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夜天に星は煌めいて  作者: 榎元亮哉
~死を告げる戦士~
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~死を告げる戦士~ 三話

 膝まである黒いコートに黒い拵えの刀。

 その二つがそれぞれ存在感を出していて全く似合わない。どこか浮世離れした雰囲気さえ醸し出している。

 オールバックの髪、そしてその威圧感の半分以上の要因とも言えそうな、鷹のような眼。さらに先ほどの、和弥たちに向けた言葉、この場に平然と立っていることなど、その全てが自分たちの敵であると語っていた。




「……あなたは、誰ですか?」


 静寂を最初に破ったのは左斜め後方にいるはずのパートナー。この状況下で味方だと言われても絶対に信じないだろうが、曖昧さを嫌う彼女は敢えて男に問いかけた。どんな反応を返すかを試すかのように。



「――陰神の者だ。それ以上は必要ないだろう」


 短い付き合いになるだろうからな。

 そう続くような口調。

 確かに、お互い長い付き合いにはしたくはない。


 ――会うその度に殺し合うだろうから。


「その通りだな。――俺が相手をしよう」

「和弥?」


 彼の言葉に驚く綾華。

 訝しげな声に動じることなく彼女に振り返った。


「向こうが一人なら、一対一サシが当然だろ?」


 彼の中に、少なくとも、卑怯な手段を取らない相手には同数で戦うべきという思いがある。

 陰神とはいえ、この状況で二対一で戦おうとは思わない。

 他人を信じやすいというか、甘い。

 そこが彼の良いところであり、弱点であることはわかりすぎるくらいわかっていた。良治や綾華なら確実に勝つために相手が一人でも複数で戦うだろう。


「……負けないでくださいね」

「おっけ」


 こういうことで一度言い出したら絶対に覆さないのも知っている。無駄な労力は使わないほうがいいに決まっていた。

 それが和弥の良いとこであり魅力でもある。最近特に肯定的に思えてきているので窘めるではなく、自然に背中を押していた。


「一人か。――後悔するなよ」

「上等」


 次の瞬間、鈍い音が響いた。

 一足飛びに近づいた男による上段からの一撃を、和弥がかろうじて弾いた音だ。

 ほとんど反射的に行ったことなのだろう、弾いた次の動作に入るための体勢を取れない。


「ぐぅっ!?」


 大きな隙に与えられたのは鳩尾に捻じ込むような貫通力のある蹴り。

 見苦しくも転がりまわって距離を取る。大きなダメージの中での、精一杯の行動だ。

 そしてわかったことが二点。

 相手は半分も力を出してない。見据えた相手は特に構えもせず、無表情で和弥が立ち上がるのを待っている。

 もう一点は、この目の前の男がありえないほど強いということ。多分良治や葵よりも。もしかしたら白神会総帥・白兼隼人と同じくらいなのではなかろうか。

 一合で相手の力量は理解出来る程度には成長していたが、それは今の自分ではこの相手には勝てないという現実を見せるだけだった。


「ぐ……ぅうっ!」


 腹に気合を入れ、根性だけで起き上がる。正直、痩せ我慢。一瞬でも気を抜くと、少なくともう蹲るくらいの痛みがぶりかえってくるだろう。

 でも。

 それでも、今まで身につけたものが無駄だと思いたくない。無駄にしたくはなかった。

 だから和弥は立ち上がった。

 自分が倒れれば、次の標的になる人がわかっているから。




「和弥……っ!」


 声が聞こえる。

 でもそれは彼を労わるものではない。

 苦しむ彼を心配するものでもない。


 彼を、叱咤する少女の叫びだ――!


 その声が途絶えない限り、彼には立ち上がって戦う理由が生まれ続ける。

 他の何物にも屈しない心の剣が輝き続ける。


 さぁ、前へ進め!




