バッドボーイズ
それから数日間、俺たちは牢屋の中で観察を続けた。
地下室には窓がなく、食事の配膳がなければ朝か夜かもわからない。
天井から規則的に水滴の垂れる音が石畳に響き、眠りにつくのを邪魔していた。
そんな中で、俺らは脱獄の計画を進める。
向こうに、俺らをここから出す気がまるで見えてこなかったからだ。
見回りをする警備員は、三時間ごとに人が交代する。
俺らの食事は一日二回。
配膳時にはカラス人間が運んできた。
「なあ……いつになったら俺らを出してくれるんだ?」
「クックック!さあてねぇ、明日か一年後かしらねぇ」
俺は出来るだけ奴らに話しかけて、区別が付くように様子を見た。
「おい……せめて時計くらい返してくれないか?」
「ヒッヒッヒ!そんなのあっても無駄なのよぅ」
それによってわかったのは、ここに来るカラス人間は二人。
一人は俺を倒した奴で、歩き方にも隙がない。
もう一人は、正直あまり強そうな気配がなかった。
だから俺たちは、食事の時間と二人の区別を念入りに覚えた。
色々なことがわかってきて、一緒に作戦を立てていく。
いつしか俺は、哲也と話し合うことが自然になっていた。
きっとアキラに連絡が出来れば全て解決できる。
だが、持って来ていた荷物は没収されたので外部との連絡が取れない。
建物から出るか、職員の誰かからスマホを奪うしかないだろう。
ここに連れてこられた時、哲也は覆面を被せられ二人掛かりで担がれていたらしい。
だが、コイツは警備員の歩く速度や靴音の反響などの細かい情報を正確に覚えていた。
それをもとにここの構造を想定し、本に爪で地図を書いてくれた。
ただ、なぜ天井から水滴が垂れているのかだけがわからないと言っていた。
構造的に、天井から水の漏れる理由が無いらしい。
よくわからんが、壁の中の下水管が壊れているのかもしれない。
哲也が言うには、ここは地下三階。
問題は、その途中でカラス人間がいる可能性だ。
だから、飯の時間周辺は動かないことを決めた。
まずはこの部屋を出る方法を考えた。
哲也の計算のもとに、壁に最低限の穴を開けて出来るだけ、音を立てず石壁を外せるように加工する。
作戦としては、警備員が巡回してくるタイミングで隣の部屋に移動し隠れる。
そして、この部屋を点検してる隙に隣の部屋から飛び出し、警備員を気絶させ鍵を奪う。
次の警備員の交代は三時間後になるはずだから、その間にここから脱出する算段だ。
警備員は俺の力でどうにでもなる。
だから、一番警戒しなければならないのはカラス人間の所在。
奴らから気付かれずに移動することが、脱出するのに一番大事なことだった。
俺は、カラス人間に見つかった時のことを想定し、哲也に言った。
「……いざとなったら俺が死ぬ気で引き付けるから、お前だけでも逃げろよ」
「フン!オマエはオレが走れるとでも思っているのか?ド低脳が!」
「いや、そんなこと胸張って言うなよ……」
自分の能力の低さを堂々と言われ、さらに罵倒された。
あまりの理不尽な言動だったが、ここ数日でそれにも慣れている自分がいた。
哲也は凄い奴だ。
どんな時も揺らがない心を持っている。
自分に絶対の自信があり、芯の部分がとてつもなく強い。
それは俺にないものだ。
性格は最悪だったが、気付けば尊敬に近い感情を持っていた。
「今だ、始めるぞ」
警備員が交代した隙を狙って、隣の部屋へ石壁を外し移動する。
牢屋の扉が開くことを確認したら部屋の壁に張り付いて息を潜めた。
やがて、遠くから警備員の靴音が聞こえてくる。
いつも通り、さっきまで自分たちがいた部屋の前で立ち止まり、懐中電灯で中を照らす。
その瞬間、部屋を飛び出し警備員に襲い掛かった。
腰の警棒を奪い、それで顎を叩くと相手は一瞬で意識を失う。
