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夜天に星は煌めいて  作者: 榎元亮哉
~死を告げる戦士~
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~死を告げる戦士~ 二話

 長野支部が襲撃された。

 その報は和弥たちに多大な衝撃をもたらせた。

 そして一番大きな衝撃を受けた彼女は――


「すいません、まどかが先に支部へ……!」

「一人で行ったのか!?」


 大急ぎで着替えをしていた彼らの部屋に、青ざめた表情の綾華が知らせを持って駆け込んできた。


「な、なんと……そりゃまずい、急いで――」

「俺が追います。三人は用意が出来次第支部へ」


 阿波の言葉を遮って指示を出したのは、おそらく一番まどかを理解している良治だった。既に準備は済んでいた。

 彼はまどかがどれほど今日長野を訪れることを楽しみにしていたかを知っている。故に襲撃されたと聞かされたときの絶望の深さも。

 だからこそ彼女を連れ戻すようなことはしない。否、出来なかった。


「わかった。柚木のことは頼んだ。俺たちもすぐに行く」


 友の瞳の中に確たる意思を見て、ここにいない友のことを任せる。

 こっちの準備が全部終わるまで待ってもらうよりも、先に誰かがまどかに追いついて合流したほうが良い。


「ああ。行ってくる」


 言葉と同時に駆け出し、瞬く間に阿波家を飛び出して闇へと消えていった。きっと自分たちが何と言っても走り出すつもりだったのだろう。


「ワシらも急ごう。裏に軽トラックがあるでな、それで行こう」







 まどかに追いついたのは、ちょうど長野支部と阿波の家を直線で結んだ真ん中くらいのところだった。

 起伏のある斜面を駆け、崖を飛び越え、ただ一直線に向かう道。いや、道などではない、彼女が進んでいくのは地図上に引かれた最短距離。勿論その線上には山もあれば川もある。そのラインを、明かりのほとんどない暗闇を進んでいた。それもかなりのスピードで。

 それでも彼が彼女の肩に並んだときにはそれなりの速度になっていた。疲れて勝手に落ちたのではない。彼女自身が意図して緩めたのだ。それは良治が来るからではなく、支部に到着したときしっかりと戦えるようスタミナを温存しておくためだ。


「まどか」


 目を前に向けたまま、すぐ左を往くパートナーの名を呼ぶ。僅かに意識を割いたのを感じとり、彼は言った。


「急ぐぞ」


 平坦に聞こえたその声は、独断専行した彼女を一切責めることない、そして少しの優しさを含んだ声音。


「――うん!」


 嬉しさを堪え切れないその声は弾んでいた。





 それから十分もしないうちに二人は支部へと辿り着いた。

 傍目からは襲撃されているとは到底考えられないだろう。何の異音も感じ取れないのだから。

 しかし見るべき者が見れば一目瞭然だ。ここからでは全て見渡せないのでわからないが、恐らく支部全体が隔絶されているだろう。結界によって。

 一瞬躊躇したが、こちらには何より時間がない。進入不可の結界ではなさそうなので、覚悟を決めて結界の中へ入る。貼り直す手間と労力、何より外界へと影響を及ぼさないだけのものだったようなので、結界を破壊はしないことにした。

 思ったとおり何の影響もないが、一歩踏み出した途端に濃い血臭が鼻をついた。

 顔を見合わせ、一番近い裏口と思われる木製の引き戸から一気に踏み込んだ。ここに来る前にまどかに確認したが、残念ながらまどかは長野支部に入ったことがなかったので間取りまでは知らない。手探りで行くしかない。

 この類の結界なら、侵入したことはもう気付かれているだろうと予測しているので、そこまで慎重に行動することにメリットは少ない。

 良治とまどかはほぼ同時に気を張り詰め、辺りを探り出した。決めていた行動ではなく自然に互いに別方向へ。幾多の戦場を駆けてきた二人にとって暗黙の了解が多い。今回のこれも未知の場所を進んでいく場合は互いに自分のいる側の方を徹底的に注意するという、今までの経験からの動きだった。


「……!」


 見える範囲には動くものはなく、人の気配もない。

 しかしまどかには確かに聞こえた。ダン、という何かが壁にぶつかるような音を。

 良治の耳にも微かに届いたらしく、彼女のほうに視線で問いかける。

 まどかはその問いに頷いて答えた。確かに聞こえた、と。

 そしてまどかを先頭にして二人が全力で走り出す。手遅れでないことを祈りながら。


「あれは……!?」


 幾度目かの角を曲がった先に見たその光景は一人の男性と一人の少年、そして三匹の大蛇だった。

 広い裏庭の壁際で、少年を護るように立ちはだかる男。後ろにいる少年は壁に叩きつけられたらしく、背を壁につけて座りこんでいた。


 (――!)


