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ROD

 拓人がウチのマンションで暮らし始めてから、あっという間に四ヵ月が過ぎていた。


 私はいつも通り、キッチンで二人分の夕食を作る。

 もうすぐ拓人が帰って来る時間だ。


 毎日激しい修行をしているのに、彼の食は細い。

 私もそんなに食べる方ではないから、作る量はあまり多くない。


 その分、彼の好きな物を丁寧に作ることを心掛けていた。


 帰って来たら、まずお風呂だろう。

 もう寒い季節になっているから、毎日湯船にお湯を張っている。


 着替えの用意もしてあるし、明日の服も新しいのを買ってある。

 しょっちゅう服をボロボロにしてくるので、同じシャツとジャージを大量にまとめて購入した。


 彼の金髪によく映える黒いジャージ。

 私の白いジャージとお揃いだ。

 

 玄関のドアが開く音。

 彼が帰って来た。


「……ただいま、アマテ」

 

 ヘルメットを片手に、上着以外は傷だらけの服。

 いつものことだ。


「おかえり拓人、お風呂わいてる」


「……おう、ありがとな」


 嬉しそうに脱衣所へ向かう。

 土埃にまみれ、乾いた血がこびり付いてる体を、一刻も早く綺麗にしたいのだろう。

 彼は意外と綺麗好きなのだ。

 

 お風呂から出てくる時間に合わせて料理を仕上げた。


「……いい匂いだな、カレーか」


 拓人が、鼻をヒクつかせながら食卓に座る。


「うん、好きでしょ?」


「ああ……テンション上がる」


 まるで上がってないように見えるけど、口元がゆるい。

 それが、喜んでる証拠だった。

 

 前は気づかなかったが、拓人は結構表情の変化が豊富だ。


 眉間の皺の数、閉じた口の端のゆるさ、鋭い目の開き方。

 その他様々な細かい動きをみれば、大体何を考えているのかがわかった。


 お互いそれほど会話をする方じゃない。

 

 でも、無理に話をしなくてもいい関係ができていた。

 それがとても心地いい。


「……美味いな」


 ゆっくりと食べる姿。

 私が作ったごはんを、大切に味わってくれている。

 その姿を眺めるのが好きだった。


 友人たちに料理を習っておいて良かったと、心から思う。

 こんな形で役に立つことになるなんて、夢にも思ってなかったけど。

 

 ご飯を食べ終え二人でくつろいでいた時、拓人が視線をスマホに向けながら呟く。

 

「……仲間たちの居場所がわかった」


 唐突に言われた言葉。

 それはこの生活が終わることを意味していた。


「え?前に言ってたロッドの人たちの?」


 彼がなんでこんなに長い間ウチにいるのかというと、行く当てがなかったからだ。

 

 最初、拓人はすぐに出ていくと言った。

 これ以上迷惑は掛けられないし、仲間の家に泊まるから大丈夫だって。


 だけど、当てにしていたロッドというチームのメンバー全員と、連絡が取れなくなっていた。

 ここ最近は修行に夢中で、まったく連絡を取っていなかったらしい。

 

 『嫌われたのかな』と、悲しそうに眉を寄せた。

 

 住んでいたマンションには、戻れそうにないと途方に暮れていた。

 今までは、片思いしていた女友達と一緒に住んでいて、彼女は私の父の子供を妊娠したらしい。

 

 さすがにそんな話を聞いてしまったら、早く出てけなんて言えなかった。

 だから、仲間と連絡が取れるようになるまで、ウチにいてもいいと言った。

 

 彼は、私に対していつもちょうどいい距離感でいてくれたから安心できた。

 

「……今、マリアからメッセージが来て、どうやら彼女が仲間たちを監禁していたらしい」


 マリアは私の妹だ。

 そして、世界中のあらゆる宗教の元締めでもあった。

 その信者の総数は、人類の過半数を超えているらしい。


 去年、妹は日本へ来たという連絡をくれた。

 拓人は空港で別れてからは、まだ会っていなかったらしい。


「確かにこっちへ来る前……マリアは日本に新しい宗教団体を作ると言っていた」


 スマホを見ながら青い顔をしてる。

 

