~再戦~ 三話
僅かに降っていた雨が止み、暗闇を静寂が支配していた。
時刻は午前三時。草木も眠る丑三つ時を過ぎ、時折遠くで聞こえる車の音がやけに大きく感じる。
良治とまどかの二人は既に小田原城の敷地内で待機していた。
小田原城から五km離れた場所から完全に気配を消し、まだ結界が張られていないことを確認して敷地内で『誰か』が来るのを待っていた。特に立ち入り禁止にはなっていないが、年末の寒さの厳しい今人影はない。
ふと、天守閣を見上げる。
小田原城は後北条氏の本城として有名だが、現在の天守閣などは再建されたものだ。しかしながら戦国の昔、武田信玄や上杉謙信、豊臣秀吉などが立ち向かったことを想像すると感慨深いものがある。
結局北条氏は一五九〇年豊臣秀吉による小田原征伐で滅びることになるが、それは力攻めで城が落とされたのではなく、当時関東より西を制圧し既に圧倒的であった政治力が大きな要因であった。
そのことを考慮すると、本当の意味でこの巨大な小田原城を落とした者はいないのかもしれない。
全て今日良治から聞いた受け売りだが、そんなことを考えていたまどの思考が一瞬で完全に切り替わった。天守閣の前に『何か』が浮いていたのだ。
隣の良治はその正体を瞬時に看破したらしく、突如一直線にそれに向かって駆け出した。
「ぁ……!」
声を上げかけたがすんでのところで思いとどまる。彼が直接バレなければ奇襲が成功する。もし失敗しても自分が見つかっていなければ今度は自分に奇襲のチャンスが来るかもしれない。
しかし――
「――ちぃっ!」
数十mを風のごとく駆けて放った渾身の一撃は標的を掠めることもなく、簡単に躱されてしまった。良治が本気の斬撃で当たらない相手。その正体にまどかも遅ればせながら気付く。半年ほど前に山中で対峙した相手だ。
「――久しぶりじゃな、小童。ここに来るとはなかなか鼻が利くとみえる」
「シグマ……!!」
良治の身に凄まじいほどの殺気が立ち込める。普段温厚な彼とは思えないほどだ。
一歩踏み出し村雨を掲げる。しかしそれをシグマは嗤って眺めていた。その様子を見て攻撃に移ろうとした刹那、背後から圧倒的な熱を持った灼熱の炎が襲いかかった。
「くぅっ!」
紙一重で避け、膝をついた状態で振り返るとそこには白と赤の巫女服を纏った女性。それも二人。
「遅かったな、桜、楓。もう客が来ておるぞ? しかも相手はかの《黒衣の騎士》と《蒼雷の射手》じゃ」
「……それではここから先は私たちに任せてください」
ショートカットの女性が無愛想に答える。すると良治が口を挟む前に忽然と消えてしまった。
「……畜生! せっかくのチャンスが……!」
悔しげに呻く良治だったが、瞬時に気持ちを切り替えると二人へと向かい直った。
ショートカットとロングヘアの女性。どちらが術を使ったのかはわからない。もしかしたら二人で使った可能性もある。物腰からしてかなりの使い手だろう。シグマがこの場を任せたことから、少なくとも日光のときの真鍋よりは上だろう。
「今回の大規模な『力』の収集の目的は何だ」
「……答える必要はない」
初めから教えてくれるとは思っていなかったので良治に落胆はない。もしかしたら調子に乗って言うかもしれないくらいの軽い気持ちの質問だった。
「馴れ合いはしない。楓、行くわよ」
「はい、お姉さま」
ショートカットが桜、ロングへアが楓。そして二人が姉妹だということが判明。桜の得物は小太刀二刀、楓は扇だ。
情報を整理しながら迎撃すべく村雨を構える。すると先ほどとは逆に、桜たちが前に出ようとしたところに一閃の光が彼女たちを襲った。
「っ! 何者!」
もちろん放ったのはまどかだ。出鼻を挫く攻撃に足が止まった。そこを見逃すほど良治は甘くはない。
矢を弾いた楓を庇うように前に出た桜と切り結ぶ。上段から中段、横薙ぎと繰り出すも、防御に優れた小太刀、しかも二刀流相手に完全に防がれる。
多少腕力で押しているが、並外れた反射神経とバランス感覚で体勢を崩すには至らない。桜の実力は相当なものだった。小太刀二刀という武器も含めずとも予想以上だ。
