↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
10/73

クロー

 俺と哲也は、夜の羽田空港にいた。

 そこまでの道のりは、先ほどのメイドが車で送ってくれた。


 彼女の名前は、一条沙耶。

 アキラの従姉で、彼の身の回りの世話をしているらしい。

 

 彼女は車中で、飛行機の乗り方や旅の注意点など色々と丁寧に伝えた。


「道中お気をつけてくださいね!」


 沙耶に見送られて、空港へ入り搭乗口をチェックする。

 初めての海外旅行だったので、なんだか気持ちが落ち着かない。

 飛行機に乗るのも初めてだし、よく考えたら旅行自体が初めてだった。


 横を見ると、哲也が憮然とした表情で座っていた。

 その手には売店で買ったホットドックが握られている。


 はたから見ると、ガリガリノッポとチビデブの面白い凸凹コンビだろう。

 だから、二人で歩いていると人の視線が向けられる。

 俺がひと睨みすれば視線を反らす奴ばかりだったが。

 

 何日滞在するかわからないので、着替えは途中に寄った店でお互い適当に買っておいた。

 特殊警棒は荷物検査で引っ掛かるからと、アキラの家に置いてきた。


 旅費は、それぞれクレジットカードが渡されていて、上限なしで好きに使っていいと言われた。

 だが、きっとアキラのお金だろうから使うのは最小限にしておこうと思った。


 俺とは反対に、哲也はためらいなく色々な物を買っている。

 手に持っているホットドックもそうだった。

 

 遠慮というものを知らないらしい。


 俺は、ここに来るまで哲也と会話らしい会話をしていない。


 もともと人と話すのが苦手だが、哲也も相当コミュ力が無さそうだった。

 しかし、これからしばらく一緒に行動するのだから、ある程度交流はするべきだろう。


「なあ……オマエは外国語を話せるのか?」


「フン、愚問だな!オレは天才だ、何語だろうが話せるに決まってるだろう」


 なんというか、話をしようという気が削がれる。

 まともな会話を出来る気がしない。

 

 一応、施設で必死に勉強したせいで、英語くらいなら話すことが出来る。

 でも、バチカンって一体何語で話せばいいのだろうか?


「言っておくが、オレを通訳として当てにするなよ?」

「オレは低脳な奴が嫌いだからな、美藤……いや今は安藤か、オマエみたいな反社のド低脳は特にな」


 口の端にケチャップを付けながら睨まれる。

 どうやら向こうには仲良くする気が無いらしい。


「アァ?誰が肉まんなんぞ当てにするかよ」


 喧嘩腰ならこちらもそれで返すのが流儀ってものだろう。


「一応教えておいてやろう、バチカンの公用語はラテン語だ。ド低脳には到底使えないだろうがな」


「……そりゃどーも」


 ラテン語なんて、聞いたことも無い言語だった。

 スマホを出して調べてみたが、アルファベットは同じっぽいが英語とは違うらしい。

 

 また何かを食べている哲也を横目で見る。

 

「……オマエ、さっきから食べ過ぎじゃねーか?」


「常人とは脳を使うエネルギー量が違うからな、いい機会だから食べ溜めてるんだよ」


「……そんなんだから太るんじゃねーか」

 

「ふん、天才的な頭脳を稼働させるためならば、体重など些細なことだ」


「それよりそろそろ時間だ、到着まで十四時間以上かかるからな覚悟しておけよ」


「……マジか」

 

 飛行機ってそんなに飛んでいられるのか。

 半日以上、空の上で過ごすってどんな気分だろう。


 初めて尽くしの海外旅行はこうして始まった。



 空の旅は思っていたより快適なものだった。

 席が広く、キャビンアテンダントのお姉さんは、こちらが恐縮するほど世話を焼いてくれた。


 唯一の不満は、隣の肉まんが爆音でイビキをかいて、俺が眠れなかったことくらいだ。


 ローマに着いた時は、空気というか匂いが日本と違った。

 なんというか、タバコ臭い気がする。

 

