EPISODE 35.4
ドラゴンが人間を襲わない可能性が高いと言われて、安心してドラゴンの前に出られるものがいるだろうか。いないので、25F調査はまずは探査ロボットによって行われた。低身長のO4は高さ140cmの穴から階段に降りられる。その結果、人間が安全に降りられると判断された。
冒険者による探査の当日、頑丈なカゴに入れたモルモットを向こうの壁際までO4に持って行かせてドラゴンを誘引した。そのあいだに冒険ライトを並べた階段への直線経路を歩く。
リーダーの奥田支部長が先頭になって降りた。彼は手ぶらだ。次に89式5.56mm小銃と陸自の暗視装置JGVS-V8を手にした星野。それからハンディカム SONY DCR-TRV70K と電池式赤外線投光器を持った相馬さん。そして高解像度の静止画用に SONY Cyber-shot DSC-V1 を構えた向井さん。最後にアディダスのボストンバッグを持った伊庭さん。バッグの中身はタッパーやビニール袋、MiniDVテープ、メモリースティック、バッテリー、小型三脚、冒険手帳、LED付きボールペン、ミニマグライト。
撮影機材はどちらもナイトショット機能で赤外線撮影が行える。この機能は発売当初には、女性の服が透けて下着が見えるなどとして問題になったことがある。持ち込んだものは不具合を修正済みの新しい機種だ。向井さんがなぜか残念そうな顔をしていた。
そんな命知らずの探査チームが階段を降りて見たものは。
天井は高く、24Fとは比較にならない広い部屋だった。石の柱が天井を支えるように並んだ様子は神殿にも見える。床には大きな瓦礫あるいは岩が転がっていて、その陰にゴブリンの家族が暮らしていた。
「上の階層では見たことのないサイズ。子供に見えるな」
奥田支部長は表情のない顔でそうつぶやいた。子供も多いが、寝ている個体も散見される。病人なのか怪我人か。どちらにしても俺たちが知っている危険なゴブリンとは様子が違う。
「非戦闘員というところか。撮影しますか」
「撮影はまだいいから歩いてみよう。刺激しないようにヘッドランプの光量は落とそう。星野さんは警戒を保っていてください」
どれくらい広いのかまったくわからない。数匹ずつのグループで別れて暮らすゴブリンたちはこちらを気にはしているようだ。だが動こうとはしない。
「なんだか歪で不完全な感じがするな」
奥田さんの言葉を伊庭さんが記録してから答える。
「父親がいないんじゃないですか。残された家族に見えます。わかりませんが」
「あのグループがそれぞれ家族で父親がいたとする。死んだゴブリンが家族持ちだったなら1,000家族。そうなるな」
「そうですね」
なんて嫌な想像だ。これがみんな壊された家族だなんて。
「このあたりだけ見たらグループ間の距離は10mくらい。全体がそうなら10haの広さが必要ということになる」
「とても全体を探索することはできません。26Fへの階段があっても見つけられないでしょう」
「ここらで撮影しよう。赤外線を入れたらランプの光量を最小にしてください」
「はい」
相馬さんと向井さんが撮影するあいだ、星野も暗視装置で周囲を見ていた。
「星野さん、それで何か見つけましたか」
「いえ。こんなところでも親は親らしくて、子供は子供らしいと思いまして」
「生き物はみんなそういうもんだろう」
探査チームは移動と撮影を2時間続けた。無人の住居跡から食べ物らしきものを回収した。水路も階段も見当たらなかった。そして天地さんやその剣もなかった。
「今日はここまでだ。何度も調べたら何かわかるだろう」
奥田さんが調査の終わりを宣言した。
ゴブリンが起こした騒乱は、自衛隊の内部や冒険者社会では種族的な抵抗という見方が大勢だ。しかしはっきりした根拠はないので公式には原因不明の災害とするしかない。
では一般社会はどうだろうか。人間のほうにも犠牲者は出たがゴブリンの戦士は殲滅されている。25Fの無力で平和な村を見たら心が動いてしまうのが人間だ。奥多摩のダンジョン前で、代々木の冒険社前で、ゴブリン保護が訴えられるようになった。そしてついには国会の環境委員会に国交相と会長が呼ばれる事態に発展する。
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吉本雅美(社民新党)
次に、奥多摩特定危険領域における動物愛護および生態系保護のあり方について、日本冒険社の三浦会長に参考人としてお尋ねいたします。人間側の都合でダンジョンという彼らの生活圏に踏み込み、こうした動物や知性を持つ異種生物に対して恐怖を与え、見世物のように命を奪う行為は、現代の動物愛護の観点から見てあまりにも残酷であり、倫理的に許されない暴挙ではありませんか。会長、これについてどのような認識をお持ちか、明確にお答えいただきたい。
三浦竜也(参考人、日本冒険社会長)
お答えいたします。奥多摩特定危険領域の内部は、地上の生態系とは異なる極めて特殊かつ危険な環境下にあります。我々が対峙しているのは、人間の社会秩序とは異なる脅威であり、現場の安全確保および人命を守るための自衛措置として、やむを得ず行われた対応であると認識しております。決して命を軽視しているわけではなく、現場の冒険者たちが命懸けで状況に対処している結果であるご理解を賜りたいと存じます。
吉本雅美(社民新党)
自衛措置などと言い逃れをするのはおやめなさい。危険な領域だからといって、そこに暮らす生き物に対して暴力や虐待を加えてよいという免罪符にはなりません。人間のエゴによって彼らの居住区が荒らされ、無残に命が奪われている現状を、政府も冒険社も、やむを得ないの一言で片付けて放置し続けることは、生命尊重の理念に反する重大な問題です。
この不当な動物虐待とも言える討伐体制と、命を軽視した営業方針の是正を強く求めて、私の質問を終わります。
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24Fと25Fは冒険社の指示ですでに調査以外では立ち入れないようになっている。これを法的に固定化する運動が国会の内外で行われ影響を増していった。内閣総理大臣が領域法に基づき特定危険領域の指定を変更する。同時に環境大臣が自然公園法に基づく国立公園指定を行う。こうした措置によりゴブリンとドラゴンの生息地は保護されることになった。環境省自然環境局にとっては棚ぼたの権益だった。ドラゴンモニターもいずれ国立公園課に移管されるだろう。




