~祭壇への扉~ 五話
「……こちらへ」
まだリビングアーマーが倒されたことを信じられない骸骨が、今まで打ち倒してきた者たちが通ってきた扉の奥へ向かった。
和弥が剣を持ったのを確認してから全員でその後を追う。
湿った土と風の匂いが進むにつれて段々と濃くなっていき、やがて明らかな腐臭が混じってきた。
十mも扉をくぐってから進まないうちに、さっきの部屋の数倍はあろうかという広々とした部屋に着く。――匂いの濃度が格段に増した。
中央奥の赫い玉座に鎮座するのはこの悪趣味なゲームの元凶。目を閉じてもそこにいるのが明確なほどの存在感と威圧感を纏い、ソレは静かにこちらを見つめ、そして口を開いた。
「……ほう、今年の生贄は大層生きがいいようだな。まったく、楽しみにしていた甲斐があったというものだ。しっかりと仕事をしてくれる下僕を持つと楽でいい。くっくっく」
かすれた声で笑うその者の隣には案内役を務めていたあの骸骨。怯えているのが縮こまった態度から窺い知れた。
「――死霊の王、か」
「ワイトキング?」
「ワシのことを知っているのか。なかなか博識だな。……なるほど、退魔士か。道理でここまで誰一人欠けずに来れたということか」
良治の呟きに部屋の主が反応する。
白を基調とした朽ちた神官服と神官帽に包まれたその身体はミイラのようだ。右手には髑髏をあしらった錫杖が握られている。
紅く濁った双眸を持つ顔が、これからもたらされるであろう快楽に歪んでいた。
「死霊の王……アンデッド系の者たちを統べる種族の総称だ。元は悪霊だったのが長い年月を経て進化したものだと言われてる。その力は下級から中級魔族に匹敵するとされている」
周りの皆に聞こえるかどうかの小さな声で良治が説明する。僅かだが焦りの色が見える。
よく見てみれば、まさに『死霊の王』といった出で立ちだ。そして肌で感じるその力の強大さ、醜悪さ。
こいつが自分たちの学園を危機に晒している張本人――
冷静でいられるわけがなかった。
「さて、一応ここまで生きて辿りついたも者に聞くことにしているのだが……どうだ、ワシの部下になってみるつもりはないか?」
「断る」
即答。そんなこと考えることもない。
和弥の独断で返答したが、もちろん誰もそれ以外の答えなど持っていない。
「ほう? さすがは力を持った人間、言うことが違うな。魔界に来てすぐに命乞いを
する輩もいるというのに。まぁよい、ワシを倒せたなら元の世界に戻ることが出来る。精々悪足掻きをするがよい。絶望のうちに死に逝く魂を喰らうのが一番の楽しみだ」
人間ごときが何を言う、そんなニュアンスを含ませて広間に嘲笑が木霊する。彼にとって人間とは糧であり、暇つぶしのための玩具でしかない。
酷く、耳障りだった。
「御託はいい。さっさとこのくだらないゲームを終わらせよう」
そして和弥は歩き出した。
――こんな下卑た存在が。
「行くぞ」
――こんな醜悪な存在が。
「さぁ来い。この死霊の王・ゼラスがその魂ごと喰らってやろうぞ!」
――こんな愚劣なコイツが許せない!
真っ直ぐに、愚直なまでに真っ直ぐにこの閉ざされた世界の主へと疾走る。
剣は右上段、最も得意としている八相の構え。
今まで犠牲になってきた人たちを想うと切なく、悲しく、そして激しい怒りを感じる。無残に殺されただけでなく、魂すらも嬲られ喰らわれた。こんなヤツに奪われた未来がなんと哀れで悲痛なものか。
力強く石造りの床を踏み締めながらも肉体の限界まで速く駆ける。
その瞳に映るのは、死した者の魂を弄ぶ醜怪なる化け物。
「愚かな!」
嘲りの声と共に錫杖を振るうと、帯状に業火が広がる。さながらそれは炎の壁ともいうべきもので、同じ火炎系統の術を操る彼にはこの術の凄さが良くわかった。
――しかしそれがどうした。
「カカカッ! 燃え尽きるが良い、愚かな人間め!」
赤く立ちはだかる壁の中で哄笑するゼラス。直撃はしなかったがこれでは近付きようがない。後は威力は落ちるが広範囲の術を放ち続けれないい。
これがゼラスの必勝パターンで、数々の退魔士やライバルを倒して今のこの地位まで登り詰めたのだ。この戦法に絶対の自信を持っていた。
そして、同時に慢心もしていた。
たかが人間に破れるはずがない、と。
その瞬間は唐突に訪れた。
炎の壁越し、真正面からの気配。――ありえないタイミングでだ。
コンマ数秒たりとも怯まないで突っ込んでくるしか到達できない最短時間。
「壁ってのはなぁ――」
