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EPISODE 19.1

会社の建物の左の壁に鉄製の外階段があり、階段を登ったところが新事務所。リビングの事務机では紙の資料や本が境界線を作っている。社長の LaVie C LC900/1D、由美子さんの Mate MA80H/D、お姉さんの FLORA 310 DP1、山代さんの Mebius PC-GP1-C3E が置かれている。他には観葉植物にサーバー、耐用年数のとっくに終わったレーザープリンター、ラジカセ、古い日経新聞、書類棚。


右手前にはダイニングキッチンとユニットバス。左は壁と謎の扉。扉を開けると自動的に天井照明が点灯する。短い廊下の突き当たりに電話台とビジネスフォン。そこから右は社長の寝室、左は客間で由美子さんのプライベートスペースでもある。まるでテレビのダンジョン紹介のようだ。


「おじゃまします」


由美子さんに招かれた私は客間で由美子さんと向かい合った。ここまで社長宅に侵入したのは家出時の今川くんしかいなかったはず。


「この部屋は集中したいときに使う仕事部屋にしてるの。寝るのは近くに借りた別のアパート」

「じゃあ社長の家って」

「この部屋はもう事務所みたいなものだから残りの社宅部分は廊下と寝室だけ。ぜんぶ会社に明け渡してアパートに来ればいいのに。キッチンもお風呂も事務所になっちゃったでしょう。社員が帰ってから自分で使うのに会社に使用料を払ってるのよ」



由美子さんは小さなワゴンからお菓子のお皿を取り出して、電気ポットで紅茶を淹れてくれた。パイのようなサンドイッチのような、艶のある小さなお菓子。なんだろうこれ。


「これはいただきもののトルコのお菓子。どうぞ食べてみて」

「いただきます」


指で摘んでぱくりと口に入れたら、強烈な甘味で脳を殴られた。私の苦手な蜂蜜だ。


「ううう」

「もしかして、こういうのは苦手なの。ごめんなさい」

「大丈夫です」



由美子さんがここまで私を呼んだのは冒険者の話をするためだった。みんなの前ではちょっと話しにくいと言った。それは私も同じだ。


「真三から電話があって、最近の様子を教えてもらったの」

「週末は外出できるはずですが戻っては来ないのですか」

「ここには父親がいるから。あの子は私の別居が父親のせいだと思っているの。何度も説明したんだけど。それにあの人のほうも自分が悪いと認めちゃってるから説得しようとしないの」


うわ。話題の方向を間違えてしまった。どこのご家庭にも問題はありますよ。私にそんな重い話をしないで。


「が、学校のほうはいかがでしょう」

「冒険者って何でも屋の国家資格と聞くけれど本当みたい。最近は潜水訓練と簿記の勉強をしてるんだって。ダンジョンに潜るところなんてありましたっけ」

「地底湖がありますよ。それから川や滝もあるみたいです」

「先月は和歌も作らされたって。まさか辞世の句を詠むためじゃないでしょうね。本当に危なくないのかしら」


由美子さんは外国のお菓子をひとりでぱくぱくと食べながら、これはバクラヴァって言うのと教えてくれた。そりゃあダンジョンは危ないですよ。怖い生き物が潜んでいるし、夫の冒険服はいつも汚れていますとも。


「入校時にはゴブリンも確認されていなかったでしょう。それが今ではオークだとかロボットだとかで、話が違うって同期から脱落者が出たそうよ」

「そうなんですか。でもそんな危ない話ばかりではないですよ。ホテルの従業員や測量会社の人も免許を取って仕事をしているそうです」

「仕事を選べるのは安心材料ね。星野さんは最近はどうしてるの」

「危ないこともするようです。でも仕事の多くは荷物運びや道案内だと聞いています」


真三くんと大地は誕生日が同じ。大地には危なくない人生を選んで欲しいと思う。


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