「――大した精神力だ。侮ったことを詫びよう。そして敬意を表する」


 真っ直ぐに、視線を合わす。


「夜叉、それが俺の名だ」

「……――都筑、和弥だ」



 ゆらり、と和弥が構える。左半身を一歩前に出す。

 八相の構え。彼が最も多用する、そして最も得意な形。

 明かりのない暗闇に先ほどまでとは桁違いの張り詰めた空気が漂う。

 ここまで緊張感を感じるのはいつ以来だろう。もしかしたら初めてかもしれない。


 心は不思議と落ち着いていた。

 ずっとこのまま浸っていたいとも思う。

 しかしそれは許されない。


 自分には戦い続けなければならない理由があるから。

 目の前の相手を越え、さらにその先へ。


 打ち破る――


 眼が合ってきっかり一秒後、夜叉の持つ銀の刃と和弥の持つ木刀が交わった。

 光のない闇に煌く銀閃と木刀そのものが力強く輝く白光。

 掬い上げるような軌跡と阻むもの全てを切り伏せるような軌跡。

 激突した彼らからは鈍い一つの音。

 そしてガラン、と何かが落ちる。暗闇の中に落ちたものは二人の持っていたものと、今持っているものを比べれば一目瞭然だった。



「和弥……っ」


 半ばから断たれた木刀をぶら下げる彼に戦意は最早ない。

 ない、はずだ。

 愛用していた自分の相棒とも言える木刀が折れた、いや断たれたのだ。

 自分の不甲斐なさに愕然とし、地に膝を屈するものだろう。剣士にとって武器とは『魂』と言ってもいいものなのだから。衝撃は計り知れない。

 背を向けたパートナーに駆け寄ろうとした綾華だったが、その足が止まった。


 それでも。

 振り返った彼の双眸に光は灯ったままだった。いや、むしろさらにその輝きを増しているようにも見える。

 それを感じた彼女の心底が急にざわつき始めた。――これは、まずい兆候なのではないのか?

 一歩踏み出そうとした和弥に、綾華が声をかけようとした瞬間、彼と夜叉の間を裂くように一筋の雷光が走った。その雷光は道場の壁に破砕音とともに拳大の穴を開け、残ったのは一本の矢。


「その先をやるつもりなら俺が代わろう」


 現れたのは三人の人影。先に到着していた二人と祥太郎。

 三人は激突したときの音を頼りに、この場所まで辿ってきたのだ。もちろん家代わりに住んでいる祥太郎の案内があってのことで、もし彼がいなかったなら今この場面に間に合わなかっただろう。


