バチカン十リベンジャーズ
三階に上った拓人は、痛む胸を押さえながら並ぶ部屋をひとつずつ確認していく。
建物自体は歴史を感じさせる古い建築物だったが、セキュリティーは最新式になっていた。
扉がカード認証による開閉式だったので、いちいち蹴破る手間があった。
その度に体が軋み、折れた肋骨が肺を引っ掻く。
この階にあるのは四部屋。
残っているのは奥の一部屋のみだった。
ここに哲也がいるはず。
イサクとの戦いで、建物を揺らすほどの騒ぎを起こした。
警備員からの連絡も伝わっているだろう。
カラス人間は、最低でもあと一人いる。
そいつが現れても不思議じゃなかった。
はやる気持ちを抑え、最後の扉を蹴破る。
そこは広い部屋だった。
色々な機械が置いてあり、無機質な光が床を照らす。
いかにも研究室という雰囲気だ。
しかし、中には誰もいない。
職員だけではなく、哲也の姿も見当たらなかった。
イサクに騙された。
そもそも、なんで敵の言うことを素直に信じてしまったんだ。
自分の単純さに思わず舌打ちする。
他の階を調べ直さなければならない。
もう一度部屋を見回し、誰もいないことを確認してから部屋を出ようとした。
だが、気になるものが目に付いた。
それは床に置かれた棺のような鉄製の箱。
大人ひとりが余裕で入れる大きさだった。
よくわからない管やコードがいくつも付いた物々しい箱。
もしかして、この中にいるんじゃないかと頭をよぎる。
念のため、確認してみようと近づくと、入り口付近から気配を感じた。
「なぁ、下でイサクが死にかけてたが、君がやったのかなぁ?」
重みのある声が響く。
視線を向けると、そこにはカラス人間が立っていた。
聞いたことのない声。
おそらく最初に会った三人の最後の一人だろう。
「……哲也はどこだ?」
質問には答えずに、聞きたいことを返した。
「彼はとても面白い人間だからなぁ、少し調べさせて貰ったんだ」
後ろに手を組み、悠然と話す。
その余裕のある態度にイラついた。
「どこにいるか聞いてんだよ!」
こちらには余裕なんて少しも無い。
満身創痍といってもいい状態だ。
だが、こうなってしまえば戦うしかないだろう。
なんとしても口を割らせて哲也を助ける。
呼吸を深くした。
息に血の味が混ざり肺も鋭く痛んだが、そんなことを気にしてはいられない。
体に黄金のオーラが滲む。
呼吸が浅くなってしまうせいか、先ほどよりも光が薄くなっていた。
「面白い事を聞くなぁ、お友達はそこにいるのになぁ」
指を指した先は、気になっていた鉄の箱。
思わず視線を向けてしまった。
敵から目を離す油断、それによって先手を奪われる。
突然、石で出来た床や壁が、先の尖った杭に変化して襲いかかってきた。
注意が逸れていたせいで反応が遅れる。
絶え間なく向かってくる、重厚で逃げ場のない攻撃。
石を殴って破壊しても、次々と新しい杭が生えてくる。
「ハッハッハ!いつまでもつのかなァ?」
奴は一歩も動かずに余裕をかましていた。
いや、動く必要がないのだろう。
俺は近寄ることができないのだから。
「どんなに逃げても、視界全てが君の敵だよなぁ!」
今までの二人とは違う、圧倒的な手数。
それは疲れ切った俺にとって、最悪な相手だった。
真後ろから来た石杭をかわしきれず、勢いよく体へ刺さり、壁まで吹き飛ばされた。
ぶつかった壁にヒビが入り、音を立てて崩れる。
オーラで守られていたおかげで、杭は体に刺さっていなかった。
だが衝撃で折れていた肋骨がさらに砕け、血を吐き出してしまう。
そのせいで激しく咳き込み、まともに呼吸ができない。
チャクラを回せず、体を覆うオーラが消えていった。
「君がここにいるということは、イシュマエルも倒したということだよなぁ」
カラス人間の手に、周囲の金属が集まり鋼鉄の槍を作り出す。
「私の名はモーセ。君が倒した彼らは、僕の大切な兄弟だ」
モーセと名乗った男は、ゆっくりとこちらに近寄る。
「だから、復讐する権利が私にはあるよなぁ!」
モーセは立てない俺を見下ろして槍を構えた。
きっと直接手を下して、兄弟の復讐を遂げたかったのだろう。
「……始めたのは……お前らだろうが」
崩れた壁に寄りかかりながら、口から血を流し、モーセを睨みつける。
「安心しろ。どちらにせよ、これから人類を絶滅寸前まで減らすことになるのだからなぁ」
冷たい目でこちらを見ながらとんでもないことを口にした。
「寂しがる必要はない。研究が終われば、すぐにお友達も後を追ってくれるからなぁ」
振りかぶった槍は、俺の頭を目掛け真っ直ぐに向かってきた。
体はまともに動かなかったが、哲也を助け出すまでは死ぬわけにはいかない。
俺は槍の先を左の手のひらで受け止めて、無理矢理軌道を反らす。
頭の横を槍がかすって耳を裂いた。
貫通した手のひらから、焼けるような痛みが襲ってくる。
だが、そのおかげでモーセが手の届くところにいた。
近づかれずに、あのまま攻撃され続けていたら、俺は何も出来ずに死んでいただろう。
復讐心が奴の冷静さを奪っていた。
目の前にいるモーセの右腕を掴み、残された力で握りつぶす。
さほど抵抗を感じないまま砕ける骨の音と共に、呻き声が響いた。
「ぐぅぅ!き、貴様ぁ!!」
モーセは槍を手放し、左手に一瞬でナイフを作り出した。
それが振り下ろされる前に、掴んでいた右腕を力任せに引き寄せる。
そして、そのままモーセの体ごと石の床へ叩きつけた。
モーセは顔から床に思い切りぶつかり、その勢いで体が跳ね上がる。
奴の右腕を掴んでいた俺の手が衝撃で離れた。
体の中に残されていた最後の力を使ってしまった。
もう腕一本すら動かせない。
今、奴が立ち上がったら、俺は終わる。
裂けた左手の痛みすら無視して、目の前のモーセを睨み続けた。
だが、奴は倒れたままピクリともしない。
それを確認し、深く息を吐く。
崩れ落ちそうになる体をなんとか支え、足を引きずるようにして鉄の箱に向かった。
モーセが言うには、この中に哲也がいる。
なんとか箱まで移動して調べると、開けるためのスイッチを見つけた。
それを押すと、自動で箱の蓋が開いていく。
「哲也!」
俺は焦るように名前を呼んだ。
その中には確かに人が横たわっていた。
だが——それは俺の知る新井出哲也と、あまりにもかけ離れた姿をしていた。




