~祭壇への扉~ 四話
「――つまり、あんたの主ってやつを倒せば俺たちは帰れるんだな?」
「はい、左様です。あくまで倒せたら、の話ですが」
カタカタと不愉快な音をさせて上下する顎。目の前の骸骨は最初から無理だと決め付けているのがありありと見て取れた。
表情は髑髏ゆえに変わることは無いが、その話し方や細かな仕草、態度で自分たちを舐めているのは誰の目にも明白だった。
骸骨にしてみれば彼らはここに送られてくるのは文字通り『生贄』に過ぎない。
ただ生贄にするだけでは面白くないという理由だけで、骸骨の主はこの悪趣味な『ゲーム』を取り入れたのだ。
廊下の倍ほどの幅の部屋に通されてそのゲームの説明を受けた。ゲームといっても命がけのゲーム。言葉通りの『デスマッチ』だ。
ルール自体はいたってシンプル。
一対一で戦闘して勝てばいい。しかしこっちは一人一回しか参加できず、向こうが勝った場合はそのまま勝利者が残る。勝負する相手は五人だ。
これには正直助かったと皆思っていた。こちらは全員で六人いるわけだが会長は戦力として計算できないのだ。
このルールなら残り五人が全勝すれば会長の番が回ってくる前までに決着をつけることができる。
「武器はこちらのモノをお使いください。しかしそれぞれ一回ずつしか使用できませんので悪しからず……」
右の壁際手前にある木製の台に並んで置いてあるのは六種類の武器。こちらの人数に合わせて用意されたものだろう。
指定された六種の武器は、剣、斧、槍、ナイフ、小太刀二刀のセット、そして鞭。誰がどの武器を使用するのかが鍵になりそうだ。
和弥は今までずっと木刀しか使ったことがないので出来れば剣がいい。というか他のはまともに扱える自信がこれっぽっちもない。皆無といってもいい。他の四人が剣以外の得意な武器を選んでくれることを切実に願わずにはいられない。
良治と綾華の二人は配慮してくれるだろうが水樹姉弟はどうだろうか。きっと剣以外使えないのを知らないので選びそうな気がする。それもかなりの確率で。面目ないが選びそうになったら交渉してみよう。それしか道がない。情けない話だが。
ちなみに転魔石を発動させようとしたのだが、さすがにこの場所までは転移できないようでここが魔界ということに現実味を増させるだけの結果になってしまっていた。
「じゃあ一番手は誰にするんだ? リョージ」
「そうだな……まずは様子見を兼ねて俺が出てもいいんだが」
「それは避けたいですね。良治さんは出来るだけ後のほうがいいでしょう。こういうお遊びは先に進めば進むほど相手が強くなっていくものですから」
「まぁ確かに。じゃあこうしてみるか」
「え?」
何か思いついたらしい良治が骸骨のほうへ歩いていき、手振りを交えながら話し出す。明確な声は聞き取れないが、話し声の調子から何かを交渉しているようだ。
交渉はすぐに纏まったようで満足げに戻ってくる。
「何を話してたんだ?」
「ま、見てろ」
彼の視線を追うと、自分たちの来た通路とは逆側にある鉄製の扉が開き、一匹の犬が姿を現した。
大きさは中型犬程度だが、その姿は骨格のみ。くすんだ茶色一色だ。
「先にそっちから対戦相手を出して欲しいって言ってきたんだよ。これなら対応しやすいだろ」
してやったりの表情。どうやら完全に元の調子を取り戻しているようで安心する。
魔界に来たときの、彼の愕然とした姿を見たときはただならぬ事態かと考えたが、これなら大丈夫なようだ。
「じゃあ一番手は僕が行きます。武器はどうしたらいいですか?」
名乗りを上げたのは慎也。相手を見てやる気が出たのだろう。少々情けないこともないが、積極的なのはいいことだ。
「そうだな、剣以外ならどれでもいいぞ」
「それなら……これでやります」
こっちの事情を把握している良治の指示を受けて慎也が選んだ武器は、銀色に鈍く光る鉄製の槍。それは慎也の身長よりも長く、ざっと二m弱といったところだ。