猛火の中から産まれるように出現した男は全くスピードを落とさない。それどころか忌むべき存在を目前にしてさらにその速度を上げる。
その男はゼラスにとっての恐怖の具現であり――死神だった。
「――!?」
「破るためにあるんだよッ!!」
純白に光り輝く剣を袈裟斬りに一閃。
いつかの大猿の時と同じように手応えは無い。吸い込まれるように剣は受け入れられた。
「な……これは、この力は浄化の、――の力……」
裂かれた部分から光の粒子となり、淀んだこの世界の空気に溶けてゆく。
そして、なんの名残もなく間もなく完全に消え去っていった。
消え逝くゼラスを前に、和弥は何も感じなかった。ほんの少し前まで滾っていた怒りも悲しみも全て一緒に消えるように。
「まったく、寿命が縮みましたよ」
「……え?」
知らず呆けていたのか炎の壁は既に立ち消え、周囲には皆が安堵の表情で立っていた。
「どうかしたんですか、和弥。もしかしてどこか怪我でも?」
綾華が心配そうに表情を窺ってくる。その瞳の色から本当に気遣ってくれているのが伝わってきて温かい感情が胸に広がる。
「それにしても炎の壁を突っ切るとはな。確かにお前は火炎系統には耐性があるのだろうけど」
相変わらずポケットに両手を入れっぱなしのまま苦笑いしている良治。感心半分呆れ半分といった感じだ。得意な属性を持っている者は、同じ属性にある程度の耐性を持つ。
和弥としてはあの時そんな耐性があるとかないとか考えていなかった。ただ自分の中で何かが大丈夫だと囁いたに過ぎなかった。そんなことを言うとまた溜め息で答えられるのが目に見えているので言いはしないが。
「あ、戻るんじゃない?」
「景色が……」
「歪んでますね」
会長、委員長、慎也が順に異変を知らせる。
言葉通り辺りの景色、ほとんど単色で構成されている部屋が眩暈を起こしたときのように揺らいでゆく。魔界に来たときとは現象が違うが、歪んだ風景の中に馴染んだ世界の匂いが嗅ぎ取れた。ゼラスの言っていた通り戻れるようだ。
そして。
「――っと。ここは……中央校庭か」
「そのようですね。あそこに大学の広場に行ったときの道がありますから」
空間を渡って着いたのは食堂脇の中央校庭。少し先に図書館が見えることから校庭中央北辺りだ。
斜めの陽光が煌めく校庭に彼らは戻ってきた。
ちらほらと学園祭の準備をしている生徒がいるが、幸運にも戻ってきた瞬間を見ていた人はいないようだ。
「そうか。ここが六芒星の中心か」
「あ、確かにそうですね」
なるほど、と納得した表情の良治と瞬時に気づく綾華。場所など特に気にしていなかった和弥にとってこの二人の洞察力はとても尊敬すべきものだ。もしいなかったらと思うと背筋が寒くなってくるほどに。
「ねぇ、今何時だと思う……?」
「ん? 校舎に時計あるだろ、それ見れば……って、六時過ぎ?」
真帆の問いに校舎中央に掛けられている時計に目をやると、それは間違いなく現時刻は六時だということを指し示していた。
冷静になって周囲を見回すと、太陽は東から射している。つまり、今の時刻は『午前』六時ということになる。
「え、ちょっと待って、じゃあ今日はもう学園祭当日っ!?」
大声を上げたのは言うまでもなく学園内で一番仕事量が多い生徒会長・小久保せりな。文字通り顔面蒼白となっている。
「あああああ、また小言言われるぅ……って急がないとっ」
きっ、と校舎の出入り口を見据えると大急ぎで駆け出していく。がその動きがいきなり止まり、また戻ってきた。
「かいちょー、どうしたんですか?」
「ん、ちょっと言っておきたいことがあって。ありがとう、ご協力感謝するわ。……それと」
「はい?」
感謝の言葉の後、良治に近付き耳元で何かを囁いた。
ピクリと彼の表情が動いたが、すぐに苦笑いに変わった。
「じゃ、そーゆーことで」
そういうと今度こそ彼女は視界から消えていった。
「なんだったんだ?」
「さぁな。まぁ、俺たちの仕事はこれで終わったって事だよ」
「……?」
いまいち要領を得ない返答に首を傾げる。まぁ、彼がそう言うのなら別に気にするようなことではないのだろう。他の三人も気にしてはいなかった。
「じゃ、教室に行こっか。そろそろ集まりだしても不思議じゃない時間だし」
今日は学園関係者のみなので、開催時間が前倒しになっている。確かにもうじき集合時間だ。今から一度自宅に帰って戻るには時間が厳しい。顔と手を洗ってこのまま参加するしかないだろう。
