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EPISODE 9.1

現金払いのお客様はまだいくらか残っていて、月末に営業部の誰かが集金する。たいていはルートの都合で回りやすい金山くんが引き受ける。彼も一昨年の夏に主任に昇格していた。


「美香さん、印紙を取りに来ました。今日中に終わらせます」

「はい。でも手元のだと足りないや。野原さん、上からもらって来てくれる」

「野原さんは電話中です。私が行ってきます」

「じゃあ美智子さん、200円を1シートお願いします」



とんとんと外の階段を上がって新事務所へ。ここは社長と経営管理部の部屋。大きな窓の脇にはアイボリーのカーテン。そしてパキラ、モンステラ、ゴムの木の鉢植え。茶色の角スツールの上に座っているのはサーバー、Mate NX MA23D/C (256MB, HDD10GB, Windows 2000 Server, FileMaker Server 5.0J) だ。お姉さんの机の上の端末も一体型の FLORA 310 DP1 に変更されてすっきりした。前のV200/S7は山代さんが自分は使わないと言うので下の事務所に移動していた。


「お姉さん、印紙をください。200円を1シート」

「はい。2シート渡しておくから、余った分は美香さんに保管してもらって」

「ありがとう」


お姉さんは受け取ろうと伸ばした私の手の先から、トルコのアイス売りみたいにさっと印紙を引き上げて私の目を見た。


「美智子、もうすぐ復職から1年だけど、ちゃんと順調なの」

「はい。アップデートしました」



春から夏まで、私と野原さんは1台の MATE MA50J を共有して仕事をしていた。夏に野原さん用のMA65Jが届いたとき、また業務に変化があった。


課長になった裕太さんがこう言った。野原さんの新PCに同期通信ボード(PCI)を取り付けて、JCA手順対応のEDIソフトとデータ変換ソフトを入れたら、P-NETの注文データをCSV化できる。それを FileMaker Pro にインポートする。費用は30万円。


「P-NETはこれまで受注にしか使っていなかったから、FAXでもWeb-EDIでもよかった。今後は発注にも使うので自動化が必要です。ここからは真子ちゃんに説明してもらいます」

「はい。これまでお客様から、他社の文房具をいっしょに買いたいと何度も言われてきました。これに関して社長から、そんなに欲しいなら売ってあげたらいいじゃないかと意見がありました。しかし工場からは倉庫に在庫を置けない、また経営管理部からも在庫を持つべきでないと言われています。これらの条件を踏まえて営業と制作部で検討しました。答えは受注発注です」


ネットに掲載した他社商品は注文を入力するとマイナス在庫になる。他社の商品であることは商品番号で判別できる。その情報を集めてP-NET経由で問屋に注文を流す。受注も発注もCSVファイルで中継して自動的にやりたい。


「ネットで注文が来たら、その日のうちに問屋さんにP-NETで発注します。発注先はオオミヤさんです。商品は翌日か翌々日に届けられるのをそのまま発送にまわします。つまりP-NETを受注だけでなく発注にも使うんです。問題があるとすれば、発送担当の林さんの手が回らなくなることです。工場では英美里さんにサポートしてもらうつもりのようです」

「公式サイトでも楽々市場店でも年内に100SKUくらいなら無理なく追加掲載できると思います。その後も年間で100SKUくらいずつ追加が可能と考えています」

「機材が届いたら島田くんが設定してくれる手筈です。ネット通販のほうはもう準備を始めてください。それから野原さんが使っていた ThinkPad 560E は田中くんに使ってもらいます。いったん俺に預けてください」



この変更にあわせて、ネット通販のメール受信端末が私のMA50Jに変更された。受注から出荷と集金までワンストップで行うのが効率的だから。


そして私は注文した商品がいつ発送されるのかというお問い合わせで困るようになった。自社商品なら今日出荷しますと自信を持って答えられるところ、水性ボールペンや定規やコンパスなど問屋さんの配達次第の商品はちょっと曖昧。明日までに出荷の予定ですというのが誠実な対応だ。美香さんはあっけらかんとこう言った。


「でも自社商品だって3年くらい前までそうだったじゃない。事務所では正確な在庫がわからなかったんだから」

「そんなむかしのことを言われましても。人は楽なほうに流れるものなのよ」


ウェブサイトに掲載された商品を見て注文をする小売店のお客様もいる。裕太さんはいずれはそちらにも効果が波及すると期待していた。利は薄くとも機会が増えるはずだと。



LaVieは比野文具通信の編集にも使っていて専用機になりつつある。Wordの原稿とFileMakerから書き出した送信先情報をセットで外部のFAX送信サービスにウェブから渡す。メールで届いたログをDBに反映させる。この仕事は裕太さんが直々に担当して野原さんとかおりちゃんが手伝う体制だ。業務手順の変更にともなうマニュアルの更新には今回は私も参加することになった。そうして野原さんと私の関係は休職前の分業体制にだんだん近付いている。


野原さんは同期の山代さんとともに新年度から主任に昇格することになっている。彼女は大卒だから上に行くのは当然だとわかっていた。なのに追い付かれちゃったね、と喉から出そうになってびっくりしてしまった。


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