 まどかは息を呑んだ。額から血を流し、意識はあるようだが身体中がボロボロになっているあの少年は祥太郎ではないか。


「はぁぁぁっ!」


 まどかが祥太郎を認識した瞬間、男が動いた。

 体長は五mを超え、胴回りは三十cm近い大蛇の一匹に、手にした重厚な日本刀で切りかかる。身体のあちこちから紅いものが滲んでいるが、その気迫に一点の曇りもなく大蛇を圧倒するほどのものだ。

 一瞬で間合いに入り、その気迫が声とともに爆発した。


「秘技・虎陣紅牙こじんこうが!!」


 正面の大蛇が一呼吸置いてから、頭部と胴の間、ちょうど喉の部分から大量の血を撒き散らしながらズゥンと重い音をさせて地面へと横たわる。

 技を放った当人以外、誰一人何が起こったのか理解できなかった。ただ、この男の技が目の前にいた大蛇を打ち倒したことしか。

 離れた場所から見ることが出来た良治とまどかですら、直前に膨れ上がった力のせいでほとんど動作がわからなかった。


(なんて威力だ! この男、もしかしたら葵さんよりも上の使い手かもしれない)


 あの大蛇がただの見掛け倒しではないのは遠くから眺めただけでもわかる。獣独特の洗練された動き、そして攻撃本能。そんな大蛇相手に何もさせないまま一撃でしとめるとは。

 良治が思考している間も男は動きを止めることなく、残った二匹の大蛇と亘りあっていた。

 先ほどの技は溜めが必要なのか、大きな身体に似合わず俊敏な動作で互いに連携を取って攻撃してくる大蛇に苦戦をし始めていた。

 まどかもそれを感じたらしく、目だけで語ると頷いて、止まっていた足を動かして救援へと向かう。どれだけ助けになるかわからないが。


「ぬうぅぅんっ!」


 横凪ぎに払った一撃が見事に大蛇の胴を断ち、真っ二つになったのを確認すると、男は残った最後の一匹に向き直った。

 背後に二つにされた大蛇が倒れる地響きのような音。それを全く意に介さず目の前の大蛇へと意識を集中させた。

 最初の一匹を相手にしたときよりも距離が近い。この間合いでは溜めが必要なあの技は使えない。爬虫類特有の瞳が隙を伺っているのがわかる。

 一触即発の状況を打破するには加勢が一番効果的だ。そしてあともう少しでそれが成る。

 あと数mで合流できる、そう思った刹那、大蛇が嗤ったように見えた――


「ぐあぁぁっっ……!?」


 唐突に上がった声の主は、男のものだった。


 二つに断った大蛇の上半分だけが動き、真後ろから男の身体に牙を突き立てたのだ。まるでそれは、巨人が人間を大きな手で掴んでいるかのようにも見えた。

 厚い胸板から止め処無く血が流れ、抵抗も出来ないままに膝を突いた。


「オヤジィ!!」

「ぬかったか……」


 無力を嘆くその表情には死の影が濃く映し出されていた。牙に貫かれた傷は深く、致命傷としか見えない。自らももう命が長くないのを悟ったのだ。


「はぁっ!」


 間も無く辿り着いた良治が大蛇の頭部を刀で力任せに叩きつけ、男に刺さっていた牙を外す。

 そして油断することなく大蛇の咥内に全力で『風』を放ち、頭部を完全に破壊した。


「やっ!」


 言われるまでもなく残る一匹を請け負ったまどかが雷を纏った矢を放が、多くはその身のこなしで避けられ、上手く当たった矢も大してダメージを与えているようには見えなかった。