幾度目の横薙ぎを両手の小太刀で防がれるが、力で押され体勢がよろめいたのを見て最短攻撃距離の刺突を繰り出す。身体の中心を狙った一撃だったが、桜はよろめいたまま刀を上から押さえていなす。村雨が空を切り、桜の右の小太刀が良治を襲う。
「くっ!?」
辛うじて避けるが皮一枚持っていかれ、赤い筋が作られる。
「危ねぇ……」
基本的なスピードは同等だが、大振りな日本刀を使う良治は小太刀二刀の速度に追いつけない。どうすれば戦況を変えられるのか。後ろに飛んで一度大きく間合いを取り、まどかと合流する。
「そっちは大丈夫か?」
「なんとかね。でもあの扇……鉄扇かな? 足止めは出来るけど致命傷は難しいと思う。たぶん術士タイプだと思うから術だけ警戒してれば大丈夫なはず」
「よし。じゃあそっちは任せた。俺は桜のほうをなんとかする。片方が深手を負えば退くだろう」
「わかったわ」
作戦会議終了。どうやら向こうも話し合ってたらしいがこちらの様子に気がつくとすぐに構えなおす。布陣は双方変えるつもりはないようだ。
このままではまどかはともかく良治は劣勢のままだ。
彼はニヤリと笑うと村雨を納刀し、転魔石で送り返した。
「……?」
訝しげな表情で様子を伺う桜。丸腰に見えるが何かの罠かと疑っているのか、容易に飛び込んでは来ない。そして。
一瞬後、良治の両手には新たなる武器が納まっていた。
「それは……!」
「俺の戦術は『対応』でね。相手に合わせて使い分けることを最も得意としている」
両手に持つ武器は小太刀。そして桜と同じく二刀流だ。これで武器による優位差はない。しかし同じ武器で戦うことを決めたということは、同じ武器で戦えば勝てるという自信の表れでもある。
「実力では勝てるということか。その驕り、叩き潰させてもらう!」
気に障ったようだが、激高はしていない。冷静な部分を持ち合わせたまま俊敏な動きで左右の腕を振りかぶる。
さっきよりもやや上がったスピード。しかし小太刀に変えた良治は、今度は十分についていく。村雨のときは目で追えていても腕の動きがついてこなかったが、小ぶりな小太刀に変えた今、腕の動きも完全に追いついていた。
「くっ!」
切り結ぶうちに段々と実力の差が出てくる。優位なのは――良治だ。
男性としては腕力があるとは言えない彼だが、女性相手となればその弱点も消える。軽いフットワークでときには小太刀で防ぎ、ときには避ける。村雨のときのように一回の打撃で大きく体勢を崩すことは出来ないが、その利点を消してなお一撃の速度が上がったのが大きかった。
「――っ!」
「ぐぅッ!?」
既に良治が攻撃役、桜が防御役と完全に分かれてしまっている。後はもういつ桜の防御を突き崩すかだけだ。それほどまでに圧倒的な状況だった。
しかしここで良治の視界の端にある光景が映った。
「きゃあぁぁぁっ!?」
「まどか……!」
五十mほど離れた場所で戦っていたまどかだが、一瞬の隙をつかれ、今は円状の炎の壁に閉じ込められていた。楓は少し離れたところで術の詠唱に入るところだ。
あと少しで桜に致命傷を与えられそうだが、それより先に術が完成してしまえばまどかに逃げ場はない。
「猛火と砂漠に宿りし炎を司りし精霊よ 我が呼び声に応え立ち塞がりし者に地獄の業火を 全てを灼き尽くす燎原の火に包まれろ!」
一瞬の逡巡のうちに楓の術が完成する。詠唱が必要な術は上級ランク以上の術に間違いない。並みの術者ではないと思っていたがここまでとは。
良治は桜を力任せに押しのけると駆け出した。しかしここから楓がいる場所まで行って防ぐのも攻撃を加えるのも無理だ。ならば――
「完成せよ! 滅火燎原!!」
昼かと見間違うほどの光量と熱量を持った炎の流れがまどかを捕らえた炎の壁目掛けて一直線に向かってゆく。そして爆音と膨大な土煙を撒き散らすと、脱力した楓に桜が駆け寄った。
「大丈夫? 今日二発目なんだから出力を少し落としても……」
「まさか。相手はあの《蒼雷の射手》……手加減なんてしてたら逆にその隙を突かれかねません。でも……何とかなりましたね」
「いや……安心するのはちょっと早いな」
「……!?」
もうもうと立ち込める土煙から現れたのは、あの規模の爆発から考えるとほぼ無傷と言っていいくらいの傷しか負ってない良治とまどか。
