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なし崩し的な同棲生活

 港区六本木にあるタワーマンションの最上階の部屋。

 俺はそこにアキラと来ていた。


 今、俺の目の前には、ピンクの長い髪をした美女が立っている。


「この子はアマテちゃん、僕の娘だよ」


 先ほどアキラが、テラの攻撃で半壊した紫星の屋敷に突然やって来た。

 そして、準備ができたから娘を紹介すると言って、俺を連れてここへ瞬間移動した。


「彼は安藤拓人君、僕の自慢の友達さ」


 笑顔で紹介してくれたが、本当にアキラにとって自慢できる人間になれているのだろうか。


「二人には、お見合いをして欲しいんだ」

 

 自信のなさに思わず背中が丸まってしまう。


「それじゃ、後は若い二人でよろしくね」


 アキラは帰ってしまうらしい。

 ならば、お礼を伝えなければならない。


「あの……腕、治してくれてありがとな」


 テラに喰われた右手はアキラがあっという間に治してくれた。


「テラに挑むなんてすごいね!さすが拓人だよ」


「戦いにすら……ならなかったけどな」


 俺の丸めた背中を叩いて、誇らしげに褒めてくれた。

 でも、アキラの方がスゴイに決まってる。

 

 俺の目標で——哲夜の惚れた相手。

 

 いつから二人は子供を作る関係になっていたんだろう。

 俺が気にするから哲夜はそのことを切り出せなかったんだろうか。

 俺の気持ちは、彼女にバレていたのだろうか。

 アキラみたいな立派な人間になれていたら、俺と子供を作ってくれただろうか。

 

 いくら考えても答えの出ない問いが、延々と頭を回り続けている。


「じゃあ、またね」


 来た時とは違い、アキラが歩いて部屋を出る。

 

 その後ろ姿を見送って、なけなしの気合いを入れた。

 

 彼の大切な娘を紹介されたのだ。

 とにかく今は、アキラの面子を潰さないようにちゃんとしよう。


「……あの……突然すまない」


「ぴぃ!」


 ジャージの美女は、いつの間にか黒い日本刀を握り、なぜかこちらを威嚇していた。


 でも、考えてみれば当然か。

 

 父親が連れたきたとはいえ、目つきの悪い金髪ヤンキーが突然押し掛けたような状況だ。

 しかも頼りになる父親は帰ってしまった。


「……俺もいきなりアキラに連れて来られたんだ……何もしないから安心してくれ」

 

 アマテと呼ばれた彼女の恐怖を考えたら、申し訳なさで胸が痛くなる。


「それと、あの……本当に図々しいお願いなんだが………今は家に帰りづらくて……ちょっとだけ、ここにいさせてもらってもいいか?」


 正直、まともにお見合いができるとは思えなかった。

 今すぐ家の布団にくるまりたい。

 

 だが、こんな精神状態でマンションに帰ったら、挙動不審になって哲夜に怪しまれそうだ。

 アイツを困らせたくなんてなかった。

 

「……迷惑だったら……すぐ帰る」


 あまりにも情けない声。

 震えた音が滲んでしまう。


「あの、えと……ら、乱暴なことしないなら……いい……よ」


 アマテが目に映していたのは哀れみ。

 でも、今だけはそれに甘えさせてもらうしかない。

 

「……ありがとう」


 礼だけ言って、できるだけ距離を取った。

 怖がらせたくないし、誰かと話ができる余裕もない。


 もう少し元気が出たら、ロッドのメンバーに連絡を取ろう。

 そして、しばらくの間、前みたいに泊めてもらう。


 今はとりあえず部屋の隅に座り、静かに過ごすことにした。

 何もしたくない。

 勝手に湧いてくる思考を、打ち消すことだけに集中した。

 

 そのまま数時間が経っていたらしい。

 