「どうやら、末端の奴らまで根こそぎ入信させて、すでに三万人を超える宗教団体をつくったらしい」


 想定外の事実を知って、動揺を隠せていない。

 

「幹部メンバーを全員拉致して、半年かけて教育をしてたって……」


 めちゃくちゃ怖い話だった。

 拉致とかいうワードが恐ろしくて無理。

 

 でも、マリアならやってもおかしくない。

 

 彼女の狂信は本物だ。

 父のためになら何でもするだろう。


「しかも、教祖は俺で……俺のための教団なんだって」


「え、無理」


 父のために宗教を設立したのなら全然わかる、普通にやりそう。

 でも、拓人が教祖となると話は別だ。


「正式名称は|Rod Ascension Church《ロッド アセンション チャーチ》って言うらしいぞ……」


「なにそれ、こわい」

 

 素直な感想が口から漏れた。

 拓人がそれに頷く。


「……怖すぎるよな」


「だいたい、なんで教祖が拓人なの?父君(ててぎみ)じゃなくて」


 純粋に疑問だった。

 基本的に父のためにしか動かないマリアが、拓人を旗手として祀り上げる意味が、本当にわからない。


「……あとは明日、教会本部って場所に来いとしか書かれてない」


 拓人が息を吐き、スマホを指で弄びながら、言いにくそうに続ける。


「しかも、今慌ててアキラに連絡したら、『ロッドはマリちゃんに任せたから』って返信が来た……」

 

 どうやら父もマリアの方に付いているらしい。

 つまり今回、父には頼れない。

 

「とりあえず、仲間が生きてるのはわかった……連絡が取れなくなった理由も」

 

 その顔は、仲間がどんな状態かわからないという不安が滲んでいた。

 

「行くの?」


 聞いた情報だけでも、背筋が凍る。

 何が待ち受けてるのかわからない。


「行くしかねぇだろ……完全に俺のせいだしな」

 

 その言葉には、迷いがなかった。

 

 拓人は優しい。

 たとえ自分が犠牲になっても、必ず仲間を助けるだろう。


「こわくないの?」


 それでも、確認してしまう。

 もし、怖いなら無理する必要はないと止めたかった。

 

「怖ぇよ、マリアには一度殺されかけてるし、正直今回はマジで何考えてるかわからねぇ……」


 彼の額には汗が滲んでいた。

 

「でも……ロッドは俺の仲間だからよ」


 当たり前のように言う。

 恐怖を押し殺し、覚悟を決めたその顔を見て、胸が熱くなった。

 

「なら……私も、行く」

 

 気づいたら、口にしていた。

 

「え?」

 

「だって、マリア、私の妹だし……もしかしたら言うこと聞いてくれるかも」

 

 それは半分本音で、半分は言い訳だった。

 本当は彼がひとりで、また無茶をしに行くのが嫌だった。


「ダメだ、危険すぎる」


「前に話したでしょ?私は不死身だし、私の一部を口にすれば怪我なんてすぐに治せるって」


 それは家族にしか明かしてはいけない私の秘密。

 父君から受け継いだ異能だった。

 

 拓人と四ヵ月間ずっと一緒にいて、なんとなく家族のような存在に思えていた。

 呼び名も自然と呼びやすいものになり、朝と晩は一緒に過ごし、外に出るのも彼となら怖くなくなっていた。

 

「わかった……悪いな、巻き込んで」

 

「い、いいよ……どうせ、家にいてもゲーム配信しかしないし」

 

 視線を少し逸らしながら答えると、拓人が前よりも柔らかくなった微笑みで言った。

 

「ありがとなアマテ……ヤバそうなら必ず逃がすからよ」


 その笑顔はお互いの距離が縮まっていた証拠。

 

 私たち二人の間には、確かに絆が生まれていた。

 それがどんな形なのかは、お互いまだ知らないままだった。

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