 夜に出発して、十四時間経ったのにまだ夜のままってのも不思議だった。

 これが、時差ってやつか。


 とりあえず、予約してあるらしいホテルまでタクシーで向かい、朝まで一泊した。

 それぞれに用意されていた部屋も、無駄に豪華で落ち着かない。

 だが、哲也のせいで寝不足だったので、部屋の大きなベッドに寝転ぶとすぐに眠りについた。


 次の日、ホテルを出て電車に乗り二十分ほど揺られると、バチカンの入り口まで辿り着けた。

 そこにいた警備員へアキラから教えてもらった合言葉を告げる。

 

 「Reginam Mariam videre volo」


 哲也が流暢に言うと、険しい顔をした警備兵が俺らを見物客のいない方へ誘導し始めた。


 美術館にある職員用の通路に入り、そのまましばらく無言で歩かされる。

 そして、豪華な扉の前に辿り着き、室内へと通された。


 そこは応接間のようだった。

 ソファーとテーブルが置いてあり、そこへ座るように指を差される。

 

 なぜだか警備員が敵を見るような目で睨みつけていた。

 この雰囲気だと、最悪ここでドンパチすることになるだろう。


 よく見ると警備員の腰には警棒が差してある。

 あれを奪えば、殺すことなく戦うことも出来るはずだ。


 横目で哲也に合図をする。

 警備員に目をやり、いざとなったら戦うからそのつもりでいろと。


 哲也はうなずき、理解したようだ。

 そして大声で警備員に何かを告げた。


「Da mihi theam et dulcia!」


「……おい、なにを言ったんだ?」


 小声で哲也に聞くと、ヤツは恩着せがましく言う。


「お茶と菓子を持ってこいと言ったんだ。欲しかったんだろ?感謝しろよ」


 俺の意図がまるで伝わっていない。

 あの警備員の殺気を感じていないのか、コイツは。


 言葉は通じているようだったが、警備員はギロリとこちらを睨んだまま微動だにしない。

 そのまましばらくすると、扉が開き誰かがやってきた。


 部屋に現れたのは、黒い人型のカラス。

 いや、カラスのようなマスクを被った、真っ黒な衣装に身を包む人間だった。


「Ave, Puer Iaponicus!」


 そいつが何かを叫び、胸に手を当てこちらにお辞儀をする。

 哲也がそいつを見て静かに呟く。

 

「……ペストマスク」


「おやぁ?よくご存じで。“外来種”のくせに物知りだことねぇ」


 カラス人間から発せられたのは日本語だった。


「とりあえず、女王マリアへ会いに来た理由を聞こうかしらねぇ」

 

 俺らに向け、殺気を放ちながらゆっくりと近づいてくる。


「理由によっては、二度と帰れなくなるだろうけどねぇ」

 

 顔を隠す長いクチバシと丸いサングラス、そしてフードのせいで性別すらわからない。


「哲也!オマエ戦えるか!?」


 相手の殺気に当てられ思わず立ち上がった。

 カラス人間の気配は只者ではない。

 最悪、コイツを守りながら戦うことになるだろう。


「戦う?そんな野蛮なことを、天才のオレがするわけないだろう」

 

 こんな状況でも哲也に動揺はなかった。

 コイツの神経は恵方巻のように太過ぎる。


「それに、向こうは対話をお望みだ。それに応えてやろうじゃないか」


 哲也が、ブレザーの内ポケットから封筒を取り出し、ゆっくりと頭上へと掲げた。

 

 封筒の表面に書かれた文字を目にした瞬間、カラス人間が手を組み、その場に跪く。

 そして思い切り叫んだ。

 

「その文字……!まさか!!O Deus!!!」


 フードを着ていてもわかるほどに全身が震え、嗚咽が聞こえる。

 おそらくマスクの下は涙を流しているのだろう。


 かなり焦ったが、どうやら目的は無事達成出来そうだ。

 俺は椅子に座りなおすと、思わず深く息を吐いた。

 


 その時の俺たちは、まだ何も知らなかった。

 この手紙をきっかけに、人類滅亡のカウントダウンが始まることを。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。