「ソ、ソファー……つつっつ、使ったら?」


 アマテが声を掛けてくれたことで、あらためて時計を見て、時間の経過に気づく。


「……ああ、うん、ありがと」


 固まった体でソファーに座りなおしたが、まだ頭の整理がつきそうにない。


「な、ななか……なの、なに、か飲む?」


 きっとアマテは人付き合いが苦手な子なんだろう。

 視線は合わないし、汗はすごいし、動きに落ち着きがない。

 俺の外見を怖がっているにしても、彼女はあまりに挙動不審だった。


「あ……うん……あ、ありがとう」


 慎重すぎる不器用な接し方。

 こちらに渡すペットボトルが激しく震えていた。

 

 だけど今はそれがありがたかった。

 こちらに余裕がないから、グイグイ距離を詰められても対応できる自信がない。

 なにより俺も、立派なコミュ障だ。


「あ、あの……テラと……た、戦ったの?」


「……あ、ああ、さっきな」


 思い出して右手を眺める。

 餌でしかない自分の実力を不甲斐ないと思った。


「ど、どうだった?」


 どうもこうもない。


「……右手を喰われて……友達に庇われて……負けた」


 言い訳ひとつできないほどのボロ負けだった。


「そ、そそそ、そっかー、テラだもんね……うん」


 アマテは激しく目を泳がせながら、聞いたことを後悔するように汗を流していた。


「じ、実は私も……昔、テラに殺されかけたこと……ある」


 意外だった。

 戦えるようには見えない。

 一方的にやられてしまったのだろうか。


「……そうなんだ、大丈夫か?」


 見たところ、体に不自由はなさそうだったが、刻み込まれた恐怖はきっとなくならないだろう。

 テラの姿を思い出すだけで、今も身体が震える。


「うん、私、不死身だから……で、でもそのせいで、三千年近く引き篭もっちゃったけど……」


 不死身ってなんだろう?

 というか、この子、三千年も引き篭もっているのか。

 だけどその気持ちはわかる。

 それほどの恐怖だったし、俺も今は外に出たくなかった。


「……そうか……やっぱ怖いよな……テラ」


「こ、怖いよ……怖すぎるし、存在が無理!さっきも漏らしそうになりながら戦った!」


 興奮しながら話すアマテ。

 そこにとんでもない言葉が混ざった。


「……アマテさんも、戦ったのか?」


 実はこう見えて、マリアやホンシアみたいに強かったりするのだろうか。


「う、うん、ネットゲームでだけど……」


 そうだ、アキラの娘はテラと直接戦えないんだ。

 

「……そっか、どうだった?」


「みんなのおかげで……勝てた」


 テラに勝つ。

 ゲームとはいえ偉業には変わらない。

 ホンシアは五百年かけても勝てなかったのだから。


「……すごいな……マジで尊敬するよ」


 だから心から思えた。


「で、で、でもゲームだし……」


 テラのゲームの腕前はわからない。

 でも、きっと物凄く強いはずだ。


「……どんな勝負でも、アイツに勝てたなら誇っていいと思うぜ」


 その言葉に実感を込めた。

 お世辞でもなんでもなく、心からの賛辞を送る。


「そ、そうかな……えへへ」


「うん、すごい……俺も今度はもっとがんばらなきゃな……」

 

「え?……また戦うの?」


 アマテがボカンと口を開いた。

 懲りない馬鹿だと呆れられてしまっただろう。


「ああ……俺はテラに勝ちたいんだ」


 だけど、それを諦めたら生きる意味がない。


「なんで……?」

 

「……アキラみたいになりたいんだ……アイツの横に並びたい」


 だって、俺の命はそのためにあるんだから。

 

「無謀なのはわかってる……でもブレたくねぇ」

 

 馬鹿にされてもいいと思ってる。

 周りに何を言われようが関係なかった。


「すごい……」


 でも、アマテは心から褒めてくれた。

 

