともに一際大きく弾けた。
その瞬間夜叉は刀を引くように振るった。距離はまだある。しかし振るった刀から疾った半月状の軌跡が真っ直ぐ向かってきた和弥へと襲う。
『閃魔』
これぞ夜叉が考案し、切り札としている秘技。刀に込めた力を目標にぶつけ粉砕する。斬撃というよりも打撃に近く、触れただけで切り裂くというような特性はない。だがその破壊力は通常の斬撃を凌駕する。
振り下ろしきることができ、尚且つ避けるのが難しい中距離戦で最も威力を発揮する。しかも今回はさらに相手は向かってきている。もはや避ける手立てはない。
「――ぁあっ!」
しかし和弥は避けるのが無理だと直感すると、空気を切り裂いて向かってくる閃魔目掛けて木刀を振り下ろした。
「な――!?」
刹那拮抗したが、それを打ち砕いたのは赤から青に変化した和弥の木刀だった。
赤い炎から青い炎へ。新たな術をやってのけただけでなく、その戦闘中更に成長させた。驚くほどの、否、有り得ないほどのスピードの進化だった。
青い炎は閃魔を打ち破っただけで納まらず、その余波が夜叉の左腕を焦がす。夜叉のそれでも消えない戦意は、ここで失えば即死に繋がるのを十分に知っているからだ。
振り絞るように前を向くが、そこには完全に力尽きた戦士が一人。
「……ぁ……ぅ、ぁ……」
木刀を支えに、倒れてはいないがもう戦うことはできないだろう。体力も力もその身体には一滴も残っていないのは見ただけでわかる。
立ち上がることすら出来ない敵を前に、彼は僅かに迷った。しかし気配に気付くと、それを口実に去ることを決めた。
「……手当てをするなり連れて行くなり好きにしろ」
「へぇ、さすがに陰神の幹部ね」
深い森の闇から現れたのは一人の若い女性。隙のない足取りで和弥の元に歩いていく。
「その男に伝えておけ。次こそ決着を、と」
「ええ、わかったわ」
ショートカットのその女性に伝言を頼んで闇へと進んでいく。もはやこの場に用はないと言わんばかりに。そして、消えた。
「……まぁ因縁も有りそうだし、見逃していいかな。恨まれるのも怖いしね」
そう言って和弥に肩を貸す。意識はなかったが、呼吸が聞こえたので安心して歩き出した。
「お疲れ様、和弥くん。あとはみんなに任せましょう。……大丈夫。きっとあの子達なら」
微笑を浮かべ、山頂に振り向く。まだ大きな力がいくつか残っているのがわかる。無論誰も欠けてはいない。
「さて、宮森くんに診てもらわなきゃ。長引きそうなら私も参戦しなきゃね。それにしてもなんでこんな辺鄙な場所に……って、まさか陰神の目的は丹沢の鬼――? ……長引きそうならとか言っている場合じゃなさそうね。早く戻ってこないと」
呟き、葵は戦場を後にした。部下たち、いや仲間たちを信頼して。




