~封印されしモノ~ 一話
様々な出来事があった年が終わり、新たな年が始まった。
去った年に起きたことはすべからく関係した者たちの人生を狂わせ、狂ったが故に終わった人生もあった。
玖珂燐太郎。
蓮岡恭二。
四大流派の継承者たる二人は、死んだ場所、時間も違うが、最後に願ったのは共に残る子供たちのことだった。それは自分が受け継いできた流派が途切れることの悔恨でなく、ただ一人の親としての想い。
蓮岡恭二の死の際、彼は思った。自分の父親もそうだったのかと。
ならば自分はきっと正しいのだと思う。この十年、復讐だけを糧に生きてきた。十年と言う歳月は長かったのか短かったのかわからない。ただ、復讐心を忘れるには短かったのは確かだった。
妹――綾華は何故か復讐を望んでいない。父親が殺されたというのに。そんなことより、復讐に駆られて生きる自分を止めようとさえしている。
でももうそんなことはどうでもいい。あと少しで決着はつくのだから。
「まったく……どうしてこんな『護聖十士』なんてものを兄さんは作ったんでしょうか」
冬休みも終わってしばらくしたある日。痺れるような寒さの篭る道場で珍しく綾華はぼやいた。
訓練前のストレッチが終わり皆で座り込む。メンツはいつもの四人だ。
「さぁな。いつも何考えてるかわからんけど、今回はそれに輪をかけてわからん。考えたってしょうがないって結論が出たじゃないか」
ここ二週間その話のせいで、ことあるごとに注目されている和弥が諦めたようにため息をつく。そんな彼を横目に、学校の鞄から良治が一枚の紙を出す。何回も見たようで、その紙には皺が目立っていた。
「……『本日一月一日付けで対陰神の為の退魔士十名を選出する。選ばれたものは各自全力を持って任務を遂行するように』ね……」
苦笑しながらすらすらと読む良治。もう何度も読んだのが感じられる。それに追随するように綾華が続けた。
「『選出者は以下の通り。東京支部碧翼流継承者南雲葵、京都本部黒影流継承者浦崎雄也、長野支部紅牙流継承者玖珂祥太郎、福島支部蒼月流継承者蓮岡加奈、京都本部宮森空孝、名古屋支部紅牙流白河道照、福井支部紅牙流松原晶則、福島支部蒼月流伊藤眞子、宇都宮支部赤月政大……東京支部神刀流都筑和弥。以上十名を護聖十士とし任命する。一月一日白神会総帥白兼隼人』……」
言い終わってまたため息。この問題に本気で頭を痛めているようだ。だがそれは彼女だけではない。他の三人も同様だった。
他の九人はわかる。最初の四人は各流派の継承者だ。継いだばかりの者もいるがこれは外すわけにはいかないのだろう。次の宮森空孝は医術士の家系である宮森家宗家の家長。その次からの者も支部長を務めるなどの確かな実力者ばかり。そして……一番の、唯一の問題点が次に出てくる『都筑和弥』だった。
「なんでホント俺の名前があるんだよ……」
東京支部の師範を務める名塚ではなく、実力的には二番目の良治ではなく、隼人の妹の綾華ではなく、和弥の名前がそこにはあった。
護聖十士が発表された元旦から東京支部の葵のところに度々問い合わせが来るようになっていた。曰く、都筑和弥とは何者なのかと。
名前があるだけではこんな騒ぎはなかっただろう。しかし周囲が騒ぐにはそれ相応の理由があったのだ。
『神刀流』
この三文字のおかげで妙な憶測や噂がひっきりなしに起こるようになった。
