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夜天に星は煌めいて  作者: 榎元亮哉
~死を告げる戦士~
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~死を告げる戦士~ 一話

「長野に?」

「うん。あれから調子良いからその報告とお礼に。こういうのは思いついたらすぐ行動に移したほうがいいと思うし」


 まどかが急にそんなことを言い出したのは十一月半ばのことだった。

 めっきりと吹く風が冷たくなり、すぐそこに冬が迫っているのが肌で実感できた。秋の到来と共に色づいた木々たちもピークを過ぎ、だんだんと寒々しい姿へと変わっていた。

 学園内にある図書館に寄ってからこの東京支部の道場にやってくると、そこにはまどかの姿しかなく、そしていきなり長野に行くと告げられたのだ。


「まぁ、まどかが行きたいって言うなら止める理由はないな。仕事は俺一人でもなんとかなると思うしな」


 まどかは自分の師匠に会いに行くだけだ。それなら危険はほとんどないと思われるし、良治は単独で仕事をこなせるくらいの実力はあるので別段反対することはない。彼女がこういった誰かに負担や迷惑のかかる主張をするのは珍しいが、逆にそれだけ行きたいのだろうしそれを受け入れてもいいと感じたのだ。


 しかし、彼女は首を横に振った。


「そう言うと思ってたけどそうじゃなくて。良治も一緒に行こうって言ってるの。師匠せんせいにも紹介したいし、会わせたいコもいるし」

「紹介って……」


 彼は積極的に交友を持つことがほとんどない。それは学園での友人関係を考えてみれば一目瞭然だろう。それでも組織内でそこそこの人脈が形成されているのは仕事の一部だと考えているに過ぎない。そしてどうせなら悪い印象ではなく良い印象をということで上辺だけは友好的な関係を築いている。

