↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
9/74

今日から俺は安藤拓人

 目の前の黒猫は、驚く拓人たちの反応に対し面倒くさそうに目を細めた。


「“アル”、アンタの説明嫌いにも困ったものね」


 アキラをアルと呼び、呆れたように尻尾を揺らす。

 

「説明嫌いじゃなくて、人には自分の力で成長して貰いたいだけだよ」


 心外だと言わんばかりにそれを否定するアキラ。

 

「成長は今関係ないでしょ、アンタの息子候補が困ってるじゃないの」


 アキラが猫と普通に会話している。

 というか猫に自分たちが心配されていた。

 

 拓人自身、かなり常識外れな存在だと思っていた。

 だが、せいぜい人より力が強い程度の存在だとアキラに教えてもらえた。


 そして今、あらためて世界の広さを知る。


「……猫って、しゃべれるんだな」


「そんなわけあるか!」


 拓人の呟きを哲也が大声で否定する。


「ネコ科の骨格で、こんな流暢に言葉が話せる訳ないだろ!」

 

 興奮しすぎて湯気でも立ちそうな勢いだ。


「別に口で話してるんじゃないわよ、影を使って音を出してるの」


 黒猫は、自分の影を立体化させて人間の口を作り出した。


「……魔法みたいだな」


 きっとこの黒猫は魔法使いなのだろう。

 アキラと一緒に暮らしているのだから、普通の存在ではないのも納得できた。


「なんで素直に受け止めてるんだよ!おかしいだろ色々と!」


「うるさいわね……肉まんみたいな体して、ピーチクパーチク叫ぶんじゃないわよ」


 どうやら黒猫も、少年を肉まんのようだと思っていたらしい。

 そのことが少し嬉しかった。


「誰が肉まんだ!少ししゃべれるくらいで小動物が調子にのるなよ!」


 その瞬間、座っていた哲也の体が影に覆われた。

 頭の先からつま先まで真っ黒に染まる。


「そっちこそ、肉まんの分際で調子にのるんじゃないわよ……」


 おそらく呼吸も出来てないだろう。

 まるで黒い彫刻のように、椅子に座った形のまま固定されていた。


「ニクス、やめろ」


 アキラが黒猫に言うと、ゆっくりと影が解けていく。

 顔を一番最後に解いたのは、きっと嫌がらせだろう。


 完全に拘束がなくなると、哲也は真っ青な顔で激しく咳込んだ。


「次ふざけたこと抜かしたら、一口で喰うからね」


 素人でもわかるほどの殺気を飛ばし脅しをかける。

 だが、哲也は青い顔のまま、歯を剥いて強い視線を返した。


「やれるもんならやってみろ!」


 見事な啖呵。

 

 あれだけ圧倒的な力を見せ付けられて、死ぬかもしれない状況で言い返す。

 そんなこと、なかなか出来ることじゃない。


「……いい度胸してるじゃないの」


 そう呟くと、黒猫の体が目に見えて大きくなっていく。

 そしてあっという間に、巨大な黒豹が現れた。


「痛い目をみないと、わからないようね」


 鋭い牙を見せつけるように口を開け、肉まんへと迫る。

 例えヤクザであっても、土下座して命乞いをする状況だろう。


 だが、哲也は叫ぶ。

 

「オレはな!理不尽な脅しには屈しないと決めてるんだよ!」


 あきらかに生命の危機が迫っているというのに、それでも折れない心を見せた。

 どうやら彼は、ただの無礼な男ではないらしい。

 

 やはりアキラが認めただけはあると納得できた。


「ニクスいい加減にしろ!僕の友人だぞ!」


 アキラが鋭い声を上げた。

 それを受けて黒猫が元の大きさに戻る。


 そして不貞腐れたように鼻を鳴らすと、尻尾を揺らしソファーへと行ってしまった。


「哲也、大丈夫?」


 眉を寄せて心配するアキラ。


「ふん!たかがネコにじゃれつかれただけだ!」


 強がりを言っているのは、額の汗が物語っていた。


「そんなことはいい、それより色々と話して貰おうか、オレとそこの長ネギみたいな男に」


 ——前言撤回、やっぱりコイツただの失礼な肉まんだ。


「……誰が長ネギだって?」


 拓人のいる世界では、舐められたらソイツは終わる。

 上等な口を叩かれたら、それ相応のお返しをするのが常識だ。


「オマエだよ、白くてひょろ長い、どう見ても白長ネギじゃないか」

 

 立ち上がって腰の特殊警棒へと手を伸ばした。

 

「俺に喧嘩売るとは覚悟はできてんだろうなぁ……」


 そのまま瞬時に警棒を伸ばす。


「フン!下で会った時からジロジロ人のこと見やがって、どうせオマエも人のこと豚だの肉まんだの思ってんだろ」


 それはそうだった。


「……だからなんだよ」


 図星をつかれて思わず歯切れが悪くなる。


「オレはな、さんざん自分を馬鹿にする視線を受け続けてんだよ!だからわかるんだ、向けられた悪意の感情ってやつはな!」


 哲也は、先ほどと同じように歯を剥いて怒鳴る。

 

「だからオレは、そういったものを向ける奴らに、面と向かって歯向かってきたんだ!」

 

 退く気が無いのは、猛獣相手すら啖呵を切ったことで分かっていた。

 自分に少し負い目があったので、こちらは少々気圧されてしまった。


「二人も止めてよ、外見なんてどうでもいいだろ?魂が綺麗なんだから」


 アキラが困った顔で哲也をなだめる。

 よくわからない理由だったが、褒められているのだけはわかった。

 