「では行きましょうか」
「そうだな」
模擬店の間を縫って校舎へ向かう。少し汚れてヨレた制服が戦闘の疲れを表せていた。
「っと、先に行っててくれ。寄るところがある」
校舎に入ってすぐ良治が口を開く。入る前から決めてあったようだ。
何処に? という言葉を投げかける前にその疑問は氷解した。
「あ、保健室でしょ。私がついてくね」
「リョージ、怪我でもしてたのか?」
期せずして視線が良治に集まる。それに彼は苦笑とポケットから出した両手で答える。
「あの戦闘でか……」
「ああ」
ずっとポケットに入れてあった両手には無数の裂傷が刻まれていた。傷自体は浅いものの数は多く、その手の大半が血に染まっている。
特に右手が酷いのは、鎧に右手ごと突き刺さったせいだろう。裂かれた鎧の尖った部分が彼に数多の傷を与えたのだ。
「それにしてもよく気づいたな」
「やっぱりわかるよ。……いつも見てるから」
頬を微か赤らめて微笑む。
その感情に気づいていないのか、良治は平然とした態度のままで接し続ける。
「ま、とりあえず大丈夫だ。真帆は――じゃなくて委員長はクラスの仕事あるだろ。後から行くからそれまで頼む。細井だと不安がありすぎる」
「……うん、わかった。じゃ、先に行ってるね」
翳りかけた表情を元に戻して階段へ向かう。それに追随するように他の三人も階段の方へ歩いていく。
ふと和弥が振り向くと、そこにはもう誰もいなかった。
「――七不思議の噂話を流していたのは貴方でしょ」
「……よくわかりましたね。彼から聞いたんですか?」
観念したような、ほっとしたような落ち着いた口調で彼はその言葉を肯定した。
場所は高等部校舎二階の東端。すなわちオカルト研究会の部室だ。
「聞いてはいないわ。ただ話の端々から推理――とも言えない、憶測に過ぎなかったわ。貴方が『何の話?』って答えてたら私はそれでこの部屋から出て行くつもりだったし」
噂話は二年と少し前から流れ始めたことは簡単に推測できたし、ワイトキングの話
から命乞いをした人間がいることもわかっていた。
それにこの男、高崎が素直に情報を教えてくれたことも疑うことの一因となっていた。良治から何の対価も求めなかったのを聞いたとき、初めて彼に疑念を持った。せりなの知っている高崎という人間は常に何かを欲するタイプだったのに、と。
それをしないということはつまり、喋ったその情報は彼の意思ではないことを示していた。
「そうか……でも私はずっとアイツを倒して欲しかった。君がこの部室に入ってきたときからしらばっくれるつもりはなかったよ。彼らが君の要請で動いていたことを知っていたからね。君ならきっと最後は自分一人で来ると思っていたよ」
「そう……じゃあなんで噂を流したの? 生きて帰って来たならそうする必要は……」
「アイツの分身が現れたんだ。力はとても小さいけれど普通の人間を殺すには十分すぎるほどの力を持って。そして二年前のある日、戻ってきた私は噂を流しだしたんだ。数年前に事故で亡くなった図書館の女生徒の話と校庭にある呪いの桜の話をベースにして七不思議を創り出したんだ。この命の代償として」
「六芒星の魔方陣も貴方が?」
「いや、それは指示されたとおりにやっただけだ。そして自分の命欲しさに命令に従った。学園祭のこの時期に数人の生贄を向こうに送ることを選んだんだ」
「――そう」
「自分のやったことに言い訳はしない。……好きにして欲しい」
ここで初めて彼がずっとこの瞬間ときを待ち侘びていたのに気づいた。
きっと生贄として自分の通う学園の生徒を送り出してから今まで自責の念が尽きなかったのだろう。静かに佇むその表情には覚悟が確かに存在していた。
「別にいいわよ」
「……え?」
「別にどうこうするつもりはないって言ったの。犠牲になった人たちには悪いけど、アンタはもう十分反省してると思うし。それに、もう二度とこんなことしないとも思うしね」
今のこの時代、彼と同じ状況に置かれて反抗しようとする者がどれだけいるだろうか。和弥や良治たちのような特別な力を持っていない限りは難しいだろうことは想像に難くない。
それが力を持たないせりなにはよくわかる。彼のその心情が、痛いほどに。
「だから、いいわよ」
「…………すまない」
涙が一粒、零れた。
「お疲れ様です、会長」
「部屋から出るの待ってたの? もうすぐ朝礼始まるんじゃない?」
「それは会長も同じでしょう。時間はそんなにかからないと思ってましたから」