 何か、手を、と考えようとした彼女の脇を良治が駆け抜け、大蛇をすれ違い様にその左目を切りつけた。


「ッッッ!?!!!」


 例えようのない咆哮を上げ、のたうつ片目の蛇。残った右目は炎のような怒りで荒れ狂っている。

 彼の意図を察したまどかは、今度はしっかりと狙いをつけて放つ。その狙いとは、大蛇の残った右目。

 矢は狙いをそれることなく深々と突き刺さった。もうこうなるとどうしようもない。完全に視力を失った巨躯の蛇は先程よりも大きな声で暴れだす。

 最終段階。これ以降は、手段は無数に存在する。

 暴れる大蛇の頭部を良治が真上から刀の峰で叩き、大地に伏せた状態となった瞬間に渾身の力を籠めた雷の一矢。

 それは咥内を通り、柔らかい体内を貫き夥しいまでの血を撒き散らせて大蛇の生命活動を停止させた。

 一つ呼吸をして振り向くと、仰向けに倒れた男に寄り添う祥太郎の姿があった。その表情は言うまでもなく悲しみに満ちている。

 今までの様子から察するに、彼は祥太郎の父親なのだろう。大切な息子を助けるために戦い抜いた結末は、自らの死だった。


 まどかの視線に良治が首を振り、祥太郎が静かに父親の顔を眺めていた。男の身体はもう動いていなかった。

 かける言葉が見つからない。いや、ないのだろう。

 ただ見守るしか出来ない二人と、今は亡き父親に、少年は厳かに誓った。




「俺、絶対にオヤジみたいになって、そしていつか超えてみせるよ。大切な人を守って、そして自分も生き残れるように。

 ――玖珂祥太郎オレは、玖珂燐太郎オヤジを超えるよ」



 立ち上がり、頭上に輝く月を見た。



「――今日から俺は、紅牙流継承者・玖珂祥太郎だ」










 一人の戦士の命が絶えた頃、ようやく三人の乗った車が長野支部の正門前に到着した。

 転がるように降りた和弥は、すぐに支部を覆う結界に気がついた。が、それがどんな種類のもので、自分たちにどんな効果を及ぼすのかはわからなかった。


「――入れないわけではなさそうですね。元より選択肢はないのですから構わず行きましょう」


 すぐ後に降り立った綾華が結界の検分をする。彼が聞かずとも、的確に欲しい情報を与えてくれる。ここ最近はこんなことが少なくなくなってきた。


「そうじゃな……無事であれば良いが……」


 阿波の祈りは一歩結界に踏み込んだ瞬間に霧散した。三人の顔が同じように歪む。

 むせるほどの濃い血の匂い。

 この現実の前に楽観的な予想など誰も出来ない。阿波の表情が心配から悲しみに変わっていく。和弥も綾華も口を開けなかった。

 何とか気を取り直し、それぞれ転移石でんだ武器を手にして正門の扉を開き、くぐった。

 建物へと続く石畳を慎重に歩いていく。最早この場所は敵の手の内、警戒してしすぎるということはない。


「あれは……」


 声に振り向き、発した主である阿波の視線を綾華とともに追う。

 壁に沿うように並んでいる木立の中の一本の木の陰に、何か黒いものが見える気がする。あれは、一体。まだ随分と距離があり、夜ということで二人にはそれが何かは判別できない。

 先に走り出した阿波の後に続く。勿論周囲には相応の警戒をしながらだ。そして、二百m近く走った先の目的の場所まであと少しというところでその正体が判明した。


「――孝太っ、大丈夫か!?」


 見えていたのはこの中学生くらいの少年の頭部だった。木に背を預け、苦しそうに喘いでいる。走って駆け寄ったことを考えると、阿波はあの距離から少年の頭部が見えていたことになる。和弥はそのことに気付いて弓の使い手の良さに驚いた。


「あ……阿波のじーちゃん……?」

「そうじゃ、そうじゃ。孝太、大丈夫か?」


 見ると少年の腹部に赤く滲むもの。聞いた阿波の顔が青ざめる。これはまずいのではないのか。少なくとも楽観視できるほど小さくはない。致命傷との見方もできるほどのものだ。

 事実その通りだった。孝太の傷はあの大蛇の牙で負ったもので、あの時彼の先輩が割って入って誘導してくれなければ間違いなく止めを刺されていただろう。


「まずいですね。一刻も早く治療しないと……」


 呻く少年の傷を見、綾華が冷静に判断する。が、いつもの毅然とした表情は崩れ、辛そうに伏せられていた。


「ワシが孝太を連れて行こう。急ぐ以上、地理に詳しいワシが行ったほうがいいじゃろう」


 この場には誰も治療を行える者がいない。長野支部に常駐している宮森一族の術者を探すという方法もあるにはあるが、この惨状の中で生きているとは限らない。むしろ生存している確率のほうが薄いだろう。


「それじゃ頼みます」


 少年のことは阿波に任せることにして自分たちは先に着いているはずの二人と合流、そしてまだいるかもしれないこの惨劇の演出者を討たねばならない。


「では阿波さん、よろしくお願いします」

「うむ。他の者たちのことを頼む。気をつけるんじゃぞ」


 少年を背負い、もと来た道を駆けていく。結界に阻まれるかもと一瞬考えたが、そんなこともなく二人は支部の敷地から出て行った。

 見送ると、和弥と綾華は会話もせずに真っ直ぐに玄関へと走り出した。

 やらねばならないことは決まっている。目的と意思がリンクしている以上、語るべきことは何もない。

 京都の道場で会ったときには夢にも思わなかったことだ。

 何気なく、すぐ隣に並ぶ彼女に目を向ける。


「――?」


 訝しげな顔をするが、すぐに微笑みに変わる。それはきっと和弥自身も微笑んでいるからだろう。自分がなんで微笑んでいるのかは、よくわからなかった。

 そうこうしているうちに玄関に到着する。そして彼は躊躇いなく、当然のように引き戸を開けた。最低限の警戒だけをしておけば、よほどの実力差がなければ致命傷は受けない。ならばギリギリのリスクで、スピードを優先することに決めたのだ。


 綾華は彼のその行動にただ感嘆していた。たかだか半年こっちの世界に関わっただけで、何故これほどまでに『戦士』として育ったのか。

 短期間での多くの実戦経験、周囲の歴戦の士との訓練。そして何より彼自身のポテンシャルの高さ。


 この先、もっと和弥は強くなれる。――この先があれば。


 兄である隼人が和弥を一つのコマとして捨石にしようとしているのを知っている彼女にはそれが切なく、悲しい。とても悲しい。だから彼女は。


「綾華、誰かいる」


 さらに濃くなった血臭の満ちる道場内を和弥を先頭にして進んでいた中、自分の思考に集中していた彼女に声をかける。

 そして不意に立ち止まった彼の視線の先、暗闇の中でいてなお黒い影が一つ。



「――救援か。ならば相手をしよう」



 開けた空間に佇む黒い戦士が静かに告げた。



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