神刀流、それは代々白神会総帥白兼家が継承する流派である。
隼人が神刀流として発表したため、綾華との結婚説や、先代守人の隠し子説などが瞬く間に流れた。その噂は白神会だけでなく、他の組織にも広まっているという。この騒ぎに綾華が直接隼人に電話したのだが、いつものごとく受け流されてしまった。
「……最悪だ」
和弥自身に他の支部の知り合いがほとんどいないので直接聞かれることはないが、この二週間で支部の電話が鳴るたび嫌な気分にさせられていた。対応する葵や師範の名塚や師範代の竹村と九嶋にも迷惑がかかってしまっている。
隼人も護聖十士の発表以来公の場に姿を現していなく、その噂を否定していないことがこの騒ぎが長引いている要因の一つでもあった。
「……綾華はどーゆーことかわかるか?」
「私に聞かないでください。兄の考えなんて知りません」
ぷいっとそっぽを向く。心なしか頬が染まっているような気がするが熱でもあるのだろうか。きっとそうだと決め付けていたら、何故か他の二人がため息をついた。
「まぁそれはそれとして今夜の仕事は忘れるなよ」
「ああ、わかってる。ホントなら昼間のほうがいいんだけどな……目撃例が夜しかないならしょうがないか」
「今回は人を驚かせる程度しかできない悪霊のようですから二人だけでも大丈夫です。体調が不安定なようですが大丈夫ですか?」
「ええ。まぁ大丈夫でしょう。無理はしませんよ」
今夜の仕事に良治とまどかが参加しないのは、良治の体調不良のため。彼自身が言うには、最近寒くなってきたから、とのことだ。昔から寒いのは苦手らしい。もちろん寒いのが嫌いというわけではなく、寒さによって体調を崩してしまうからだ。元々彼は身体が強くない。
「そういえば別件で委員長が今夜除霊するって言ってたな。会えたらよろしく言っておいてくれ」
「そんなこと言ってたな。おっけ、会えたらな」
「じゃあ今日はここらへんで解散ってことで。二人とも頑張ってね」
「ええ。まどかは今日は暇でしょうけどね」
「ま、ね。でも油断だけは絶対しちゃダメよ?」
「肝に銘じておく。まぁ俺たちだけでどうにも出来そうにない、不慮の事態が起こったら連絡するよ」
深夜の公園で、また一つの魂が天へと導かれていった。
都会よりはまだ星が見える程度といった夜空。二人の姉弟は昇っていった光を眺めていた。どうか来世では幸福を、と。
もう幾度行ってきたかもわからない行為。だがそれは決して作業にはならなかった。文字通り心を込めて、迷える魂を安らかな世界への道しるべを表す。自分にしか出来ないことではないが、多くの人が行えることでもない。彼女たちは正しく天職を得たと考えていた。
そして同じ志を持ったかけがいのない友人たち。これから先、彼らと一緒に歩んでゆくのだろう。そんなふうにして生きていけたら、きっと幸せだろう。
「じゃあ帰ろっか」
「そうだね、姉さん。……ん?」
祈りを終え帰り支度をしていると、慎也が訝しげな声を上げた。その様子に違和感を覚えた真帆もすぐさま気配を探る。
「――!」
「これは……!?」
強大な力の気配。それもこれは人間のものではない。これほど力の大きな気配は感じたことがない。彼女の全身を戦慄が駆け巡った。
気配は現れては消え、現れては消えを繰り返して段々とこっちに近づいてくる。ここにきてやっと危機感を感じた二人はすぐに気配を消し、来るべき気配から身を隠した。
(――来る!)
