星に願いを
安藤拓人。
未熟だが、才能にあふれた若者だった。
父は伴侶にどうかと言っていたが、私にその気はなかった。
年も離れ過ぎているし、父にも似てない。
自分よりも弱い時点で話にならない。
何より、過去に宮中で人の醜さを見続けたせいか、人間というものに失望していた。
絶対の安全が保障された、富と権力が溢れる場所では、人間の醜悪が煮詰められる。
そこで行われていた非人道的な行為の数々を知ってしまえば、人間という存在に対し、恋心など抱けるはずがない。
父は神で、光だ。
人ではないのだから安心して愛せた。
自分を含む父の子供たちも、神の子だ。
ならば人とは違うから愛せる。
私は、人間という存在を切り捨てていた。
だから、人を超えて進もうとする者にだけ目を掛ける。
弟子として認める最低条件がそれだった。
そういった意味では、父のつき合っている彼女たちや哲夜も好ましい人物だった。
彼女たちは常に父の高みへ近づこうと努力を積み重ねていた。
父から結婚相手として拓人を紹介された時は、正直冗談かと思っていた。
だが、本心から父を真っ直ぐに目指している所が気に入った。
だから修行を付けてあげたのだ。
彼は様々な教えを素直に吸収していった。
おそらく、今までまともに修行をしたことがないのだろう。
見ていて気持ち良いほどに成長する。
何より子供みたいに純粋だった。
心から父に憧れ、それだけを見ている。
その姿に好意を覚えた。
もちろん、男としてではない。
人を超えようと努力する存在としてだ。
そんな拓人が、私の目の前でテラへ挑んだ。
私がテラに相手にもされていなかった姿を見て、義憤を抱いてくれたらしい。
だが、その時の私は、あまりの挫折により頭が働いていなかった。
五百年の努力が、なんの役にも立たなかった事実を知ったからだ。
拓人とテラでは、まるで勝負にならない。
私は心が折れてしまい、彼が死の淵に手が掛かっている状況ですら、眺めているしかなかった。
生き残ったのは奇跡だろう。
自ら命を捨てに行ったとしか思えなかった。
それは母を思い出させる行為。
冷静さを欠いた状態で、八つ当たりのように彼へ怒りをぶつけてしまった。
彼は私のために怒ってくれたのに。
怖かっただろう、逃げ出したかっただろう。
それでも私のために一歩前へ進んでくれた。
それは勇気ではない。
無謀という名の——優しさだった。
その後、瀕死の重傷を負っていたにもかかわらず、友を助けにゆく姿。
それは人の美しさ。
私の怒りを受けても立ち上がり、父のようになると言い切った。
その覚悟を尊いと思った。
テラを倒すという、自分ですら不可能だった無謀な夢。
真っ直ぐに語る瞳は、綺麗な黄金の螺旋を浮かべていた。
テラの恐怖を身に刻まれながら、それでも前に踏み出せる心の強さ。
それは父しか持ってないと思っていた不屈の精神。
父の愛する人類、その素晴らしさが彼には詰まっていた。
人間を醜いと切り捨てた私には、その輝きが眩しく見える。
そんな彼に、テラを倒す手助けをしてくれと願われる。
それはずっと父に言われたかった言葉。
もう無駄死にはしたくないから、と。
それは母の死に傷ついた、私への救いの言葉。
彼のぎこちない笑顔を見ていたら、自然と涙がこぼれてしまった。
肩に置かれた手は、私が発する熱で焼かれ続けている。
そこから伝わるのは人のあたたかさ。
それは、私への優しさだった。
心臓の音が聞こえる。
胸の奥に、初めての感情が湧いていた。
気脈が乱れ、思わず大きく息を吐く。
チャクラが暴走しかけ、体の節々が痛み出した。
何が起こっているのかわからない。
二千年も生きてきて、こんなことは初めてだった。
「おい、大丈夫か?」
心配そうに覗き込む螺旋の瞳。
それを見つめていると、気の制御が効かなくなる。
次の瞬間、体が勝手に本来の姿へ戻ってしまった。
子供の姿は、食事を効率よく熱へ変換するためのもの。
繊細な気の操作で作り出された仮の姿だ。
荒ぶるチャクラを必死に鎮めようとした。
だが、目の前の彼を見ていると、先ほどよりも強く感情があふれてしまう。
大人の体になったことで、心から湧き出た感情に溺れてしまった。
「我爱你……」
涙のように、言葉が勝手にこぼれ落ちた。
自らの声によって、この感情の正体を知る。
——初恋。
「……なんて言った?」
中国語を理解していないように彼が聞き返す。
だが、意識してしまうと、とても言い直せる言葉ではなかった。