「殺してないよな?」
哲也が眉をひそめて俺を見る。
「……俺が何人、コイツで人を倒してきたと思ってるんだ」
馴染んだ道具を手のひらで回転させる。
手加減の仕方はさんざん練習してきた、最低でも一時間は気絶したままだろう。
「ふん、長ネギが棒の扱いを誇るとは、似た者同士で気が合うのか?」
「……言ってろ」
コイツの皮肉も慣れればそんなに悪くない。
当初の計画通り、まずは慎重に進む。
いざとなったら、俺が哲也をおぶって全力で駆け抜ける手筈だ。
地下三階から地下二階、そして地下一階へと向かい建物内を慎重に進んだ。
途中にいる警備員を静かに倒していく。
残念ながら、警備員たちはスマホを携帯していなかった。
順調に地上へと向かっていたが、不安は大きくなるばかりだった。
どうにも上手くいきすぎている感が拭えない。
まるで脱出させられているような気分になっていた。
一階に上がれる階段が見えた時、その手前に立っているカラス人間が見えた。
見つかる前に慌てて引っ込み、後ろにいる哲也へ声を潜めて話しかける。
「……奴がいる、おそらく弱い方だ……叩くか他の手段を考えるかどっちにする?」
だが、返事が無い。
「オイ……聞いてんのか?」
振り向いた時、そこに見えたのは水の檻に閉じ込められている哲也だった。
人を包み込んだ透明な壁の向こうで、哲也が必死にもがいている。
「……オ、オイ!なんだコレ!どうなってんだ!?」
思わず大声を出してしまう。
とにかく助けなければ溺れてしまう。
「待ってろ!今すぐに出してやる!」
俺は水の中に手を突き入れようとしたが、見た目と違い表面が固い。
焦りながらも集中して、全力で水を殴る。
しかし、鉄をも穿つはずの拳は、殴った音も出さずにはじき返された。
「ヒッヒッヒ!無駄よぅ」
声が近くから聞こえた。
俺は、そのまま声の主に全力で警棒を投げつける。
だが、急に出現した水のカーテンで阻まれた。
「牢屋から勝手に出てきて、悪い子たちなのよぅ」
数歩先に立っているのは、前回俺を倒したのとは違うカラス人間。
「テメェ!哲也を出しやがれ!」
石畳に亀裂が入る勢いで相手の懐に飛び込む。
そこから水のカーテンへラッシュをかけた。
全力で体中の渦を回し、攻撃を叩き込む。
アキラに負けてから、彼に追い付きたくて強くなろうと鍛え続けていた。
体の中を意識すればするほど渦の数は増えていき、すでに百を超える数になっていた。
「だから無駄よぅ、力技じゃどうにもならないのよぅ」
だが、鍛えた力も肝心な時にまったく役に立たない。
俺の足元から水が這いあがって、身動きが取れなくなっていく。
(考えろ!こんな時こそ冷静に考えてなんとかするんだ!)
必死に頭を働かせようとしたが、カラス人間の声がそれを邪魔した。
「坊やたちの姿は、天井から垂らしてた水を通して、常に把握していたのよぅ」
牢屋の中に垂れ続けていた水滴。
どうやらそれで俺たちを覗いていたようだ。
「……クソがぁ!俺らの姿を見て笑ってたのかよ!」
「そうよぅ、外来種の浅知恵は面白かったわよぅ」
「テメェ……俺のことはいい……でも哲也のことは笑うんじゃねぇ!」
腰まで水に浸かりながらも必死に殴りつけるが、それが届くことは無かった。
——悔しい。
負けることより、俺が認めた人間を馬鹿にされたことが何より悔しかった。
——もっと俺に力があれば。
水の檻が頭の上まで形成された。
すでに呼吸は出来ない。
それでもなお足掻き続けた。
やがて耳鳴りが響き、視界が暗く狭まり、冷たい水が肺を締め付ける。
意識が遠のく中、最後に浮かんだのはただ一つ。
『絶対に……哲也を助ける……』
その言葉だけを思い、俺の意識は闇へ沈んでいった。




