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彼女の胸は、薄かろうとも熱かった

 応接間には妾とタクト、そして御姉様のみが残されていた。

 

「つまり、一日中休みなく信者に穴を掘らせ、その掘った穴を埋めさせるのよ!それを一ヶ月続けさせると、精神が信仰を受け入れやすい状態となる!」


 立ち上がり、拳を振りながら説明する妾に対し、二人の雰囲気はどこか固い。

 

「そこで初めて、教義を説き、己は進化の為にこれを行っていたと説明する!すると信仰の理解に涙を流し、己の行動が無駄では無かったと悟る!」


 その態度をほぐすように、タクトへの教育はより熱を帯びていった。

 

「これぞ愛の在る伝導といえるのだ!わかるか?タクト!そなたのように、骨を折るような単純な罰ではいかんということが!」


 新生Rodを受け入れた教祖へ、まずは愛のある導きを教えたかったのだ。


「ねえ……骨を折るってなに?怖すぎて無理……」


 アマテラスが小声でタクトに尋ねる。


「……俺の一番手加減したヤキ入れが、それしかなかったんだ。ルール破った奴はシメないと、周りに舐められるって仲間が言うからよ……」


 コソコソと二人で話す姿に妙な違和感を覚えた。


 そういえば、タクトに夢中で、御姉様の存在を忘れておったわ。

 なぜゆえこの場に居るのだろうか?

 

 最後にお会いしたのは四十年前。

 御父様が宇宙に旅立たれる際、一緒にお見送りした時以来。

 

 それ以前にも、数度だが御父様に頼まれて様子を窺いに行ったことがある。


 不幸な身の上よ。

 怨敵テラの被害者よ。


 同じ神の子として、その身を深く案じてはおった。

 だが、妾には御父様からの使命があり、頻繁に拠点を離れるわけにはいかなんだ。


 できることと言えば、他の妹達と同じように送金することのみ。

 それを歯がゆく思っておった。

 

 だから、このように外へ出て来られたというのは喜ばしきことだ。

 しかし、タクトと共にいる意味がわからぬ。


 それに、先ほどから妙に距離が近いような。


「御姉様、お久しゅうございます」


 その場で片足を後ろに引き膝を曲げる。


「挨拶が遅れて申し訳ございませぬ、御健在の程、喜ばしき限りに思います」


 ローブの端を持ち、そのまま軽く広げた。


「あ、うん……マリアちゃん、久しぶり……いつもありがと」


 ぎこちなさは残るが返事を返して下さった。

 どうやら話すこともできるようになっているようだ。

 

 以前は震えるばかりで、目も合わせてくれなんだ。

 それを思えば、随分と元気になられた。


「して、本日は何用ですか?」


 ここに来たということは、妾に何か用事でも出来たのだろう。


「えと、いつもお金送ってくれてるお礼が言いたくて……あらためて、ありがとう」


 なるほど、律儀にも直接会って伝えたいとのことか。


「そのような心遣いは不要です、姉妹ならば支えるのは当然ですぞ」


 あまり多いと逆に気を揉むだろうと、小遣い程度しか送っておらぬのに。


「あと……もう、仕事に就いたから大丈夫だよって伝えたくて」


「なんと!それは素晴らしき御報告を!おめでとうございます、御姉様!」


 社会復帰を果たされていたとは!

 よくぞ、心を閉ざされた状態から戻って来られた。

 これは祝賀会でも催さねばならぬな。


「それと……ここに来たのは拓人が心配で……」


 ふむ、他者の心配が出来るほど、回復なさったということか。

 だが、心配とはどのような意味だろうか?

 そもそも、御姉様はなにゆえタクトを心配なさるのだ?

 

「安心召されよ、タクトは妾が立派な教祖に仕上げてみせましょうぞ!」


「あ、あの、その教祖っていうのが不安で来たの……」


 なるほど、御姉様もタクトが無事に立派な教祖への道を歩めるかが心配だったと。


「それは杞憂ですぞ!この者は御父様に並ぶ存在と成り得る!妾は心からそう信じております!」

 

 そのために、すべてを教え、導くのだ。


「た、確かに拓人は頼りになるけど……結構危なっかしいし……教祖なんて無理」


 なにを弱気なことを。

 

 御姉様は知らぬのだ、タクトの雄々しさを、その魂の輝きを。

 直接戦った妾にはよくわかっておる。

 

 というか、なぜ御姉様が口出しされるのだろうか?


「タクトの足りぬ部分は妾が補うゆえ、安心されよ!そのために、今日からここで共に暮らすつもりですし」


 すでに暮らせる準備は整えておいた。

 しかも、妾が自ら選んだ服や家具である。


 決して、浮かれながらあれこれ選んだわけではない。

 教祖として相応しいものは、妾にしかわからんと思ったゆえの行いよ。


「え……拓人は私と暮らしてるから無理」


 はて?どういう意味かの?