「久々に背筋が寒くなったよ。持続放出系統だったら押し切られてたな」
あの瞬間、彼は炎壁の前に割り込み、炎流の下方を目掛け全力で『風』を放ったのだ。それによって狙いよりも上に逸れ、ほとんどダメージを受けないで済んだ。持続放射系統で炎それ自体に相応の勢いがあったなら危なかっただろう。
「さて、このまま続けます?」
「……くっ!」
このまま戦闘を続行するのは不利と判断したらしく、楓を抱きかかえたまま空間を渡って行った。彼女たちは魔族ではないのでなんらかの魔道具を使用したのだろう。
素早い判断だと評価をすると同時に脅威とも判断した。今後も油断ならない相手だ。
「……ふぅ」
「終わったね……」
正直二人にもこれ以上の戦闘は無理だったのだ。だからこそ向こうが撤退するように仕向けたのだ。
良治は楓の術を防ぐのにほとんどの力を消費していたし、まどかも炎の壁に囲まれていて体力をかなり消耗していた。もし続けていたら勝負はどっちに転ぶか全くわからない状況だと判断していた。
「……じゃあ少し時間を潰したら始発で帰るか」
「そうね。あとさっきはアリガト」
「何を今更。気にするな」
良治は一度天守閣を見上げ、軽く微笑むと帰路に立った。
しかし内心は苦い想い。宿敵とも言えるシグマを逃してしまったからだ。
あの魔族こそが彼が白神会に入った原因であり理由。
奴を討たない限り彼に安息の時は来ないのだ。
「結局小田原のほうでも目的はわからないままか……」
翌日の夕方、四人は支部の道場に集まっていた。一回全員家に帰り、休息してから集まったのでこんな時間になってしまった。
「まぁあくまで予測だが。夜叉は囮でシグマたちのほうが本線の可能性が高いな。そうすると集めた『力』で何をするのか……こればっかりはさすがにわからんな。注意深く警戒しておかないとな」
「そうですね。目的はわかりませんがこちらに不利になることに疑いはないですし。それに陰神も幹部クラスが出てきたことを考えるとよほど大きな作戦でしょう」
三人ともこくりと頷く。これまであまり姿を現さなかったシグマなど表に出てきている。構成員が少なくなってきて自ら動かざるを得なかったのだろう。
「そうすると、陰神の幹部はあと何人くらいになるんだ?」
「……そうだな、シグマ、夜叉、桜、楓、魁……この五人は確定だな。あとはいて一人か二人ってところだろう」
最低五人と数そのものは少ないが、ほとんどが今ここにいる面々よりも強い。各流派の継承者たちなら互角に戦えるだろうが、長野支部の玖珂燐太郎、福島支部の蓮岡恭二の二人は陰神の作戦によって亡くなっている。打ち勝つのはどうしても継承者以外の者たちの奮起が必要な状況だ。
「互角に戦える人を、少なくとも向こうと同じ人数は欲しいですね……」
現状は圧倒的に不利だ。そして同じ人数を揃えてやっとイーブン。しかも質の上でも相手が上。陰神を追い詰めてはいるが、最後が詰められない。しかもおそらく、近々大規模な作戦が行われるだろう。それも乾坤一擲、一発でこの情勢をひっくり返すような作戦を。
「詳しい作戦を考えるのは俺たちの役目じゃない。まずは少しでも腕を磨かないとな。下手したら決戦前に外されるかもしれないからな」
「……そうだな。リョージ、これからはもっと実戦形式の鍛錬増やさないか? まだまだ力不足だし」
「ああ、わかった」
誰もが和弥が吹っ切れたのに気付いていた。迷いのない瞳が力強く輝いている。あの敗戦から立ち直ったことに皆言葉にはしないが思っていた。前に前にと進もうとしている彼に手助けできるのを誰もが喜ぶだろう。
「よし、それじゃ早速やろうぜ」
「いきなりか。まぁいいけどな」
まだまだ伸びる。どこまで伸びるかはわからないが、もしかしたらこの時代を代表する退魔士として歴史に名を刻むかもしれない。そんな男と同じ時代、同じ瞬間を過ごしたことを誇りに思う。
「よぉぉしっ、全力で来いっ!」
「和弥、負けたら夕飯奢れよっ!」
「「いくぞっ!!」」
「再戦」完
遅れましたが再戦もこれにて終了。どうも榎元です。
新たな敵も出てきましたが、彼女ら姉妹がどう立ちはだかるのか。
そして一皮剥けた和弥にも期待です。
それでは。




