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BE-BOP-PRISONBREAK

 ゆっくり目を開けると、そこは薄暗い地下室だった。

 

 目に入った壁は古びた石造りで苔が生え、湿った空気が肺にまとわりつく。

 燭台に灯された炎がゆらめき、影が不気味に踊っている。

 

 俺の体は特に拘束されておらず、石畳に直接寝かされていた。


 頭を持ち上げると、視界の端にカラス人間が鉄格子の扉を塞ぐように立っているのが映った。


 それに気付いた瞬間、跳ねるように立ち上がり、そのまま殴りかかった。

 相手の生死を気にする余裕なんてない。

 全力で顔面に拳を振るう。


 だが、攻撃は当たることなく、逆に地面へ叩きつけられた。


「クックック……ずいぶんと元気ねぇ」


 カラス人間の高い笑い声が、石壁に反射し部屋中へ響く。

 投げ飛ばされた流れで、腕の関節を極められて身動きが取れない。

 

「クソが!離しやがれ!」


 大声で叫び、全力で暴れるがびくともしなかった。

 

「とりあえず、大人しくさせようかしらねぇ」


 そう言った瞬間、鈍い音と共に肩の関節を外された。


「グァッ!!」


 思わず呻き声を上げると、カラス人間は俺を離し立ち上がる。

 そして見下ろしながら告げた。


「あなたたちには、ここでしばらくのあいだ大人しくしてもらうわねぇ」


 後ろに手を回して余裕の態度。

 

「脱出するなんて考えない方がいいのねぇ、後悔することになるのねぇ」


 それだけ言うと、鉄の格子戸から出ていった。

 

 俺は石畳の地面に倒れたまま、痛む肩を押さえて今の状況を思い知る。


 昨日まで、街でネズミの王をしていた俺が、今は薄暗い牢屋で転がっていた。

 石畳の冷たさを感じながら、やはり自分にはこんな場所がお似合いだと感じた。


「うるさいぞ低脳、埃が舞うだろうが」


 哲也が備え付けのベッドから起き上がり、こちらを見る。


「……お前、大丈夫なのか?」


 哲也に安否を聞きながら、ほっとしている自分がいた。

 意味のわからない状況で、少なくとも一人ではない。

 そう思ってしまう自分が情けなくなった。

 

「フン、オレは無駄に暴れたりはしないからな、それに忠告したはずだ、暴力に頼るなと」

 

 そう言って鼻を鳴らすと、こちらに近寄り俺の外れた肩を思い切り掴んだ。

 

「ぐっ……!いってぇな!なにすんだ!!」


 思わず振りほどくと、外れた肩が嵌っているのに気付く。

 

「治してやったんだ、感謝しろ」


 痛みは鈍く残っていたが、確かに腕が動くようになっていた。


「……お、おお、サンキュー……どうやったんだ?」


「オレは人体に精通してるからな、脱臼くらいならすぐ戻せる」


 腕を組んで胸を張る。

 

「まあ、長ネギを治療するのは初めてだったがな」

 

 腕を動かし痛みの確認をしている俺に、皮肉を交えながら告げた。


「うるせぇ……で、どうするよ」

 

 悔しいが、確かにコイツは頼りになる。

 俺ではどうすることも出来ないこの状況でも、なにか良い方法を思いついてるかもしれない。


「とりあえず様子見だな、向こうがこちらをどうしたいのか、それを知りたい」

 

 こんな状況でも、哲也は冷静だった。

 一体こいつはどれだけの修羅場をくぐってきたのだろう。


 ——俺とは違う。


 人から見れば、絶望的な危機を何度も跳ね返してきたように見えるだろう。

 だが、俺は人並外れた力を持っている。


 例え千人に囲まれようが、銃で撃たれようが、それは俺にとって窮地ではなかった。

 自分よりはるかに格下の相手にイキっていただけだ。

 

 心は子供のまま成長出来ていない。


 肩の痛みがようやく引いてきた頃、俺はベッドに腰を下ろした。

 哲也は本棚の前に立ち、何冊かの書物を手に取ってはページをめくっている。

 そしておもむろに、壁をノックし始めた。

 

