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特攻の拓人

 俺は階を上り続けていた。

 途中で出会う警備員たちは、こちらに近づくことすらしない。


 全身から殺気を撒き散らし、鬼気迫る顔で進んでいるせいだろう。


 もともとやせていた体は、絶食していたせいで幽鬼のように細くなっていた。

 体調は最悪だったが、チャクラのおかげか体が揺らぐことはなかった。

 

 一階に上る階段の前には、前回と同じようにカラス人間が立っていた。


「……アナタ、一体なにをしたのよぅ」

 

 おそらく、水滴を通して異常を察知したのだろう。

 前回より慎重にこちらを窺っていた。


「……哲也はどこだ」


 ゆっくりと間合いを詰める。


「あの子なら、この建物にある三階の実験室にいるわよぅ」


 あっさりと教える余裕の態度。

 警戒はしていても、負けるなんて少しも思ってないらしい。


 ずいぶんと舐められたもんだ。

 だが、場所がわかったのはありがたい。


「……そうか、ならお前をぶっ倒してそこへ向かう」


「それは無理よぅ、坊やとは年季が違うのよぅ」


 歩きながら、俺は呼吸を深く吸う。


 紫色の水が、薄い膜となって這い寄って来るのが見えた。

 前回はこれに気付かず、いつのまにか囚われていた。


 それを気にせず歩いていく。

 全身のチャクラを回し、気脈を通して体の末端まで熱を運んだ。

 体が燃えるように熱くなる。


「坊や、その目はなによぅ?」


 俺の目がチャクラの影響を受けて、瞳の中に螺旋の紋様を浮かべていた。

 それこそが、魔力を視ることができるようになった力。


「……哲也を馬鹿にしたことを、アイツに詫びろ」


 それを聞いて、カラス人間が笑いながら体を揺らす。


「ヒッヒッヒ!そんなことで怒ってるの?本当のことを言って何が悪いのよぅ」


 どうやら謝る気はないらしい。

 

「外来種が調子に乗るんじゃないわよぅ!」

 

 その言葉が合図のように、足元から一瞬で水がせり上がってくる。

 

 それを散らすように、地面を爆発させる勢いで踏み込んだ。

 俺を包もうとしていた水が、床石と一緒に周囲へ弾け飛ぶ。


 そのまま奴の目の前まで距離を詰める。

 全身を捻り、足先から拳まで螺旋の動きをなぞった。


「む、無駄よぅ!」


 分厚い水の壁が目の前に広がる。


 俺の足元から生まれた熱が、螺旋を描き拳の先まで到達する。


 光り輝く拳が、水の壁を弾き飛ばした。

 カラス人間が慌てて腕で防御をするが、それを叩き折るように拳を叩きつけた。


 奴の腕に拳がめり込み、その衝撃で体が吹き飛ぶ。


「……後でちゃんと謝れよ」


 俺は拳を振り切ったままの姿勢で告げた。

 だが、奴は気を失ったのか反応がなかった。


 かなり深い傷を負わせたが、警備員がなんとかするだろう。

 なによりコイツにかまっている暇はない。

 

 そのまま階段へ向かう。

 目的地は三階の実験室だ。


 

 一階に上がり、二階への階段を見つけ駆け上がる。

 すると前方から聞き覚えのある声が響く。

 

 「よく、イシュマエルを倒せたわねぇ……」


 そこには別のカラス人間が待ち構えていた。

 声に聞き覚えがある。

 俺を二度も倒した奴だ。


 奴の体から気脈の鼓動を感じる。

 それは俺の体に流れているものと同じ。


 だが、感じた鼓動は俺よりも圧倒的に強い。


「我が名はイサク、神の子イサクなのよねぇ」


 その声と共に、瞬時に間合いを詰められた。

 咄嗟に顔を守ると、腹に掌底が突き刺さる。


 重い衝撃に続いて、内臓が搔き混ぜられるような感覚。

 血混じりの胃液が口から吐き出された。


 肺が潰れ、呼吸が乱れる。

 それでも反撃の拳を突き出す。


 固い音と共に手応えを感じた。

 だが、奴の体に当たったはずの拳から血が滲む。


 イサクの体は鉄よりも固いわけじゃない。

 

 拳を止めたのは、奴の肉体じゃなかった。

 いつの間にか全身を覆っていた、赤黒いオーラだ。

 あれがある限り、俺の攻撃は通じない。


 打つ手を防がれ、思わず距離を取った。


「よく立ってられるのねぇ……どうやら坊やもちゃんとチャクラを使えるようになったのねぇ」


 イサクは両手を上げて俺を威圧するように構えを取る。

 

「イシュマエルが負けるはずだよねぇ……でも、坊やのチャクラはまだまだ未熟なのよねぇ」


 イサクの体からさらに赤黒いオーラがあふれ、空気を震わせる。

 その圧力は、壁に亀裂が走るほどだった。

 

