~再戦~ 一話
あの悪夢とも言える長野支部壊滅の夜から一ヶ月余りが過ぎ、日本各地の組織ではまた十年前と同じことが起きるのではないかとまことしやかに噂されていた。
そう、十年前の決戦。白兼守人と羅堂道元の激闘の果てに片方は死に、もう片方は瀕死の重症を負った。あのときの因縁が、またも大きな戦をもたらそうとしていた。
関東南部の神奈川とはいえ、山間部では雪がちらほらと降ることが多くなっていた。それもそのはず、あと十日もしないうちに今年は終わり、また新しい年がやってくる時期になっていた。
気温も大分低くなり、道には両手を口元に当てて息を吐く人が多くなっている。
学校からの帰り道、今日も気が乗らずまっすぐに自宅に向かう和弥も息を吐く。ただし両手はそのまま。単なるため息だった。
「はぁ……」
未だにあの敗戦から立ち直れないでいた。
木刀は折られ、暴走しかかったところを良治に止められる始末。散々な結果だ。
前に宇都宮支部の女の子から聞いた話では、良治とまどかと二人だったとは言え、幹部、つまり夜叉と同じくらいの相手を退けていると言う。それも和弥が白神会に入る前だ。昔の良治と今の自分。きっと良治のほうが上だろう。綾華と二人で戦ったところで負けていたと感じる。
「はぁ……」
現状のままでは全く勝ち目がないことが痛いほどわかった。陰神にも、良治にも。
最近は道場に行く頻度も減り、こうして歩きながら一人考え事をすることも増えてきた。普通なら良い傾向なのだろうが、和弥にとってはそうは言えない。元々考えるより先に体が動く性質。考えてしまうと動くことができなくなってしまうのだ。
そんな自分を理解してはいるが、考えずにはいられずにドツボに嵌ってしまっていた。
「……はぁ」
ため息と同時に携帯が震える。支部からだ。
いつもは億劫な仕事が、今はありがたく感じた。
電話で呼び出され、早速道場に到着するとそこにはいつもの面子。綾華・良治・まどかの三人だ。
三人は道場のほぼ中央に輪になって座っていた。きっと一番先に到着したのは綾華だろう。良治やまどかが先に着いた場合、彼らの性格上端に座る。ある意味とても彼ららしい。
どうやら今道場にいるのはこの三人だけらしく、葵や他の者の気配はなかった。最近来ることがあまり多くないので顔を合わせづらかったが、杞憂に終わったようだ。
「さて、和弥も来たとこで今回の仕事の説明をしよう」
座った和弥を確認して良治が話を切り出す。電話では来いとしか言われなかったのでわからなかったが、おそらくこの四人での仕事なのだろう。
そう予想したが、それは次の彼の言葉であっさりと覆された。
「今回は二件別々に仕事が来てる。場所はそれぞれ小田原と上野。小田原のほうは、最近大気の霊気濃度が非常に高くなってきてるらしい。仕事内容はその調査と原因の除去。上野のほうは魔物と思われる大型の獣が出没してるらしい。被害者が出たことから、警察が結構大規模に捜索したらしいが発見できなかったそうだ」
「……すまん、霊気濃度ってなんだ?」
「今回に限って言うと、空気中にある霊気、つまりは力の濃度のことだ。濃度が高い場所で術を使うと威力が増したり、効果が高まる」
「なるほど。で、そういう場所は多いのか」
良治が苦笑しながら首を振る。
「数は少ないな。日本なら恐山、青樹ヶ原樹海、関ヶ原古戦場とかだな。あとは……そうだな、魔界と魔界に通じる切れ目のある場所とかだな」
学園祭の時に行った場所もそうだな、と付け加える解説者。とりあえずそうたくさんあっていいものではないようだ。霊気濃度の高い場所には何かまずいことが起きている可能性が高いのは何とか理解することができた。
「それではどうします? 誰がどちらへ行きますか」
正直、どちらでもいい。というか和弥には残念ながら決定権がない。ここは全てなるようになった結果に従おう。
「よし。それじゃあ――」
結論から言うと、和弥と綾華は上野へ。残った良治とまどかは小田原に行くことになった。
ちなみに、良治が提案したアミダくじで決まったことを記しておく。
少しずつ年の瀬に入りかけているせいか、今二人のいるアメヤ横丁、通称『アメ横』もかなりの人の賑わいを見せていた。