二、三度軽く振り、感覚を確かめると部屋の中央へ進んでいく。残った五人は邪魔にならないように元来た通路側の壁際にくっついて観戦することにした。
「大丈夫なの?」
「はい、大丈夫ですよ、慎也なら」
会長の不安そうな問いに落ち着いた声で答える真帆。そこには弟に対する全幅の信頼があった。
今まで日常生活でも仕事でも、ずっと二人一緒にやってきたのだ。慎也の力量を知るが故、彼女は何も心配していなかった。
「では……始め!」
骸骨の合図と共に地を蹴る骨犬。
身体を覆う肉がないからか、普通の犬よりスピードがある。
しかし、それだけだった。
「はぁぁぁっ!」
ジャンプした骨犬の口めがけて槍の穂先を叩きつける。
頭部を斬るというよりも砕かれた骨犬は攻撃された勢いのままに吹き飛び、もはや動くことは一切無かった。
「に、人間側の勝利……」
骸骨も予想もしていなかった結果に、人間で例えるならまさに茫然自失といった感じで勝利宣言を告げる。こっちとしては当然の結果だったのは言うまでもない。
二番手の真帆が鞭を使って動く死体、いわゆるゾンビを難なく倒し、三番手の綾華もナイフを手にゴーストを屠った。
ちなみに二人とも武器は一切使用せずに術だけ、しかも一撃で決めてしまっていた。
つまりこれで三連続一撃で勝負を決していた。危なげないとかそういう次元の問題ですらない。だが実力差を考えれば当然のこと。今までもっと危険な相手と戦って来ているのだ。後れを取ることなどそうそうない。
「この分なら簡単に帰れそうだな。主ってのもそんなにたいしたことなさだし」
「ええ、なんとなりそうですね」
「あー、よかった。このまま帰れなかったらどうしようかと思ったわ」
まだ敵は残ってるというのに弛緩した空気が流れる。苦戦なんて全くしていないのだから当たり前なのだが、そこに良治の厳しい声が水を差した。
「浮かれすぎないようにな。俺たちは全勝しなくちゃならないんだ。まだ半分、何があるかわからない。今まで何度も言ってるが……油断だけは決してするな」
それは良治が皆を戒めるときによく使う言葉。確かにその通りだ。
そして言葉が終わると同時に、次の対戦相手が扉を開いた。
「今度はそう簡単にはいきませんぞ」
骸骨の声の調子が元に戻っていて自信を感じされられる。どうやらそれなりの相手らしい。
重々しい足音を立てて登場したのは2m程のフルプレート・フルフェイスの鎧。全身黒一色で、さながら良治の異名の『黒衣の騎士』だ。その手にはバスタードソードを携えている。
「リビングアーマーか。特徴としてはパワーがあって頑丈ってタイプだな。……俺が行こう」
「リョージ!?」
てっきり彼が最後を担うと思っていたのでかなり驚いた。
しかし良治はそんな和弥の声に落ち着いて話す。
「和弥はああいうタイプには向かないからな。多分俺のほうが勝率は高いだろう」
「いや、でも」
「剣は残しておいてやるから。さて、俺は小太刀二刀にするか。――よし、和弥、ラストは任せたぞ」
薄く笑って中央へと進み出る。その背には確かな意志が宿っていた。
「……わかった。しっかりやれよ!」
「――ああ、任せておけ」
中世ヨーロッパ風の飾り気のない黒の全身鎧。顔の部分は菱形のプレートが覆い、その下半分はアメフトのヘルメットのように格子状になっている。
良治が中央付近に到達し対峙すると、それを合図とみなしたのか動き出す『鎧』。
予想していたよりも速いスピードで向かってくる。普通の人間程度のもので、様子を見ながら右に避ける。おかしな話だがどうやら右利きらしく、利き腕一本でバスタードソードを操っている。
避けた後すぐに距離を置き、既に抜いてあった小太刀を器用に二本とも左手に持つ。
(さて、どれくらい効くか)
瞬時に練った力を右手に集中させ、『鎧』めがけて風を解き放つ。
出力は短期間集中では最大、狙うは胸部中央だ。
ドォォン!