かくしてそれは中空に現れ、すぐにまた消えた。
それは一瞬しか見えなかったが、その特異な姿は決して忘れられるようなものではなかった。黒いボロ布のようなものを幾重にも巻いた身体、その布の間から見えた紅い光。
「うそ……今、の……魔族?」
魔族。初めて間近で見て、その強大さ、決して相容れない存在を知った。伝承などで知ってはいたが、まるで違う。決定的に違っていた。正に『百聞は一見にしかず』という言葉を叩きつけられた。
そして。
「今、女の子が……あの人は……!」
確かに見えた。黒い魔族の姿に気を取られていたが、真帆にも人が抱えられていたのが見えていた。魔族に抱えられ、攫われていった女性。行き着く先は闇しかない。
ならばそうなる前にしなければならないことがある。たとえそれが悪足掻きでも。たとえそれが死地に向かうことであっても。
走り出して真帆は叫んだ。
「助けに行かないと! それと柊くんに連絡をしないと――」
「――シグマが!?」
「たぶん、な。そして目撃した場所と方向からすると、今二人がいる丹沢方面に向かってるはずだ。女性を抱えてるとも言ってた。まずは彼女の安全確保を最優先に頼む。まぁ言わなくても大丈夫だろうが」
「女性……? 人質か?」
「推測の域を出ないが、おそらく違うだろう。最初に目撃したのは真帆たちで、その時点では既に抱えていたからな。その前にシグマが誰かと戦闘していたのならわからない。それにしても攫われているのがあの人……嫌な予感がする。すまないが足止めだけでも頼む。俺もまどかと一緒にそっちに向かう」
「おっけ。じゃああとで」
良治から緊急の連絡が来たのはちょうど今日の仕事が終わり、夜の散歩がてら帰り道を歩いているときだった。
仕事も終わって気を緩めたタイミングの知らせに驚いたが、もう動揺はない。電話を漏れ聞いていた傍らの綾華にも同じ情報が伝わっていて、緊張感漂う一人の退魔士の表情になっていた。
「そういえば……」
「何ですか?」
「いや、リョージが攫われた人を知っているような雰囲気だった気がして……」
それなら何故そのことを言わないのか疑問だが、この緊急時、自分の思考に入って言い忘れていた可能性は十分にある。
「まぁいっか」
「いいんですか、それで……」
呆れ顔をする彼女だったが、すぐに元の顔に戻って警戒し始めた。
場所は民家からある程度離れた雑草の生い茂る山裾。既に二人とも気配は消している。どうやら短距離の空間渡りをしているようだが、その速度からもう来てもおかしくない。もしかしたら向こうも目撃者に気付き、同じように気配を消して移動している可能性もある。
そのとき。
「なっ!?」
「何っ!?」
奇しくもシグマが現れたのは二人から五mも離れていない場所だった。予想外の近距離で鉢合わせ、その場にいた全員が一瞬硬直した。
「……まさか待ち伏せをされるとは。ここを待ち合わせの場所に使ったのは失敗だったようじゃの」
(待ち伏せ?)
現れたのはやはりシグマ。しかし何故か待ち伏せされたと勘違いしていた。頭に?マークを浮かぶが、わざわざ聞いて安心させることもない。
それにしても待ち合わせ場所。東方に丹沢の山塊を眺められる大山の裾野。手前には鈴川が流れている。西側から現れたシグマの目的地はこの先の山々しかない。住宅地などがなく開けたこの場所は、確かに待ち伏せするのに適していると言えるだろう。
その時、冬の厚い雲に隠れていた月が裾野の平原を照らした。
「か、会長っ!?」
月明かりでようやく見えた女性。気絶しているのか、意識はないがそれは確かに和弥たちもよく知る生徒会長のせりなだった。これでさっきの良治の様子も合点がいった。やはり知っている人物だったと。
傍目には死んでいるようには見えないが、ここからではどんな状態なの
かわからない。もしかしたら厄介な毒や呪いを受けている可能性だってある。一刻も早く助けなくてはならない。
「ほう、知っているのか。それはまた面白い。まぁ力在る者は引かれあうと言うからのぅ。こやつが力を目覚めさせたのもヌシらの影響かも知れんな」
「目覚めた……まさか!」
「『力』に目覚めたようですね。今年に入ってから会ってなかったのでいつからかはわかりませんが」
そういえば、あのとき。十一月の半ば。長野に行く前。階段を降りきったとき。せりなが身体の不調を訴えていたのを思い出した。そしてその後の良治の言葉も。
『杞憂に過ぎなければ良いが』
この言葉の意味が今になってわかった。彼はこのことを予見していたのだ。
しかし、『力』に目覚めたからと言っても何故シグマはせりなを攫ったのか。その理由がわからない。
「とりあえず……やるしかないか」
呟き、戦闘体制に入る。状況の一端は理解したが、どちらにせよ彼女を助け出すことに変わりはない。それに合わせてシグマもその禍々しい力を充満させる。
一触即発の緊張感溢れる間合いの中、どちらも動かない。いや、動けない。今から考えれば現れた瞬間にある程度距離を取っておけば良かったのだが、いきなりすぎて硬直してしまっていた。
あまりにも距離が近いせいで、先に動いたほうに隙が生じてしまう。二対一とはいえ相手はシグマ。人質を傷つけずに保護したい。しかし抱えているぶん動きが鈍るのではないか。
様々なことが高速で駆け巡る。そして結論。
先手必勝――!
