EPISODE 8.1
これを知っていますか、とゆりちゃんが持ってきたのはA4変形判のノートだった。広げたら正方形になるサイズ。黒い表紙に白い明朝体で、運命の洞窟へようこそ、と書かれている。
「山下が倉庫のサンプル箱から発掘したのです。RPG方眼ノートと言いまして、パソコンゲームで遊ぶ人が地図やヒントを書き留めるためのノートなんです。前の社長のときに1989年の半年間だけ作られていたのです」
内容は方眼でマス目は10mmくらい。最初のページの下半分には地図の描き方の説明がある。美智子はそれを見たとたんに嫌な予感がした。
「わたし思ったんです。すぐ近くに本物のダンジョンがあるではないですか。冒険者の人は記録用に何を使ってるんでしょう。専用の道具があったら便利です」
「人それぞれじゃないのかな。でもこんな大きなのは持ち運びが面倒な気がする」
ゆりちゃんはにっこり笑って別のものをトートバッグから取り出した。
「MM00201 耐水紙フィールドポケット B6、ですね」
「山登り用の定番商品です。これをベースにできないでしょうか」
そして、さらに Palm III を取り出してバックライトを点灯させた。
「こういうのも便利ですが、電池が切れたら何もできなくなります。冒険の最前線ではアナログのほうが安心ですよ。工場長さんは暗闇でも手帳に字を書けるそうです」
「そんな特技を引き合いに出されても困ります。夫に相談してみていいですか。お役に立てなかったらごめんなさい」
フィールドポケットには営業用の見本シールが貼られていて、処理済みなので持ち帰ってくださいと押し付けられてしまった。
普通の冒険者はフリーランスだから口利きしたくらいでどうこうはない。でも夫には国家公務員の立場もあるのよね。これを見たら怒るかも知れない。
だけど帰宅後に手帳を見た夫は意外と真面目に考えてくれた。工場長の特技を聞いたらもっと乗り気になった。
「これはこれでいいけど、もっと小さいのもあると使いやすいな。B6とA7の2サイズで実際に試してみたい。グリッドが正確ならメジャーとして現場で使える。それと売り込みはこの人とこの人のところへ行ったらいいよ」
名刺入れから何枚かを抜き出して書き出してもくれた。なんなの、この楽しそうな態度は。