 拓人は赤い唾を吐き、呼吸を整えるように深く息を吸い込む。


 ——未熟。


 当然だろう、俺は出来るだけ渦を抑えて生きて来た。

 つい先日まで、それを鍛えるという発想すらなかった。

 

 だから今、この場で強くする。

 

 丁度いいことに、目の前にお手本がいるのだ。

 真似できるものは、全部真似してそのまま奴を超えてやる。

 

 瞳のチャクラがイサクの気脈を捉えていた。

 その流れも、チャクラの数も。

 よく見ると血のような赤い渦が全身を満たしていた。


 そこから湧き出る力が、光のように体からあふれ、オーラとなっている。


 イサクの構えを真似て、両手を上げて構えを取る。

 気脈を通して全身に熱を走らせ、チャクラを極限まで回す。


 息を吸い込み続け、体からオーラを出すことをイメージした。


「クックック、私の真似してるの?安直ねぇ」


 嘲るように笑いながら体を揺らす。

 

「……うるせぇ、俺はアキラが信じてくれた……俺の才能を信じる」


 呼吸を細く、そして長く吸い込んだ。


『大事なのは、この世に満ちている色んな力に気づくことだよ』

 

 その言葉を頭に浮かべ、生まれた熱を両目に送る。

 瞳の螺旋が金色に輝き、視界が鮮烈に開けた。

 

 そこに視えたのは魔力だけじゃない。

 空気に混ざる様々な力。


『この光り輝く世界は、すべて君の味方なんだから』


 俺のこの力は、自分の中だけの力じゃない。

 アキラはそれを教えてくれた。

 

「アキラ……?今世の神の御名前?……外来種如きが!神の御名を気軽に呼ぶんじゃねぇ!!」


 イサクのオーラが激しく揺れた。

 怒りで体が震えている。


「目に余るほどの不敬……罪には罰が必要よねぇ!」


 オーラを揺らしながら、凄まじい踏み込みでこちらへ向かうイサク。

 その勢いのまま、赤黒い力の込められた掌底が突き出された。

 

 狙いは、俺の心臓。

 

 もうすぐイサクの手のひらが胸に届く。

 そこに待っているのは確実な“死”。

 

 そう思った瞬間、走馬灯のように思い出したのはアキラの声。

 

『苗字を僕が考えたんだよ』

 

 ——安藤拓人。


 アキラから貰った名前。


 俺は、その名を誇れる人間になりたかった。


『チャクラを上手につかうには、胸を張って、背筋をのばすんだ』


 ドクン——。


 心臓が大きく脈打つ。


『力のもとになる、呼吸がしやすいからね』


 ドクン——。


 その音は、あの時アキラの体から聞こえてきた鼓動を思わせる。


『それに、拓人には胸を張って生きて欲しい』


 背筋を伸ばし深く息を吸う。


『生き残るのが困難な体質の君が、今もこの世界に生きている』

 

 この世界に満ちている力を、自分の中へ取り込んでいくように。


『そのことが、僕は心から嬉しいんだ』


 アキラの言葉が魂に刻み込まれてる。

 

 俺は、この世界に生かされた。

 ならば、俺のすべては世界の一部なのだろう。

 

 だから、そこから借りる。

 きっといつか、返せる時が来るはずだから。


 それに気づいた瞬間、体から黄金に輝くオーラがあふれ出した。

 命が奪われそうな極限状態の中で、チャクラが爆発的に増大し、そこへ力が流れ込む。

 

 胸を張り、背筋を伸ばす。

 時間がゆっくりと進んでいるように感じた。


 俺の心臓を叩くイサクの腕を狙って、左拳を打ち込む。

 奴の上腕に当たった攻撃は、その腕を大きく弾き飛ばした。

 

 そのまま、全身をねじる。

 足先から右拳まで、螺旋の力を重ねていった。

 

「螺旋光拳(らせんこうけん)ッ!!」

 

 拳から放たれた攻撃が光となり、イサクの赤いチャクラと激突する。

 轟音が地下を揺らし、爆発のような閃光が走った。


「ガハァ!」


 イサクの肋骨が砕け、俺の拳が胸へめり込む。

 奴を守っていた赤黒いチャクラが散り、体が後方へと吹き飛んだ。

 

 俺は拳を下ろし、息を荒くする。

 呼吸をするたびに、肺へ刺すような痛みが走っていた。


 こちらも肋骨が折れたのだろう。

 

「……哲也を……返してもらうぞ」

 

 そう告げたが、イサクは意識を手放したようで何も答えなかった。

 俺は胸を押さえ、階段を見上げる。

 

 目的地は三階の実験室、もうすぐそこだ。

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