ろくでなしのブルース
カラス人間に手紙を見せたあと、俺らの待遇は一変した。
先ほどまで、敵意を剥き出しにしていた警備員たちも、深々と頭を下げて詫びを入れてきた。
戸惑う俺に、哲也は鼻を鳴らして自信たっぷりに言い放つ。
「アキラが娘って言ったのだから、それを証明すればいいだけの話だ」
考えてみればその通りだった。
「野蛮なド低脳はすぐ暴力に頼ろうとする、人としての理性を持て」
煽るように言われたが、殺気に過剰反応して騒ぎを大きくしたのは俺だ。
それを穏便に収めたのは哲也の冷静さだった。
自分の未熟な対応に情けなくなる。
喧嘩の強さだけでいえば、間違いなく俺の方が上だろう。
だが、人間的な強さでは哲也に負けている気がした。
「……助かった」
哲也の煽りに対して礼を言う。
今はそれくらいしか出来ない。
アキラと出会って、心から成長したいと願った。
そのヒントが哲也の姿にある気がしていた。
横で菓子を頬張る男を見て、コイツから人の強さというものを学ぼうと思った。
そんなことを考えていると、部屋の扉がゆっくりと開き、カラス人間が新しく二人も入ってきた。
そして、その後に続いて現れたのは、とんでもない美少女だった。
その姿は、部屋に入ってきた瞬間、まるで後光が差しているように見えた。
「妾はマリア、御父様の使いとやらはそなたらか?」
彼女は、心に響くような透明感のある声で俺らに問いかける。
その高貴な雰囲気と慈愛に満ちた瞳を見ていると、思わず椅子から降りて膝を突いてしまいそうになった。
「チェンジで」
その場違いな言葉が、哲也の口からハッキリと告げられた。
やっぱりこの肉まんは、ただの無神経な馬鹿だ。
コイツから学ぶことなんて絶対にないと、心からそう思った。
幸い、哲也の言葉は向こうには意味が伝わらなかったようだ。
俺は、冷や汗を拭って正面を向き直した。
目の前には、真っ白な修道女の格好をした、ピンクゴールドに輝く髪色の少女が座っている。
外見は中学生くらいだが、エメラルドの瞳には深淵を宿しているように見えた。
その後ろには、黒衣に身を包む三人のカラス人間が彼女を守るように立っている。
少女の名はマリア、アキラの話が本当ならば彼の娘だ。
彼女は、俺らが渡したアキラからの手紙を、目に焼き付けるように何度も読み返している。
俺は小声で哲也に釘を刺す。
「……おい、オマエふざけるなよ……殺されるぞ」
実際、先ほどのカラス人間の殺気は本物だった。
もし、哲也の言葉が理解されていたら、どうなっていたかわからない。
「フン、結婚相手としてお見合いしてこいと言われたのだ、正直に言って何が悪い」
鼻を鳴らして腕を組む哲也を本気で睨む。
「……だからって言い方ってもんがあるだろうが」
「少女の体に興味は無い、それだけは譲れんな」
「……ほんと、ろくでもないな」
「ならばキサマが受ければ良いだけの話だ」
「……それとこれとは話が別だ」
こんな美少女が俺を受け入れるはずがない。
「御父様の御手紙……しかと拝見したぞ、御苦労であった」
マリアがようやく手紙から顔を上げ、妙に古臭い言い回しでこちらに礼を言った。
「金銭のことは承った、即刻用意させよう」
随分と固い日本語を使う少女だ。
俺にもわかる言葉を使ってくれるだけありがたいが、少々わかりづらい。
それにしても金銭のこととは何だろうか。
俺は手紙の内容を知らない。
マリアに会ってきて欲しいとだけ言われたのだ。
「だが、そなたらを婿にどうかという下りだけは、いくら読み解こうとしても妾にはわからなんだ」
小首を傾げてこちらを眺める。
「御父様のことですから、深い意味がおありだと思うのだが、詳しく説明をしてくれぬか」
大事そうに手紙を胸に当て、今回の経緯を聞かれた。
哲也はお菓子を頬張っていて、これっぽっちも説明する気がないらしい。
ここは俺が説明するしかないだろう。
「あー……その御父様が言うにはだが……俺らは魂が綺麗だから、自分の娘と結婚させたいらしい」
自分で言って気恥ずかしくなる。
「それで、お見合いも兼ねて、俺らにマリアさんを会わせたいと言っていた」
なんとか要点をまとめて伝えられたと思う。
マリアは興味深げに俺らを見つめ、静かに微笑んだ。
「なるほど、確かに良き魂の持ち主だ、御父様が御認めになるのも理解できる」
返されたのは意外な高評価だった。
「だが、妾の伴侶となるには、ちと物足りないのう」
そんなことはわかっている。
むしろ褒められたことが驚きだった。
「フン、お見合いは終わったな、オレもオマエに興味はない」
哲也は口いっぱいのお菓子をお茶で流し込んで、マリアへ向かいきっぱりと言った。
「帰るぞ長ネギ」
そう言って立ち上がり出口へ向かう。
俺もそれに付いていこうと立ち上がったが、警備員が行く手を塞いだ。
「まあ待て、そなたらにはまだ聞きたいことがあってな……」
エメラルドの瞳が冷たく輝いていた。
「御父様は、なぜ妾にそなたらと結婚せよなどと申されたのだ?」
哲也の失礼な態度のせいか、再び剣呑な空気が室内に漂い始める。
俺は、さっきの失敗を繰り返さないために、冷静にアキラの言葉を思い出して彼女に伝える。
「……確か、俺らみたいな魂が強い人間をたくさん作りたいと言っていた」
それは昨日アキラから聞いた俺らへの願い。
「そのために、自分もたくさん子供が欲しいんだとも」
『人の進化を促す』それが彼の目的だった。
俺がそれを口にした瞬間、マリアの雰囲気が劇的に変化する。
——呼吸が出来ない。
目の前の少女から発せられる異様な気配に圧倒される。
マリアは、先ほどまでの穏やかな顔を捨て、愉悦に満ちた狂気の笑顔を見せていた。
「ああ……嗚呼!そう!そうなのですね!!」
彼女の絶叫が室内に響き渡る。
「ついに……ついに!その時が来たのですね!!御父様!!!」
その笑顔には、狂気と愉悦が混ざったように浮かんでいた。
ヤバイ状況、それだけはわかった。
哲也を見ると、マリアを怪訝な表情で眺めている。
こうなったら、邪魔する奴を全員ぶっ飛ばしてでも逃げるしかない。
全身に力を込めて、警備員へと走った。
「逃げるぞ哲也!」
飛び掛かるように警備員へ手を伸ばした瞬間、背中に衝撃が走った。
気付けば床へ倒され、体に誰かがまとわりつく。
立ち上がろうとしたが、関節を締め上げられ身動きが取れない。
俺の全力でも逆らえないほどの力。
それを行っていたのはカラス人間だった。
「少し、お眠りなさいねぇ」
流れるように首を絞められ、意識が暗闇に沈んでいく。
「妾の願いは遂に叶う……」
最後に聞こえたのは、恍惚に満ちた少女の声だった。