「それはともかく、柊くんもありがとうね、言ったとおり任せてくれて」
「別に今回は組織としての仕事ではないですし。元々会長から頼まれた話ですからお気になさらず」
「そ? じゃあ今度何かあったらまたお願いするわ。次がないことを祈ってるけど」
「じゃあ次は和弥に言ってください。きっとその頃には立派になってると思いますから」
「都筑くんのこと買ってるのね。わかったわ、次があったらそうするわ」
「ありがとうございます。それではまた」
「昨日は疲れたな、和弥」
「ああ……」
学園祭関係者のみの一日目が終わり、今日は一般の人々も入場できる二日目。
初日である昨日もそれなりに活気があったが、今日のそれは昨日を凌駕していてあちこちから歓声が絶えない。
ちなみに二人は一日目はずっと教室にいたので二日目は休み。今は教室の端のほうで自分でいれたジュースを飲みつつまったりしていた。
「あーー!!」
久々にゆっくりとした時間を過ごしている中、廊下で呼び込みしているはずの細井の奇声が響いた。
何の騒ぎかとウェイトレス姿の真帆も他の生徒も、皆扉の方へ視線を注いでいる。
「リョージ、何だと思う?」
「いや、わからんが……嫌な予感がするのは何故なんだろうな……?」
二人して腰を浮かせていつでも逃亡できる準備をする。こういうときはスピードが命なのは経験上良く理解している。
扉の陰から現れたのはやはり知っている人物。良治の顔がこの世の終わりのように引きつったのが視界の端に映った。
「…………まどか」
「やっほー、来ちゃった♪」
「リョージのカノジョだぞー。俺ゴールデンウィークに駅前で見たことあるから本物だ!」
細井が余計な煽りを入れる。これは効果抜群で、耳が痛いほどの歓声が沸きあがった。しかし、完全に逃げるタイミングを逸した良治の表情は固まったままだ。まるでこれから起こる地獄を恐れるかのように。
「――お久しぶりですね、柚木さん。こんな場所まで柊くんのストーカーですか? 大変ですね」
冷え切った言葉に周囲全てが凍りついた。氷の爆弾を落としたのは……なんと委員長の真帆だった。
「いやぁ、カノジョなら当然だと思うけど? 『彼氏』の学園祭に来るくらいは。ねぇ?」
負けじと言い返す『自称カノジョ』。教室中の生徒は完全に緊迫した空気に呑まれ、一言も発することができない。というか呼吸も満足にできないでいた。
今まで一度も真帆のこんなことをする場面を見たことがなかったのでどうしたらいいのかわからないのかもしれない。クラスメートは当然、更に飲食をしていたお客までこの雰囲気に呑まれて動けない。
「……どういうことなんだ、コレ」
小声で原因と思われる友人に尋ねてみる。本気で経緯がわからない。
すると良治も苦りきった表情で返す。
「何故だが知らないが、あの二人相性が凄まじく悪いんだ……一回仕事でこういうことになってからは絶対に会わせないようにしてたんだが……」
喋りながら窓の外の青空を眺めている。既に現実逃避を始めたらしい。
言われてみれば何回かそんな節があった気もする。だから彼は頑なにまどかを呼ばなかったのか。
「――和弥、遅れてすいません。ちょっと急用が……どうしたんですか、まどかまで」
「あ、和弥のカノジョも来た」
「え、いえ、私は……」
突然の言葉に真っ赤になってしどろもどろになる綾華。それに反応して再び騒ぎ出すクラスメートたち。――最早収拾がつかない。
「和弥、約束してたの忘れてたろ」
「……言うな」
二人で白い雲を見ながらジュースをすする。なんだか和やかな気分になりつつある。
「はんじょーしてるー? って何よこの騒動は」
会長まで来てしまってはもう静観するしかないだろう。下手に収めようとすればその分ややこしくなりかねない。
「どうするんだ、コレ?」
「……どうしようもないこともあるんだよ、世の中には」
心の中で涙を流す親友がとても切なく思えたのは胸の内に閉まっておくことにした。
後日、付き合っていないのにクラス公認のカップルに認定された和弥と綾華、そして二股の噂が流れた良治がその噂の除去に奔走することになったのはまた別の話。――合掌。
「祭壇への扉」完
皆様こんにちは。榎元です。
これにて祭壇への扉完結。いかがでしたでしょうか。
細井とせりなが出てくると大体場が盛り上がったり勝手に動いて喋ってくれるので重宝してます。本当に助かってます。
それでは、また。