「……スマン、とりあえず哲夜を治しに行く」
彼は、顔を赤くし固まったままの私を置いて、壊れた屋敷へ向かっていった。
その背中を見て、思い出す。
彼には想い人がいることを。
大出哲夜、彼の同居人。
はたから見てればすぐにわかる。
拓人がどれだけ彼女のことを愛しているのかを。
哲夜の一挙手一投足を愛おしい目で見つめる彼を、微笑ましく思っていた。
だが今は、彼女のそばに必死で駆け寄る彼の姿が胸に刺さった。
私の恋は、始まったばかりで終わっていた。
弟子たちが、私の周りに集まってくる。
地面に頭を付け、自分たちの不甲斐なさを涙ながらに謝罪していた。
それに対し、気にするなと言葉を掛ける。
誰だって、テラの前では動けなくなる。
人の身で歯向かうなんて、到底出来はしないのだ。
——彼以外は。
私はゆっくりと屋敷へ向かった。
彼と彼女を治療するために。
幸い、哲夜は自力で回復していた。
大した治癒力だ。
あのテラをしても『固い』と言わしめた盾のおかげだろう。
念のため、活命掌を使い全身の確認を行った。
すると、彼女の体内にある、重大な異変に気付いた。
「哲夜……アナタ、知っていたネ?」
思わず顔が強張る。
まさか二人がすでにそんな関係だなんて思ってもいなかった。
だが、彼女は何のことかわからないように眉を寄せていた。
どうやら自分の異変に気づいていないらしい。
仕方なく、私はこの初恋が本当に終わる言葉を口にした。
「アナタ……妊娠してるヨ」
哲夜のお腹にいたのは拓人の子供。
小さいながらも、確かに命が宿っていた。
それを聞いた哲夜の表情は、驚きからゆっくりと微笑みに変わる。
そこに映ったのは、母になることへの幸福だった。
拓人を見ると、子供のような顔でキョトンとしていた。
その顔が可愛らしく思える。
きっとすぐに喜びへと変わるだろう。
それを見るのが少し辛かった。
だが、私の予想に反して、彼の顔色は白くなった。
それから、白を通り越して青くなり、しまいには土気色へ変わっていった。
「……妊……娠?」
確認するように呟かれた言葉は、震えていた。
覚悟もなく関係を持ったのだろうか。
それなら少しガッカリしてしまう。
「……だ、誰……の……?」
往生際の悪さに、思わず怒りが湧いてきた。
「アナタしかいないネ!しっかりするヨ!」
やることをしといて、取り乱すなんて幻滅だ。
せっかくの初恋だったのに、この恋心を失くして欲しいとすら思った。
「いや違う、アキラの子だ」
母の自覚が湧いたのだろう。
優しい笑みを湛えながら、父親の名前を告げた。
「「えっ?」」
思わず声が重なってしまう。
それは、あまりにも予想外な答えだった。
哲夜は父の子供を身籠った。
そして、それを嬉しそうに受け入れている。
思考が追いつかない。
だが、自分以上に彼の衝撃は計り知れないだろう。
恋する女が、自分の目標としている人物と、知らぬ間に結ばれていたのだから。
彼の顔を見ることができない。
どれほどの絶望だろうか。
その心中を思えば、そっとしておきたかった。
「……お……おめでとう!」
聞こえたのは、祝福の言葉。
「お前、アキラのこと好きだったもんな!よかったな!いやーよかった!マジで!」
彼は笑っていた。
「あれ?なんか嬉しすぎて……涙出てきた……」
そして泣いていた。
「フン!喜び過ぎだ!恥ずかしいヤツめ……でも、ありがとな」
哲夜は照れたように鼻を鳴らし、嬉しそうに微笑む。
「そうだ!さっきテラの攻撃受けてたけど大丈夫なのか!?」
私に慌てて聞いてくる目は真剣そのもの。
濡れた瞳に、心からの気遣いを映していた。
「え、ええ……大丈夫ヨ、まだ小さすぎたのが幸いしたネ」
妊娠初期だったのが功を奏していた。
「そうか……よかったぁ……」
安心したように深く息を吐き、空を見上げる。
きっとこれ以上涙がこぼれないようにしているのだろう。
その姿に胸が締めつけられていた。
今すぐ抱きしめ、その心を慰めてあげたい。
でも、それをすれば哲夜が気づいてしまうかもしれない。
彼の精一杯の強がりが無駄になる。
切なさに、瞳が揺れてしまう。
そのことに気づかれぬよう、私も空を見上げた。
すると、夜空に流星が走る。
ひとつ、またひとつと。
瞬く間に、無数の流れ星が空を埋め尽くしていった。
「うわぁ……綺麗だなぁ……ほんと、涙が出るくらい綺麗だ……」
震える声で静かに呟く、彼の手を握った。
酷く冷たくなってしまった手を、少しでも温めたくて、いつまでもずっと——。




