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アキラ再び

 横浜の倉庫で起こった奇跡から二週間ほど経っていた。

 季節はすっかり夏になり、夜になっても熱気が街から消えることはない。


 一条アキラが住むマンションの駐車場へ、一台のバイクが低い音を響かせて止まった。


 サイドスタンドを下ろし、ヘルメットを脱いだのは長身の痩せた男。

 襟足だけ黒い金髪のオールバックを手で撫でつけて、ヘルメットをミラーへ被せる。

 そのままマンションのエントランスへと、ブーツの底を鳴らしながら歩き出した。

 

 拓人は、モニターを見ながらアキラの部屋番号を入力する。


「はい、一条ですがどちらさまですか?」


 想定に反して女性の声が聞こえてきた。

 

「……美藤拓人っス」


 てっきりアキラが出ると思っていたので、思わず声が強張ってしまった。

 ついでに顔もキツくなっていたのだろう。


「ど、どうぞ」


 機械越しの返事が動揺している。

 拓人は、女性を無駄に怯えさせてしまったことを反省する。


 エントランスのドアが開き、中へと入る。

 そのタイミングで、一人の少年が一緒に入ってきた。


 エレベーターに乗って最上階のボタンを押すと、少年も一緒に乗った。

 彼は階層を選ぶランプを見て、腕を組む。


 どうやら同じく最上階に用があるようだ。

 

 何の気なしに視線を向けると、少年は自分と真逆の体型だった。


 背が低く、学生服がパンパンに膨れ上がるほどの肥満体。

 色白で目つきが悪い坊主の男。


 彼の姿は、なんとなく“肉まん”を連想させた。


「……なんだよ」


 少年がこちらの視線に気付いて不機嫌そうに告げた。


「……いや」


 ジロジロ見てしまった自覚はあったので、視線を反らし到着を待つ。


 拓人は、少年に見覚えのある気がしていた。

 だが、ロッドのメンバーだとしても数が多すぎて覚えきれていなかった。

 三次団体のメンバーなどは、遠目にしか見たことない。


 拓人にとって、交友関係というのはロッド以外になかった。

 だから、傘下のチームの下っ端だろうと思った。


 やがて最上階へと着き、アキラの部屋を探す。

 番号を追って、部屋の前でインターフォンを鳴らした。

 すると、自分の横に少年が黙って立つ。


「……なんだよ」


 今度は俺が聞く番だった。


「オレもこの部屋に用事がある」


 無愛想に返される答えに片眉が上がる。

 拓人を相手に、ここまで憮然とした態度を取る人間というのはそういない。


 自分を知っていれば恐れるし、知らなくてもこのタッパと雰囲気で目を反らす。

 だから、太々しい態度を見せる男に少しだけ興味が湧いた。


 すぐに、ドアが開き、そこから出てきたのはメイド服の可愛らしい女性だった。


「いらっしゃいませ美藤様、どうぞお上がり下さい!」


 どう見ても歓迎して良い客ではない俺を見て、それでも笑顔で迎え入れてくれた。

 きっと見た目通り優しい人なのだろう。


「……お邪魔します」


 慣れない状況に、つい声が低くなる。

 あまり女性と話した経験がない上に、初めて見る生のメイドに緊張してしまった。


「あら?そちらの方は?」


 メイドさんが、俺の横にいる少年へ気付く。


「新井出 哲也(あらいで てつや)だ」


「あっはい!伺っております、新井出様もどうぞお上がり下さい!」


 丁寧にお辞儀をして迎え入れるメイドさんを、“新井出”と名乗った男がジロジロと舐めるように見ていた。


 訂正、コイツは胆力があるんじゃなく、ただの無神経だ。

 


 広いリビングに入ると、アキラが椅子に座っており、嬉しそうにこちらへ手を上げた。


「やあ、よく来てくれたね二人とも、とりあえず座ってくれるかな」


 変らない笑顔で、ダイニングテーブルの椅子を指した。


 アキラに会うのは、あの横浜の倉庫で負けた日以来だ。

 泣きながら縋りついた記憶が蘇り、思わず気恥ずかしくなってしまう。


 言われた通り、椅子を引いてアキラの目の前に座った。

 彼に折られた足は問題なく曲がる。

 

 あの日、アキラが倉庫から帰る前に、俺を含め怪我したメンバーを一瞬で治してくれたからだ。

 その奇跡によって、メンバーたちのアキラに対する畏怖と尊敬は、さらに強く刻まれた。

 

 昨日、そんなアキラからスマホにメッセージが届いた。

 そこには、話があるから家に来てくれというもの。


 どんな話かはわからなかったけど、なんであっても聞くつもりだった。

 アキラが自分を必要としてくれているのが、とても嬉しかったからだ。


 先ほどのメイドが拓人たちにお茶を持ってきてくれる。

 それを口に含み、落ち着いて部屋の中を眺めると、不思議なものがいくつかあった。


 鳥かごの中にいる、見たことのない小さな鳥。

 水槽の中にいる、見たことのない生き物。

 ゲームに興じる、眼鏡を掛けた無表情の美少女。


 そして、黒猫。

 

 黒猫自体は不思議じゃない。

 だが、その視線がこちらを探っているようだった。

 それが妙に鋭さを持っていて、落ち着かない気分になる。


「で、アキラ、用事ってなんだ?」

 

 哲也がお茶を飲みながらアキラに聞く。


「実はね、海外に住んでる僕の娘に会って貰いたいんだ」


 そう言って、テーブルに置いてあった綺麗な封筒を渡された。


「それで会えたら、これを渡してきてくれないかな?」


 手に取ると、表面には何語かわからない言語が書かれていた。

 拓人はそれを手に取って、まじまじと眺める。


「……これって何語なんだ?」


「古代ヘブライ語だよ、“マリちゃん”はエルサレム生まれだからね」

 

 エルサレム、前に施設で世界史を勉強した時に聞いたような気がする。

 

「マリちゃんってのが娘なのか?そもそも娘ってどういう意味だよ?」


 哲也がアキラへ無遠慮に質問をした。

 

 コイツはアキラに対しての敬意が足りない。

 拓人はそのことに苛立ちを覚えた。

 

「僕が昔、女性に産ませた子供ってことだよ、君たちのお見合い相手さ」


 よくわからないが、前に言ってた相手だろう。

 『君たち』ということは、どうやらアキラは肉まんにも自分と同じ願いをしたらしい。

 

『僕の娘と結婚して、子供を作って欲しい』


 倉庫で言われたアキラからのお願い。

 自分の存在を認めてもらったようで、とても嬉しかった言葉。


 それを哲也にも言っていたことに、少しだけショックを受けた。

 人のことは言えないが、アキラが認めるような男には思えなかったからだ。


「オマエが産ませたって、年齢的におかしいだろ!ちゃんと説明しろ!」


 確かに、前にそれを聞いた時は詳しい話が出来なかった。

 だから、なんとなく娘の様な存在だと思っていた。

 でも、アキラの話しぶりだと本当の娘ということ。


 それはさすがに意味がわからない。


「話すと長くなるんだけど、今の僕は十六歳の人間だけど、同時に百万年生きてる人類の神なんだ」


「「……はぁ?」」


 肉まんとの声が揃ってしまった。

 

 アキラが言うのだからきっと嘘ではないのだろうが、あまりにも荒唐無稽すぎる話だ。

 思わず固まっていると、空いている椅子に黒猫が飛び乗った。


 そして、今までの人生でアキラとの出会いに次ぐほどの、驚愕な事態が起こる。


「アンタ、娘を紹介するってのに、まだ自分の説明もしてなかったの?」


 猫がしゃべったのだ。

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