「気配断ちの結界も、大きな音を出せば無駄か……別に構わん、次は誰だ」

「俺はまだ――!」

「結果のわかった勝負に意味はない」

「――!」


 再度踏み出そうとした和弥を止めたのは黒シャツの青年。良治だった。

 止めると言っても、肩を掴むような生易しいものではなく、鳩尾に右拳を叩き込んだ。

 空気を吐いて意識を失った和弥を、隙の無い動作で少し離れた場所で見守っていた綾華に預けると、彼は振り返った。


「待たせたな。それじゃあ――」

「遠慮しよう」


 その場にいた、言葉を発した男以外の全員が予想外の返答に戸惑った。

 陰神の者が、彼との戦闘を拒否した理由がまるでわからない。現に今まで和弥とやりあっていたではないか。そして次は誰だとも。


「その物腰、服装から以前『かい』を退けた《黒衣の騎士》だろう。魁から『ヤツとの決着は俺がつける』と言われている。俺がやったのでは義理を欠くことになる」


 これでやるべきことはすべて終わったという感じで、夜叉が無造作に背を向ける。しかし、戦う気のない彼を背後から襲おうとするものはいない。


「……そこの男に言っておけ。自分の分を弁えろ、とな」


 そう言い残すと、すぅっと闇に消えた。空間を渡ったのだろう。









 残されたのは多くの死者と敗北感漂う戦士たち。

 救援隊を待つため、道場を出た彼らを迎えたのは。


「朝、か……」


 眩しさに眼を覚ました和弥の前に昇ってこようとしている太陽。

 大好きなはずの夜明けが、何故か苦いものを呼び起こす。


 涙が一筋、流れた。












「朝早くから申し訳ありません。火急の用件があったもので」

「いえ、気になさらず。貴方が直々に京都まで来たとなると、それ相応の大事なのでしょうから」


 にっこりとした表情の男と、硬い表情の男が向かい合っていた。

 場所は京都本部のとある和室、座るのは隼人と一人の三十台半ばの男。普段なら同席する浦崎は長野支部の事後処理のため京都を空けていた。

 この男の名は、蓮岡恭二きょうじ。白神会四流派の一つ、『蒼月そうげつ流』の継承者。ついこの間、最愛の妻を失ったばかりで、その葬式で二人は顔を合わせている。


「――隼人さん、折り入ってお願いしたいことがあるのですが……」


 ほとんど食事や睡眠を取っていなさそうな、思いつめた顔と眼差し。その中には何かの覚悟があった。


「お願いとは……どういったものなのでしょう?」


 悪い予感をひしひしと感じながらも先を促す。鬼が出るか、蛇が出るか。


 言い終わるとほぼ同時に、蓮岡の腰が浮いた。


「――やはり、無理でしたか」


 立て膝姿勢で抜刀しかかった体勢の蓮岡の胸には、深々と銀色の刃が突き刺さっていた。その持ち主は、無論隼人。常に懐に忍ばせてある短刀だ。蓮岡の刀は転魔石で召喚されたものだ。その一瞬のラグが生死を分けた。


「何故です? 私には貴方に討たれる理由が見つからない」


 その問いに彼は、寂しそうで、悲しいようで、孤独と絶望の入り混じった微笑を浮かべた。そこに隼人を殺すことができなかった悔恨や憎悪は皆無だった。


「妻を……」

「?」

「妻を生き返らせることができると、言ってきたんです……あの、陰神の、死霊術士ネクロマンサーが……」

「! 真鍋か」

「はい……本当にできるかどうか、そんなことはわかりませんでした……でも、私は一縷の望みに、悪魔の誘いに乗ってしまった」


 ごふ、と血の塊を吐き出す。今まさに、命の灯火が消えようというのに、彼は何の負の感情を表さない。


「私は……今日の、このチャンスを創るために、浦崎を京都から引き離すために……長野支部の情報を……。でも、それもこれで全部失敗です……」

「…………」

「わた、しは、成功しても失敗しても、どっちでもよかった……」

「どういうことです?」

「どっちにしろ、妻に会うことができるから……ですよ」


 成功すれば、もしかしたら妻が生き返ってくるかもしれない。

 失敗しても、妻と同じ場所に行くことができる。彼にとってどんな結果になっても悔いはなかった。


「加奈と、佑奈は……娘たちは何も知りません……何卒、寛大な処置を……っ」


 最後に我が子を案じ、暗殺者の灯は消えた。残った一人にやるせないものだけを残して。

 殺されかけても、不思議と怒りはなかった。裏切られたとも思わなかった。


 簡単なことだ。

 彼にとって全ては駒にしか過ぎないのだから。

 だから何も感じない。


 きっと自分が死ぬ時も何も思わないのだろう。









 その翌日、公式報告が出る。


 長野支部、陰神の襲撃により甚大な被害を受ける。死者・九名、重傷者二名。

 その際、紅牙流継承者・玖珂燐太郎りんたろう死亡。これにより生き残った一人息子の祥太郎が阿波松三を後見人として跡を継ぐ。

 周囲の諸支部はこれの支援にあたること。


 蓮岡恭二、京都本部にて白兼隼人と会談中、陰神の暗殺者から隼人を身を挺して庇い、死亡。

 蓮岡家は長女である加奈が親戚筋の蓮岡勝夫を後見人として跡を継ぐこと。







 僅か一日で、四流派の半分が欠ける異常事態に陥ることになるとは誰が想像しただろう。

 それは、この世界に関わる全ての者が緊張感を持つのに十分な事件だった。

 そして皆、これで終わるとは塵ほども思っていない。むしろこれから、これから加速していくだろうと予感していた。

 日本全土の組織、特にその中の二つは来るべき決戦/血戦が近いことを予測していた――






「死を告げる戦士」完


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