~封印されしモノ~ 二話
暗い山を二人の男女が駆けてゆく。
道なき道を突き進む。道のりと比例して、木々や草葉からの微少な傷が腕や足、顔などに増えていく。
ちゃんとした道を走りたいのは山々だがそうもいかない。シグマの目的地は山頂のようだが、この丹沢山塊のどの山の山頂かはわからない。この丹沢には大小あわせて二十数座の山があるのだ。先回りできたとしても違う山に登っていたのでは致命的な遠回りになる。
「……それにしても何か理由があるっぽいな」
「空間転移のことですか? 多分、ですが見当はついてます」
「ホントか?」
長距離の空間転移が出来るはずのシグマが、なぜか短距離の転移を繰り返す理由。その理由に綾華は気付いていた。
「ええ。……ところで和弥、この山に入ってから何か違和感を覚えませんか?」
「違和感? ……あ」
「気づきましたね。どうやらこの丹沢山塊周辺には何かしらの結界が張られているようです。力を抑える類のものではないと思いますが、具体的な効力の限定は難しいですね。それに……」
「なんか、進むにつれて強くなってる気がするな」
言われるまで気付かなかった結界だが、意識し始めると違和感が身体を包むような感じがした。そしてそれは山を登るほどに強いものになっていく。
「はい。思い当たるのはこの結果の影響で長距離の空間転移が使えない、ということです。それにしてもなんなんでしょうね、この結果は。この辺は国立公園ですよね? いったい誰が、どんな目的で……?」
「嫌な予感がするな。急ごう」
纏わりつくような予感を振り切るようにスピードを上げる。半瞬遅れて綾華が追随していった。空間転移の距離が短いお陰で置いて行かれることはない。
そして。
「――よし」
「……まさか追いつかれるとは、の。あの二人も存外使えぬな。所詮人間ということか」
小さな広場ほど開けた草原に佇むシグマが吐き捨てるように言った。そこには味方であるはずの姉妹を何とも思っていないのが感じ取れた。言葉通り敵味方関係なく人間などどうでもいいのだろう。
「ふん、やはり面倒だが赤子の頃から育てぬと駄目なようじゃな。苦労して騙して取り込んでみたが無駄だったの。……まぁよい。残念じゃがワシはあまり暇ではないので、ヌシらの相手は雑魚どもが務めよう」
そう言うと同時に現れる無数の犬のような影獣たち。ざっと見たところ軽く五十は超える数だ。百以上の赤い瞳が和弥たちを睨みつける。
普通の術士では真似出来ないような行為をあっさりとやってのける。
「さて。ではこやつらと戯れておれ。……ん?」
「?」
何が気になったのか注意深く見てみると、どうやらせりなが気がついたらしい。小さなうめき声を上げながら頭を振っている。もちろんシグマの枯れ枝のような腕の中でだが。
「ん……え、何、どうなっているの……ってなにさこれは!?」
「騒がしいの、少し黙っとれ」
「ちょ、あうっ」
がくんと力が抜け、先ほどと同じように抱きかかえられる。どうやらまた気絶させられたようだ。
「……とりあえず生きてて良かったな」
「そうですね。あの様子を見ると、なにかされているという可能性も低そうですね。――絶対助けましょう」
「ああ」
決意を固め、闇に広がる獣たちとその中央に立つシグマと相対する。隣の綾華も気合いは十分といった表情だ。
何もされていないのならまだ間に合う。シグマに攫われたのを目撃した時は、もう手遅れかと覚悟していた。
「さて、今度こそ行くかの」
ふわりと中に浮いたかと思うと、それに合わせて犬型の影獣たちが襲いかかってきた。退く瞬間を狙おうと思っていたのだが、どうやら読まれていたようだ。
「ちぃっ!」
こうなったらもう、この影獣たちを全滅させてから追うしかない。二人で背中をフォローしながら襲い掛かる獣から優先して打ち倒していく。一箇所に留まることは決してせず、絶えず移動しながらも互いの死角を打ち消す動き。その動きを二人は考えるのではなく、今まで培ってきた感覚で実行していた。
「はぁっ!」
和弥の一撃が『犬』を打ち払い、別の個体を綾華が水の矢で打ち抜く。
月下に舞う二人の退魔士。その表情に悲壮なものはなにもない。まるで一夜限りの舞踏会を楽しむかのような笑みを浮かべていた。
「やっべ、楽しくなってきた!」
「奇遇ですね、私もです!」
疲れが出るどころか、さらにペースを上げていく。このまま果てもなく続けられそうな感覚が襲う。
しかし――
「んな……」
「ちょっと、冗談じゃないですね」
あらかた討滅したと思った矢先、シグマの去った先の暗い森から現れたのはまたも犬型の影獣たち。
「キツイな……」
五十を軽く超える数の後にこれはさすがに辛い。数は先ほどと同じくらいだが、二回に分かれて来ただけに精神的にくる。
さらに言うなら、和弥はともかく綾華が体力的に心配だった。必死に隠そうとしているが微かに口で呼吸し始めていた。もしここを乗り切れても、この次に控えるシグマとの戦闘には望めないだろう。
「……しょうがない。頑張るか」
戦闘を回避してシグマを追いかけることも浮かんだが、逃げ切れるとは限らない。最悪の場合両方同時に相手をしなくてはならない。それならば、この場で綾華の負担を減らすように和弥が頑張ればいい。
そう結論付けると、一歩前で出た。自分を狙えと言わんばかりに。
「ちょっと、和弥!」
「綾華は術で援護してくれ。大部分は……俺が引き受ける」
