Second LOVE
春が来て、桜が咲き始めた季節。
取り壊された紫星家の屋敷跡で、安藤拓人は建築資材を運んでいた。
現場の指示に従いながら黙々と働く姿は、周囲の作業員たちの中に自然と溶け込んでいる。
そして、その場には一条アキラもおり、重い資材を軽々と担ぎ、嬉しそうに微笑んでいた。
「拓人、楽しそうだね」
休憩時間。
アキラがペットボトルを差し出しながら、俺に声をかけてきた。
「おう……スゲー楽しい」
生まれて初めての労働だった。
汗をかきながら一生懸命に働く喜びは、今まで味わったことのない充実感があった。
修行とはまた違う、社会の一員として生きている実感が持てた。
しかも、造っている施設が、アキラや哲夜が働くための場所だ。
その役に立てると思うだけで、胸の奥が熱くなる。
紫星の屋敷を取り壊すのを手伝った際、現場の監督に『使えるな』と褒められた。
その一言が妙に嬉しくて、そのまま建築の手伝いも続けたいとアキラに申し出たのだ。
現状、アマテラスの家でヒモ同然の生活を送っていた。
だから、その情けなさをどうにかしたいという思いもあった。
マリアから与えられていた教祖という立場は、仕事というにはあまりにもやることが少ない。
週一で施設へ顔を出して、十二棒と呼ばれるようになった幹部へ稽古をつける程度。
たまに変な儀式に駆り出され、広間でずっと座ってるだけの役をやらされるくらい。
あとは変わらず、ホンシアの弟子たちと一緒に修行の日々だ。
ホンシアたちは、住居を紫星家が所有するマンションに移した。
そこの室内や屋上庭園で修行を続けていて、俺も働きながら通っている。
住人のいない建物は、屋内戦や屋上の足場がない場所での戦闘訓練が自由にできるため、修行の場としては申し分なかった。
「というか……アキラはなんで働いてるんだ?」
身につけているヘルメットと作業着が、ビックリするほど似合わない。
「僕は、みんなの手伝いをするって決めてるからね」
アキラはヘルメットを外し、爽やかに髪を掻き上げる。
「……アキラなら、建物くらい一瞬で造れそうだけどな」
彼が起こしてきた数々の奇跡を知っている身としては、こうして地道に働く姿が不思議だった。
「人のための施設だからね、人の手で造り上げた方がいいよ。僕が全部やるのは、人類の成長を妨げるから」
なんだか、大事なことを教えてもらった気がする。
アキラといると、些細な言葉でも深い意味があるように思えてとても勉強になる。
「それに、僕の子供たちが将来住む場所だからね」
そう言って、嬉しそうに完成を楽しみにしていた。
アキラには、来月出産予定日の彼女がいる。
紫星綾乃さん、紫星雪乃のお母さんだ。
聞いた時はマジでビビった。
雪乃と付き合っているのに、その母親が先にアキラの子を出産するらしい。
さらに哲夜も含めて、まだ何人も出産予定の彼女が控えている。
まさしく神だ。
やることなすこと規格外すぎる。
いまだに自分の棒を使ったこともない俺には、神の国の話にしか思えなかった。
だが、そんな俺にも棒を使いたい相手。
いや、ちょっといいなと思っている女性ができた。
初恋が散ってから半年。
ようやく次の恋へ目を向けられるようになったのだ。
最初の出会いは最悪だったけど、あることが切っ掛けで急接近した。
彼女の名前は、趙 鳳玲。
ホンシアの一番弟子で、年上のクールビューティーだ。
いつも鳳凰の刺繍が入った赤い武術着を着て、腰に剣を差している。
その時点で、スカジャンを着て警棒を腰に差している俺とセンスが合う。
ちなみに彼女のトレードマークと合わせて、フェニックス柄の赤いスカジャンを新しく買った。
背は結構高くて、俺とも目線がそんなに変わらない。
きっとキスするときも苦労しない。
する予定はまだないけど。
ただ、目が鋭く切れ長だから、俺との子供ができたら絶対目つき悪くなるだろうな。
それだけが心配だ。
黒髪を後ろで結んで腰まで垂らしていて、それを武器として使うこともある。
首を締められたり、目を叩かれたりする時にふわっと香る匂いがすごくいい。
一番の特徴が、いつも赤い布で口元を隠してること。
ご飯の時くらいしか外さない。
でも、外すと物凄い美人だ。
バレない様に、いつもこっそり見てドキドキしてる。
前は俺をつねに本気で殺しに来ていたけど、今は稽古時以外ではすごく優しくなった。
なぜかというと、俺がホンシアのためにテラと戦ったのを見ていたからだ。
あれ以来、ホンシアの弟子たちは俺に敬意を持って接してくる。
我ながら自殺行為だと思うし、褒められたもんじゃないとも思ってた。
だけど、彼らの中では師匠の仇を取ろうとしたように映ったらしい。
そういえば、あれ以来、ホンシアも過保護になった気がする。
やけに手当の時間が長くなったし、ストレッチや気の訓練も入念になった。
しかも、前とは違って大人の姿でされるから、あちこち触られると微妙に気まずい。
以前は、ホンシアに治療されてる俺を、舌打ちするような態度で見ていたフォンリンだったけど、今は違う。
なんだか切なそうな瞳で、こちらを見ていることが多くなった。
もしかしたら、俺の戦う姿に惚れてしまったのかもしれない。
だとしたら、命を懸けた甲斐もあった。
アキラはヤバいくらいモテる。
彼を目指す俺も、いつかあんなふうになれるかもと少しだけ期待してた。
来ちゃったか——モテ期。
言葉はあまり通じないけど、身振り手振りを交えて会話をするようになったし、たまに笑顔を見せてくれる。
それが、覆面してるのにめちゃくちゃ可愛い。
彼女と手を繋ぎたい。
フォンリンほどの強さがあれば、緊張して手を握っても骨は折れないだろう。
そこは地味に大事だ。
そんなわけで、俺はフォンリンにフォーリンラブしてる。
だけど、この恋には問題がふたつあった。
「……アキラ、ちょっと聞きたいんだけどよ」
いつのまにか肩に白いネズミを乗せて、それを愛しげに撫でているアキラへ相談を切り出す。
「俺より強い人間なら、結婚相手して子供作る約束を果たしたことになるか?」
必ず果たしたい約束。
アキラの娘と結婚して子供をつくる誓い。
だけど、前に哲夜でもいいと言っていた。
魂の輝きが強ければ問題ないと。
なら、フォンリンはきっとその条件に当てはまるはずだ。
かなり戦えるようにはなったけど、まだ負けることの方が多い。
俺の魂が強いなら、彼女もきっと強いに決まってる。
「もちろんいいよ。今の拓人に勝てる人類なんて、数えるほどしかいないだろうし」
無事、お墨つきを貰えた。
あとはもうひとつの問題だ。
「……それと、アメリカのCIAに知ってるか?」
「CIAって、アメリカ中央情報局のこと?」
「そう、それなんだけどよ……」
手の中のペットボトルが、ぐしゃりと音を立てた。
「ぶっ潰そうかと思ってるんだ」
フォンリンが覆面を外さない理由。
それは、CIAに追われているからだと、聞かされたのだ。