「……ち」
避ける素振りすらなくまともに命中したが、一歩後ろへよろめいただけでダメージらしいダメージは与えられていない。鎧がへこんだかどうかといった程度だ。
無効化した気配はないので単純に攻撃力不足だろう。最も得意な風の術でこの程度なのだから他属性の術は期待薄だ。
術の攻撃力を上げる手段は二つ、あるにはある。一方は詠唱を必要とする高位の術、もう一方は『変化』による全能力の強化だ。
高位の術はそれぞれに違った詠唱が必要となり、その威力は無詠唱のものとは一線を画す。彼は風系列なら一種類だけ使用できる。しかし見た目より素早い『鎧』相手に詠唱するのは難しい。詠唱術は真っ向勝負の一対一でそう使うものではないのだ。
後者は可能な限り使いたくはない。身体的な懸念もあるが、それ以上に皆の前では少なくともまだ見せたくはなかった。
方針が決まらぬうちにまた風切音をさせてバスタードソードを振って突っ込んでくる。それをあっさりと躱し、小太刀を両手に持ち直して改めて対峙する。
どう対応していこうかと思案するが、術で決定打を与えられない以上両の手に握った小太刀でどうにかするしか方法は残されていない。このあまり手入れがされているとは思えない小太刀が、あの重厚そうな鎧に効いてくれるかは甚だ疑問ではあるが。
がちゃがちゃと派手な音をさせてなおも迫撃する黒の巨体。その剣捌きは並の戦士を上回り、斬るというより叩き潰すというニュアンスのほうが強い。
その一撃を上手くすれ違うようにして回避し向き直る。無論すれ違ったときに一太刀ずつ入れるのを忘れてはいない。
飽く迄剣撃を喰らわないことを最優先に置き、何度も何度も同じことを繰り返す。相手は思考能力がないらしく、いつまでも寸分違わない同じパターンをリピートする。
単純作業は彼の得意とすることで、自身も倒せるまでずっとやっていても思っていた。が、しかし。
「……おいおい」
本人よりも早くガタがきたのはその手に持つ小太刀だった。
自分でもわからないほどに撃ちつけていた最中、今までとは違った感触に右の刃を見てみるとそこには大きな刃こぼれ。左の刃も似たような状況だ。いつも使っている自分のなら、と思わずにはいられなかった。
疲れを知らず、同一のリズムで向かってくる『鎧』。
術は効かず、武器は砕ける寸前。
ちらりと『鎧』の向こう側の和弥たちを見ると、誰もが安心した顔で戦況を見守っている。
――彼なら何とかしてみせる。
そんな声が聞こえてきそうな表情だ。
(まったく)
はぁ、と苦笑いしながら溜め息を吐く。
そして大きく息を吸い込むと全身に力を行き渡らせ、構えた。
右の刃先を相手に向けて真っ直ぐに引き、左の刃を身体に巻き込むように横に構える。
左半身で右は腰、左は右肩辺りに水平に並べた。
この戦闘で最も鋭い眼差し、集中力。
構えたまま微動だにしない彼に何の疑問も恐怖も感じない鉄のカタマリは、今まで放ったのと全く同一のタイミング、リズムでその剣を彼に向かって振り下ろした。
ドドン!!
「――弾けろ」
ドン!
言葉通り『鎧』の上半身が四方に飛び散り、残った下半身は音を立てて膝から崩れ落ちた。
バスタードソードは中央部から折れ砕け四散。一瞬の出来事だった。
完全に刀身が砕け散り柄しかない二本の小太刀を投げ捨てると、ポケットに両手を入れて口をポカンと開けたままで固まっている五人の元に歩み寄る。
「終わったぞ」
「あ、ああ……つーか、どうやって……?」
「さぁな」
和弥から見ると良治との間に『鎧』がいた為、詳しい倒し方がわからなかった。首を捻ってしまう。
あの瞬間、振り下ろされたバスタードソード目掛けて左手を一閃させ、その勢いを利用して右足を踏み込み右手を胴体ど真ん中へ突き刺したのだ。
そして最後に貫いた右手で『鎧』内部から風を放って爆散させた。
これが事の顛末だった。
この技は良治の奥の手で、必殺技とも言うべき切り札。そうそう使うものでもないし見せるものでもない。と言っても出し惜しみしてやられては意味はない。
相手の攻撃を左手で弾き、無防備になった身体に渾身の右手を突き出す。これまで二度、今回を含めても三度しか使用していなく、成功したのは二回。一回は紙一重で躱されてしまっていた。
その一回が二回目、つまり前回のことで一年以上前になるのだが、ここで完璧に成功させたのはそれからの努力の成果だろう。自分の編み出した技を破られて悔しくないわけない。
この技の性質上、実戦形式でやるのは難しい。人間相手にやるには破壊力がありすぎるし、動かない物では訓練にもならない。
なかなか訓練しづらい技だが、結局彼はこれをモノにした。
昔は何故こんな技を作って身につけたのかは自分でもわからなったが、今ではとても自分にあったものだと思っていた。
やはり先手を取るタイプではなく、終始相手に対応して戦うタイプなのだと。
「さて、次がラストだ」
終点は目前。あとは親友に託すだけだ。
苦い思い出を顔には出さず、彼は笑った。




