EPISODE 9.3
薄い雲に見え隠れしている頼りない太陽の下、私は石畳で夫を待つ。よたよた歩く大地がいなくならないよう、ときどき呼び戻す。あの人は車を置くのにどこまで行ったのだろうか。
「臨時駐車場の端まで誘導されちゃったよ。15分も無駄になっちゃったな」
だから早く出ようと言ったのに。のんきな顔の夫は気にせずお財布を出した。ふたりで400円で大地は無料。
「あのドームがプラネタリウムか。ずいぶん並んでる。子供ばかりだ」
「そりゃそうでしょう。午前が子供向け上映、午後に大人向け上映、夕方に解説者が登場して生解説、と書いてある」
「この行列は子供向けのだな。どう違うんだろうな」
「ひとまわりして、お昼前からここに並んで午後の部を見るのがいいんじゃない。でもここって他に何があるんだろう」
案内板には水車、学校、散策路、トイレなどとある。今日は水車は寒そう、散策路は長そう。
「学校かな。昭和初期の建物なんだって」
「大地は幼稚園もまだなのに。まあいいか、事前調査は大事だ」
大地を抱きかかえて人の流れに乗って進むとそこには本当に学校が建っていた。夫は立ち止まっていぶかしむ。
「ただの学校に見える。どうしてわざわざ展示してるんだ」
「哲夫さんの小学校はどうだったの」
「まさにこんな感じ。この建物はそのまま使えそうだよ」
「でもきっとその学校もコンクリートに建て替えられてると思うよ。今はもうこんな木造の小学校なんてどこにもない、と書いてある」
ただの学校と言いながら興味深そうに見上げる夫を、大地が降ろせと蹴りまくっていた。
中に入ると木の廊下、木の壁、木の机と椅子。私が通った品川の小学校はすでに鉄筋コンクリートだったから、こんな建物は見たことがない。でも不思議と懐かしさを感じる。
「走るなよ」
走るなと言われて走らない幼児はいない。走ってもよたよただから捕まえるのは簡単。夫もそれほど心配はしていない。
「窓枠まで木製だ。俺のときは鉄枠だったと思う」
「古いというより、かえっておしゃれね」
まだ午前なのに夕日が差し込んでくるような錯覚を覚える。カーテンが薄らと埃をかぶっていた。夫は椅子に座ろうとして、小さすぎてうまく座れなかった。
「そろそろ戻ろう。今から並んだら午後のプラネタリウムはいちばんに入れる」
その考えはちょっと甘かったよね。戻ったらもう行列は再生していたのだから。
上映時間ちょっと前。案内係が何を言っているかは聞こえなかったが、手の動きで入場を促していることがわかった。行列にしたがって入って着席すると満天の星空の映像だ。
「ただいまご覧になっているのは、この府中市から見える春の星空です」
23mのドーム内でこもった感じのテープの音声が案内を始めた。おとめ座、しし座、おおぐま座。星にイラストが重ねられて、それから位置を微調整された。これって手動で表示してるのかな。大地は無言で空を見上げていた。夫はにこにこしながら映像を見ていた。
「続きましては、太陽系の中の地球の様子をごらんいただきます」
星が流れてひとつずつ惑星が映し出された。ダイナミックね。
終了後に人工の川のせせらぎを見て、屋台の焼きそばを食べて、帰りの車の中で夫は言った。
「ダンジョンホテルも開業したし、探査準備も終わった。来月からダンジョンの底の調査に行くよ。俺は探査チームの20F本部長に指名されてるから21Fには降りない。危なくはない」
ついに来たか。でも下に降りないなら安心だ。
「あそこは国有地なんでしょう。それに特定危険領域は立ち入り禁止って法律にも書いてあるのにホテルなんて変だよね」
「法律だと補助者って言うんだけどさ、冒険者の手伝いをする人がいっしょに中に入れるんだ、学者さんとか専門家とか。そこに観光客が混じってしまった」
それはとってもグレーな感じがするよ。