 もちろん上辺だけではない人々もいるが、そうでない者と比較すればごく小数だった。


「……まぁ、いいか。で、いつ行くんだ?」

「明日、学校が終わってからにしようって思ってる。で、師匠せんせいのところに泊まって、次の日に長野支部に行こうかと」

「なるほど」


 今日は木曜なので明日は金曜。土日は当然休みなので都合はつく。今のところ抱えている仕事もない。

 学校が終わってすぐというのは少々キツいが、日曜日を完全休息日とするならそれもいいかもしれない。

 それに彼女も早く会いに行きたいだろう。


「OKだ」

「決まりね。じゃあ五時過ぎに厚木のホームで」

「少し早くないか? その時間だと急いで行かないとちょっと辛いな」

「んー、もう少し余裕を持たせたいのは山々なんだけど、三十五分の電車に乗らないと近くの駅まで行けないのよ。終電がなくなっちゃう」


 どうやら前もって調べてあるらしい。ちゃんと理由があるのなら言うことはない。


「わかった。じゃあそうしよう」


 少し感心しながらもそれを表情には出さずに賛同する。だが彼女はその心中を察したのか、顔を綻ばせていた。相手に提案する前にプランを立てておくのは重要なことだ。

 ふと道場に近付いてくる気配を察知して、木製の道場の扉へと目を向け、訪問者を待つ。隣の彼女もほぼ同時に気づき、同じように見つめていた。


「……あ、来てたんだ、二人とも」

「ん、リョージ、図書館に寄ってくるって言ってなかったか?」

「お疲れ様です」


 仕事を終え少し疲れの見える三人。言葉を発した順に葵、和弥、綾華だ。


「お疲れ。どうだった?」


 三人が寄ってくるのを見計らって良治とまどかが同時に板張りの床に腰を下ろす。二人なりの気遣いだ。

 習うようにそれぞれが座り、それを確認すると和弥が苦笑しながら返答した。


「いや、俺は何にもしてないよ。綾華の術一発で終わったからな」

「……行く途中、道に迷いましたけどね」

「ぐっ」


 ジト目のパートナーから視線を逸らし、意味もなく道場の天井なんかを眺めたりする。

 ここ最近は特にコンビネーションが良くなってきており、各々の力も向上してきている。

 今回葵が付いていったのは現段階の実力を確かめるためだろう。そしてその結果は彼女の嬉しそうな表情から簡単に窺い知れた。


「で、何の話してたんだ?」


 あからさまな話題逸らしに綾華が溜め息をつき、その光景に良治と葵が小さく笑う。いいコンビになったな、と。


「私が夏休みのときにお世話になった人のところに行くから一緒にどう、って。もう決まったけどね」

「へぇ、どこに行くんだ?」

「長野。ついでに長野支部にも顔出していこうかなって思ってるわ。知ってる子もいるし」


 知ってる子、というのはもちろんあの時阿波の住んでいる場所を教えてくれた祥太郎のことだ。

 あれから三ヶ月、一回も連絡を取っていない。ちょうどいい機会なので是非とも会っておきたかった。

 ナマイキで、弟のような存在のあの子に。


「長野支部に行くのでしたら私もご一緒してもよろしいですか? 久しぶりに玖珂くがさんにご挨拶したいので」

「玖珂さんって、確か長野支部の支部長さんで、四流派の継承者だっけ?」


 うろ覚えの記憶を引っ張り出す。

 幸運にも以前綾華に解説されたことをすぐに思い出すことが出来た。


「よく覚えていましたね。私も昔お世話になったことがあるので、よければ……」

「まどか、別にいいだろ?」

「もちろん。どうせなら都筑も行かない? 一人じゃ仕事キツイでしょうし」


 綾華が同行を申し出たときからそのことは考えていた。

 特に用事もないし、今言われた通り単独での仕事はまだ彼にはリスクが大きい。

 断る理由はない。


「じゃあ――」

「あ、それなら――」


 同意の声を上げかけた瞬間に横から割り込まれる。発言者は最年長の葵だ。


「長野支部に行くんだったら玖珂さんに書類持って行ってくれない?」

「別に構いませんけど」

「よし、それならこの長野行きは仕事ってことで。四人で行ってらっしゃいな」


 十分に仕事慣れしている四人で行動するというのはかなり珍しい。

 和弥たちがいなくなると東京支部には葵、師範の名塚、師範代が九嶋と竹村の二人、門下生の正吾、そして宮森の六人になってしまう。

 人数的にはまだ残ったほうが多いが、戦力的に見た場合はほぼ互角。つまり半分の戦力を短期間とはいえ削ることになる。

 それを踏まえての葵の発言。

 多分、最近仕事が忙しかったことへのご褒美といったところだろう。

 建前上仕事と言っておけば咎められることはない。バレた場合は葵が師範に説教されるだけだ。


「……じゃあ俺も行くか」


 さっきの言葉の続きを口にし、気遣ってくれた葵に笑顔で応えた。


「時間は?」

「五時過ぎに厚木だ。学校終わったらすぐだから今日中に用意しておけよ」

「おっけ。……んじゃ訓練といくか。リョージ、頼む」

「ああ。今日こそ一本取ってみてくれよ?」


 不敵に、笑いあった。











 HRが終わると、クラスメイトたちとの挨拶もそこそこに切り上げて階段を駆け下りていく。

 後ろについてくる良治から、リミットは三十分と聞いているので最低でもそれまでに駅に到着していなければ何を言われるか、何をされるかわからない。主に綾華に。


「ん?」


 階段を降りきって下駄箱へ向かう途中、廊下の突き当たり近くにある保健室から見覚えのある人物が出てきた。


「どうしたんですか、会長。具合が悪そうですが」

「え、あ、柊くんと都筑くんか……ちょっと最近体調悪くて。学園祭終わったくらいからだからその疲れかもって思ってたんだけど、なんか最近特にヒドイのよね」


 傍目にも会長の体調が悪いのがわかる。熱などはないようで、身体全体が不調を訴えているような感覚らしい。


「――会長、何かあったら言ってくださいよ。みんな心配しますから」

「……うん、わかったわ。ありがと」


 良治の真剣な様子に呑まれながら答える。

 彼の態度が若干気になったが、心配していることには違いないのでわざわざ口出しすることもないだろう。


「ではすいません、急ぐので。来月新しい生徒会長が決まるまでは頑張ってくださいよ?」

「そうね……それじゃ」


 力なく手を振ると、和弥たちが降りてきた階段をふらふらと上がっていった。


「……なぁ、ホントに大丈夫なのか、かいちょー」


 いつでもテンションの高い会長があれほど辛そうにしていると、さすがに心配だ。体調が悪くても学校に来るあたり、責任感があるのが痛いほどわかる。多分、会った人たち皆に心配されているだろうことは簡単に予想がついた。


「さぁな。……杞憂に過ぎなければ良いが」

「え?」


 寂しそうな、悲しそうな色を浮かべ、ポツリと漏らす。

 まるで何かを見送るような、いつか見た眼差し。彼にしか見えてないものが見えているようだ。


「いや、なんでもない。それより早く行こう。遅れるぞ」

「あ、ああ……」


 釈然としないものを感じながらも彼は走り出した。










「長旅ご苦労じゃったの。ほれ、遠慮せんで食べなされ」

「じゃ、皆食べましょ」


 このメンツにしては珍しく、何事もなく阿波の家に到着していた。

 予定通り夜遅くの来訪となったが、目の前の老人は本当に嬉しそうに四人を歓迎してくれた。

 木製の丸いテーブル、いわゆるちゃぶ台の上には野菜を中心とした料理の数々。まどかの声を合図にして各々もそれらをつつきながら談笑を交わしだした。ちなみに料理の大半は阿波が作り、まどかと綾華が手伝いをした。和弥は料理をしたことがなく、良治は出来なくはないがここは女性陣に任せた方がいいと判断して二人はゆっくり待機することにしていた。