「な、何考えてるんですか! 先ほどと同じ戦い方で――」
「さっきと同じだと綾華がキツイだろ。だからだ」
「大丈夫です。だから変えないでいきましょう」
「いやだから――」
「大丈夫ですから――」
敵を前にして言い争いを始める二人。
綾華の体力を気遣う和弥と、和弥の足手纏いになりたくない綾華。
さっきまでの息の合ったコンビネーションは何処へ行ったのか。
「――和弥も綾華さんも納得の方法があるんで、その辺にしておこうか」
そんな二人の掛け合いに苦笑しながら近づいてくる影が二つ。
黒いシャツに黒いバンダナと納刀した日本刀。。ポニーテールに大振りの弓。
待ちに待った二人。
《黒衣の騎士》と《蒼雷の射手》、良治とまどかだった。
「リョージ、どういうことだ?」
「私たち両方が納得する方法……?」
「簡単なことです。つまり、ここは俺たちに任せて欲しい」
「そういうこと。ほら、早く行かないと」
一瞬色々と考えたが、二人が引き受けてくれると言っている以上任せたほうが効率がいい。そんなことより、まどかが言うように時間がないのだ。
綾華とともに小さく頷くと、正面の『犬』たちを避けるように脇の森に入っていった。
横を通ったとき、聞こえるか聞こえないかの声で良治は呟いた。会長は任せたぞ、と。
「さて、向こうで二人も頑張っていることだし、俺らも一丁気合い入れていきますか」
「そうね。あっちは幹部でしかもタッグマッチだからね。こんな下級の影獣に負けるわけにはいかないわね」
ここに来る途中水樹姉弟に会ったのだが、『ここは私たちに任せて先に行ってください!』と道を開けてもらったのだ。そんな二人の心意気を無にすることは出来ない。
「あんなカッコいい台詞言われちゃ頑張らなきゃならんな。今日はちょっと後先考えずに突っ込むか」
くっくっく、ともう楽しくて仕方ない感じに笑う。どうやら皆に感化されたらしい。
会長奪還という大きな目標を掲げ、皆その場その場で出来る限りのことをしているのだ。熱い気迫がまどかにも伝わってくる。
「もう。良治は考えるの担当じゃなかったの?」
「いつもはな。ただ今回に限っては一人の退魔士として、一人の戦士として戦おう」
(男の子ってこういう単純な展開に熱くなるんだから。……でもこういうときに冷めてるよりは断然いいか)
これでこそ自分の好きな良治。小さく笑ってまどかもまた深く深呼吸をした。
「じゃあここは派手にいくわよっ!」
「その意気だ。行くぞっ!」
二人は同時に一歩踏み出した。
「リョージたちなら何も心配いらないな」
「あの二人を信頼しないで誰を信頼するというんですか? キャリアも実力も上なんですよ。先の道を任された以上、シグマを倒して私たちも戦力になるところを見せなければなりません。……今後のためにも」
「違いない」
シグマの気配はまだだいぶ遠い場所だ。しかしそれを見失わないのは、何度か近接距離で直接気配を感じ取っていたからに他ならない。あの禍々しい気配はそう簡単に忘れられるものではない。向こうも気配を消してはいるが、一度捉えてしまえば微弱な気配でも十分位置を掴むことができる。
(あと少しか?)
鬱蒼と茂る木々に邪魔されて視界にはまだ入らないが、もうそろそろ見えてもいいくらいまで距離が縮まっていた。
後ろを走る綾華に視線を送り、一気に距離を詰めるべく加速した。が、その刹那。
右足を踏ん張らせ、大きく右へ跳んだ。加速した瞬間でかなり無理な体勢からの行為で、着地こそ上手くいったが身体のあちこちが軋みを上げていた。
「和弥!? どうしたんですか急に。このままではシグマに――」
いきなりの和弥の行動に、微かに責めている感情が混じっている。それも当然、あと少しで追いつくという肝心の場面での意図の解らない行動に憤慨していた。
しかし、それもすぐに収まった。なぜならば、和弥の行動の意味がわかったから。むしろあの瞬間、そうしなかったなら命があったかどうかわからない。
「――夜叉……!」
「足止めをしろということなのでな。いい機会だ。この場で決着をつけよう」
暗い森から染み出るように現れたのは、和弥にとって宿敵とも言える夜叉だった。 変わらぬ抜き身の刀のような鋭さ。気圧されるようなものではなく、気を抜けば瞬時に心臓を打ち抜かれるような死神の気配。
今まで一番濃く、なおかつ純粋な殺気。
「――――」
ぞくり、と身震いがした。
「和弥……?」
恐怖ではなく、武者震い。
「まったく……」
絶望的な戦いが楽しい。その逆境が大きければ大きいほどに。今まさに
笑い出してしまいそうなほどに。
自分が単純ということを初めて実感した。
「さぁ、死合おう夜叉。『護聖十士』都筑和弥が受けて立つ」
高揚感が全身をくまなく駆け巡り、まるで覚醒したかのように全神経が鋭敏な感覚になる。そう、例えるなら、今なら夜叉に勝ててしまうと思えてしまうくらいに。
「戦場でしか伸びないが、それ故に爆発的に伸びるタイプか。その資質は危険だ。英雄、もしくは軍神の資質と言えるだろう。だが――貴様に先はない。俺がここで根こそぎ奪い取ってやろう」
二つの渦巻く闘気が混ざり、うねり、やがて二人を包んでバトルフィールドを生み出す。
綾華も傍にいることが出来ず、十分な距離を取るが、そこでふと気づいた。
(夜叉を和弥が抑えているうちに私は山頂へ向かったほうがいいのでは?)