「フン、アキラがそこまで言うなら、まあいいだろう」


 哲也もどうやらアキラには弱いらしい。

 言われてすぐに落ち着きをみせた。

 

「……そうだな」


 お互い怒りを鎮め、椅子に座りなおす。


 きっとアキラは、哲也の外見を馬鹿にしたりはしなかったのだろう。

 そう思うと、自分の未熟さが情けなくなった。


「簡単に説明すると、僕は百万年前から何度も転生を繰り返して生き続けてるんだ」


 簡単過ぎる気がしたが、なんとなくわかった。

 どうりで普通の人間では得られない力を持っているはずだ。

 彼の力を知っていたので、そこまで不思議ではなかった。

 

「過去の人生で作った子供たちがいて、その子たちを紹介したいんだ」


「フ、フム、聞きたいことは山ほどあるが、とりあえずアキラのことは置いておこう。だが娘とやらは何歳なんだ?」


「一番上で二千八百二十一歳かな」


「ババアじゃねーか!オレは理想の女でなければ嫌だぞ!」


「みんな可愛いよ、今生きてるのは年を取らない子だけだし」


 アキラの話は常識外なことだらけで、拓人は口が挟めなかった。


「とりあえず会ってから決めてくれていいよ、お互いの相性もあるだろうし」


 アキラの性格上、無理強いされないことはわかっていた。

 それでも拓人は、二千八百二十一歳ってどんな人間なんだろうと眉を寄せる。


「だいたい年齢はともかく、オレと結婚したいなんて女がいるとは思わんがな」


 堂々と自虐を言ってのける哲也。

 でも、それは拓人も同じ気持ちだった。


「そんなことないよ、哲也は才能があふれてるから」


 迷いなく告げる言葉。

 さすがの哲也も照れたのか、白い顔に赤みが差した。

 

「とりあえず、マリちゃんに会ってきてよ、あの子に頼みたいこともあるからさ」


「フ、フン!で、どこにいるんだ?エルサレムか?」

 

「いや、今はずっとバチカンに住んでるはずだよ」


 拓人は、子供のころ勉強した世界一小さな国を思い出した。


「聖職者ってことか?確かあそこは一般人の居住は認めてないだろ」


「いや、マリちゃんはあそこでずっと女王をやってるよ」


「「女王?」」


 耳慣れない言葉に思わず声が揃った。


「うん、もともとはエルサレムで、僕の代わりに女王をしてもらってたんだ」


 アキラは懐かしそうに目を細める。

 

「でもある時、イエスくんっていう僕の子供が生まれてから、色々あって引っ越ししたみたい」


「イエスってもしかして、イエス=キリストか?」


「そう、ある女性に頼まれて作ったんだけど、素質があったからマリちゃんが自分の子供として育てるって」


「おい、もしかしてマリちゃんってのは“マリア”って名前なのか?」


「うん、イエスくんを産んだ女性もマリアだったけどね」


 拓人は、その話を聞いてもピンときていない。

 

「そのせいかイエスくんも懐いてて、マリちゃんは自分の子供のように可愛がってたよ」

 

 だが、哲也はそれを聞いて絶句していた。


「ホントは僕が連れていってあげたいんだけと、ちょっと厄介な呪いにかかっていてね」


 アキラはゲームに夢中な少女を指差す。


「アイツ、“テラ”っていうんだけど、僕はテラから50キロ以上離れられないんだ」


 テラと呼ばれた少女は、俺らの話になんの興味も示さず、コントローラーを握りしめたままだった。


「だから、悪いんだけど二人だけで行ってきてくれるかな?」


 アキラの頼みだ、最初からどんなものでも断る気はない。

 その言葉に拓人はしっかりと頷いた。

 

 だが、そこで重大なことに気付く。

 

「あのよ……俺はパスポートを持ってないから海外には行けないんだけど……」


 普段は無免許でバイクに乗っていた。

 なにより自分の戸籍があるのかもわからない。

 あの時、所長は自分の養子にしたと言っていたが、実際はどうなっているか調べもしていなかった。


「それなら大丈夫、二人の分は用意してあるから」


 そういって、どこからか紺色の手帳を二冊取り出した。

 金色で菊の紋章と日本国という文字が描かれたパスポート。


「これどうしたんだ?オレの分まで」


 哲也が受け取って中を確認していた。

 

「哲也は戸籍あったから簡単だったけど、拓人は結局見つからなくてね」


 拓人も受け取りしげしげと眺める。

 

「だから僕の彼女に頼んで、戸籍ごと新しく作ってもらったんだ」


 いったいどんな伝手があれば、こんな簡単に戸籍が用意できるのだろうか。

 渡された手帳を開いてみると、そこには自分の写真と見知らぬ苗字が書いてあった。


『安藤拓人』、十六歳。


「拓人は色んな所にマークされてたみたいで、美藤のままだと色々不都合があったみたい」


 指でその名をゆっくりとなぞる。

 

「だから苗字を新しく僕が考えたんだ、年齢もわからないから僕と一緒にしておいたよ」


 安藤、初めて見る苗字。

 アキラがくれた新たな名前。


 美藤という名は、施設で所長が勝手に付けたもの。

 それはなんの重みも与えてはくれなかった。


 でも、これは違う。


 アキラが俺のために考えてくれた、唯一の名前。

 まるで自分が生まれ変わったような不思議な気分だった。

 

 安藤拓人。

 名付け親は一条アキラ。


 ——悪くない。

 

 “俺”は、自分の人生が新たに始まるのを、上がった口角と共に感じていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。