 和弥の左隣に座っているのは綾華。順に阿波、まどか、良治、そして和弥に戻る。

 阿波とは接点がないので、とりあえず卓上の料理を食べながら話に耳を傾けることにする。参加できるような話題になれば、言わずとも綾華が話を振ってくれるだろう。


「それにしてもまさか綾華ちゃんが一緒に来るとはの。約十年ぶり、かの」


 まどかと会話をしていた阿波が振り向き、隣の綾華に実に懐かしそうに話しかけた。まるで実の孫に語りかけるかのように優しい声音だ。


「はい、そうですね。私もここで会えるとは思っていませんでした。それもまどかの師匠としてとは。稽古をつけていたのも知りませんでしたから」

「まぁ、夏休みは四人とも別行動だったからね。都筑は御館様と一緒だったんだっけ?」

「ん、ああ。結局一ヵ月半ずっとな。ま、そのお陰で今の俺があるのはわかってるから感謝してるよ」


 今ではそう思うことが出来るが、あの時はとてもじゃないが感謝など出来るものじゃなかった。

 ひょいひょいと軽い身のこなしで避ける隼人だが、こっちが堪えきれずに不用意に飛び込むと手痛い反撃が十割の確率で返ってくるのだ。

 術を扱えるようになってからは、相手のリズムを崩してから攻撃するという搦め手も混ぜて攻撃したのだがほとんど通じなかった。さすがは白神会の長なだけはあると痛感した。


「……隼人自らか。とすると……」

「ち、違いますっ、別にそういうのでは……」


 阿波のからかうような視線に激しく動揺している左隣のパートナー。彼女にはその言葉の意味がわかっているようだ。


「?」


 もちろん和弥には何のことを言っているのかわかっていないので、頭上に疑問符を浮かべてその光景を眺めることしか出来ない。綾華の様子から、聞いても絶対に教えてくれないだろうことは理解しているので、そんな無駄なことは彼女の機嫌を損ねるだけだろう。

 まどかも彼と同様なようだが、隣の良治は意味がわかったが説明するつもりはないようで、黙々と食事を続けている。


「……どうした?」


 視線に気づいた良治が顔を上げる。その瞳は和弥に向けることの少ない、探るようなものだ。


「いや、わかってて黙ってる雰囲気だったからどうしたのかなと」

「まぁ、俺が介入するような問題でもないし、綾華さんもわざわざ解説してほしくはなさそうだからな。気にしなくてもそのうちわかるさ」

「そのうちわかる?」

「ああ。たぶんそう遠くない未来にな。興味がないわけじゃないが、俺としては黙って見ているほうが性に合ってるからな。ま、頑張ってくれ」


 経験上さらなる情報を引き出すのは非常に困難なのを知っているため、納得いかないながらもこれで諦めざるを得ない。

 仕方なく、出された料理に没頭することにした。隣に座る彼女の視線に気づくことなく。











「ん……?」


 食事を終え、満腹になった状態で割り振られた部屋。

 旅の疲れか、横になってすぐに睡魔に襲われたようだ。

 和弥の意識から遠い場所で聞き慣れぬ電話のベルが聞こえ、やがて阿波が取ったのだろう、その音が止んだ。

 ふと部屋の壁に掛けられていた時計がぼやけた視界に入った。

 短針は三、長針は六と七の間。

 こんな時間に電話とは非常識な。生活パターンを良く知る人のケータイにかけるならまだしも、まず寝ているだろうこの時間の民家に電話をするなんて。

 少しは迷惑を考えろよな、と全く働いてない頭で考えて寝返りを打つ。

 そこに聞こえてきた音は先ほどのベル音とは違う、ドタドタという慌ただしい足音。さして離れていない廊下からのようだ。

 良治は隣の布団にいるので、他の三人のうちの誰だろうな、と未だ覚醒しない意識のまま思う。


「――和弥。起きているか?」

「ん……ああ」


 寝ているとばかり思っていたが、彼は少し前から起きていたようでその声はいつもと変わらぬものだった。もしかしたら彼も電話の音で起きたのかもしれない。


「様子がおかしい気がする。ちょっと行って――」


 言いかけたところに、またあの足音。今度はこちらに向かってくる。

 二人の視線の中、廊下沿いの襖が勢いよく開いた。


「起きているかの二人とも。大変じゃ、長野支部が何者かに襲われているようじゃ……!」

「な……!」


 家主の老人の言葉に絶句する。

 固まっている和弥を横目に良治が大急ぎで準備を開始する。その様子を見てはっとする。


「和弥っ、急げっ!」

「了解っ!」







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