「キミの方がすごいよ……テラに勝ったんだから」


 ぎこちなく微笑む。

 まさか、そんな言葉をくれるとは思ってなかったから、反応に困った。


 さすがはアキラの娘だ。

 きっと心根が優しいのだろう。


 そういえば、初対面でここまで好印象な女性って初めてかもしれない。

 人が苦手そうな雰囲気も、共感できて逆に落ち着く。

 外見もめちゃくちゃ可愛い。


 先ほど、アキラからお互い結婚相手として紹介されていた。

 今はそんな気持ちになれないけれど、普段だったら恋に落ちていても不思議じゃない。


 アマテはそのことについてどう思っているのだろう。

 そんなことを考えていたら、向こうから話題を振ってくれた。


「あ、あの、……おみも、おまめ、おみまい……おみみ……」


 なんとなく『お見合い』と言いたいのが伝わった。

 アマテにしてみれば寝耳に水な話なはずだ。

 だから、ちゃんと説明しようと思った。


「ああ……お見合いの件な、実は俺、アキラの娘と結婚して子供を作らなきゃいけないんだ」


「え?なんで?」


「前にアキラへ挑んで負けたんだ……その時に交わした約束なんだけど、それを守りたいと思ってる」


「そ、そうなの……」


 うまく説明できたかわからないが、なんとか納得してくれた。


「……でも、すでに二人から断られててな……まぁこんなだし、当然なんだけど……」


 情けない話を自分から切り出し、思わず頭を掻いた。


「俺、昔から力が強くてさ……危ないから女に近寄らないようにしてた……最近まで、異性とまともに話したことすらなかった……」


 一度話し始めてしまうと、心が弱っているせいか止まらなくなってしまった。

 

「初めてできた、仲のいい女友達は……アキラと子供を……作って……」


 話してる最中に上を向く。


「だけど……アイツ幸せそうで……それを見たら嬉しくなって……」


 目尻から涙がこぼれてしまう。


「苦労してきたヤツだから……幸せになってくれるなら……それで俺は十分で……」


 初対面の女性に見せていい姿じゃなかった。


「……わ、悪い……みっともないところ見せたな」


「だ、大丈夫?」


 それでもアマテは俺を心配してくれた。


「あ、ああ……さっきそれを知ったばかりだから、まだ上手く消化できてなくて……」


 こんな優しい子と付き合えたら、きっととても幸せだろう。


「……話が脱線したけど、そういうわけでアキラの娘とお見合いをしてるんだ」


 結婚を受けてもらえたらいいなと思った。


「け、結婚とかは無理だけど……と、友達なら……いいよ」


 ダメだった。


「ああ、色々ありがとな……こちらこそ、よろしく頼む」


 でも、友達にはなってくれるらしい。


 嬉しかったので思わず手を差して、慌てて引っ込めた。

 こんな精神状態で、アマテの手を握るなんて危なすぎる。

 せっかく仲良くなれそうなのに、骨でも折ってしまったら取り返しがつかない。

 

 そんな俺の姿を、彼女は不思議そうに眺めていた。


「ちなみに、娘の二人って誰と会ったの?」


「……マリアとホンシアだ」


 アマテはそれを聞いて納得したように頷いた。

 俺では釣り合わないのがわかったのだろう。


「それでもマリアは、色々と勉強を教えてくれてさ。ホンシアも、武術を教えてくれているんだ」


 結婚は断られたけど、俺にとって悪い相手じゃないと言いたかった。

 

「尊敬できる人たちだ……さすがアキラの娘だよな」


 色々あったけど、今は良好な関係を築けているのだから。


「安藤くんは、いい人だね」


 ふいに褒められて動揺してしまう。

 初めて見る彼女の笑顔も追い打ちをかけた。


「……ば、馬鹿言うな……これでも暴走族のヘッドだったんだぜ……」


 思わずどうでもいいことを口走って、顔を背けた。


「ウチに、姉様が持って来てくれた暴走族の漫画あるから、よかったら……読んで」


 なんとなく雰囲気が柔らかくなった気がする。

 それに、まだここに居てもいいと言ってくれた。


「ありがとう……アマテさんは優しいな」


「あ、あの!……私の名前……アマテラスなの」


 アマテラス?

 随分と変わった名前だ。


「天照大御神……それが私の本当の名前……よろしく、安藤さん」

 

 こうして、アマテラスと拓人は、なし崩し的に暮らし始める。

 そのことが新たな騒動になるのは、火を見るよりも明らかだった。

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