「……何してんだ?」


「情報収集だ、脱出の方法を探している」


 その言葉に驚いた。


「アイツの言った『しばらく』がどれくらいかわからない、いざとなったら脱獄するぞ」

 

 コイツは本気でここからの脱出を考えているようだ。


 哲也が部屋の壁を叩いて回る。

 

「本棚がある壁の方が薄い、奥に空間があるのだろう」

 

「……空洞か?」

 

「隣が同じような部屋の可能性が高いな、そこは鍵が掛かってないかもしれない」


 壁に耳を当てて調べる姿が頼もしく見えた。

 

「だが、力任せに壊すのは危険だ。音で警備が来る」

 

 俺は拳を握りかけて、そっと手を開いた。

 暴力ではなく、冷静な判断。

 それが今の俺に必要なことだ。

 

「……他はなにかあるのか?」

 

「蝋燭が出口方面に揺らいでる。見ろ、あそこに換気口があるだろう?問題は、それがどこに繋がっているかだ」

 

 哲也は天井の隅を指差す。

 確かに、小さな格子があった。

 

「格子を壊せば通れるか?」

 

「お前の肩幅じゃ無理だな、そしてオレは絶対に無理だ」

 

「……じゃあ、どうする?」

 

「まずは、警備の動きを観察する。交代のタイミングや食事の運搬、その継ぎ目には必ず隙があるはずだ」

 

 俺はそれを聞いて頷いた。

 今までなら、力で突破しようとしていただろう。

 

 でも今は違う。

 

「……オレも次に来た時、動きと声を覚えてカラス人間を区別する」


 あの時、奴らは三人いた。

 

「俺を倒したヤツ以外の方が……逃げられる可能性があるだろうからな」


 ここには自分より強い存在がいる。

 だから、まずは戦うより逃げることを考えた方がいいだろう。


 それを聞くと哲也は少しだけ笑った。

 

「ようやく脳を使う気になったか、長ネギ」


「……うるせぇよ」


 哲也の変わらない皮肉。

 だが、その言葉が少しだけ嬉しかった。


「オレらがやるべきはここを出てアキラに連絡を取ることだ。スマホの番号はオレが覚えている」


「そうだ……困ったら連絡するように言われてたな」


『マリちゃんは良い子だから大丈夫だと思うけど、もし向こうで何かあったら連絡くれれば、どうにかして駆けつけるよ』


 アキラは確かにそう言ってくれた。

 今のこの状況は、間違いなく何かあったといえる。


「その上で聞くが、オマエは何が出来る?」


 俺は壁を壊すことも、鉄の扉をぶち破ることもできる。

 

 でも、カラス人間に勝つことができない。

 全員が強いとは限らないが、少なくとも一人は確実に俺より強い。


 結局、奴に見つかれば全てが終わりだ。

 力以外で、俺が役に立つことなんて何もない。


「俺は……人より力が強い……」

 

「フン、ド低脳丸出しの特技だな。まあいい、考慮しよう」


 哲也の呆れた様子を見て、思わず視線をそらしてしまう。

 自分の持つ特別な力が、これほどちっぽけに思えたことはなかった。


「とりあえず、隣が部屋ならばその様子が知りたいところだな」

 

「……壁に小さな穴でも開けるか?」


「ド低脳!それをするための道具がないだろうが」


 俺はそれを聞いて、人差し指を立てた。


 そして指を壁へ当てて、高速で震わせる。

 すると、低い音を立てて石壁に窪みが出来始め、あっという間に貫通した。


 壁に指一本分の穴が空き、そこから通路の灯りで隣が見える。

 どうやら確かにこの部屋と同じ造りの牢屋になっており、牢を固める錠前はなかった。


「……オマエの言った通りだったぞ、隣に鍵は掛かっていない」


 その様子を見ていた哲也は、初めて俺に驚いた顔を見せた。


「フン、大したもんじゃないか、そこまで出来ればド低脳でも使いようはある」


 哲也は、重そうな頬を上げニヤリと笑う。


「オマエの力とオレの頭脳を使ってここから脱出するぞ。一発勝負だ、気合い入れろよ“拓人”」


「……おう!」


 初めて名前で呼ばれた気がした。


 俺は拳を握る。

 二人で、ここを脱出するという誓いを込めて。

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