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ホットローダー

 目を覚ました時、そこに映ったのは冷たい石壁と鉄格子。

 脱獄前と同じ部屋。

 だが、そこに哲也の姿はない。


 目に映ったのは、カラス人間だけだった。

 

「哲也をどこへ連れていきやがった!」


 体を起こそうとしたが、首から下がまだ水に固められていた。


「ヒッヒッヒ、あのおデブちゃんの体って面白いのよぅ、だから実験に使うわよぅ」

 

 マスクで顔は見えないが、愉快そうに体を揺すった。


「もうすぐ全ての準備が終わるから、それまで坊やにはここにいてもらうわよぅ」


 それだけ言うと、俺の体を水から解放し、ご丁寧に鍵を掛けて牢屋を出ていった。

 隣室への抜け穴をそのままにしたのは、きっとこちらを舐めているからだ。


 実際、弱いと思っていたカラス人間にも、不思議な力であっさりと負けてしまった。

 俺が逃げても、問題にすらならないと思っているのだろう。


 「クソッ!」


 八つ当たりで床を殴ると、石畳に穴が開いた。


 その威力で体の渦が激増していることに気付く。

 おそらく命の危機に瀕したせいと、奴らへの憎しみがそうさせたのだろう。

 感情が爆発すると渦が増えるのは経験済みだ。


 そんなことよりも哲也の無事が気にかかった。

 

 アイツは無事だろうか?

 実験するとか言っていたが、何をするつもりだ?

 全ての準備が終わるって何が始まるんだ?

 

 いくら考えても答えが出るはずもなく、ただ焦りだけがつのる。


 ——ピチョン。


 天井から耳障りな水滴が落ちてきた。

 奴の話が事実なら、この液体に全てを見られていたのだ。


 思わず睨みつけるが、それで何かが変わるわけではなかった。

 おそらく、この水には魔法が使われているのだろう。

 

 アキラの家にいた黒猫が使っていた影と同質の力。

 これをなんとかしなければ、力が増えようとも結果は同じだ。

 

 アキラは今頃どうしているだろうか。

 こちらから連絡をしなければ、きっと助けに来てはくれないだろう。


 自分の心が以前より弱くなっている。


 今までは仲間に頼られることはあっても、助けを求めたことはなかった。

 だが、ここでは哲也に頼りきりだったし、今はアキラに助けて欲しいと願ってしまう。


 ——情けない。

 

 これでよく、アキラに追い付きたいなどと思えたもんだ。


 自分の力だけでなんとかしなければならない。

 なんとしても、この手で哲也を助け出す。


 そして、落とし前を必ずこの手でつけてやる。

 

 俺はどうすればいいかを必死に考えた。

 そして大切なことを思い出す。

 

 それはアキラの言葉。

 

 彼は出発前に、俺の渦についてアドバイスをくれていた。

 

『拓人のチャクラは順調に増えてるね。どうせなら呼吸を意識してみるといいよ、もっと上手に使えるようになるから』


 俺が生まれつき持っているこの渦、それは“チャクラ”と呼ばれるものらしい。

 そして、アキラが上手く使うための呼吸法を教えてくれた。

 

『まず息を細く、ゆっくりと吸い込むようにする』

『そして空気の中にある力を、気脈に通してチャクラへ流し込むんだ』

『そうすれば、渦はもっと回転するし、より強く力が使えるようになるからね』


 聞いた時は“気脈”というのがわからなかった。

 だが、すでに体へ張り巡らされてるから、意識できればすぐにわかると言われた。


『大事なのは、この世界に満ちている色んな力に気付くことだよ』

 

 アキラの瞳は、俺の成長を信じていた。

 それがすごく嬉しかったので、一言一句忘れずに覚えている。


 幸い、ここには俺の知らない力があった。

 この憎たらしい水滴だ。

 

 これが魔法で出来ているなら、その異質な力が見えるようになればいい。

 

 俺は落ちてくる水滴を必死で見つめ続けた。

 その間、呼吸を練り続ける。


 細く——長く——。


 やがて、体の中にチャクラ同士の繋がる線がわかるようになってくる。

 それは、今まで気づかなかったことが不思議なように脈打っていた。


 空気を吸うと、酸素とは別のものが気脈に流れていく。

 チャクラはそれを動力として回っていた。


 その力が眼球へ行き届くように意識する。

 落ちてくる水滴が、徐々にゆっくりと見えだした。


 いつのまにか目の中に作られたチャクラが回転を増し、視界が変わる。

 水滴が紫色に染まり、異質な輝きを帯びていた。

 

 ——これが魔力。

 

 俺は、新たな世界の力を視ることができるようになった。

 

 拳にチャクラを集中させ、水滴を殴る。

 だが、水は拳を滑るような動きをみせて床へ落ちた。

 

 普通なら飛沫を上げて飛び散っていただろう。

 つまり、水滴が魔力で保護されているという証明だった。


 これを弾くことが出来れば、奴を殴れるということだ。


 天井から落ちる水滴に、繰り返し拳を振るい続ける。

 

 腹が空き、喉は乾き、体力は限界に近づいていく。

 それでも、感覚だけは研ぎ澄まされていった。

 

 どのくらい経ったかもわからない時間の中で、自分の弱さと向き合っていた。

 

 ——俺は、何を信じてやっているんだ?

 

 ——俺は、何のために生まれた?

 

 ——俺は、何者なんだ?


 その問いが、何度も頭の中で反響する。

 

 親に捨てられ、施設を逃げ出し、街の裏側でネズミのように生きてきた。

 

 暴力でしか自分を証明できなかった。

 仲間に囲まれても孤独に蝕まれていた。

 生きる意味がわからず、息を吸うのもためらわれる日々。

 

 そんな中で、アキラに出会った。


 人生をやり直せるような希望をくれた。

 俺の価値を見つけてくれた。

 全てを受け止め許してくれた。


 名前をくれた——父親のような存在。


 あのぬくもりは、一生忘れない。

 

 心を落ち着け、次に落ちる水滴を待つ。

 息を吸うと気脈が道となり、体中に熱が走る。

 行き着く先の渦は螺旋を描く。


 それは俺自身だった。

 

 居場所を探し、迷子のようにその場でただグルグルと回り続ける存在。

 

 だけどもう、先に進む。

 

 アキラに誇ってもらえる人間になるため。

 そして、大切な友達を救うために。


 一歩前に出した足裏から、熱が気脈を伝う。

 

 膝へ。

 

 腰へ。

 

 背中へ。

 

 そして肩を通って、手に宿った渦まで届く。


 熱を包み込むように拳を握った。


 水滴が止まって見える。


 今ならこの紫をぶち壊せる確信があった。

 

 燃えるような拳を、全力で叩きつける。


 ——パァンッ!


 魔力を帯びた水滴が弾け、紫の飛沫が散った。

 

 深く息を吐き出し、そのまま鉄格子へ近づく。

 扉を鍵ごと思いきり蹴り飛ばした。

 

 これでもう、俺を縛るものは何もない。

 向かう先は、友のいる場所。

 

「待ってろよ……哲也」


 俺は、迷いなく足を踏み出した。

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