 一緒に暮らしている?

 どういう経緯で?


「あー……俺、今はアマテラスの家で世話になってんだ。住むところがなくなっちまってよ、お前がビナたちを拉致したから」


 なるほど、そういうわけか。

 

 そういえば十二棒たちが言っておった。

 タクトはそれぞれの家を転々としておったとな。


 少しサプライズが過ぎたか。


「それはすまなかった、妾の配慮が欠けておったわ。であれば、なおのことここへ越して来るがよい、準備も全て済んでおる」


 なぜ御姉様の家に住んでいるのかはわからぬが、きっと御父様の配慮であろう。

 もしや、御姉様が元気になられたのも、タクトが導いたからやもしれん。

 

 すでに救いの道を歩んでおるとは、見上げた奴め。


「無理!教祖だって無理だと思ったし、引っ越すのも無理!」


 御姉様はどうしたというのだ?

 元気になられたのは喜ばしいが、まるでタクトが自身の所有物のような物言いをする。


「そもそも、御姉様とタクトは関係なかろう?」


「あるよ!大切な友達だもん!」


 ふむ、なるほどのう。

 

 長らく孤独に染まった生活の中で、ようやく得た“友”という存在。

 離れ難いのも無理はない。

 

 だが、これはいかん——依存が生まれておる。


 友人との関係は、適切な距離があってこそ続くもの。

 でなければ、せっかくの関係も破綻してしまう。


「御姉様、我儘を言ってはなりませぬ」


 ここはきっちりと線を引かねば、後で困るのは御姉様自身。

 

「タクトはこれから人類を背負う身ゆえに、妾の傍に付き従い、教えを受けるべきなのです」


 それにいくら御姉様であっても、彼の足を引っ張るような真似は謹んで頂きたい。


「拓人はウチにいても毎日頑張ってる!それに私が面倒みてるから大丈夫!」


 参ったのう、まるで聞き分けがない。

 籠っていた時間の長さが、幼さとなって出てしまっておる。


 境遇に同情はしておるが、このままでは埒が明かぬ。

 

「タクトも当然のことながら、ここに住むことを望んでおります、受け入れて下さいな」

 

 なに、たまに顔を見せてやればよい。

 妾は週に一度、安息日には御父様の御膝……もとい御顔を拝謁しに伺っておる。

 その際、タクトも連れていけば問題なかろう。


「こんな場所で暮らすの無理!拓人は住まない!」


 強情なことだ。

 だが、さすがに本人から直接言われれば諦めもつくだろう。


「タクト、御姉様に伝えよ、ここに住むとな」


「拓人!ちゃんと断って!ここには住まないって!」


 わかっておるな?

 毅然とした態度を取るのだ。

 依存を断ち切るは情ではなく、断固たる姿勢。

 それこそが優しさぞ。


「……さすがに、ここへ住むのは無理だな」


「な、何を言うか!大事を見誤るな!情は判断を惑わすぞ、タクト!」


「いや……アキラとホンシアに修行を付けてもらってるし、ここからだと通うのが大変だ」


「なんと!御父様から直接の指導を受け賜わっておったか!」

 

「……とはいえ、ビナたちも心配だから、週一くらいで顔は出すつもりだ」


 御父様の教え。

 

 それは選ばれし者にのみ許された真理。

 何を差し置いても受けるべき聖なる指針。

 

 進むべき道を照らす御心を逃すのは、タクトの成長を妨げる行為。

 それを犯すわけにはいかぬ。

 

 真に残念ではあるが、受け入れざるを得ない。


 仕方がない。

 まずは十二棒を成長させ、妾の手助けがなくても信者を導けるよう精進させよう。


 それが済んだ暁には、御父様のお住まい近くに土地を買い、妾たち二人の家を建てようではないか。

 そうと決まれば、さっそく周辺の資料を集めねばなるまい。


「ふむ、そなたの言い分は正しい、しばらくは御父様の教えを存分に吸収せよ。なに、教祖の役目は妾が代わりに全て行う」


「……なんか色々ありがとな。アイツらも世話になってるし、俺もがんばるからよ」


 殊勝なことを言ってくれる。

 いいのだ、妾はそなたに懸けると決めたのだから。

 

「そなたは妾にとって誰よりも大切な生徒だからのう。身内と思い、何も気にせず存分に甘えよ」


 ——我が胸で。


 こうして安藤拓人は、本人の自覚のないまま、教祖の道を歩むこととなる。

 のちに、世界最大の宗派と成り得る組織の長へと据えられたのだ。

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