こうなった以上最早二人に手を出すことは出来ない。術の援護も今回ばかりは余計な行為に過ぎないだろう。
しかしここで立ち去ってしまったせいで和弥が死んでしまったら。悔やんでも悔やみきれない。
(どうする……?)
既に一触即発。和弥は木刀を構え、夜叉は腰の黒い拵えの刀に手を添えている。
耳鳴りすらする空間。無限に続くかと思わせる静寂。
緊張が極限にまで達し、爆発しかけたその瞬間。
「遅れてすまない」
現れたのは二人の男女。良治とまどかだった。
あのあと何事もなく影獣を全滅させて和弥たちを追ってきたのだ。ほとんど時間が経っていないことを考えると驚異的なスピードだ。
「夜叉か……和弥、ここは任せていいか?」
「もちろんだ」
二人飛び込んで緊張が一回途切れたため、さっきよりも間合いを大きく取っている。元より一対一で戦おうと思っていた。それに自分一人で抑えられるなら残りの三人がシグマを追って山頂を目指せる。
「よし、じゃあ任せた。……明日も学校あるんだから程ほどにしとけよ」
「おう、明日は体育あるしな。筋肉痛じゃ辛いな」
言葉を交わし、山頂のある方面を確かめる。まどかと綾華とともに進もうとするが、そこで声をかけられた。
「――なぁ、そこの《黒衣の騎士》さんよ、オレとちょいと付き合わねぇかい?」
瞬時に振り向くと、そこには一人の男が岩に腰掛けていた。
「……絶妙に、嫌なタイミングだな」
苦々しい表情の良治とは裏腹に、その男は嬉しそうに話かける。
「まぁそう言うなよ。一年半振りの再会にしちゃあそっけないな。もう少し喜んでもバチは当たらんぜ?」
立ち上がる男。今まで座っていたからわからなかったがかなりの巨躯。二m近いのではないか。胸のはだけた半袖のシャツに、右手には今転移させてきた巨大な六角の棒。厚い胸板と太い腕。見るからにパワーファイターだ。
「二人は先に山頂へ。こいつは俺が何とかします」
「ちょっと、私も一緒に――」
「ダメだ。山頂にいるのはシグマだ。戦力をここで削げない。それに」
ふと和弥のほうを見る。相変わらず向かい合ったままだ。おそらく邪魔者が消えるのを待っているのだろう。
「和弥がやってることを俺が出来なくてどうする」
「良治……」
「それに……借りもあるしな」
手持ちぶたさなのか、普通の人間ではとても掴むのもやっとの太さの金棒を器用にもくるくるとバトンのように回している巨躯の男。良治だけではなくまどかも見覚えがあった。
「絶対、死んじゃダメなんだからね」
「わかってる。……さぁそろそろ山頂へ」
泣き出しそうな自分を抑え、まどかは一直線に山頂へ走っていった。心配げな表情の綾華は一度良治に軽く会釈をすると、和弥のほうは見ずにまどかを追っていった。
「――別れは済んだか?」
「再会の約束をしたところだ。……場所を変えよう」
「ああ、オレもこんな場所でやりあって夜叉の巻き添えは喰らいたくなしな」
そう言い二人で場所を移す。川を越え、隣の山へ。そこで適当な広場を探す。
「――よし、この辺でいいな」
「ああ、大丈夫だ」
途端に走る緊張。暴力的で野獣のような闘気。いつかまた戦うことになるだろうとは思っていたが、このタイミングで再戦することになろうとは。
一年半前とは色々なことが違う。あの時は二対一だったし、近くまで増援も着ていた。
しかし、今回は違う。自分だけで援護もない。まどかの援護の中戦った前回とはまるで違う。でも。
それでもやるしかないのだ。
「去年の夏の決着をつけようぞ、《黒衣の騎士》!」
「ああ、今度は俺ひとりで十分ということを証明して見せよう、《粉砕士》魁!」