毎年ニュースで紹介されるが、実際来てみるとあちらこちらで威勢のいい声が張り上げられていて、冬の寒気もここだけは全く感じることが出来ないくらいだ。
人の波も止まることはなく、人混みに慣れていない二人はただぶつからないように右往左往するだけだった。地元ではこんなに多く人が往来する場所はないのだ。
もちろん和弥たち二人がアメ横に来たのにはきちんとした理由がある。そうでなければ和弥はともかく、綾華までついてこないだろう。
が、しかし。
「……無理っぽそうだな」
「ええ……ちょっと、これは」
上野に着いてまず第一に開始しようとしたのが情報収集だった。そして情報は人の多い場所から集めるのがセオリー。ということで、最も人の多い場所に来てはみたものの――
多い。あまりにも多すぎた。
それに、誰も彼もせわしく店を見て回っているものだから話しかける隙すらない。話しかけるのに成功したとしても、この人混みの中で立ち話など出来っこなかった。
更に言うなら買い物をしている人々の大半は地元の人ではなく、別の場所から来ている。上野公園の事件の目撃者などいる可能性は限りなく低い。
正直時期が悪かった。
「仕方ない。高村警視と会おう」
「そうですね。いつまでもここにいても意味がないですしね。今日は上野公園にずっといるとのことですし、早く会っておきましょう」
実は会う前に一応事前情報を得ておこうということで二人だけで行動していたのだが、全くの無意味になってしまった。出来れば上手く得たこっちの情報と、警察の持っている情報とを照らし合わせて進めていきたかったのだが。
「さ、行こう」
「お、来たな。そっちの少年は久しぶり、お嬢さんは初めまして、だな。……そういや少年にも自己紹介はしてなかったな。国家権力と白神会の繋ぎ役をしている高村だ。よろしくな、お二人さん」
和弥はこの世界に入る切っ掛けにもなった公園の事件のときに一度会っている。しかしあの時は良治の影に隠れるような感じで、彼とは一言も交わしていなかった。
綾華はこちらに来てからそれほど経ってないし、今まで警察と連携するような大きな事件がなかったので今回が初対面になる。
無難に挨拶を終えると、現場に向かいながら事件のあらましを語りだした。
「被害者は三人。うち二人が死亡、もう一人は重体で意識不明だ。証言は期待できない。ただ、事件の起こった日の深夜、何人かの通行人が獣のような影を見たらしい。そして被害者には全て大型獣の噛み跡や爪の痕が見つかっている」
先を歩く高村のよれた茶色のトレンチコートが冬の風に靡く。周囲には葉を散らした木々が立ち並び、寂しさを際立たせていた。
冬とは言え、いつもの上野公園ならば人も多いのだが今日は皆無と言っていい。当然のことだがこの上野公園一帯は関係者以外立ち入り禁止となっていた。
「大規模なローラー作戦を実行したが、姿はもちろん痕跡一つ発見できなかった。さすがにこの都会で大型の獣がうろつけば、いやがおうにも目に付く。それがないってことは……つーわけで白神会に連絡が行った」
ちょうど並木道が終わり、開けた場所に出る。正面には噴水があり、さらにその先に国立博物館が見える。左手に行くと有名な上野動物園。右には国立西洋博物館などの建造物がある。
「……ちなみに上野動物園から逃げたっていうのも紛れ込んだっていうのもないぞ。そこは真っ先に確認を取った。……それにもう動物園はカラになってるしな」
「カラって……?」
「言葉通りだよ、少年。すべての動物は早朝避難させた。もちろんパンダもな」
笑って何でもないような口調で話してはいるが、それがどれだけ大変なことだったことかは容易に想像がつく。いや、とてつもなく大掛かりで困難な作業だったろうことしかわからない。どんな手順で避難させたのだろうか。
「そこのところは管轄外なんで俺は知らないがな。警察がやったのはホームレスを追い出すことぐらいだ。これはこれで手間も時間もかかったがね」
これが公園全体を立ち入り禁止にしたという経緯らしい。
そして即ち、これから先は管轄外だからあとは任せた、ということだろう。
「それじゃ、お二人さん。俺の仕事はここまでだ。健闘を祈る」