だが転魔石を発動させた瞬間、戦場に現れたのは二つの気配。
良治とまどか――ではなかった。
「先月と同じようなパターンですね。もっとも、相手は《黒衣の騎士》と《蒼雷の射手》ではないようですが」
「シグマ様。ここは私たち姉妹でお受けします。先に山頂へ」
ショートとロングの姉妹。両方とも紅白の巫女服に身を包んでいた。
初めて見る二人だが和弥と綾華は二人ともその正体を看破していた。即ち、先月良治とまどかとやりあった姉妹。――桜と楓。
「ふむ……ここまで来て他の者たちが来ていないということは待ち伏せではなく、ただの偶然だったようじゃの。それではワシは先に行く。任せたぞ」
そう言い残すとせりなを抱きかかえたまま空間を渡っていった。しかしまたも短距離で、見えはしないが気配で百mほどくらいしか移動していないことがわかる。なにか長距離の空間転移が出来ない事情でもあるのだろうか。
「この二人を倒さないと先へは進めないということですか。……勝算はありますか?」
「リョージたちが決定打を与えられなかった相手だからな……でも結局やるしかないだろう」
「いつもそれですね。いきあたりばったり。まぁ和弥らしいといえばらしいですけど」
くすりと笑う。馬鹿にされてるのか褒められてるのか微妙なところだ。
でも綾華のこの笑顔が好きな和弥とすればどちらでもいい。
気合いを入れ直し、対峙する。が、またもさっきと同じようなタイミングで気配が二つ増えた。
またも敵だと思って警戒するが、今度は心強い味方が登場してくれた。
「この場は私たちで何とかします。だから都筑くんと綾華さんはあの魔族を追ってください」
「委員長!」
「影薄いのは知ってますが、一応自分もいますから。時々ホントに忘れられてるかもと思うんですから……。白兼さん、お二人で会長を助けてあげてください。あんなんでも僕たちの学校の生徒会長です。あ、任期が終わったのでもう『元』になりますね」
水樹真帆と水樹慎也。ここは任せてくれと言わんばかりの自信に満ちた笑みの姉とちょっと苦笑い気味の弟。
ここで任せなかったら二人を信頼してないことになる。気がつけば、和弥も不敵な笑みを浮かべていた。
「よし、じゃあここは二人に譲るよ。俺たちはヤツを追う。でも必ず生き残ってくれよ?」
「当たり前です。色々とまだやりたいこともありますし、こんなところで終われません」
未来を見る、確かな眼差し。笑顔で言い切る彼女が負けるわけがない、そう思わせるほど輝いた微笑みだった。
「それじゃあ任せたっ!」
「ちっ!」
駆け出した二人を庇うように立ちはだかる水樹姉弟。それを打ち倒そうとする桜と楓。その顔には微かに焦りが見て取れた。
「絶対にここは通させませんっ! そう、絶対に、何があっても!」
自分に言い聞かせるような、それでいて誓いのような叫びが月夜の平原に響いた。