手を軽く振りながら元来た道を戻る男は、一度も振り返らなかった。
「いつもと同じように、結界張って待ち伏せか?」
公園内を下見しながらの作戦会議。特に出入り口は入念に調べておくに越したことはない。他の出入り口からの距離を測りながら声をかける。
「……それでどうするんです。結界を張ったら相手が入って来れないでしょう。公園内にいないのは確実なんですから。今回は結界を張らずに待機。現れたらそのときに結界を張って勝負です」
確かに。最初から張っていたら入ることが出来ないし、そもそも罠だとばれてしまう恐れが大きい。
最近ずっと最初に結界を張るパターンだったので、どうもそれが染み付いていてしまったようだ。
「さて、これで一回りしましたね。二十二時くらいにまた来ましょう」
「そうだな。さすがに夕方とはいえまだ早いか」
公園の様子を見終わって、今は陽が落ちかけているところだった。冬なので日暮れは早い。まだ十七時にもなっていないが周囲はだんだんと薄闇に包まれつつある。
今日は曇り空で、西の空に微かに太陽があるのがわかるくらいだ。天気予報によると今夜には雨も降るらしい。こんな空模様のせいか、いつもよりも遅い時間帯のような気がしてしまっていた。
「ええ。それでは小休止ということで。時間までゆっくりしましょう」
淡い微笑みを浮かべる綾華に、彼は思わず見惚れてしまっていた。
良治やまどかたちといるときは決して見せない、リラックスした笑顔。
そんな笑顔に、見とれてしまった。
だから、気づかなかった。
気配を消して彼らを見つめていた一人の男に。
その男は黒いコートを着た短髪の男だった。
「これまでの情報を総合すると……」
「中心地は小田原城。まず間違いなく原因はそこだな」
和弥たちが上野公園で高村警視と会っている頃、小田原に赴いた二人は情報収集を大方終え、一つの仮説を立てていた。
市内を巡って探索したところ、小田原城に近づくほどに大気中の霊気濃度が高いことが判明。さらに霊気濃度が高まった影響か、小田原城周辺の住民に体調不良者が続出していることもわかった。
この二点から二人は、原因は小田原城にあると確信することとなったのだ。
「昼間は人通りが多い。調べるなら深夜だな」
「そうね。でも調べるだけが目的じゃないでしょ?」
いたずらっぽい笑みで良治に問いかける。
「まぁな。首謀者がいれば一発で終わって楽なんだけどな」
予定調和のような遣り取り。二年半に亘ってタッグを組んでいるせいか、お互いの思考が読めてしまう。
そんな考えすらも同時に頭に浮かび、お互い噴き出してしまった。
「まったく……さて準備だけはしっかりやっておこう。犯人に出くわす可能性は非常に高い。それに――」
「体調不良者の状態が悪い。このままだと死者が出るかも、でしょ」
「……まったく。なんかもう言葉は要らない気がしてきたな」
「えへへ……そうかもねっ」
良治は苦笑しながら体調不良者のことを思い出していた。
体調不良の原因はすべての患者に共通していると考えていた。そしてその共通点とは、『力』の欠如だ。
良治たちのような退魔士ではない、普通に生活する一般の人々にも『力』は微少ながら存在する。しかし今日見た人々はその『力』がほとんど空の状態だったのだ。
『力』は『気力』とも『オーラ』などとも言われる。つまりは、『それ』がないと身体を動かすことができないのだ。
もちろんそれは日常的に使われるが、睡眠などによって回復するものだ。
それが広い範囲で、回復が追いつかないほどに少なくなっていた。
ということは即ち、誰かがある手段・目的によって『力』を吸い取っているのだと彼は結論付けたのだ。
(――当たりかもな)
彼の脳裏に浮かぶのは一人の魔族の姿。
絶対に、何が何でも奴を討つ。俺は、そのためだけに今生きているのだ。
生きる目的、彼が白神会に入った理由。
決戦は近いだろう。
「さて、それじゃとりあえず喫茶店で作戦会議でもするか」
「――うん、それじゃ行きましょう」
彼は全てをポーカーフェイスに閉じ込めて歩き出す。
彼女は覚悟に気づいた。しかし、それを一瞬で隠し、彼の後を追った。




